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眠る私とお人形な王女様  作者: フォグブル
第一章 『眠り姫』が外に出るまで
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第八話 「木洩れ日」

 ロッテ姉さんから衝撃の事実を聞かされてから約半時後。

 姉さんに連れて来られた喫茶店の席で、私はテーブルの上に突っ伏していた。

 

 侯爵家の娘としてははしたない格好をしている事は十分判っている。判っているのだが……

(朝からイベントが起こりすぎだよ……)

 こうも立て続けにいろいろとあっては疲れきってしまうのもしょうがないだろう。

 だらしなくテーブルの上に乗せられた私の頭の横には、ほんのりと湯気が上っている紅茶が注がれたティーセット。そのカップから漂う甘い香りが鼻をくすぐる。いつの間にか脱がされていたローブに変わって、窓から差し込む暖かな日差しが私の身体を優しく包み込む。

 

 朝から大泣きしたり、しんみりとした話を聞いたりしてきたからか。なんだかとても眠くなってきた。

(いつもならこのまま眠ってしまうんだけどな……)

 一時間か二時間か。それくらい眠ってこれば、大抵のことはどうにか受け流せてしまえる。沢山悩んだ事も、とても怒った事も、全部綺麗に整理されて私が受け止められる形になっていく。いままではそうしてきたのだ。

(でもなー)

 でもなんか違う。良く分からないけどそう、なんか違うのだ。

 いつもなら眠ってしまえば万事解決なのに、今日はそれをしちゃいけない気がするのだ。

(なんなんでしょーかね、この感覚は?)

 自分の事なのに、自分でもよく分からない。

 ただいつものように、眠ることが正解じゃないって気がする。それだけなのだ。

(ま、いっか)

 考えても仕方がないし。朝からいろいろあったから疲れているのだろう。それにせっかくの三人でのお出掛け中なのだ。途中で眠るなんてもったいないし。

(とーすると)

 おでこを持ち上げ前を見る。あごをテーブルに立てるという格好は子供っぽいけど気にしない気にしない。

 

 そうやって目の前に座る二人を見上げてみる。ロッテ姉さんはいつも通りの落ち着いた顔だけど、ケント兄さんが私を見て噴出しかけたのは、まあ追及しないで置こう。お仕置きは全てミランダさん任せだ。

(いったいどこからどこまでが嘘なんでしょうかねー)

 そんな二人を眺めながら、私は先程の話を思い返す。

(王女殿下のご学友、かぁ)

 正直まるで実感がない。そもそも自分が選ばれるなんてこれっぽちも思ってなかったのだ。なにせ私は『引きこもり姫』。勉強には少し自身があるけど、その他に特に才能があるわけではないのだ。

(選抜会を無難にこなせば終わりだと、そう思ってたんですけどね……)

 実家の顔に泥を塗らない程度に頑張ればそれで終了。私に選考会を合格する要素などまるでないのだから、どう転がっても不合格は確実のはず。そうして無事に役目を果たしたら、後はアヤ・ソフィアに入って悠々自適の学生生活をおくるつもりでいたのだ。

 たまに王女様を見かけることはあっても、遠くから眺めているだけの関係。そう勝手に思っていたからこそ、選考会の準備などそっちのけでアヤ・ソフィアへの入学試験に向けた勉強に力を入れてきたのだ。


(……そんな私はどう見えたのかな)

 

 王女殿下のご学友に選ばれるはずなどないと高をくくり、もう合格し終えている試験に向かって我武者羅に勉強している私を見て、彼らはなにを思っていたのか。

 笑い者にして見てたのか。それとも滑稽だとバカにしてたのか。

 もしかして他にも裏切っている事があるんじゃないのか。

【オレのほんとうのカゾクじゃないコイツは】


「うがっーーーーーーーーーーーー!!」


 思考の海に沈んでいた私は、突然浮かんできた考えに反発するように大声を上げてると、椅子から勢い良く立ち上がる。そして驚きの表情を浮かべたロッテ姉さんへビシっと指さすと、怒涛のごとく問いかける。

