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黒い幽霊

君の笑顔は、いつだって素敵だった。

時に僕を励まし、時に僕に勇気をくれた。

僕は、そんな君の事が大好きだ。

だから、君にもし困難や危機が降りかかったその時は、僕は迷わず君を助ける。

何があろうと、絶対に………絶対に―――――




暖かな日の光が差し込む小さな教会の壇上で、ラドことラドクリフ・オーゲンスは女神像に向かって祈りを捧げていた。

<貧しき者には救いの手、死者には哀悼の念、そして罪深き者には裁きと贖罪を>と言う

理念の元に活動している団体、聖典教会リベル・サーンクトゥスに所属している十八歳少年だ。

そんな彼の日課は、この教会で祈りを捧げる事………ではなく、この教会に住んでいる、身寄りの無い子供達との交流と食料の配給なのだが、

ラドには、どうしても祈らずにはいられない理由があった。


「ラド君、またここにいたんですね。」


静寂に包まれていた教会に、澄んだ声が響き渡る。

祈りをやめて声が聞こえた方に向き直ると、そこには一人の女性が立っていた。

彼女の名前はリィズ・サーバティ。

長く美しい紺藍こんあいの髪に、教会の正装を着たその姿は聖女を彷彿とさせる………そんな輝かしさを持った女性であった。


「リィズさん、すみません。」


ラドはリィズの元に駆け寄ると、慌てて謝罪する。

子供達が昼寝を始めたの言い訳に、無断でこの祈祷室に入ったからだ。

しかし、リィズは怒るどころか柔和な笑顔をラドへと向ける。


「ふふ、いいんですよ。神様に祈りを捧げる事は決して悪い事ではありません。」


そう言った後に、リィズの表情が曇る。何を言わんとしているのか、ラドには分かっていた。


「大丈夫ですよ、きっと。また会えますから………必ず。」


「そうですね………ごめんなさい、ラド君。」


ラドが祈る理由………それは、ある人物の再会を果たす為であった。

幼少期に幾度となく自分を助けてくれた、大切な人。

その人が、今現在のラドの人格を形成したと言っても過言ではなかった。


「そうだ、ラド君。お菓子が焼けたんです。一緒にどうですか?」


そう言って手で輪を形作る。いつもリィズがする、お菓子が出来た時の仕草だ。


「それじゃあ、少しご馳走になります。」


快く返事をして、二人とも祈祷室を後にした。




「はい、どうぞ。」


カップに注がれたアップルティーの甘い香りが鼻腔をくすぐる。

その香りにつられるようにカップを口に運ぶと、林檎の甘みが口いっぱいに広がる。

次に、出来立てのクッキーを頬張る。砂糖の加減が絶妙で、生地もサクサクしており、アップルティーと合わせていくらでも食べられそうな味だった。


「やっぱり、リィズさん作るクッキーと、アップルティーは美味しいです。」


「ありがとうラド君。そう言ってもらえると嬉しいです。」


食器を棚に片付けて、リィズもラドの向かい側の椅子に腰掛ける。


「ラド君、この後の予定は何かあるんですか?」


「ええ、本部に戻って書類整理の手伝いが。ノークさん忙しいみたいなので。」


ノークとは、ラドが所属している部門のリーダーの名前である。

若くして一部門のリーダーを任せられただけあって有能ではあるのだが、趣味である物作りに夢中になり過ぎて仕事放棄する事もしばしばあり、

それが原因で上層部の人間から目を付けられてしまい、今現在では他部門から様々な厄介事を回され、四六時中激務に追われている。


「そうなんですか、大変ですね。」


リィズはその様子を想像したのか、くすくすと笑みをこぼす。


「もう、笑い事じゃありませんよ。それに、リィズさんだって子供達の世話をするのは大変じゃないですか?」


ノークの場合は自業自得なので致し方がないが、リィズは違う。

たった一人で四人もの孤児達の面倒を見るのは相当な激務だろう。

今でこそ子供達は懐いているが、最初の時は全く言う事を聞いてもらえず、悪戦苦闘していたと、本人が語っていた。


「そんな事ないですよ。何事も誠心誠意、真正面から向き合えば、必ず応えてくれるものです。」


思わず頷いてしまうほど、説得力のある言葉だった。

実際、ラドが悩みを抱えていた時は相談に乗ってくれ、真摯に話を聞いてくれた。


「リィズさんにそう言われると、そんな気がします。」


カップに残ったアップルティーを一気に飲み干して席を立つ。

叶うなら、もう少しリィズと他愛の無い話をしていたいのだが、そろそろ本部に戻ってノークの手伝いをしなければ、日付をまたいで仕事をしなければならなくなる可能性がある。


