拾五
明石に言われたとおり、廊下を囲むように巡らされた廊下の突き当りを右に進むと、左手に直ぐ入った日の光を跳ね返す煌びやかな襖があるのがわかった。
牡丹の他に孔雀の描かれたその襖絵は見事で、じいっとみつめれば盛り上がって見える羽の一枚一枚が震えてさえ見えた。それをわざわざ部屋の外で見せてしまう辺りが花魁の余裕なのかと平助は感心していた。
「すまねえ花魁、番屋の伊之助から案内されたんだが、ここに源次って髪結いがいましょう。ちっとお借りしたいんだが。」
腕を捕まれ下に引かれて、平助は音を立てて半ば崩れるようにして膝を突いた。見ればいつの間にか喜市はきちんと両膝をついて座していて、襖相手に恐縮しているかと思えるほど改まって話していた。平助は思わずまじまじとそんな喜市を眺める。
「だれでありんしょう」
奥から聞こえてきたその声は、さざめき合う周りの声とは一風違った、芯と張りのある声はまるで孔雀から出ているようで、妙にしっくりとした。
「へえ、俺は花売りの喜市ってもんですが、うちの若いのの髪が乱れちまって、これじゃあ商売にならないもんで、なおしてもらえやしないでしょうか。」
ひとつ間を置き、言葉が返される。
「伊之助どんが、どうして」
花魁は少し疑っているような口ぶりで聞き返す。すると喜市は一つ咳払いをした後で、少しばかり声を絞って再び襖の向こうへ声をかけた。
「たぼをちょっとばかし張り出させてほしいんだ。お忍びには目立つのでね。」
そういうとすぐさま孔雀の襖がすっと音もなくひかれた。現れた禿が頭を下げてすばやく横へと下がる。八重咲の言っていた「ご面相の良い禿」とはこの子だろうと喜市が直ぐわかるほどに、子供ながらに妙に凛としたものを持った禿だった。禿は襖をひききると同時に、白檀の香りが這うように漂い、中から新粉細工のような手がゆっくりと手招きをした。
禿の向こうにいたのは、髪をきちりと結い上げた花魁で、まだ昼見世のだいぶ前だというのにすっかりと身支度もされていて、微塵の俗っぽさもない、襖絵の奥にまた襖絵があったのかと思わすほどの美しさだった。
平助は顔をあげて、思わず口をぽかんと開いたまま小稲を見つめてしまった。
「あれ」
声を漏らして、小稲がくすりと笑う。視線を返されて、平助は思わずもう一度頭を下げた。
「それではお困りでありんしょう。源次でよければ使ってやっとくれなんし」
小稲が目配せをすると、禿は小さく頷き次の間へと向かった。
「どうぞ」
真っ白な手が、手招きをした。喜市は「へえ」と返事をして直ぐに入ったが、平助はというと声を掛けられてまた顔を上げたものの、小稲にすっかり目を奪われて固まったしまっていた。
先ほどまで喜市に悪態をついていた女とこの小稲が、同じ「花魁」であることがにわかに信じがたく、平助はまるで異国の物を見るように小稲を眺めてしまっていたのだ。
「おい、平助」
喜市に声を掛けられて、平助は慌てて部屋に入った。