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眠る私とお人形な王女様  作者: フォグブル
第二章 『眠り姫』と黒い髪のお姫様
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第三話 「はじまりの言葉」

 一頻り三人で笑いあった後。


 最初に正気を取り戻したのは青い髪の侍女さんだった。

 彼女は笑いの虫が収まると、壁際に用意されていたティーセットのもとへと向かい、私と殿下の紅茶を淹れてくれた。テーブルの上にカップを並べる仕草は堂に入ったもので、直前まで声を出して笑っていたのと同一人物とは思えないほど洗練されたものだった。さすがは殿下のお側つきの方、切り替えが早いです。

 

 一方のユーリ殿下はというと、よほどつぼにはまったのか、ソファーに顔を押し付けるように突っ伏したままだ。その仕草に下品な感じの印象は受けないのの、ピクピクと身体が震える様子からして復帰には今しばらく時間が掛かると見える。

 そんなお二人の対照的な姿を見て、私も気持ちが落ち着いてきた。


 淹れたての湯気が昇る紅茶へと手を伸ばしつつ、なんとなく王女殿下の侍女さんのことを目で追っていた。

 この侍女さんは見た目15歳くらいだ。王宮の侍女としてはオーソドックスなものであろう紺色の制服を身に着ているんだけど、髪型はわりと自由にしているみたい。我が家のメイドさんはみんな髪を頭で一括りにしているけど、彼女はその青色をした長い髪を真っ直ぐ背中へと流している。それじゃ邪魔じゃないのかなーって思うんだけど、見た限り気にしている素振りは無い。慣れてるのかな?


 こっそりと様子を窺って見てきた感じでは、その顔に先程大笑いしていた時の名残は無い。今は侍女としての役目に徹するかのように、無表情な顔だった。紅茶を口にしつつもじぃっと見詰める不躾な視線に気付いたのか、彼女は一瞬私に目線を合わせてきた。


(……うっ)


 目は口ほどにものを言うとは聞くが、うん、さっきの事でなんだろう。思いっきり睨まれてしまいました。


(いやまあ、悪かったとは思うけどさ……)


 最初に噴出したのはあんたでしょうが。そんな意味を込めた視線を再度送るが、この侍女さん思いっきり無視してくれやがりました。ツンとしたその態度からは、無表情ながら怒っているありありと伝わってくる。

 そんな彼女の姿にちょっと驚く。なんていうか、そう、実家に勤めているメイドさん達と比べると感情が丸分かりなんですよね。

 ご本人もその事は分かっていたようで、今一度気持ちを切り替えるように「コホン」と小さく喉を鳴らすと、元通りの冷静な雰囲気を取り戻していた。


(……本職さんじゃないのかな?)


 中身が半分ほどになったカップをテーブルに戻しながら、そんなことを思う。

 これでも侯爵家のご令嬢なんてやっている身です。普段は引きこもっている私ですが、身の回りの世話をしてくれてる彼女たちを(遠くから)見てるから分かるというか。

 なんというか一流のメイドさんならば、自らの主人を煩わせないようにと、まるで風景であるかのごとくその場の空気に溶け込んでしまえるのだ。

 そんなメイドさん達と比べてみると、彼女は立ち居振る舞いは確かに隙は無いけれど、なんとなく感情がダダ漏れなあたり、本物のメイドさんではないのかもしれない。


 だとすると彼女は――侍女に扮した護衛かなにかか。


 その可能性に行き着き、心の中の『彼』が侍女さんに対して警戒心を浮かべてくるが――


(……まあ、どうでもいいか)


 それを思いっきり心の棚へと放り投げる。

 これも生前の『彼』の癖の一つなんだろうけど、臆病というか怖がりというか、とにかく警戒心が強いのだ。それでいて相手のことを慎重に、かつ冷徹に見極めようともしてるし、ちぐはぐな感じなんですよね。

 『引きこもり姫』だった私の経験から言わせて貰えば、別に他人の目を無闇に怖がっているという訳では無さそうなのだ。むしろ仕事中のロッテ姉さんの様に、戦場で敵に隙をみせないぞって身構えているような感じがするんだけど、どちらにしろ振り回される身としてはめんどくさい事この上ない。


(軍人と言うわけではなかったと思うのですが……?)


 私の『前世』なのに謎だらけだ。


 まあ『前世』のことは置いといて。彼女の役割が何であれ、悪戯に頭を働かせてもいい事ないし、推測だけで判断してもしょうがない。むしろ侍女の振りして護衛してるんだーと思うと逆にワクワクしてきます。第一王女殿下の秘密の護衛ってなんかカッコイイですしね。

 そんな私の心情が伝わったのか。青い髪の侍女さんは私の視線に怪訝な顔を浮かべていた。その時の仕草がなんというか


(なんか可愛い)


 この侍女さんを観察するだけで、なんだかほっこりしてきました。


 そんな感じで私と侍女さんが交流(?)を深めている間に、ユーリ殿下のほうも落ち着かれたらしい。

 蹲っていた上半身を起こすと、「すーはー」と何度か深呼吸を繰り返してお顔を上げられた。若干目に涙が残っているけど、シャキッとしたその表情は王女様のそれだった。


「先程はごめんなさいね、マリアちゃん。いきなりお顔を覗き込んじゃったから、驚かせちゃったよね」


 そう言ってはにかむ様に微笑まれはユーリ殿下は、私に向かって軽く頭を下げてくれた。


(……って)


 まてまてまて。なんで殿下が頭下げてるの!?