「ご馳走様でした、そろそろ本部に戻ります。あんまり遅いと、ノークさんに怒られますので。」


先程の会話を思い出したのか、再びリィズがくすっと笑みをこぼす。


「はい、お手伝い頑張って下さいね。ラド君、また明日。」




ラドの住まうセントラルホームは、各職種のトップ企業が立ち並ぶ、まさに時代の最先端を行く人口八百五十万程の大都市である。

広大な土地が故に東、西、南、北、中央の五つの区画に分かれており、聖典教会リベル・サーンクトゥス本部は中央区に存在する。

いくつかの列車を乗り継ぎして、中央区に着いたラドは、人で賑わうセンター街を、疾風の如き勢いで走り抜ける事十分少々。ようやく、教会本部に辿り着く。

世界で最も信仰されている教会の総本山なだけあって、初めて見た人であれば、思わず驚きの声をあげてしまう程だ。

入って右手にある階段を駆け上がって二階へ行き、通路の突き当たりへと向かう。

配給部。それが、ラドの所属している部門だ。


「すみません、戻りました。」


遠慮がちに扉を開けると、「おう。」と粋の良い返事が返ってくる。

その声の正体こそ、配給部リーダーのノークであった。

ぼさぼさで整えられてない髪に、伸びた無精髭が印象的な二十八歳の男だ。


「待ってたぜ。早速で悪いが、そこのやつ頼むわ。」


ノークが指差した方を見ると、ラドの作業机には、数え切れない程山と積まれた書類が乗っていた。


「お、戻ったのかラド。」


書類の山から、二人の男が顔を出す。

一人は、痩せこけた頬と眼鏡がマッチした小柄な優男、クリオ。

もう一人は、クリオとは対象的で、大柄で肥満気味の体型にモヒカンが目を引く男、ロッズ。

二人とも頼れる、ラドの部門仲間だ。


「おぉー我らが救世主ー!早く手伝ってくれぇー!」


ラドに泣きつくクリオをよそに、ロッズは手を動かし続けており、視線だけをラドに送っている。


「今日は少し遅かったな。どうした、子供達に遊んで欲しいとかってせがまれてたのか?」


「いえ、リィズさんと少し世間話を―――」


「なにぃ!!?」


ラドの言葉に動揺を隠し切れないロッズが、通路に響かんばかりの声を張り上げて立ち上がる。

そう、ロッズはリィズに好意を抱いているのだ。


「おーいうるせーぞ、ピュアモヒカン。」


ラドやクリオが呆気にとられている中で、ノークだけは何事もなかったかように書類を片付ける。

ツッコミで我に返ったロッズが、恥ずかしそうに俯いて軽く謝罪する。


「あ、そうだ。リィズさんからお菓子の差し入れがあるんです。よかったら―――」


「食わせてくれ!!!」


再度、部門内が凍りつく。ラドは、やってしまった。と心の中で思った。


「ラド、お前ピュアモヒカンの扱い方、いい加減覚えろよ。」


ノークの鋭い指摘を受けて、思わず苦笑い。

恥ずかしさのあまり、ロッズは書類の山に隠れてしまった。


「ハハハハハッ!しかしまあ、本当にロッズは懲りないなあ。あんな可愛い子が、お前に振り向いてくれる訳ないじゃないか。」


決して振り向かないとは断言出来ないが、リィズは高嶺の花と言う言葉が似合う少女である。


「分かってるよ………でもよ、夢ぐらい見てもいいじゃねえか。」


山の中から落ち込んだ声が聞こえてくる。

そこに、クリオが差し入れのクッキーを一つ投げ入れると、クッキーを砕く音と共に、ロッズの声色がたちまち元気になっていくのが分かった。


「単純。」


ノークのツッコミは、厳しいが正確だった。

そんなやり取りの後、ノークが何かを思い出したような素振りを見せる。


「ノークさん、どうかしたんですか?」


ラドの問いかけに「あぁ、そう言えば」と頭を掻きながら返答する。


「最近噂になってる黒い幽霊(ブラック・ゴースト)について、お前らに注意喚起しておこうと思ってな。」


黒い幽霊(ブラック・ゴースト)………?」


そのおぞましい単語に、ラドは若干の恐怖心を覚える。


「ああ、ここ最近セントラルホームで噂になってる正体不明アンノウンだ。」


幽霊が苦手なのか、ロッズの生唾を飲む音が聞こえてくる。

そんなロッズとは反対に、クリオは興味津々らしく、目を輝かせながら謎のメモを取っている。


黒い幽霊(ブラック・ゴースト)ってのは俗称であって、正確には幽霊じゃないんだがな。目撃者の証言によると、全身真っ黒で、幽霊のように音も無く突然現れたから、だそうだ。

で、基本的には深夜に出没して、中央区を皮切りに様々な場所に現れては、指名手配されている能力者リボルターを次々に狩っているそうだ。」


能力リボルト。それは、人間が生まれながらにして誰もが必ず所持している、不思議な力の総称である。

その力は、磨けば磨くほど力を増していくが、逆に使わなければその力を弱める。

誰もが所持しているとは言えど、日常生活で役に立つ能力リボルトを持つ人間など、ごく僅かである為、力を一度も使う事無く生涯を遂げる人も少なくない。

また、能力リボルトを開花させるには相応の努力が必要不可欠であり、その苦労を乗り越え、力を自在に操れるようになった人間を、尊敬の念を込めて能力者リボルターと呼んでいる。

