第四話 「大失敗」
「―……んぁ」
眠りから覚めると、そこは見知らぬ天井でした。
「……」
(……はてな?)
ここどこ?
疑問に思いながら鈍痛のする頭を左右に振って周りを見てみるも、そこも天井と同じく見知らぬ部屋のなか。私はいままでその部屋の中に置かれたベットの上で眠っていたみたいだ。
ゆっくりと首を振って見回してみると、その部屋は決して広くは無いが狭くもなく。どちらかというと貧乏性な性格の私にとってちょうど良い広さだ。いま居るベットの他にも机とクローゼットだけだが、部屋の中には落ち着いた雰囲気が漂っている。ベージュ色の壁紙には花の模様が薄く施されていて、その絶妙な色合いは実に私好みの配色だ。
(っと、壁紙をしげしげと眺めている場合じゃない場合じゃない)
父さんに言って今度内装を変えるときはこの色にしてもらおう。そう頭の中にメモリながらも、ここが自室ではない事はしっかりと確認。じゃあ何処なんだろうと窓に目を向けてみれば、飛び込んでくるのはオレンジ色をした夕焼け空と、同じオレンジ色に染められた家々の屋根。そして遠くまで広がる都会の街並みだった。
「……あぁ。そういえば王都に来たんだったっけ」
いつも自分の部屋の窓から見ていた草原の景色とは違う風景に、ようやくここが王都にある我が家の屋敷だと気付く。
(ということはここが新しい私の部屋かな?)
イリス姉さんかロッテ姉さんかは知らぬが、私好みのいい趣味に作ってくれて満足する。
そんな風にゆっくりと頭が覚醒していく内に、そこから芋づる式に今日の出来事が思い出されていく。
(確か馬車の中で寝過ごしたせいで、城門とか大通りを見逃しちゃって……)
アレ楽しみにしてたのにな。そう愚痴りながらもその後の事を思い返していく。
到着した屋敷でロッテ姉さんと再会した後は、応接室でケント兄さんと三人で紅茶を飲みながら話しをしてたんだったか。
(……『眠り姫』のくだりまでは覚えてるんですが)
それから先の記憶は曖昧だ。
まあ今のこの状況をを見るに、兄妹三人での談笑中に居眠りをしてしまい、そのままこの部屋に運ばれてきたといったところだろうけど……またロッテ姉さんに恥ずかしい姿を見られたんでしょうね。
昼間の件といいどうも今日は不覚を取る事が多い。
「まあ、それもまだ十分挽回できる範囲でしょう」
起こってしまった事はしょうがない。いちいち失敗した事に悩んでくよくよするよりも、新しい事に挑戦していけばおのずと失われた名誉は取り返せる。私は過去を振り返らない女の子なのだ。
(それに)
それにこれからは私だって王都で過ごしていく事になる。王女殿下のご学友という役目だって仰せつかっている。さらにアヤ・ソフィアに入れば活躍の機会などいくらでもあるのだ。
「ふっふっふ。いつまでも『引きこもり姫』と呼ばれた頃の私と同じだとは思わない事です」
子供とは違うのだよ、子供とは。
そう声に出して笑うと、そっとベットから降りて手を頭の上に伸ばして身体ほぐしていく。同じ要領で身体の各部を伸ばしつつ、現状を再度確認する。
ケント兄さんに連れられてこの屋敷に着いたのが、確か午後の3時くらいだったはず。そして窓から見える夕焼けの染まり具合からして、居眠りててもそれほど長くは眠っては無いだろう。目算で大体一時間くらいかな。
「よしよし、それくらいなら大丈夫」
それなら『旅慣れていなかったですし、姉さん達との夕食の前にちょっと仮眠を取りたかったんです』と言えなくも無いし、今日のところはそれで押し通せますしね。
その筋書きならば傷口も浅く済む。予想外に失点も少ないようで私の機嫌は鰻上りだ。
そうと決まれば行動あるのみ。きっとまだ居間に居るであろう姉さん達の所へと戻るべく、身嗜みをさっと整えると部屋を出る。
きっと今日の夕食は、初めて王都に来た私(とついでにケント兄さん)を歓迎してくれるために、豪勢なご馳走が用意されているに違いない。ロッテ姉さんは私の好きな料理とか家事付けも把握しているから楽しみだ。
……ん?
これってもしや――
(ふむ、これはチャンスね)
さっそく私に汚名返上の機会が巡ってきたという事か。
(ふふふ、神様も粋な計らいをしてくれますね)
これは普段の行いが良い私へのご褒美というやつですね。ならばその機会、見事活かして見せようじゃありませんか。
それならまずは夕食の席上で、華麗なナイフ捌きを披露する事から始めましょう。王女殿下のご学友の話を受けて以来、研鑽を積んで更に磨きが掛かっているのだ。このイリス姉さん仕込の技に一点の曇りが無いばかりか、輝きが増している様を見てくだされば、ロッテ姉さんも今日の私の失態など忘れて「さすがアズマリアだな」と褒めて下さること間違いなしだ。
そんな明るい未来を予想してルンルン気分で廊下に出てみると、ちょうどロッテ姉さんがこちらに向かっ来ているところだった。
(夕食へ呼びに来てくれたのかな?)
そう思って笑顔で手を振ってみたんだけど、私を見るなりなぜだが驚いた顔になるロッテ姉さん。
そして―ー
「アズマリア! もう起きて大丈夫なのか」
と何故か突然詰め寄られる私。
「は、はい、もう大丈夫…です? えっと、軽く仮眠を取らせていただいたからですね、もう問題ありませんわ」
とっさの事だったので軽く動揺しちゃったけど、さっき決めた筋書き通りに答える私。それでもなお、ロッテ姉さんは「本当か?本当に大丈夫なのか?」と心配げに私の身体のあちこちを触ってくる。これにはさすがに面食らったので。
「姉さんったら大げさですよ、一時間くらいの仮眠してただけではありませんか」
そう言って私はロッテ姉さんに笑いかけたのだが、逆にもの凄い剣幕で
「何を言ってるんだいまったく。なのなアズマリア、君は昨日突然倒れてたと思ったら丸一日目を覚まさず眠ってたんだぞ!!」
そう叱られるのでした。
――――というか
(へ?)
丸一日?
あれ? ええっと、それってつまり――
(……またやっちゃった)
そういうことらしい。
どうやらさっき、新しい自室の窓から眺めていた夕焼け空は、一日経ったものだったらしい。
王都について早々丸一日爆睡してしまうというとは、恥ずかしすぎる大失態だ。何がどうしてそうなったのかはさっぱり不明なんだけど、結果としてロッテ姉さんを心配させるだけ心配させてしまったのだ。半年振りに会えたんだから私の成長した姿を見てもらいたかったのに、なんと言うか、これではもう色々と台無しです。
そうして王都の屋敷の廊下の真ん中で、正座をさせられたままたっぷりとお説教を頂いた私は、ロッテ姉さんに押し返されるようにして部屋のベットへと舞い戻る事になりまして。
「いいかい、今日はもうベットの上で絶対安静だからなっ!!」
念入りにそう釘を刺すと、今晩の私の夕飯(病人食)をもって来ると言ってロッテ姉さんは部屋を出て行きました。
その後姿を見送りながら
(どうしてこうなった……)
心の中で盛大に涙を流しながら、私はそう思わずにはいられませんでした。
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