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覚悟

「ウル!!」


少女の名前を呼びながら、ラドは覚醒する。どうやら、夢を見ていたようだ。

頬を軽く二、三回叩いた後、辺りを見回して状況を確認する。どうやら、ここは東区にある自宅のようだった。

七年ぶりに、黒い幽霊(ブラック・ゴースト)ことウルと衝撃的な再会を果たしたのだが、あの時以降の記憶が全く無い。

一体どうして、自分はベッドで寝ているのだろう。もしかして、ウルがここまで運んでくれたのだろうか?


「ウル………。」


優しかった少女の、変わり果てた眼光を鮮明に思い返す。

きっと何か事情があるのだろう。事実、能力者リボルターから自分を守ってくれた。

ウルがセントラルホームにいる………ラドは、それを知れただけで十分だった。

ベッドから起きて、正装に袖を通し、支度をしてから自宅を出る。

今度は、自分が彼女の力になる………そう決意を固めて―――――






「お、今日はえらく早いなラド。」


配給部の扉を開けると、既にロッズがコーヒーを片手に新聞を読んでいた。


「人の事言えませんよ、ロッズさん。」


配給部の仕事開始時間は九時からだが、今はまだ八時である。


「ははは、そりゃそうだ。」


愛想笑いをして、コーヒーを口に運ぶ。

ラドは早速自身の作業机に腰を下ろし、V-Nと呼ばれる、聖典教会リベル・サーンクトゥス内の情報を共有、統括している特殊装置を起動する。

その様子が気になったのか、ロッズはカップを片手に、ラドの隣にやってくる。


「V-Nなんか付けて何を調べるんだ?もしかして、昨日リーダーが言ってたあの黒い幽霊(ブラック・ゴースト)の事か?」


冗談まじりに言ったつもりだったが、ラドの表情が真剣そのものである事を見て、ロッズの顔が強張る。


「おいおい、ラド。何だってそんな事を調べるんだ?」


「あの黒い幽霊(ブラック・ゴースト)は………僕の大切な人だからです。」


その言葉に、ロッズは慌ててカップを落としそうになる。


「………昨日、マジで会ったのか?」


「はい。あれは間違いなく………ウルリリカです。」


人を探している、と言うのは前々からラドが話していたのでロッズも知ってはいたが、まさかそれが黒い幽霊(ブラック・ゴースト)だとは思いもよらなかったようだ。

事態を飲み込みきれないロッズは、首に手を当てて黙り込んでしまった。

そんなロッズをよそに、ラドは各部門を片っ端から調べていくが、黒い幽霊(ブラック・ゴースト)に関連する情報は全く見当たらない。

教会でもその存在は認知しているだろうに、ここまで何も情報が無いのはどう考えてもおかしい。

膨大な数の部門を一つ一つ見ていると、ふと、ある一つの部門に目がいく。

断罪部門。それは、能力者リボルターを裁く専門の部門である。この部門であれば、何かしらの情報を持っているのかも知れない。

ウルの事を思うと居ても立っても居られないラドは、すぐさま行動を起こす事にする。


「すみませんロッズさん、ちょっと出て来ます。朝礼までには戻りますので!」


「ちょっ、おいラド!」


ロッズの制止を振り切って、ラドは三階の断罪部へと走って行った。




断罪部門へ到達したラドは、息を整えてからその扉を静かに叩く。


「はーい。」


中から、活気の良い女性と思しき声が聞こえてきた。程なくして、扉が開く。


「はーい、どちら様でしょうか?」


出てきたのは、肩まで伸びた桃紅色とうこうしょくの美しい髪に、額にはヘアバンド。

オフショルダーの黒服に、やや短めのスカートが似合う、活発さ溢れる少女だった。


「すみません、突然お邪魔してしまって。」


「いえいえ、中にどうぞ。」


少女はにこやかな笑顔を見せて、ラドを部内へと誘う。

入口近くの椅子に座ると、客人用と思われるコーヒーを出してくれた。自分に出すほど、訪問者が少ないのだろうか。


