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眠る私とお人形な王女様  作者: フォグブル
第一章 『眠り姫』が外に出るまで
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第三話 「眠り姫」

「アズってば、どんなに機嫌が悪くても寝て起きれば良くなってるよね」


 そうのたまいやがりましたのは、他でもないイリス姉さんでした。

 当時私は8歳。すでにもう館の中に引きこもる生活を送ってはいたが、家族達と共に日々穏やかにすごしていた。だがそんな生活のなかにあっても、突然私が不機嫌になる時があった。原因はいわずと知れた『前世』の記憶のせいである。その頃の私は、何気ない動作や作法など些細な事柄を切欠に"思い出して"しまうせいで、情緒不安定な時が多々あった。勉強などで役に立つときもあるのだが、"男性"の記憶は女としての私を邪魔する厄介者。あれば便利だが無かったほうがはるかにマシ。私にとって『前世』の記憶とは昔も今もそんな存在だ。

 そうしてイライラが募ってどうしようもないときの対処法が寝てしまう事。軽く1~2時間でも眠りについてしまえば、起きた時には不思議と苛立ちが収まっているのだ。思えば寝ている間に記憶の整理が付いていたのだろう。


『前世』の記憶に邪魔をされたら即寝る。


 そんな事を繰り返しているうちにイリス姉さんに言われたセリフがこれだ。それはまあ確かに寝て起きれば元に戻っていましたけど。その理由を言うにいえないので黙って聞き流していたのだが、そこは我らがイリス姉さん。いったいなにをどう閃めかれたのか。突然私の二つ名を決めましょうとおっしゃられる。そうしてお姉さま直々に付けられた名が『シュタットフェルトの眠り姫』。なにそれこわいである。

 

イリス姉さん曰く、当時から引きこもっていた私のことをほかの貴族達が『引きこもり姫』と呼んでいたのが気に入らなかったらしい。


「私の可愛い妹の二つ名ですもの。眠り姫の方が断然可愛いし似合っているわ!」


 と気勢を上げて吼えられていたのを良く覚えている。まあ確かに『引きこもり姫』よりかはマシだと思う。でもその由来がアレではどっちもどっちだ。なにより恥ずかしいし。

 そんなこんなで付けられた『シュタットフェルトの眠り姫』だが、そんな呼び名で呼ばれた事などとんと無かった。そもそも社交界に出る事自体無かったし、私のことを噂し続けるほど貴族のご令嬢方も暇ではなかったのだろう。一過性の流行のごとく我が家の中でのみ一時使われた後は、遠い記憶の彼方に忘れられていたのだ。




 ○ ○ ○



 シュタットフェルト領を出発して4日目。夕方には王都に到着するというこの日の午後を、私は馬車の中で眠って過ごしていた。昼間久しぶりに感じたあの違和感。そして背筋が凍る感覚。このところ無かったそれの正体を探ろうと頭を働かせてみたときには、吹き抜けた風のごとくその感触すら消えてしまっていた。そのことが却って気味悪かったのだけれども、馬車の外はぽかぽか陽気なのだ。昔からの癖もあっていつの間にか眠ってしまっていたのだ。

 そのせいで密かに楽しみにしていた外から王都の威容を眺める事も、三国随一という触れ込みの城門を見ることもできなかった。気が付いたときにはもう庶民街の大通りを抜けて貴族地区に入ってしまっていたのだ。


「……どうしてもっと早くに起こしてくれなかったのですか」


 八つ当たりなのは承知だが、同乗していたケント兄さんに文句の一つ言っても罰はあたるまい。


「ごめんごめん。あんまりにも気持ちよさそうに爆睡していたものだからさ。起こしちゃ悪いと思ってね」


 素直に謝ってくれるのはいいのだが乙女に対して爆睡してたは無いだろう。この兄は外面は良いのに家族(特に私)に対して遠慮が無いのは如何なものかと常々思う。お返しにジト目をくれてやる。

 若干(あくまで若干だ)ふて腐りながらも、気を取り直して今後の予定を思いかえす。


「貴族地区に入っているのなら直にお屋敷に着きますか」


 学園の入学式までの間滞在するのは王都の屋敷だ。もちろん行った事はないのだが、今はロッテ姉さんが使っているし掃除とかは大丈夫だろう。


「アズは初めてだしね。もうすぐそこだよ」


 ほらあの青い屋根のやつだよ。そういって窓の外を指差すケント兄さんだが、先ほどの私の失態がつぼだったのだろう。笑いをかみ殺しているのが見え見えだ。当分このネタでからかえるとでも考えているのだろう。末妹に対する優しさが足りてない証拠だ。

(……)

 これはもう婚約者のミランダさんにご報告せねばなるまい。心優しい彼女なら、私が年頃の少女らしく目に涙を浮かべて「お兄ちゃんがいじめるのー」とでも訴えればイチコロだろう。復讐するは我にあり。

