贈り物<中>
「ウル、いる?」
エーテルハート家の養子になってから早二ヶ月。少年ラドは、充実した日々を送っていた。
マークバーンの計らい、そしてその娘ウルリリカの存在が、彼の心の闇を晴らし変えてくれた為である。
そんな彼、ラドは今日この日をとても心待ちにしていた。
何故ならば、今日は自身の最も大切な存在である少女、ウルの誕生日だからであった。
色々あれやこれやと喜んでもらえそうなことを考えたのだが、やはり一番大切なのは「物」ではなく「気持ち」だとマークバーンから教わったラドは、手作りの人形を隠し持ってウルの部屋を訪れたのだった。
「ラド?開いてるよ。」
「お邪魔します………。」
人にプレゼントを渡すなど初めてのことなので、妙にそわそわしてしまう。
そんなラドの様子に気付かないのか、ウルは椅子から飛び降りラドの元へと駆け寄る。
「どうしたの、ラド?」
「う、うん………その、あの………。」
勇気を振り絞って手作りの人形をウルに差し出した。
「これを………私に?」
「う、うん。今日、ウルの誕生日だから………。何がいいかなって思ったんだけど、こんな物しか思いつかなくて………。」
顔が赤くなり、動悸も激しくなる。クマと言うには似つかわしくない人形を、ウルに受け取って貰えるかどうか心配したからだ。
ウルはしばらくその不恰好なクマを見つめた後に、にこりと笑って人形を抱き寄せた。
「ふふっ、可愛い!これラドが作ってくれたんだよね?ありがとう。」
屈託のないその笑顔に、ラドの気持ちは昂る。受け取って貰えたことの喜びが、たちまち心の中を満たしていった。思わず、瞳から涙が零れ落ちる。
「わっ、どうしたのラド!?私何か変なこと言ったかな?」
「ううん違うよ。これは、嬉しくて泣いてるんだ。」
「そうなの?ふふっ、変なラド。」
一般の人間からすれば何のことはない、プレゼント。
しかしラドにとって今日この日は、同年代の子に初めて自分の想いを届けた大切な日であった。
「そうだ。ちょっと待っててラド。」
ウルはクマの人形を大事そうに抱えて、奥の棚に何かを取りに行く。しばらくして戻ってくると、二つのペンダントを持って来てその一つを差し出してくる。
「はいこれ。あげる!」
「え………いいの?」
鏡のように反射する煌びやかなそれは、とても高価な物であることを予感させた。
「でも、そんな高そうな物受け取れないよ。」
「ダメっ!受け取って。………元々これはラドの為に用意した物だから。」
「え………それって、どう言うこと?」
一寸間をおいてからゆっくりと話しだす。
「ラドが家に来たお祝いに。って買ったのはよかったんだけど、結局パーティーしなかったから、中々渡せなくって………ごめんね。」
嬉しかった。自分の為に、ウルがプレゼントを用意してくれていたことが。
そんな心のこもった大切な品を、受け取らない訳にはいかない。
「ありがとう、ウル。そう言うことなら、喜んで受け取らせてもらうよ。」
ウルの手からペンダントを受け取って、早速首に吊り下げてみる。
「似合うかな?」
「うん、とっても!私のとお揃いなんだ。」
「ありがとう………大事に、大事にするね。………ところでさ、ウル。」
「ん、なに?」
「今さら聞くのはおかしな話だと思うんだけど………二ヶ月前、君と初めて出会ったあの日、どうして僕と話そうって思ったの?自分で言うのもなんだけど、あの時の僕は酷い目をしてたと思う………。」
「そうだね。ラドは今にも死にそうな顔をしてた。寂しくて、悲しくて、どうしようもない気持ちを、ずっとずっと心の中に溜め込んでいる………そんな気がした。」
ウルは振り返ってラドに背を向け、言葉を続ける。
「だから、私は話そうと思ったの。」
「えっ………?」
「他に理由、いる?」
振り向きざまに少女が見せた最高の笑顔に、ラドは納得した。
人を助けるのに理由は必要ない。そう、訴えているように映った。
こんな君だからこそ、僕はもっと君の事を知りたいと………そう思うようになったんだ――――――――
午前一時半。月が皓々と照る南区の公園を、ラドとリィズの二人は歩いていた。
