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眠る私とお人形な王女様  作者: フォグブル
第三章 『眠り姫』と丘の街の午後
18/26

第一話 「三人の食卓」

 これは私がまだ王都へ旅立つ前、シュタットフェルト領の館にいた時に姉さん達に聞いた話だ。その話によると、王都リシテアでは西側と東側とで街の雰囲気がまるで違うんだそうだ。


 街を南北に流れるロー河を境にして、西側には旧市街を中心とした王都の主だった街並みが広がっている。対する王都の東側は『学園』のあるコンスタンティーノの丘一帯が中心だ。

 リシテア市に住む人は、西と東のそれぞれを何かと比較し合う事が多いそうだ。

 やれ街並みの美しさはどうのとか、住み易さではこちらのほうが上だとか。

 街の西と東とでは庶民達の気質というか、性格も大分違うそうで、時には喧嘩になるほど自分の住む所にこだわりと誇りとを持っているんだって。

 そんな風にお互いに張り合う間柄の住人達だけど、珍しく一つだけ互いの意見が合致している事があるんだそうだ。


 曰く"飯屋は東のほうが断然上手い"と――


 この話を私にしてくれたケント兄さんによれば、その理由は単純明快で、要は街の東側には『学園』があるからなんだそうだ。


「コンスタンティーノの丘だけで5つだろ。その近くには王立大学に士官学校、神殿の修学院も在るしね。当然それだけ学校が集まっているから学生の人数もとても多いんだよ」

 常時お腹をすかせた学生さんが沢山いるんだから、彼らのお腹を満たすために食堂の数も多い。

「それに『学園』にいる学生は、お金は無いけど、舌が肥えているヤツが多いしね」

 これは一見矛盾しているように聞こえるけど、要は美味しいご飯を求めて渡り歩いている内に、だんだんと味に五月蝿くなっていくんだって。

 そんな学生の他にも教授陣や事務方の人もこの町には大勢住んでいる。そんな町の住人たちを相手に、日々料理を出すお店の数はとても多いのだから、当然お店同士の競争も激しくなる。さらにこのお客は味(と財布の紐に)うるさい学生諸氏達だし、当然男の子同士や女の子同士で、お店の情報を共有しあってもいる。

 そうなると不味い料理を出すようなお店は、早々に淘汰されるていくのだ。


「だから王都では、昔からこう言われているんだ。『コンスタンティーノの飯屋にハズレは無い』ってね」


 なるほどすごく説得力がある話だなーと、単純にその時の私は感心していた。

 同時にこうも思ったのだ。

 "美味しいご飯に溢れている『学園』って素晴らしい所だな"って。

 私が王女殿下のご学友の話を抜きにしても、なんとしてもアヤ・ソフィアに入学したくって勉強をがんばった理由の一つがこれだった。美味しいは正義だ。



 そして今現在。


(確かに美味しいですけどね……)


 私は"ハズレなし"と言われた料理を前にしても、その味を十分に楽しむ事が出来ずにいました。

 仮にだけど、もしここで『食堂で出された料理を楽しめない時、その理由を三つ挙げなさい』という問題を出されたら、今の私ならどんな風に答えるか。

(一つ目はその店の料理がとても不味かった場合。二つ目は食べた本人が味覚音痴だった場合。そして三つ目は――)

 ちらりとテーブルの向かい側に座っている御仁を眺める。


「――うん?」


 どうしたの?と視線で訴えられたので、私は曖昧に笑って誤魔化しました。

(……三つ目は緊張しすぎて味が分からなっているから、かな)

 目の前の"友人"は、そんな私の仕草が気になったみたいだけど、口元に運ぶスプーンの動きを止める事は無かった。


 ここはアヤ・ソフィアから坂道を下る途中にある、とある食堂の中。

 大勢のお客さんで賑わう店内の一席には、 明るい小豆色( ・・・)に髪色を変えられたこの国の王女様が、庶民に混じって美味しそうにご飯を頬張っている。


(どうしてこうなったんでしょうか……)