「それで………何か御用でしょうか?」


ラドの向かい側にある椅子に腰掛けた少女は、ラドの返答を待つ。


「不躾な質問で申し訳ないんですが、黒い幽霊(ブラック・ゴースト)について何かご存知ありませんか?」


ラドの問いに、少女の表情が曇る。どうやら、何か知っているようだ。


「あの………もしかして、君がラドクリフ君?」


「えっと、どうして僕の名前を知っているんですか?」


すると少女は、ラドから目線を逸らして静かに口を開いた。


「ウルちゃんから、君の事を聞いたから………。」


今、確かに<ウル>と、少女はそう言った。


「ウルを知っているんですか!?どんな些細な事でも構わないので教えて下さい!!」


激しい剣幕で迫るラドに、少女は申し訳なさそうに視線を落とす。


「ごめんなさい、教えてあげたいんだけど………。」


「何故ですか!?」


ようやく手がかりが得られると思ったが、少女が答えてくれる気配は無い。


「トップ・シークレットだからだよ。」


部内奥に座っていた少年が席を立ち、こちらに歩いてくる。

仙斎茶せんさいちゃ色のきらびやかな髪に、口元を隠すかのように大袈裟に巻いてあるマフラー。

教会の正装を少し改造したような黒服を身に纏ったその姿が、兵である雰囲気を醸し出していた。


「駄目じゃないか、セリス。たとえウルの関係者だとしても、そんな簡単に話しちゃ。」


少女をセリスと呼んだ少年は、取り乱しそうなラドを前にしても冷静だった。


「でもジン、ラド君は………。」


セリスはそこまで言って口を噤む。ジンと呼ばれた少年の言っている意味を理解しているからだ。


「ごめんね。セリスも僕も、決して意地悪で君に話さないんじゃないんだ。これは大司祭様直々の命令なんだ。」


大司祭。それはこの聖典教会リベル・サーンクトゥスにおける最高指導者に与えられる名である。

大司祭が直接命令を下す時は、今後国の存続に関わる、極めて重要度の高い内容であるまつりごとなどに限られている。

つまりこの少年、ジンが言っている事が確かであるならば、ウルは国家機密に関わる重大な任務を請け負っている事になる。そう安々と話せる訳がないのは、当然であった。

大司祭の名前が出た事で、ウルが自分の手の届かない所へ行ってしまった気がして、思わず膝をつく。

お互いがこんなに近くにいながら、手を出す事も叶わない。ラドは、歯がゆくて仕方がなかった。


「ラド君、元気だして!私達も、出来る限り協力するからさ!」


両手で握り拳を作って協力をアピールするセリスとは打って変わって、ジンはその涼しいその表情を崩さない。


「………協力って言っても、僕達じゃ何も出来る事はないよ、セリス。」


セリスのフォローはありがたかったが、実際はジンの言う通りであった。

一介の部門員が大司祭相手に出来る事など、あるはずがなかった。


「んもう、ジン!ラド君の気持ちも考えてあげてよ!」


良く言えば冷静、悪く言えば無関心なジンに腹を立てたのか、セリスは頬を膨らませて語気を強める。

しかし、ジンはこれに動じた様子はなく、腕を組んで近くの壁にもたれかかる。


「嘘を言って中途半端に期待を持たせた方が、よっぽど残酷だよ。世の中には、可能と不可能がある。」


ジンの的確な言葉がラドの胸に刺さる………しかし、ショックこそ受けはしたが、こんな事で立ち止まる程、ラドにとってウルは小さな存在ではない。


「確かにジンさんの言う通りなのかも知れません。でも、僕はたとえこの身が引き裂かれようとも、ウルに会いたいんです………!!」


今の自分の心からの想いを叫ぶ。その叫びに反応したのは、予想だにしない声だった。


「ほう、それは良い覚悟です。」


圧倒的な存在感を放つその声色と共に、扉から一人の男性がその姿を現す。

頭には光り輝く黄金の冠、額には、能力リボルトを操作する為に付与された特殊な呪文印。