 ミランダさんにきついお灸を据えられている兄を想像して内心ほくそ笑んでいるうちに馬車は屋敷へと到着していた。



 ○ ○ ○



「よう『眠り姫』。半年ぶりか」


 屋敷の中に入った私を見つけるなり、ロッテ姉さんはそう言って笑顔で私を出迎えた。

 ロッテ・シュタットフェルト

 我が家の次女にして、王国軍司令部付きの武官という身の方だ。もっとも武官といっても兵站やら運用やらをやる後方要因の取り纏めらしい。華々しい戦場から遠いというので下に見られがちだが、『前世』の記憶からかそういった仕事の大切さは理解しているつもりだ。残念ながら現場以外ではまだまだ理解が足りないらしく、数少ない「話が分かるヤツ」の一人である私によく職場の愚痴などを話してくれる。


 スラリとした長身。威圧感を漂わせながらもどこか愛嬌のある蒼目と、燃えるような真っ赤な髪がよく似合う私の大好きな姉の一人だ。

 そのロッテ姉さんと半年振りの再会を喜ぶのもつかの間。姉さんの口から出てきた『眠り姫』というフレーズに、とっさに隣のケント兄さんを振り向いてしまう。

(まさか爆睡したことを姉さんに言ったの!?)という意味を込めた視線に

(いやいやまさか!?)と手と首をブンブン振りながら否定してくる兄。

 ならばどうしてと姉さんを見れば


「ん? さっきからどうしだんだ『眠り姫』? ケントと二人で百面相なんかして」


 などと相変わらず私のことを『眠り姫』と呼んでいる。

 ならばやはり犯人は隣の愚兄だろう。そう詰問するかのごとくキツく睨みつけても、かたくなに否定している。

 そんなやり取りが5分ほど続けられるのでした……



「はーっはっはっ。いやーまさか王都に来るまでにそんな事があったとはな!」


 ところかわって屋敷の応接室。紅茶を飲んで落ち着いてから一通りの事情を説明すればロッテ姉さんが爆笑しだした。まあ早とちりした私も悪いのだが、自分の羞恥譚を一から話すなんでどこの罰ゲームだ。にやにや笑いの止まらないケント兄さんにはやはりきちんと報復せねばなるまい。そう硬く決意している内にロッテ姉さんも落ち着いたらしく、漸くまともな話ができそうだ。


「いやすまんな、アズマリア。君が王都に来ると聞いて浮かれすぎていたようだ、許してくれ」


 そういって軽く頭を下げてくれる。私もコホンと軽く咳をして気持ちを切り替える。


「私こそ失礼しました、ロッテ姉さん。わざわざ出迎えてくださったのに……」


「なに、領地の館と変わらぬ姿を見れて安心したぞ。アズマリアが息災そうで私も嬉しい」

 

 それからはケント兄さんも交えて領地の様子や、王都までの旅の話などをしながら談笑して過ごす。兄さんも暫くは王都に留まるそうなので、その事でロッテ姉さんと相談していた。

 場の空気が軽くなったのを見計らって、さきほど姉さんが口にした『眠り姫』について聞いてみた。


「それにしても『眠り姫』だなんて、久しぶりに呼ばれましたよ」


 イリス姉さんが暴走したときに名づけられたんでしたよね?

 そう冗談めかして話を振った私に、ロッテ姉さんがちょっと困った顔をする。


「あーその話か」


 そういって左耳にてやる姉さん。この仕草をした場合、たいていイリス姉さんが何かやらかしたのを見てどうしようかと考えているときだ。

 えっと。もしかして?


「え、まさか、イリス姉さんが何かしたんですか?。もしかしなくてもあの人、私の名前に『眠り姫』って付けて言い触らしてないですよね?」


 いくらなんでもそれはないですよねー?

 そう意味を込めて笑いかけたのだが、ロッテ姉さんはすまなそうな顔をすると


「うん、まあなんだ。その、アズマリナの言った通りなんだ。すまん」


 そう言ってまた私に軽く頭を下げるのだった。


「……」

(……マジかよ)


 え、なんで?


「……どうしてそんなことに?」


 軽く血の気が引きながら、ロッテ姉さんから聞いたことの顛末をまとめるとこんな感じだったらしい。


 私が無事に王女殿下のご学友候補に選ばれた事を大層喜ばれた我らが長姉様は、長年温めてきた計画をついに実行に移すときが来たと思われたそうだ。

 それは末妹に付けられた不名誉なあだ名である『引きこもり姫』に取って代わって、あの子の容姿にもぴったりな(?)『眠り姫』の名を広めようというとんでもない物だった。

 もともと『引きこもり姫』というあだ名は、呼んで字のごとく社交界にも出てこない私を貴族のご令嬢方が揶揄したものだ。そのことに大層腹を立てられていた長姉様は、ならばもっと可愛らしい名で呼ばせねばと考えたのだが、ここで思わぬ誤算があったらしい。


 それはつまり、ずーと領地の館に引きこもっていた私の事など、すぐに話題にも乗らなくなったのだ。そのお陰か『引きこもり姫』の名もあっという間に消え去っていたのだが、ここでもう一つ問題が発生。

