キオク/ユメ
白い壁、白いシーツ。そして白いカーテン。
目に写るものは、清潔そうな白色に統一されている。
そんな白い空間をベッドに横たわりながら、ぼんやりと見渡す。
どこだろう、とは思わない。
なぜなら"オレ"は知っているから。
ベッドを囲むように引かれたカーテン。柔らかく敷かれた薄い布団。それに消毒液の匂い。
卒業して何年もたつのに、すぐにそうだと分かってしまう。
あの頃、毎日通っていた場所。
教室のざわめき。校庭の喧騒。鳴り響くチャイムの音に、窓から射しこむ赤い夕日。
ありふれていた日常。その片隅に、当たり前のようにあったもの。
今はもう、思い出の中にしかない日々。遠く離れた"オレの"日常。
保健室だ、ここは。
どうしてそんな場所で寝てるのか?
分からない。
分からないけど、鋭く胸を突く慟哭のような懐かしさの奔流に、浮かんできた疑問が流されていく。
あの頃の風。
あの頃の光。
あの頃の香り。
あの頃の景色。
そのすべてが、涙が出るほどに懐かしくって――
『そのすべてが憎らしい』
○ ○ ○
【警告/封鎖/再構築】
○ ○ ○
目を開く。
白いカーテンに囲まれた小さなベッド。
"初めて"見るのに、どうしようもなく胸が締め付けられる。
悲しい。涙が溢れるほどに。
薄い幕が張ったように思考はぼんやりとしている。
まるで全部夢だったみたいに、何もかもがふわふわとして実感がない。
この涙は、誰を思ってのものなのかな?
そんな、一番大切なものが分からなくって。
その事が何故か、どうしようもなく悲しいんだ。
○ ○ ○
【統合/接続/再始動】
○ ○ ○
音がする。誰かが近づいてくる音。
匂いがする。この部屋を満たしていた、消毒液の独特な匂いを超えて。
新しい匂いが、あの香りが漂ってくる。
――瞼に浮かぶ景色。手のひらに乗せてもらったのは、透明な小さなガラス瓶。
カップを満たすのは、太陽をそのまま閉じ込めたみたいな黄金色の一杯の紅茶。
香り豊かなその飲み物に、ちょっとだけ溶かした琥珀色の結晶。
とろけるように甘くって、だけど少しだけ苦くもある不思議なお砂糖。
私の為にって、姉さんが異国から取り寄せてくれた、私だけの特別なプレゼント。
ザラメという名の思い出の品。
私の、私たち家族の香りがする。
首を動かす。視界はまだ、涙で霞んだまま。
でも、それでも。姉さんの髪の色を見間違えることはない。
紅茶を乗せたお盆を置いたらしい、カチりと鳴る音。
顔をのぞき込むように身をかがめて、涙にぬれた瞼をハンカチで優しく拭ってくれる仕草。
「大丈夫?」と聞いてくれる、懐かしいイリス姉さんの声。
家族の香りと、大好きな人の温もりに包まれながら――
"オレ"の意識は沈んで行って
『そしてわたしは夢を見る』
お久しぶりです。随分と時間が経ってしまいましたが、また始めようと思います。
なお、連載再開に際して前話までの部分に所々手が入っています。
ストーリーに変更はありませんがご注意ください。