そして、頂点に立つ者だけが着ることを許された、絢爛たる法衣………。

その人物は、まさに大司祭ナーゲルその人であった。


「だっ、大司祭様!どうしてここに!?………っぷ!」


突然の来訪者に、セリスは慌てて立ち上がるが、椅子の脚に引っかかって盛大に転倒する。


「何言ってるんだよ、セリス。昨日のミーティングの話、もう忘れたの?」


ジンはやれやれ、といった感じで両手を上げて首を横に振る。この二人はいつもこういったやり取りをしているのだろう。


「えっ、えーとぉ………。」


赤くなった鼻をさすりながら、必死に思い返しているようだが、どうやら思い出せないようだ。


「例の件で大司祭様が訪問されるから、部門内を清掃しておけって、言われたじゃないか。」


「あっ………!」


ジンに言われて、ようやく思い出したようであった。


「ふふふ、お会いするのは所属式以来ですが、セリス、ジン。お二人は相変わらず仲睦まじいですね。」


二人のやり取りを優しく見つめて、大司祭ナーゲルは微笑む。


「い、いえっ!それよりも申し訳ありませんでした、大司祭様。」


しっかりと腰の曲がった、手本のようなお辞儀をするセリスを、大司祭ナーゲルは手で制す。


「構いませんよ。いつも通りに、リラックスして下さい。」


「はっ、はい!!」


了解ヤー。」


その一言で逆にガチガチになってしまったセリスとは対照的に、ジンは頬を緩める。


「さて、それはさておき………。」


大司祭ナーゲルの視線は、ラドへと向けられていた。

セリス達と同じように、自身も所属式の際に一度だけ顔を合わせた事があるが、相も変わらないその優しくも威厳ある瞳に見つめられると、緊張せずにはいられなかった。


「ラドクリフ・オーゲンス。ウルリリカ・エーテルハートから貴方の話は伺っていますよ。」


「きょ、恐縮です、大司祭様。」


ウルに会わせてもらうよう何とか話を進めたいところだが、流石に大司祭を前にしてそんな大それた真似が出来るはずがない。


「唐突ですがラドクリフ。貴方は今、たとえこの身が引き裂かれようともウルリリカに会いたいと、そう仰いましたね?」


質問の意図が理解できなかったが、その内容については偽りがないので、はい。と力強く答える。

そんなラドの目をじっと見据えた後、何か満足したように笑顔を見せる。


「宜しい。セリス、ジン。お二人には申し訳ありませんが、貴方方へのお話は後ほど使いの者からお伝えします。」


セリスは頭を下げ、ジンは無言で頷く。


「では、私について来なさいラドクリフ。」


身を翻して通路で出る大司祭の後を、ラドは慌ててついて行った。

部内を出る直前にセリスが、頑張ってと言わんばかりのジェスチャーをしてくれていたのが、強く心に残った。






美しい女神像の両手から流れる清き水の音が、その神聖さを際立たせている場所、大司祭祈祷の間。

一般はおろか、大司祭ナーゲル直属の護衛隊である「聖騎隊」ですら進入を許されない、まさに神域と呼ぶに相応しい間。

そんな間に、ラドは足を踏み入れた。

通路左右に設置された女神像の池を通り、奥にある祈祷祭壇にたどり着く。


「この場に私以外の人間を招き入れたのは、貴方で五人目です………。」


感慨深そうに呟いて、大司祭ナーゲルはラドへと振り返る。


「ラドクリフ。ウンブラ、と言う書物をご存知ですか?」


「ウンブラ………存じません。」


一呼吸置いて、話を続ける。


「ウンブラの書………人間の潜在能力を極限まで高めると同時に、心を蝕み喰らい尽くすとされる禁忌の書物です。」


心を蝕む………禍々しさを感じさせるその表現に、ごくりと生唾を飲む。


「その過剰な力は、人類の手に余る物であると判断した我々の祖先は、この祭壇に結界を張り封印を施しました。………しかし、書の力を我が物にせんと、その封印を破る者が現れたのです。」


