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吉原指南 拾三

「向こうの人」

吉原の真ん中を通る仲の町を真っ直ぐと進み、一番奥にある京町一丁目に入って直ぐに、かんざしのかざりがしゃらしゃらと音を立てるようにかすかな声が脇から聞こえた。

遠慮がちに響くその声の先では、目を見張るほど鮮やかな朱色の着物の上に、金糸が華やかに織り込まれた黒い帯を締めた小さな禿かむろが手招きをしている。

平助よりも大分年若いその子は、右の袖の袂をきゅっと押さえ、白く細い手の先だけで香を聞く様にして招いた。幼さがなく妙に艶っぽさのにじむ仕草に平助は自然と足を止めていた。


「平助、お客だ。寄ってくぞ。」

呆けていたところを不意に肩を小突かれて、平助はつんのめりながらも喜市の後に着いて少女の元へ行く。そのおぼつかない足取りを見た禿かむろは、目を細め口の端を僅かに引き揚げると、手招きをしていた手を戻してそっと口許を隠した。穏やかなその動きに、平助の視線は奪われる。

「はいよ姐さん。何を差し上げようか。」

喜市がどさりと篭を置いた音にはじかれて、平助も慌てて篭を地面に下ろした。禿かむろはしばらく二組の篭の上に目を滑らせた後で眉を寄せ、不意に振り返って妓楼の二階を見上げた。

「姉さん、都路姉さん。なんと申しんしたかのう。」


細い声が、高い空へ向かって真っ直ぐと抜ける。少しおいてから二階の障子が音もなくひかれ、中から髪を下ろした化粧気のない疲れた顔が覗いた。

「秋明菊じゃ。」

後ろから髪結いが髪を引いているのか、不自然に何度か頭を後ろにそらせて、都路と呼ばれた遊女はそれでもぐいと窓から頭を出し、目を細めて篭の中身にぐるりと目をめぐらせると、その目を喜市で留めた。


「喜市どん!喜市どんじゃないか!」


都路はじけるようにぱあっと顔をほころばせ、目をまあるくして輝かせる。

声をかけるのと同時に思い切り窓から乗り出したものだから、奥から髪結いが「姉さん!」と咎める声が聞こえた。

「覚えておいでじゃないかい、ほら、八ツ橋姉さんの!」

首を傾げる喜市はその声で頭を引き起こし、手を叩いた。

「お前八重咲か!へえ、禿かむろまでつけて随分立派になったじゃねえか。」

声を掛け合う二人の顔を、平助と禿かむろが同じように交互に見る。


「立派じゃねえよ。無心し通しで筆ばかり上手くならあ。ところで今更どうしなんした。馴染みが懐かしくなりんしたか」

髪結いが諦めたのか、都路は威勢良く答えながらも髪を下ろしたままで窓に腰掛けると、煙管を取り出す。後ろを通った貸し本屋がそれを見てひゅうっと口笛を鳴らした。

「そうじゃねえよ。彦佐が怪我して動けねえのさ。」

ふうん、と喉の奥で答えると、都路は煙管を吹かした。

「で、そっちの若いのはどうしたんだい。たかが花売りが弟子なんかとっちまって喜市どんのほうがよほどご立派じゃねえか。」

喜市は平助をわき目に見て「すまないねえ、口の悪い女郎だろう」とこっそりと呟いた。


「ところで、稲本屋の今のお職は誰だい。今から行ってこいつの髪を結ってもらわにゃいけないんだ。」

言って喜市が平助の笠をぱっととると、都路は「あれ」と間抜けた声を出してにやりと笑った。目の前にいた禿も小首をかしげて平助の頭を眺めている。

「今のお職は小稲だよ。なんでもこないだ入ってきた禿かむろが随分と良いご面相らしくて一層声がかかってるって話さ。うちのよしのだって負けちゃいないのにねえ」

ねえ、と上から声を掛けられて、よしのと呼ばれたその禿が袖口で顔を隠して首を横に振る様は、さっきとは打って変わってまだ初々しく、喜市も平助も思わず頬を緩めてしまった。

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