 その理由は一時間ほど前に遡る。




 ○ ○ ○




「じゃあさっそくお買い物に行こうっ!!」


 青い髪の侍女・アリサさんから"今後の予定"が語られた後、ユーリは私の手を握るとこう宣言した。


「お、お買い物、ですか……?」


 アリサさんから告げられた"予定"の内容を、上手く飲み込む間もないまま、私は呆然と聞き返していた。


「そうだよっ。なんたってわたし達の初めての冒険だもの。念入りに準備しなくちゃ!!」


 そう言って輝かんばかりの笑顔を向けてくれるユーリ。

(いやいや、冒険って)

 入学式まで後一月足らずのこの時期に、わざわざやる事ですかと突っ込みたい所なんですけど。

 そんな思いでユーリの侍女さんにちらりと目をやれば、アリサさんは涼しい顔のまま「反論は認めませんよ」と青い瞳で冷たく見詰め返すだけ。どうやらユーリとお買い物に行くという、彼女のその決定を覆す事は不可能なようです。

(最近こんなんばっかだよ……)

 回避不可のイベントが目白押しすぎて泣けてきます。


「あ、あの。それで準備って何をするんですか?」


 避けられないのなら、なるべく前向きに考えよう。そう心に決めると、余計な問題は最近着実に増えていく心の棚へと放り込んで、気持ちを切り替ることにしましょう。

 

 そうしてようやっとユーリに質問を返したんだけど


「それはもちろん、三人で仲良くお買い物をする事だよ!!」


 なんていうか、うん。彼女の言っている事の意味は良く分かりませんでした。


 "大地の巡礼"がどんなものだったか、とっさの事過ぎて記憶の中から上手く思い出せない。それでも往復で二十日間も掛かるんだから、私たちにしたら確かに冒険だろう。だからそう、そりゃ念入りな準備が必要になるのは私にも分かるよ。


 でもユーリのこの様子を見ると、いろいろな物資を用意していく事よりも、ただ単に私と一緒に街で買い物をする事が楽しみなだけなんじゃないかと思えてくるんですが?

 

 私はもう一度助けを求めるべく視線をアリサさんへと送ったんだけど、青い髪の侍女さんは今度は目を瞑って知らんぷり。この人ってほんといい神経してるよっ!


 若干涙目になりながらも、もう一度ユーリの顔を見詰める。

 私とアリサさんのやり取りを見て、不思議げに首を傾げるそのお顔には、先程見せた幼い嫉妬心はもう見られなかった。

 変わりにそのクリクリっとした愛らしい瞳には、私と一緒にお出掛けできる事への、純粋な喜びに満ちているように思えた。

(……綺麗だな)

 その黒曜石のような輝きを持つ黒い瞳をじぃっと見てると、自然とそんな感想が浮かんできた。

(不思議な方だな)

 この子は本当に不思議な子だと思う。王女様らしかわぬ数々の行動もさることながら、ユーリを見ていると不思議と私の心が安らぐ気がする。

 今だったそう。

 会って早々に、突然二十日間の旅に行って下さいと言われてすごく混乱していたのに、今ではなんだかそれも悪くない気がしてくるのだ。

(絆されましたかね)

 まだ出会って半日も経ってないのに。

 初めての友達だからと、心が甘くなっているのだろうか。

 長らく『引きこもり姫』をしていた自分には、今感じているモノの意味が良く理解できなかった。

 それでも―

(……まあイヤって感じではないですしね)

 それならそれで、うん。悪い事ではないんだろうし。

 そう思っていたところ。


「……マリアちゃん?」


 彼女の目を見ながら黙り込んでしまった私に、ユーリが若干不安げな感じで声を掛けてくれる。


 うん、大丈夫。今はまだ、ちょっと自分の心の中で分からない事もあるけど、ユーリと一緒なら大丈夫。

 だからね――


「――うんうん、なんでもないよユーリ。それでお買い物にはどこに行くんですか?」


 明るい声を出してユーリに聞く。するとまたあの明るい満面の笑顔を浮かべると


「あ、うんっ。えとね、アヤ・ソフィアを出たところにある商店街にね―――」


 そう言って嬉しそうに話し出すユーリ。

 その話を私は、静かに相槌を打ちながら聞いていたのでした。



 ○ ○ ○



(――あのときユーリは確かに三人でって言ってましたよね)


