〔ゆめ〕-わたしのおもいで―
よく家族に誤解されている事ではあるが、別に私は病弱な身体ではない。むしろいたって健康だ。
まあ確かにこの家族の下に生まれて12年。その間領地の館に引きこもった生活を送ってはいる。しかしだ。引きこもりを自称していても、なにもずっと部屋に籠もりきりという訳では決して無い。
例えばだ。
書庫で薬草の本を見つければ、館の菜園で育ててみたり。
同じく書庫で野鳥の本を見つけては、屋敷そばの林に出掛けてみたり。
イリス姉さんがピクニックに行きたいと言えばお供をするし。
ロッテ姉さんが行軍訓練に行くぞと命じれば背嚢を背負って付いていくし。
父さんとケント兄さんと鹿狩りに行くときも一緒に参加してきたのだ。
つまり引きこもりだと自称していても、私自身は赤の他人に会いさいしなければ割と活動的な毎日を送ってきたのだ。そこいらの軟なご令嬢と一緒にしてもらっては困る。
それならばなぜ家族に誤解されているのか。まあその答えは単純で、誤解されるだけの理由、というか失敗があるのだ。
小恥ずかしい事に私には『前世』の記憶なるものがある。そのせいでいろいろと七面倒くさい事が多いのだが、そのなかで割りと良く起こる事が有る。前触れなく突然情緒が不安定になる事だ。
そうなったら即座に眠りに付く事で落ち着きを取り戻してきたのだが(そのせいで『眠り姫』なる称号を得てしまったが……)、この情緒が不安定になるというのがなかなかに曲者なのだ。
『前世』の記憶が浮かんできた時の私は、大抵は"記憶が浮かんできた事自体"に苛立ちを覚える。突然自分とは違う記憶が前触れ無く浮かんでくるのだ。不機嫌にもなろうものだ。
そうった時は家族に八つ当たりしないように速やかに眠りにつくのだが、ごくたまに食中りのごとく記憶に中ってしまう時がある。そうなると私の身体にも影響が出て、とたんに食欲不振や体調不良、悪いときには微熱を出してしまうのだ。『前世』の私マジ迷惑。
そんな厄介な"記憶"があるおかげで、私自身は健康体なのに突然倒れる事が時折あったのだ。家族が誤解するのも仕方が無いだろう。
そうなる事が分かっているので、普段の私は『前世』の記憶を探る事など絶対にしないのだが、一度だけそれをして失敗した事がある。これのせいで『アズマリア病弱説』が確定してしまったと今でも深く反省している。
その出来事とはイリス姉さんが他家に嫁いでいったときの事だ。
貴族の慣例に従い旦那さんの実家で挙式を挙げる事になった姉さんは、式の準備のために父さん達シュタットフェルト家の面々に先立って出発する事になっていた。準備のために出かけて行った姉さんの馬車を、父さんが号泣しながら見送っているのを傍から眺めながら、私はこんな疑問を浮かべていた。
(『前世』の私もこんな風に、自分の子供が巣立っていくのを見送っていたのかな?)
それまでの経験から『前世』の私は男性であり、戦のない平和な国で生きていたのは知っていた。だから単純に
(戦や飢えの心配が無いのなら、きっと天寿を全うして死んだのだろうなー)
と、そう思っていたのだ。
しかし号泣し続けている父さんと、それを宥めているケント兄さんの姿を見て思ったのだ。
(そういえば『前世』の私が大人になってからの記憶って無かったような……?)
断片的な記憶では、学生として勉強していたという印象しかない。はてそれってなんでだだろう?
(え。もしかして『前世』の私って早死にだったのかな)
それってなんかヤダなーと『前世』の自分が死んだときの記憶を辿ろうとし―――
(……)
「……あれ?」
気が付いたら自室のベットに寝かされていました。
後で聞いたところによると、イリス姉さんの乗った馬車を見送っていた私は、急に黙って考え込むような顔になったんだそうだ。これだけならばまあ、いつもの事なのだが、その時の私はだんだんと顔色が青白くなっていったんだそうだ。それを見て心配したロッテ姉さんが声をかけようとした瞬間
「ああああああああああああああああああああああああーっ」
私は突然鋭い声で悲鳴を上げると、そのまま意識を失って倒れてしまったそうだ。
それから熱にうなされる事三日。さらに意識が戻るまでに三日と、一週間近くも昏睡していたみたいだ。自分で自分にビックリだ。
その時の騒動はもはや笑い話だろう。そうとでも思わなければやってられない。
これも後から聞いた話なのだが、あのとき私の悲鳴を聞いたイリス姉さんはすぐさま馬車を飛び降りて駆けつけてくれたんだって。だけどそこには熱で倒れる私がいて、それを見たイリス姉さんは卒倒しかけたそうだ。
気を失いそうになるのを何とか踏みとどまった姉さんは、そのまま不眠不休で私の看病をしてくれたそうなのだ。その点は感謝しきりなのだが、そのあとがいけない。
あろう事か、なかなかやって来ない花嫁を迎えに来た花婿に対して
「アズが倒れてるのに結婚なんてしている場合じゃないわ!!」
と怒鳴りつけると、三行半を叩きつける勢いで追い返そうとしたらしい。おーい。
父さん達はというと、一人パニクるイリス姉さんを見て若干冷静だったそうだけど、それでも館中を上へ下への大混乱。
終いには姉さんの結婚の相手方の家も巻き込んでの大騒動に発展したそうなのだが、途中で正気を取り戻したイリス姉さんが
「こんなに騒いでたらアズの身体に障るじゃないのっ!!」
と啖呵を切ると。強引に事態の収拾に走ってくれたおかげで、なんとか騒ぎは丸く収まったんだとか。
余談だがこの時の騒動の渦中でイリス姉さんと一緒になって駆けずり回ったおかげなのか、その後の姉さんと夫のダムラスさんの夫婦仲は大変良好らしい。
この経験から私が学んだ事は、決して自分から『前世』の記憶を思い出そうとしてはいけないという事だ。
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