「ロッテ姉さんっ!!」

「う、うむ。なんだ」

 私の勢いに押されたのか、珍しい顔をする姉さん

「この話に変な裏とか陰謀がないって本当なんですね!?」

「あ、ああ。姉上と私とで確認は取ったから間違いないと……」

 よし次っ。

「ケント兄さんっ!!」

「は、はい!?」

 矛先を向けられて素っ頓狂な返事をする兄さん。

「ケント兄さんの言った事にも嘘はないんですよね?!」

 そうまくし立てる私に

「ええと、嘘って言うのは……?」

 しどろもどろに聞き返す我らが長兄。

「今話したことにもう嘘は混じってないのかって聞いてるんですよ!!」

「はっはい! もう嘘などついておりません!!」

 うん、ならば問題なし。

 末の妹の突然の行動に唖然とする姉さん達をおいておいて、私はテーブルに置かれたままの紅茶を勢い良く飲み干す。そうしてドスンと椅子に座ると

「ふんっ」

 鼻息荒く腕を組むと、天井近くの虚空を睨みつけた。


(まったく、この人たちを疑うなんてなにを血迷っているんだ私は)

 私を笑い者にした?滑稽だとバカにしていた?

 だからどうしたって言うつもりなんだろうかねまったく!。

 大方『前世』の記憶が余計な事をしてきたんだろう。人の心がショックで弱っている隙を狙うなんてふてぇ野郎だ。私を甘く見るのも大概にしろってんだ大ばか者め。

『前世の彼』がどんな未練を抱えているか知らない。今なおなにを思っているかも知らない。だいたいどうして私に『前世』の記憶が残っているかさえも分からないのだ。

 だが"私"は私だ。『前世の彼』ごときに譲ってやる気など毛頭ない。

(なぜなら私はアズマリア・シュタットフェルト。 リリーナ・シュタットフェルトの娘にして、泣く子も黙るシュタットフェルト侯爵家の一員だからだよバカ者め)

 首元にかけられた銀の首飾りを握り締める。12年間培ってきた家族の絆をなめんなよ。


 そうやって『前世の彼』に対して戦意をむき出しにしていると、どこからかクスクスと可笑しげに笑う声が聞こえてきた。その声に驚いて振り返ってみると、お店の奥から一人の女性が私たちの座るテーブル席に近づいて来ていた。


「なるほどなるほど、この子がアズマリアちゃんなのね。イリスちゃんが可愛がるのも分かる気がするわ」


 そう言って優しく微笑みかけてくるお姉さん。その唐突な登場に呆然としていた私も、つられて軽く会釈する。

 と同時に頭に冷静さが戻ってきたので、慌てて今いる場所を再確認。首を左右に振って見て見れば、うん、どこからどう見てもお店の中ですよね。

(……え、あれ?)

 つまり私はこの中で奇声を上げたりしていたのでしょうか……?



 その事実に気が付くと、私はもう一度テーブルに突っ伏す。

 ……今度は顔を真っ赤にして。



 ○ ○ ○



「それじゃ改めまして、こんにちわ。私はこの店の店主をしているアニスといいます」

 

 ヨロシクね。そう笑いかけてくれるお姉さん。


「こ、こちらこそ初めまして……」

 

 先程の事を見られた恥ずかしさで少し(ほんの少しだけだっ)顔を赤らめたまま、しどもろどろになりながらも挨拶を返す私。思えば領地の館を出てから、初めて家族以外の人と面と向かって言葉を交わした事になる。

(というか誰?)

 イリス姉さんの名前が出てたけど?

 そんな私の疑問を感じ取ったのか、ロッテ姉さんがお姉さんの事を教えてくれる。


「そう警戒するなアズマリア。アニスさんは姉上の学生時代の同級生だった人でな、私も士官学校時代にお世話になった方だ」

「そうそう、イリスちゃんとは同じ釜の飯を食べた仲なのよ。学生だった頃のロッテちゃんやケント君もよくお店に来てくれたしね」


 そう懐かしげに話すお二人。その姿を眺めながら、私も彼女のことを思い出していた。


「ああ、思い出しました。イリス姉さんの第一のご親友ですよね」


 いつか貰った手紙にそう書いてあった。イリス姉さんが、本当の意味で信頼を寄せる人物の筆頭に挙げていた友人。


「あらあら、第一の親友だなんて光栄ね」


 亜麻色の長い髪を揺らしながら、嬉しそうに笑うアニスさん。


「でも本当にイリスちゃんの言ってた通りの子ね。なんだかほうっておけない感じがするもの」


 彼女はそう呟くと、私の席に寄ってきて


「……髪に触れられるのはお嫌い?」


 そう尋ねてきた。

 その問いかけに、フルフルと首を横に振ることで大丈夫だと伝えると


「じゃあ、ちょっとだけ失礼するわね」


 そう断ってから、アニスさんは私の頭を優しく撫でてくれた。


「……」


 家族以外に触れられるのは、物心付いてからだとおそらく初めてだ。そんな事も経験してこなかったことに驚きを覚えてしまうけど


 「~~~ッ」

 