本当であればもっと早く現場に着く筈だが、深夜なので列車は当然終列を迎えている。その為東区から南区までを徒歩で移動してきたのだが、実に一時間以上を労した。
張り詰めた空気の中、お互いが口を開くことはなかった。いつ、どこで話を聞かれているかも分からない………と言うのもあったが、人質に取られたミケの安否を気に掛け過ぎるあまり、必要以上に精神をすり減らしていたのも理由の一つであった。
犯人の男が指定したパールハインの丘は、見晴らしは良いが普段から人気は少なく、近隣住民でさえあまり訪れることのないような奥地にある丘であり、指定してきたのに納得がいった。
今回はウェーガと対峙した時とは違い、制限時間と他人と接触しないこと。という二つの条件が科せられていた為、用意出来たのは電磁ワイヤー一本だけである。
電磁ワイヤー一本で犯人からミケを助け出す自信は半々だが、勝算はあった。
無事でいてほしい………その一心で二人は丘へと足を急がせた。
午前一時五十分。丘の麓に到着した二人は、周辺の様子を窺う。
するとそこには、細身だが背の高い男性と思しき影と、うな垂れているような小さい影が見えた。十中八九、犯人の男とミケであろう。
念の為、再度隈なく見回したが他に人影は無い。
見晴らしの良いこの丘で、こちらに姿を悟られず隠れることは不可能である。つまり、相手は単独犯。
意を決して丘の階段を登り、犯人の男と対面する。
「き、きき来たかぁ………。待ちくたびれれれたぞぉ………!!」
呂律が回っていない。やはり、酒に酔っているのだろうか?
「ラドお兄ちゃん!リィズお姉ちゃん!!」
ミケは二人の顔を見て安心したのか、少し弾んだ声色でこちらに呼びかけている。
しかし、それを快く思わない男は怒りを露にした。
「黙れぇ!!ガキがぁ、殺すぞぞぉ………!!」
「ひっ………!」
喉元にナイフを突きつけられ、ミケは恐怖のあまり口を閉ざす。
「やめて下さい!」
リィズの制止に、男はナイフをミケから遠ざけた。
「おぉ、リィズさん。初めてお会い出来ましたねねぇ………フィヒヒッ。」
「どうして………どうしてこのような事をなさるのですか!?ミケちゃんを解放して下さい!」
「私の名前は、ドルフ。と言います。いい名前でしょうううふふ?」
違う。酒に酔っているのではなかった。ドルフと名乗った男は、完全に狂っていた。
時折無意味に首を傾げるその姿に、妙に苛立ちを覚えた。
「リィズさんの声が聞こえないんですか?ミケを解放して下さい。」
大袈裟に右腕で空を切って胸に下げたペンダントを揺らす。
「リィズさぁん………どうして………私のモノになってててくれないんですかぁぁ………?」
「何を仰りたいのかは分かりませんが、ミケちゃんを解放していただけるのであれば、私の事は好きにしていただいて構いません。」
「フフィィ!ほ、本当ですかぁ………!?」
下卑た笑みを浮かべて、リィズの体を舐め回すドルフの視界を遮るように、ラドは両者の間に割って入る。
その行動で、またペンダントが上下左右に大きく振れる。
「おおおおお前ぇぇ!邪魔だぁぁ!!」
「そうはいきません。リィズさん、この人の言いなりになっては思う壺です。」
三回目。大袈裟に振り返ってペンダントを揺らす。
「何だとととぉぉぉぉ………!ガキが死んでもいいのかかかぁ………!?」
激昂しているドルフのはるか後方にある民家の屋根から、小さく点滅する光が見えた。
その光が見えたことを確認して安堵し、ラドは時間を稼ぐことに専念する。
「………すみません、失礼な発言をお詫びします。ですが、何故貴方はそこまでリィズさんにこだわるんですか?」
「お前のような汚物が、その名を呼ぶなぁぁぁ!!!」
「話を聞かせてはもらえないんですか?」
「ううううるさぁぁい!!ガキを殺すぞ!いや………もう殺す!!!」
正常な思考回路を持たない人間を相手に、時間稼ぎなど出来るはずがなかった。ドルフは痺れを切らし、ミケに向かってナイフを振り下ろした。
「ひぐっ………!!」
しかし、振り下ろしたはずのナイフはドルフの手元から消え、甲高い金属音と共に宙を舞って丘に突き刺さった。