 そもそも引きこもっている私のことを、『眠り姫』の名で紹介する機会もまた無くなったのだ。

 家族の話題程度でその名を使っては安く思われる。さりとて高々に宣伝する機会もまた無い。そうして虎視眈々と雌伏の時を過ごされていたところに、王女殿下のご学友候補の話が舞い込んできたのだ――


「後はもう分かるだろう。姉上はあれで王都の社交界では有名な方だ。『ユーリ殿下のご学友に選ばれはシュタットフェルトの方ってどんなお人』とあちらこちらで聞かれたそうでな。それはもう嬉々として言って回られたそうだ」



 "蜂蜜色の艶やかな髪に神秘的な琥珀色の瞳。その容姿も相まってまるで詩人の詠う『眠り姫』のような子なのよ"と。



 ……いや誰だよその子。


 あんまりな話を聞かされて、私は物理的にも頭を抱えてソファーに突っ伏してしまう。

(いやいや、ないない。なんでそんな小恥ずかしい名前が広がってるんですかっ)

 更に悪い事に誰も本当の私を見たことが無いから、聞く人みんなイリス姉さんの話を真に受けていることだろう。恥ずかしくて死んでしまう。


「あーうん。そんなに落ち込む事ないよアズ。『眠り姫』の名はともかく、アズの容姿については間違った事はいってないからさ」


「そうだぞアズマリア。『眠り姫』と呼ばれるのは恥ずかしいかもしれないが、それでも君が可愛らしいことに変わりはないのだからな」


 ケント兄さんとロッテ姉さんが代わる代わる慰めをいってくれる。

 社交界の華と呼ばれるイリス姉さんの影響力は計り知れない。今から『眠り姫』の名を消し去る事はもう不可能だろう。第一あの人は私のことに成ると暴走しがちなのだ。希望的観測など無意味に違いない。

 ということはこれから私は王都でも学園でも『眠り姫』と呼ばれるの?勘弁してほしい。


 だって私は――


「私の歳で『眠り姫』って変じゃありません?」


 自分の容姿ってのがよく分からないのだし。


 そんな自信の無さを敏感に感じ取ったのだろう。先程とは打って変わってロッテ姉さんが真剣な顔をする。


「アズマリア。君はまだ鏡が苦手なのかい」


 鏡という単語に思わず顔が反応する。それを隠し切れなかったのだろう。ロッテ姉さんは追撃の手を止めない。


「この際だから言っておくがなアズマリア。君は自分が思っているほど醜くは無いのだぞ。むしろ可愛らしい部類の顔つきなんだ」


 ケント兄さんもいつの間にか真剣な顔をしていた。


「ロッテ姉の言うとおりだよアズ。君はお母さん似なのだから、もっと自分に自信を持って大丈夫だよ」


 私を気遣ってくれる二人の言葉に何も言い返せない。ほのぼのとしていた部屋の空気はあっという間に変わってまっていた。


 "鏡"


 女の子なら誰もが一つは持っているだろう。きっと日に何度も見つめては、お洒落をしたり髪形を直したりするために使うのだ。

 でも私は昔から鏡が苦手だった。


 "これは自分の顔じゃない"


 鏡を見るたびに心の奥底から『前世』の記憶が囁きかける。母さんと同じ色だという蜂蜜色の髪の事も、曾祖母様から受け継いだという琥珀色の瞳の事も。家族みんなが綺麗だねって言ってくれるそれを、全部、全部偽者だとわめいてくる。それがイヤでイヤで、私のことや大好きな家族を否定されてしまいそうで。だから私は鏡が苦手なのだ。


「アズ?」

「アズマリア? 具合がわるいのか?」


 これが『前世』の記憶最大の弊害。どんなに努力しても消えてなくならない忌々しい感情。


 "俺は本当は女じゃない"

 "俺は本当はアズマリアなんて名前じゃない"


 うるさい。うるさい。うるさい。


 お前に何が分かるというのだ!私がどれだけ家族を愛していると思っているのだ!お前なんかに否定されてたまるものか!!


「おいアズ! どうしたんだ!!」

「しかっりしろアズマリア!!」


 ああ。姉さん兄さんごめんなさい。でもあいつの声がうるさいの。

 どんなに自分を好きになろうとしても、心のどこかで否定されてしまう。特に自分の顔を見るとそれが顕著になるのだ。

 勉強などで役に立つときもある。その知識に助けられた事も一度や二度ではない。

 それでも私は『彼』が嫌いだ。女である私を否定してくる『彼』のことが大っ嫌いだ。

 だから私は鏡を見ないし、人前にこの顔を晒すのが好きではない。

 そうした理由で引きこもっていた私。家族に心配をかけてばかりのアズマリア。


 ……

 ……


 ああだめだ。あたまがごちゃごちゃする。

 こういうときはねむってこなくちゃ。

 そうすればまたいつものワタシにもどれるから。


 そうして眠りに落ちていきながら。『眠り姫』とはたしかに私にぴったりの名だなと思うのだった。


5/16 本文の文章表現を一部修正 

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