が、行き過ぎた力を手にしまった反動か、心を闇に染めてしまう人間も少なからずおり、近年では、能力リボルトを行使した犯罪が増加傾向にある。

その為か能力者リボルターは、畏怖の象徴と捉える者もいる。

聖典教会リベル・サーンクトゥスでは、こうした能力者リボルターの犯罪を裁く専門の部門も設立されている。


「ちょっと待って下さい。指名手配されている能力者リボルターを倒しているだけなら、何も問題ないのでは?」


「今は、な。だが何がきっかけで、いつ俺達に矛先が向くか分からねえ以上、警戒しておかねえと危険だろう?」


最もな意見だった。確かに、その黒い幽霊(ブラック・ゴースト)がこのままずっと悪人だけを狙い続けると言う保障はどこにも無い。


「だから、早めに帰れるよう日々の仕事に努める事。話は以上だ。」


軽く手を叩きながら書類の片付けを促すノークに、ロッズが食いかかる。


「おい、リーダー!そんな不気味な話をしておいて、今日中にこの書類の山をを片付けろって言うんですか!?」


ロッズが怒るのも無理はない。間違いなく日をまたぐ量である。


「ひでぇ、ひでぇ………この人鬼やぁ~。」


クリオはもう半べそ状態で、一生懸命手を動かしている。


「落ち着けよ、ロッズ。また今度礼はするからよ。」


「そんなんじゃ釣られませんよ!」


皆が騒ぎ立てている中で、ラドは一人黒い幽霊(ブラック・ゴースト)の事を考えていた。

罪人だけを裁く謎の人物………一体何者なのだろうか。

話を聞くまでは恐ろしさを感じていたが、今は不思議と共感すら覚えつつあった。

何か、理由があっての事なのではないだろうか。

作業をしている間も、ずっと胸の奥で何か奇妙な感覚が、ラドの中で渦巻いていた。




深夜、街灯の明かりが照らす東区の小道路を、ラドは歩いていた。

考え事をしながら作業をした所為もあってか、思うように進まず、結局夜まで残るはめになってしまったのである。

昼は賑わいを見せていた小道路も、夜になると人っ子一人いない、別の姿を見せる。

風が吹く度にゆれる木々のざわめきが、より一層不気味な雰囲気を醸し出していた。

街灯を頼りに薄暗い道をひたすら進んでいると、突如として背筋が凍る様な感覚に襲われた。

驚いて振り向くと、そこには十~二十代ぐらいか、瑠璃色の短髪に、タンクトップとジーンズが良く似合ったつり目の若い男が立っていた。


「よお、お兄さん。こんな時間に一人かい?」


男は、飄々とした口調とは裏腹に、獰猛な顔つきで徐々にラドに迫ってくる。

その異様な態度で、すぐにラドは確信した。この男は能力者リボルターだと。

すぐさま反転して小道路を脱兎の如く駆ける。が、男はその行動予測していたのか、能力リボルトを解放する。

すると、男の右手に瞬く間に水粒が集束して、巨大な水の球体が形成される。


「ハハッ、いい反応だ!だがなぁ!!」


水の球体を、逃げるラドに向けて全力で飛ばす。

その速度は凄まじく、30mほど離れていたラドにあっと言う間に追いつく。

後ろから迫る水の球体をかわそうとして、石畳に躓いて転倒する。

頭上を球体が通り抜けて壁に当たり、豪快な音を立てて水しぶきとなり拡散する。

不幸中の幸いか、転倒したおかげで球体の一撃は避ける事ができたが、二度も偶然は続かない。