 ほんの数時間前の会話を思い出しながら、私はテーブルに並べられた野菜のスープを口に運んだ。コンソメが良く効いているのか、濃厚な味わいは満足のいくものだった。

(……でもまさか、護衛がアリサさん一人だなんて思いもよりませんよね)

 てっきり私達三人を囲むように近衛の騎士さんがずらりと並ぶんだとばかり思っていたんですけど。蓋を開けてみれば、ユーリもアリサさんも庶民が着るような服を着て、当たり前のような顔をしてここにいる。

(今朝私を迎えに来た騎士さん達はどこいったんですか?)

 こんな時のための近衛でしょう、仕事しろよ仕事を。

(まあ、確かにアリサさん一人いれば十分なんでしょうけど)

 彼女の実力を教えてもらった後だから、一応納得は得られたけどさ。

 テーブルを挟んだ向かいの席で、そろって日替わりランチを食べているお二人の姿を眺める。


 ユーリは若草色のワンピースにカーディガンを羽織った格好をしている。特徴的だった黒い髪を、小豆色に染め直しながらだ。それは彼女が身に着けている赤い宝石型の魔法具のおかげらしく、今はそれを耳の辺りに髪飾りにして着けている。

 アリサさんは紺の制服はそのままだけど、白いエプロンや頭の上に着けているやつ(?)を取っただけの姿だ。それだけでも侍女さんとしての印象から、ガラッと違って見えるから不思議だ。

 こうして二人並んでみると、ちょっと裕福な商家の姉妹のような感じに見える。それに白いブラウス姿の私が加わると、仲の良い三人組の出来上がりだ。

(今日は畏まった格好で来なくていいと言われたのは、この為だったんですね)

 ドレスを着てくるなという話は、このための布石だったわけですか。 


 それでもまあ、あれだ。いくらお二人が場に溶け込んでいるとはいえ

(この光景ってすごく胃に悪いのですが)

 いくら私が奇人変人の集まるシュタットフェルト家の一員であっても、この状況には緊張しちゃうのですが。


 "一国の王女様が御付の者を一人だけ連れて、友達と一緒に下町の食堂で食事を取っている"


 私が読んできた小説などの物語の中になら、割と良くあるお話だ。そこからいろいろな出来事が起こって、物語が動き出すのが王道のストーリーだ。

 だがそれはそれ、これはこれだ。

 いくら物語のなかに良く有るシュチュエーションだからといっても、はたして現実にそれをやってしまって良いものなのか。ましてやそれは他人事ではなくって、今私の身に実際におこっている事なのだ。

 当事者になった見て初めてわかった。精神的にこれはきついです。

 "警護は本当にアリサさん一人で大丈夫なのか"

 "もしも王女様が誘拐されちゃったらどうしよう"

 私の頭の中にいろいろな不安がよぎるんですけど、当のご本人は気にしたそぶりなど微塵もありません。むしろさっきよりも、更に生き生きと輝きだしている気がするのですが。

(常識ってなんなのでしょうね……)

 もしかして私がそう思い込んでいるだけで、世の中は案外いい加減なのかもしれない。


「さっきからため息ばかり出てるよ、マリアちゃん。もしかしてここのお料理、あんまり美味しくなかった?」

 