突然の事態を飲み込めないドルフに、続けて靄のような光速の弾丸が四、五発襲い掛かる。
「うぐっ、ぐはぁ!!」
それらは全て命中し、苦悶に満ちた顔を作ってふらふらとよろめく。
その一瞬の隙を逃すまいとラドは素早く駆け寄り、ドルフからミケを引き離した際に脇腹に蹴りを放つと、丘を転がってうつぶせで倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「リィズお姉ちゃぁぁん………ヒック、ヒック………。」
「ミケちゃん………良かった………!!ごめん、ごめんね………!!」
ミケはリィズに駆け寄り、涙を流しながら無事であることを証明している。
一瞬の攻防。ラドはミケを助け出せたことに緊張の糸が切れ、地面に尻餅をつく。
そこに救出のカギとなった人物が、ラドの前に音もなくその姿を現す。カチャリと音を立てて禍々しい仮面を外してこちらを見やり呟く。
「やっぱりラドだった。」
「助かったよ、ありがとうウル………って、どうして髪の色が………!?」
いつもの美しい漆黒の髪はそこにはなく、代わりに絢爛と輝く白銀の髪を風になびかせていた。
ウルは何かを言いかけて押し黙った後、口を開く。
「一定以上のラインを超えて力を行使すると、不思議とこうなるの。理由は………分からないけど。」
「体に、害はないの?」
「うん、特には。」
「良かった………。それにしても本当に助かったよ。」
「ラドは迂闊過ぎるよ。今日は私がたまたま南区の巡回担当だったから良かったけど、別の人だったらあのサイン、意味なかったよ。」
「ごめん。人質のこともあって、たいした考えが浮かばなかったんだ。………でもこうしてウルは僕のサインに気付いてくれたじゃないか。」
「………まだ持っててくれたんだね、それ。」
ウルが自身の誕生日に渡してくれた鏡のペンダント。
昔、町の近くにあった小山を夜中二人で探検していて、はぐれてしまった時があったのだが、その時にペンダントを月の光に反射させて、自身の場所を知らせる為に利用したことがあった。
早朝ウルと組手をした際に、ウルがまだ首にぶら下げていたことを思い出したラドは、思い出の品が詰まった箱から引っ張り出して来たのだった。
「ケガはない?」
「ありがとう、平気だよ。それよりも………。」
リィズとミケの方へと視線を移すと、そこには元気な笑顔を見せるミケと、いつもの穏やかな表情に戻ったリィズがこちらを覗いていた。
「あの、ラド君。こちらの方は………?」」
「昨日の昼間にお話させてもらったウルです。ウルリリカ。」
「初めまして、ウルリリカと言います。長いのでウルと呼んで下さい。」
ロッズやクリオに挨拶した時と同じようにぺこりと頭を下げる。
「貴方がウルさんなんですね、こちらこそ初めまして。私はリィズ・サーバティ。小教会で子供達の世話係をしている者です、宜しくお願いしますね。」
柔和な笑みと生真面目な挨拶に面食らったのか、ウルは無言で頭を下げた。
リィズはウルの格好や、ここに現れた理由が気になっている様子ではあったが、余計な詮索は済まいと思ったのか特に言及はしなかった。
その配慮に感謝しつつ、ラドは今回の首謀者である男、ドルフをワイヤーで拘束しようと近くまで寄ろうとしたその時、突然ウルが前のめりに倒れ込んだ。
「ウル!?」
呼びかけるも反応はない。リィズとミケも、何事かと慌てふためいている。ラドはすぐさまウルの元へと駆け戻ってその体を抱き起こす。
「ウル、どうしたんだい!?」
額からは多量に発汗しており、目は閉じたままで呼吸が荒い。
「ハハハッ………!!」
突如背後から響き渡ったその声に戦慄が走った。振り返ると、そこには先程倒したはずのドルフが立ち上がってこちらを嘲笑していた。
「何っ………!?」
「ハハハ、そうかぁ………この力は氣と言うのかかかぁ………!!湧き上がる、いいぞぉぉぉ………!!!」
「どうして、貴方がウルの能力の事を………!?」
「ハヒヒヒィィ!!ばぁかめぇ!!私は………能力者だだだぁ………!!窃盗のな!!」