 その優しい手つきに、いやな気持ちも薄れていって癒されてしまう。上目遣いにアニスさんを見上げると、目線を合わせてニッコリと微笑みを返してくれた。

 その仕草一つで分かった気がする。確かにこの人はイリス姉さんの一番の親友だ。

 アニスさんに頭を撫でられたのはほんの十秒くらいだった。彼女はゆっくりと私の頭から手を離すと


「それじゃあゆっくりしていってね」


 みんなにそう告げるとカウンターの奥のほうへと戻っていった。

 その後姿を見送りながら


「……なんだかすごい人ですね」


 そう呟くと


「ああ、さすがは姉上のご友人であられるな」

「あの人にはなんでか頭が上がらないんだよね」


 ロッテ姉さんとケント兄さんもそう同意してくれた。



 ○ ○ ○

 


 彼女が去ってから、私は改めてお店の中を見渡してみた。

 先程お昼を食べた喫茶店は石作りの建物だったけど、このお店は木で作られているみたいだ。店内はそれほど広くはないが、庭に面した部分をサンルームみたいに一面ガラス張りにしてあった。私たちが座っていた席は、お日様の光が降り注ぐガラス窓の横だったのだ。

(どうりでポカポカと暖かかったんですね)

 その窓から外を眺めると、バラなんだろう。背の高い生垣に囲まれた小さなお庭があった。小さな花壇が設えられたその庭の向こう側に、王都の街並みが広がっているのが見えている。生垣に囲まれているからはっきりとは分からないが、このお店はコンスタンティーノの中でも結構上の場所にあるのかもしれない。

 

 植物達の緑に王都の街並みだけでも十分に綺麗なお庭だが、なによりも目を惹くのは大きく枝葉を伸ばした大木だろう。彼の作る木陰が日の光をより優しいものに変えているのが分かる。


 「……立派な樹ですね」

 

 私は無意識の内に、そう呟いていた。


「ああ、百日紅の樹だな。王都では珍しいものらしい」


 まさかロッテ姉さんから答えが聞けるとは思わなかったので驚いてしまう。そんな私の反応が可笑しかったのだろう


「アニスさんから学生時代に聞いたのだ」


 そう笑って教えてくれた。

 百日紅の樹か。帰ったらどんな樹か調べてみよう。



 それからは私も、そして姉さん達も、アニスさんのお店で午後のひと時を過ごしすことになった。思えば王都に来て5日。こんなに穏やかな時間は初めてだった。

「……」

 本当はこの機会に聞きたい事がいろいろあった。私だってシュタットフェルト家の一人なのだ。姉さん達が今日語ってくれた事が丸っきり嘘ではないにしても、本当の事を全部話してくれたのではない事ぐらい察している。たしかに調べられる範囲では裏はないのだろう。でも父さんや姉さん達でも調べられない所はどうか。

(――たとえば陛下のお心とか)

 ご自身の大切な『人形姫』の相手に、なぜ私を選ばれたのか。その意志や目的はなんなのか。

 そして私の見立てが正しければ、家族の内の何人かはその理由を知っているのではないだろうか?


 王女殿下のご学友に私が選ばれた理由。

 その事を分かっていても黙っていた理由。

 そして嘘までついて私を送り出してくれたことの意味。


 今尋ねれば教えてくれるだろうか。陛下の思惑も、私に黙って隠された事の意味も、そこに込められた思いや願いも、全部包み隠さず話してくれるだろうか。

 それを全部聞き出したい欲求が湧いてくるが――

(……野暮なことなんでしょうね)

 ここで聞いてもしょうがない事なんだろう。

 私は家族のことをなにがあっても信じている。だからきっと、話してくれないのは全て私のためなのだ。

 自惚れでもいい。私はそう信じるのだ。

(ならそれで良いでしょう)