 どうやら考え込みすぎて、ユーリに要らぬ心配を掛けてしまったようだ。

 いかんいかん。私のせいでまた不安そうな顔をさせてしまう所だった。


「いえいえ、そんなことないよ。特にこのスープは野菜の味がしっかりしていて、とても美味しいしね」


 ユーリに向かって、私はそう笑いかける。

 私の答えを聞いたユーリは、笑みを浮かべてこくこくと頷く。


「うんうん、そうだよねっ。見た目はシンプルなのスープに何でこんなに美味しいんだろうね?」


 そんな私達の会話に、アリサさんも会話に加わってきた。


「おそらく味付けに使っているコンソメが、野菜に良く染み込んでいるのでしょう。煮込み具合いも最適のようです」


 そう答えるアリサさんの声は、アヤ・ソフィアの応接室にいた時よりも、口調が柔らかくなっていた。


「へーそうなんだ。アリサって本当に物知りだよね。お料理も自分でも作ったりしていたの?」

「はい。神殿での修行は基本的に、みなで自炊をしてましたから」

「マリアちゃんはどう?」

 

 ユーリがそう話を振ってきた。


「うーん、館にいる時にはお料理をした事はなかったですね。あ、でも、二番目の姉が軍の仕官をしているので、姉が休暇の時によく、二人で野外訓練に連れて行かれてましたよ。その時にちょこっとだけお手伝いを……」

「へー、すっごーい。マリアちゃん野営とか出来るんだー」

「ええっと、うん、そうですね。あーそういう時は、日持ちのいいライ麦パンを良く使ってましたね」


 あと干し肉とか、森で取った薬草とかを食べてたな。ちょっと前のことなのに懐かしい。


「このパンもライ麦パンだしね。パンの酸味がスープによく合って、それでまた美味しく感じるよ」

「ユーリはライ麦パンが好きなんですか?」

「ユーリ様はパンなら何でも大好物でございますね」


 アリサさんがそう教えてくれる。


「うん、パンはどれも大好きなんだっ。マリアちゃんはどうなの?」

「私は―――」



 まあそんな感じで。

 三人で会話を挟みながら食事を続けていくうちにふと気付いたのだ。

 ケント兄さんが言っていたとおり、コンスタンティーノの飯屋さんに、を確かにハズレは無かったようでしたねって。

(そういえば前にイリス姉さんが言っていたっけな)


『家族と食べてる時のそうだけどね。特に親友と一緒の食事の時は特にそうなんだよ。あのねアズ、お互いに気を許せる相手と一緒に食べてる時のご飯にはね、なによりも友情が最高の調味料になるんだよ』


 そう笑顔と共に教えてくれたイリス姉さん。姉さんがその時思い浮かべていた親友とは、きっと昨日会った『木洩れ日』のアニスさんの事だったんだろうな。

 昨日のアニスさんの顔を思い出しながら、今のこの食卓の事を考えてみた。

 ちらりともう一度二人の事を見る。

 二人とも(アリサさんは無表情にだけど、それでも)美味しそうにご飯を食べていた。


 なら私達にとって"最高の調味料"とは、ユーリともう一人、アリサさんも加えたこの三人の事になるのかな。


 なぜならコンスタンティーノの坂道にあるこのお店に入る時も、そして食事を食べ始めたときにも感じていた不安やら緊張感などは、三人で美味しいご飯を食べていく内に、段々と薄くなっていっていきましたし。

 そして同時に、今こうして三人そろって食事をしているって時間が、とても楽しく感じてきたのも事実でして。



 それなら、うん。

 きっとこの三人なら、ご飯を食べるときの"最高の調味料"である『親友』に、これから少しずつなっていけるのかもしれない。

 それはきっと――

(うん、きっとそれは、とても素敵な事だよね)


 そう思うと、今日のご飯がますます美味しくなっていく気がする。そんな午後のひと時だった。






お待たせしました。

今回のお話から第三章のスタートです。例によって暫くは(仮題)としています。

また同時に第二章のタイトルを付けました。「『眠り姫』とクロとアオのお姫様」です。


後ほど誤字等の修正を行いたいと思います。感想なども送ってもらえると嬉しいです。

これからも『眠る私とお人形な王女様』をお楽しみいただければ幸いです。


5/20 誤字の修正並びに本文を一部加筆

6/18 本文中の表現等を一部修正

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