吉原指南 八
これまでか。さて平助にはどう説明したものかと清次郎が考え出したとき、思いがけない言葉がかかる。
「まあいいでしょう、あいつも私と一緒で、決めたら動かぬ男です。」
あっさりと予想を裏切られたことに驚く間もなく、道三郎はきゅっと顔を引き締めて言葉を続ける。思わず清次郎もぽかんと開きかけた口をきつめに締めた。
「ただし。もし平助に粗相や怠惰が見えましたらば、見逃すことなくお返しください。
未熟者とてここの門人です。狩野殿のもとにあろうと捨て置くことは出来ません」
視線で念を押されると、清次郎はゆっくりと頭を縦に振った。
「無論。ご安心ください」
きっぱりと清次郎が答えると、道三郎も満足した様子でうなずいた。
「どうぞ遠慮なく稽古してやってください。他所で稽古が出来ることも平助には良い経験ですので。狩野殿なら尚更だ。」
清次郎の腕前は、大蔵によって連れてこられたときに既に道三郎の目に留まっていて、尚且つ四大道場に数えられる練武館もお墨付きだと言うので、俄かに噂に上り始めていた。
しかし、清次郎は事情があって仮病を使い実弟に家督を継がせた為に変名を用いていたので、噂の人物が大蔵の連れてきた清次郎であると知ったのは、すっかりと打ち解けた頃だった。
実は道三郎からすれば、今回のことは平助との縁がもとで清次郎がこちらに居つくことにはならないかという期待をもっての答えだった。
噂に上る剣さばきを見てみたいという思いに駆られていた道三郎は、実際に清次郎と立ち会ってからはすっかりそのとりこになってしまっていた。
それをただ分家の客分にしておくには実にもったいないと思ったのだが、清次郎の人柄からして自分を拾い上げてくれた伊東道場からそう易々とは出まいとわかっていたのだ。
「ありがとう御座います。大事にお預かりいたします」
そんな道三郎の意図も知らず、清次郎はきっちりと頭を下げ礼をすると、あとはもう丁度良く運ばれた田楽と燗でいつものように飲み交わすのを待つばかりだった。
「しかし厄介だねえ、本当に振り売りをやるのが目的なんだろうか、あの武家の坊ちゃんは。」
一刻半ほどして清次郎が長屋に戻り、酒の匂いがほのかに漂う息で、意気揚々と喜市に成果を報告する。
喜市からしてみれば商売、しかも人様の持ち回りを預かっての事でもあったので、素人を連れて歩くだなんぞ、ましてや相手は武士とあって、気も遣うもので面倒と厄介以外の何者でもない。
しかし文句を続けようにも、酒の入った清次郎はすっかりといい気分で、人の良さそうな顔で「良かったなあ」だの「申し訳ないなあ」だの言われては、それ以上愚痴をこぼすことも出来なかった。
「まあ、千葉のお師匠さんの言うとおり、面倒を起こしたら例えお武家のお子でも、俺は清次郎殿につき返すからな」
とだけ告げると、かすかな抵抗のつもりか「俺は寝るよ」と清次郎を追い返すように寝転がって背を向けた。