「ぅえっ?!。 いいぃえ( わたくし)の方こそ王女殿下に対して大変失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんっ!!」


 突然の謝罪に落ち着きかけた気持ちが再び混乱する。高貴な方に先に頭を下げさせたと言う事実に、私の方こそ謝らなければと膝におでこをくっつける勢いで頭を下げる。


(えとえと、こんな場合はどうすれば良いんでしょうかイリス姉さん!?)


 想定外の事ばかりで頭がどうにかなりそうです。


 落ち着けとばかりにイリス姉さんから教わった内容を必死に思い出そうとしていたんだけど、そんな風に混乱しかけた私の意識を


「こほん」


 侍女さんが咳を鳴らして呼び戻してくれた。

 その声にはっとする私。慌てて見上げれば、しっかりしろよと云わんばかりの冷たいお顔。その目に真っ直ぐ見詰められていると、波が引くように混乱していた心が落ち着いてきた。

 危ない危ない。また同じ事を繰り返すところだった。内心冷や汗をかきながらも、頭に冷静さが戻ってくる。そのことが分かったのか。


「あなたの事はこのような場に不慣れであられることも含め、事前に侯爵家の方から窺っております、アズマリア様。しかしここは公式の謁見の場ではなく私的なものです。なによりユーリ様ご自身が畏まったものを望まれてはおりません」


 だから普段通りにしろ。最後に視線でそう告げてくる侍女さん。


「うん、ありがとうアリサ。あのね、わたしから言うのも変だけど、マリアちゃんも普段通りにしてほしいな」

 

 ユーリ殿下もそう言ってニコニコ顔で笑いかけてくる。

 ここまでお願いされたら無下にはできないです。宮廷作法とか格式とかいろいろと無視する事になるけど、正直一杯一杯私にとってもこの申し出は有難かった。


(王女殿下って私と同い年のはずなのに)


 私のために気を配ってくれているんだ。

(……すごいな)


『人形姫』と呼ばれ、少々型破りではあってもやはりこの国の王室の一員なのだ。『眠り姫』ごときでは太刀打ちできないお人なんだろうな。


「……わかりました」


 なら『眠り姫』である私は、もう一度ここから始めよう。

 そう思い、殿下の前へと右手を差し出す。

 その意味に気付いてくれたのだろ、ユーリ殿下は一瞬驚いた顔をなさったが、直後に満面の笑顔を浮かべると、私の手を握り返してくれた。


(……あたたかい)


 初めて触れる手の温もり。それを確かに感じながら、延ばし延ばしになっていたはじまりの言葉を王女様へと伝える。


「はじめましてユーリ殿下。私はこの度貴女のご学友に選ばれました、アズマリア・シュタットフェルトです」


 ―よろしくお願いしますね。


 そう言って私はぎこちなく笑ってみた。



 ▽ ▽ ▽



「よろしくお願いしますね」


 恥ずかしげに、だけどしっかりと目を合わせながら。彼女はそう言って、わたしの前で初めて笑ってくれた。

 それだけで胸が一杯になるほど嬉しい。


 お母様からずっと聞いてきた、わたしの初めてのお友達になる女の子。

 ずっとずっと、今日という日が来るのを楽しみにしていた。

 その彼女がそこにいる。わたしの手を握ってくれている。

 そのことが実感できて、涙が出てきそうになる。でも我慢しなくちゃいけない。今涙を見せてしまえば、きっとまた彼女を混乱させてしまう。

 彼女の話はイリスさんから聞いている。今までどんな風に暮らしてきたのかとか。

 

それなのに今日は嬉しい気持ちが先走っちゃったせいで、彼女を不安がらせてしまった。ようやく会えた事に勢い付いちゃって、まだ心の準備もできてないはずの彼女に握手をせがんでしまったのだ。

 だけどそんなわたしに驚いた顔をしたり、なにかを考え込んでしまったりした彼女の仕草はとても可愛らしくって。ダメだって思もっても我慢できづにアリサと一緒に笑ってしまっていた。そのせいで彼女を傷つけてしまったんじゃないかって焦ったりもしたけど、彼女も一緒になって笑い合えてるのを見てホッとした。ホッとしたらもっと可笑しくなっちゃって、三人の中では最後までピクピクと震えてしまっていたけど。


 でもその時に思ったんだ。

 この子と友達になりたいって。


 お母様が決めたからじゃない。わたしが友達になりたいって決めたんだ。

 なら今は笑おう。精一杯明るく振舞おう。

 せっかくの記念日なんだ。泣いてばかりだともったいない。


 だから――


「うんっ、よろしくねマリアちゃん!!」


 はじまりの言葉は、とびっきりの笑顔と共に。





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