 せっかくこんなに素敵なお店にいるのだ。今日という日をこのまま穏やかな気持ちで終えるのは、うん、きっと悪い事じゃない。


 アニスさんが新しく入れてくれた紅茶を飲みながら、私はそう思うのだった。



 ○ ○ ○



「アヤ・ソフィアに入ったら、またいらっしゃいね」


 そう言ってアニスさんは私たちを見送ってくれた。ケント兄さんが会計を済ませている間にくれたカードには、お店の場所と『喫茶・木洩れ日』という名前が記されていた。

 お店の入り口に続く緑の回廊を歩きながら、前々から気になっていた事を聞こうという気になった。


「ロッテ姉さんに聞きたいんですけど、アヤ・ソフィアって制服の上からローブを羽織るのってアリなんでしょうか?」


 ロッテ姉さんは私の質問の意味に気付いたのだろう。振り返りながら立ち止まると、真剣な顔をして答えてくれた。


「……校則上は問題なかったはずだ。制服の上からという前提でだが、よほど奇抜でない限り咎められる事はないだろう」


 そう言って私の手にかけられたままの灰白色のローブを見やる。ケント兄さんが優しく「羽織るのを手伝おうか?」と尋ねてくれるけど、私は首を振ってその申し出を断った。


 "灰白色のローブ"


 領地の館に引きこもっている時から、ずっと愛用してきたローブだ。

 野山に出掛けるときも、ピクニックに行くときも。

 自分の部屋から出るときにさえ、身に付けていた時期もあったのだ。

 恥を忍んで告白するならば、『前世』の記憶の弊害の一種とやらで、私は自分の姿を家族以外に見られるのがまるでダメなのだ。そのためローブを羽織る事はある意味自分の身を守ることだった。

 最近では他人に私を見られることに抵抗は薄まったのだが、なんとなくで今日も羽織ってきてしまっていた。


(でもアニスさんは大丈夫だった)


 彼女に会った時、ローブは脱がされたままだった。それでもアニスさんと話している間、私はいやな気分になることはなかった。

 ならば他の人、たとえば王女殿下や、まだ見ぬアヤ・ソフィアの級友達が相手でもきっと大丈夫。もうローブの守りがなくてもやっていける。

 根拠としてはたったそれだけ。でも私はそれで十分だと思う。

(なんといったって、アニスさんはイリス姉さんの一番の親友さんなのだから)

 そんな決意を胸に、私はローブを羽織らずに歩き出す。その後ろをロッテ姉さんとケント兄さんが、何も言わずに付いてきてくれる。無言のままの二人に、私の小さな決意が伝わったのが分かってちょっぴり照れくさかった。



 日が傾き出したコンスタンティーノの丘の坂道を、三人並んで降りていく。相変わらずにぎやかな通りには、アヤ・ソフィアの学生さんの姿も多かった。ローブ越しではない風の感触にちょっぴり新鮮さを感じていた私は、彼らの姿を見てあることを思い出した。


「そういえばロッテ姉さん。結局のところ明日ってなにがあるんですか?」


 もともと今日は入学試験の会場を下見するのが目的だったのだ。その試験自体が姉さん達の嘘だと分かったから、こうして帰路についているんだけど。


「入学試験は無いにしても、姉さん達も明日はお休みを取ってますよね」


 ずいぶん前から二人とも明日の試験に合わせて休暇を取っていた。今日を休みにできたのはたまたま運が良かったって言ってたし。今日はたまたまで、じゃあ明日の休暇はなんでなの?

 そんな疑問だったのだが


「ん? そういえばまだ言ってなかったな」


 そう答えるロッテ姉さんの声に、私は今日何度目かの悪い予感を覚える。

 そんな私に気付いているのかいないのか。とっさに身構える余裕もないまま、ロッテ姉さんはさらりとこんな事を言ったのだった。




「明日はアズマリアとユーリ殿下との初顔合わせの日だよ」



 ……

 ……

 ……はい?



「はいいぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーい!?」




 こうして私の王都での初のお出掛けは、心からの叫び声と共に終わるのでした。



『眠る私とお人形な王女様』を読んでくださりありがとうございます。

PVを見ると、本当に沢山の方に読んでいただけたようでとても嬉しく思っています。

お気に入りに登録してくれた方、評価を付けてくれた方。なによりも本作に目を通して下さった全ての方に感謝しています。


さて、後付になりますが今回のまで話をもって第一章としようと考えています。次回からはいよいよ王女様との出会い編が始まります。

これからも『眠る私とお人形な王女様』を楽しんでもらえると幸いです。


6/20 本文の一部を加筆修正

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