第一話:一軍昇格
右田知夫の野球人生。
右田知夫24歳
ここ2、3年二軍に埋もれ、ルーキーイヤー以来の勝ち星を挙げれず、同期の河内貴哉や玉山健太らと肩を並べて投げてきた。高卒同期の栗原健太がスタメンを取った時は心底羨ましがった。そんな右田にもチャンスが訪れた。
2006年4月12日。俺はいつも通り球場で筋トレをやっていた。とそこへ、新投手コーチの清川栄治(45)が入って来た。
「おい、右田は居るか、右田」
「あ、はい」
一軍の投手コーチなので少し期待した。
「一軍で投げろ」
なんて言われたら這ってでも行く。いや這ってでも行きたい。憧れの広島市民球場のあのマウンド。ファンの目の前でストレートを投げ込むあの気持ち良さ。果たして、コーチは期待に応えた。
「一軍にいただろ、ロマノって奴。調子悪くてな。大島も。そんで穴埋めで一軍に上げた小山田がブルペンから調子悪くてな。しまいに肩痛めて二軍行きだ。その穴埋めで放り込んだ苫米地が打たれまくってな。すまんが右田、一軍行ってくれ」
「えっ、俺で良いんですか。モリチョー(森跳二)とか健太(玉山健太)とか居るでしょ。アーノ(フェリシアーノ)とかも」
「いや、山内が推薦したんだ」
「へぇ、山内コーチが」
「とにかく、明日付けで一軍昇格だ。市民球場で待ってるぞ」
そう言い残し、いつも通りの態度と、用が済んだ後の安堵感からかだらけた歩き方で出ていった。
それでも俺は勇ましく見えた。一軍昇格を伝えた清川一軍投手コーチ。俺を推薦した山内泰幸二軍投手コーチ。どれも有り難かった。しかし、ローテーション入りしないと意味がない。俺の戦いは始まった。