大司祭ナーゲルの目つきが険しくなる。その目力に、思わずたじろぐ。


「その者の名前はイヴァム・ジア・ラザード。かつて私の直属の護衛隊「聖騎隊」に所属していた男です。」


イヴァム。その名前は、ラドも聞き覚えがあった。

二十二歳と言う若さで、聖騎隊の頂点にまで上り詰め、圧倒的な武勇とカリスマ性で大司祭の傍らにはイヴァムありと、その名を轟かせた人物だ。

そのような徳のある人物が、何故悪事に手を染めたのか?ラドには理解出来なかった。


「入念な下準備をしていたようで、離反したイヴァムを相手に我々はなすすべも無く、結果として封印は破られ書を奪われてしまったのです。」


信頼を置いていた聖騎隊のリーダーに裏切られたショックは、計り知れないものだったのだろう。

悲しそうに目を伏せる大司祭ナーゲルの姿を見て、胸が締め付けられるような思いだった。


「現在この事態を知る者は、私を含めて上層部の一部の人間のみ。しかし………イヴァムが奪った書の力を行使すれば、瞬く間に人民に知れ渡り、セントラルホーム中に恐怖が伝染して行くことでしょう。人民の日々の安寧を脅かすなど、あってはならない事です。」


「はい、おっしゃる通りです………。」


「そこで我々聖典教会リベル・サーンクトゥスは、イヴァムから書を奪還すべく、新たに特別な部門を設けました。その部門に、ウルリリカも所属してもらっています。」


ジンの言った通り、ウルは重責ある任務を請け負っているようだ。


「少し話は逸れますが、ラドクリフ。貴方は、能力リボルトについてどこまで理解していますか?」


「基礎的な知識しか、存じません。」


ラドは、能力リボルトが使えない事にコンプレックスを抱いていたこともあってか、深く調べた事はなかった。


「そうですか………ではお話しましょう。能力リボルトを開花させる事に成功した人間が能力者リボルターと成る訳ですが、能力リボルトを行使するには、特定の条件を満たさねばなりません。」


「条件………ですか?」


「はい、満たさねばならない条件は人それぞれですが、中には己の大切なものと引き換えにしなければならない場合もあるのです………。」


大司祭ナーゲルがそこまで言い放った時、ラドは確信してしまった。ウルが何故、あのような冷たい目をしていたのかを。


「では、大司祭様………ウル、ウルリリカは能力者リボルターで………その条件が。」


「そう、彼女の条件は感情の破壊です。」


聞きたくなかった最悪の返答に、ラドは困惑した。


「昔の彼女をよく知る貴方にとっては、これ以上無い悲しみでしょう。ですが、これはウルリリカ自身が選んだ道なのです。」


知らなかった。七年前、自分と離れ離れになってから、ウルの身に一体何があったのだろうか?

能力者リボルターになって、感情を失ってでも、成さねばならない目的があったのだろうか?

考えても、考えても、答えは空に浮かんでは消えていく。


「ラドクリフ。何かを成すと言う事は、それ相応の覚悟が必要なのです。詳しいいきさつは知りませんが、きっとウルリリカも、苦心の末に出した結論なのだと思っています。貴方も、先程仰いましたね。

たとえこの身が引き裂かれようともウルリリカに会いたい………と。」


大司祭ナーゲルの質問の意図が、ようやく分かった気がした。


「では、改めて聞きましょう。貴方には、ウルリリカのような、何事にも決して挫ける事の無い不動心や、それを貫き通す覚悟がありますか?」


想うだけなら、誰にだって出来る。しかし、大事なのはその想いを行動に移せるのかどうかだ。

ラドの答えはいつ、どんな時でも決して変わらない。


「………はいっ!!!」


大司祭が目を見開くほど、想いの乗った力強い返事。

その瞳には、断罪部門内で見せた時よりも、確かな覚悟がハッキリと刻まれていた。


「やはり、貴方をここに連れて来て正解だったようです。」


ラドの燃え盛る瞳に心打たれたのか、ナーゲル大司祭はこれ以上ない笑みをこぼした。


「本題に戻りましょうか。………ラドクリフ、貴方もイヴァムから書を取り戻す為に、その力を貸していただけませんか?」


この神域に足を踏み入れた時から、そんな予感はしていた。しかし、ラドは能力者リボルターではない。


「お言葉ですが大司祭様、自分には能力リボルトがありません。能力者リボルター同士の戦いになれば、他の者の足を引っ張ってしまいます。」


「果たして、本当にそうでしょうか。私は、そうは思いませんが。」


「………それは、どう言う意味でしょうか?」


「では、ラドクリフ。貴方に試練を与えます。それを乗り越えられれば、私の言う意味も、きっと理解出来るでしょう。」

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