声にならない叫びと共に、体を起こして逃げる体勢を整えようと試みるが、言う事を聞かない。

自身の廻りを見渡すと、そこには先程避けたはずの水粒が、手の甲に集まって重りになっていた。


「ばぁーか、さっきのはわざと外したんだよ。こいつは割れても、こうやってすぐくっ付くからなぁ………。」


嵌められた。今の一撃は、ラド自身をを狙ったものではなく、ラドに近い壁を目掛けて放ち、足を止めさせた上で動きを封じる為だった。

出来る限りの力を振り絞って、手の甲の水を払おうとするが、能力リボルトで作り出された水の為か、すぐ元通りになる。まさに絶体絶命の状態であった。


「どうしたぁ、お兄さんよぉ。命乞いはしねえのか?そうしたら助けてやらん事もないぜ?」


男はゆっくりと近づきながら、大袈裟に手を大きく広げて、下卑た含み笑いを見せる。

おそらく、命乞いをしたところで、助ける気など毛頭無いのだろう。

ラド自身も、命乞いをする気はなかった。それよりも、能力リボルトを悪用し、人の生活を脅かすこの男に苛立ちを覚えた。


「………曲がりなりにも、僕は聖典教会リベル・サーンクトゥスの人間です。貴方のような悪に、心までは屈しません。」


その一言が、男の逆鱗に触れたようだ。激昂し、ラドの頭を蹴りつける。


「うるっせぇ!!これだから教会の屑には心底腹が立つんだよ!!!さっさと逝っちまいな!!!」


容赦無く振り下ろされた水の刃に、ラドは死を覚悟した。




しかし、その刃がラドに当たる事はなかった。振り下ろされる直前、空から銃弾と思しき閃光が男の肩を貫いたからである。


「ぐっ………うおあぁぁ………!!」


想定していなかった事態に、男は眉をひそめてラドと距離を取る。

その二人の間に、一つの影が降り立った。後ろ姿ではあるが、全身真っ黒の出で立ちに、ラドは覚えがあった。


黒い幽霊(ブラック・ゴースト)………。」


ぽつりと口にしたその言葉に、男は異様な反応を示す。


黒い幽霊(ブラック・ゴースト)だと!?」


力の差を感じ取ったのか、先程の一撃が響いたのかは分からないが、じりじりと後退し始める。

ある程度の距離まで離れると、後ろを向いて全力疾走し、やがてその姿は見えなくなった。

脅威が去った事を確認した上で、黒い幽霊(ブラック・ゴースト)はゆっくりとラドへと向き直る。

見る者全てを魅了するかの様な美しい漆黒の髪がなびく。

額にはその全てを覆いつくす不気味な仮面を被っており、素顔までは分からなかった。


「あの、ありがとう………ございます。」


言葉が通じるかは別として、助けてもらったお礼をする。

すると、黒い幽霊(ブラック・ゴースト)は信じられない言葉を口にした。


「ラド………?」


その透き通るような儚くも可憐な君を、ずっと探し続けていた。

だけど、仮面の下にあったその素顔は、七年前とは違っていた………。


「ウル………ウルリリカ………。」


誰よりも優しく、笑顔の絶えなかったあの少女の面影は消え、今は鋭い眼光を放つ、冷め切った機械のような表情が彼女を支配していた………。

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