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虚無世界で戦争した話  作者: 射干玉
Chapter1『University』
3/7

C1P2『疑惑』

 それ迄自分の五感を支配していたのは、使い古されたガラクタ達の悪臭と砂埃が舞う空間だった。夜は深くなっていき、やがて暗闇が物置を覆っていった。


 糸音はその虚無の空間で、ただ動かずに耐えた。目を開けば眼球が砂に刺されるし、深呼吸をすれば鼻と口から、悪臭と砂塵が入ってきて悶絶する事になる。


 だが、耐える他無かった。『命を狙われている』今、糸音の人生には新たな意味が生まれた。その好機を簡単に手放す訳にはいかない。殺される訳には、いかない。



「――。」



 そして、糸音の意識が醒める。彼の視界には、光が差し込んでいた。


 

&・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 最初の夜を乗り切り、朝がやってきた。


 不安を煽る暗闇も今は差し込む日光に照らされていた。



「……単に習慣だったからと言うのもあるが、情報が得られるかもしれない。大学に向かおう」



 有村糸音は大学生だ。家庭の事情で全国を転々としていたが、大学の入学時には一人暮らしの話題が持ち上がっていた。『可愛い子には旅をさせよ』と同じ理論かは不明だが、自立は早めの方が良いと言う親の考えは、否定する穴が無いものだった。


 故に糸音は現在も大学生活を続けている身であり、前日が日曜日だったので、明くる今日は月曜日――大学へ受講しに行く一週間の始まりだ。



 大学へ向かう準備を済ませる為に一旦自宅に戻ったが、特に自宅が荒らされた形跡も無い様だった。他の『生存者(サバイバー)』も同じ考えだったのだろうか?


 自分の『敵』に当たる存在を『生存者(サバイバー)』と名付けたが、熟考に浸っている余裕は無い。早く大学に行かねば。



「今、危惧するべき問題は二つある……一つ目は『同じ大学内に生存者(サバイバー)が居るかどうか』、二つ目は『他の生存者(サバイバー)を見分ける方法が有るかどうか』だ」



 糸音は挙げられる疑問点に頭を悩ませながら、コンビニに入った。糸音が手に取ったのはグミだ。歯応えがしっかりあって、更に四種類の味のグミが何十個も入っている。

 糸音の好物はグミだ。理由は二つに一つ――糖分と『噛む』という動作が、脳神経を活性化させるからである。講義を受ける前には、グミは欠かせない主義なのだ。


 グミ一つの為にコンビニに入り、買った後は直ぐに出る。これが糸音の朝のルーティーン。それが終われば講義に向かう。朝は早めに行って時間を作り、買ったグミに没頭する。今日もその習慣通りに一日を過ごす――はずだった。



「現状……生存者(サバイバー)を見分ける方法は見つかっていない。その上、大学内に生存者(サバイバー)が在籍している可能性も捨て切れない。ならば、警戒するしかない」



 そう、糸音の状況は違う。怠惰を貪りながら大学生活を送っている場合ではない。人生と地球を賭けた戦いに参加している身だ。

 と言っても今日は二日目。少なくとも糸音自身は『初心者』なのだから警戒する事が最優先になってくる。怪しい行動を取っていたり、コミュニケーションを取ってくる人間には要注意だ。


 ――何故なら、糸音にコミュニケーションを取る人物など、いないのだから。



『やあ』


 だから自分に向けて声が聞こえてくる事も、目線でさえ自分に向く事も無いはず。しかしその声は糸音に向けて発されていた。今までのどんな雑音より、奇妙に聞き易かったのだ。



「確か、有村糸音……君だよね? 少し時間を貰えないかな」


「……別に良いが、退屈させても責任は取らないぞ」


「良いんだよそれで。これは僕の我儘だからね。あ、僕の名前は――『幽哉(ユウヤ)』。宜しくね」



 野暮な話だが、糸音の怠惰性は人間の感覚にも影響を及ぼしている。

 例えば『聴覚』。聞き取ろうとしていても、『どうでもいい』とか『また後でも聞ける』と言った感じに脳内処理をしてしまい、一部の情報しか頭に入らない事がある。それでこそ、自分の命――否、命にも代えられる程の価値観を手に入れる好機でも来なければ、の話だが。


 振り返れば好青年。居る世界が違うと卑下する糸音には、不気味な展開だった。



「僕は……幽哉が知っている通りだ。礼儀とか苦手だから、お互い呼び捨てだと助かる」


「え、もうそれって友達になってくれるって宣言じゃない? だとしたら凄く嬉しいけど」


「……急に話し掛けてきた理由次第だな」



 糸音の現状、目の前の好青年を疑わずにはいられない。この好青年が生存者(サバイバー)で、糸音を狙う為にわざとコンタクトを取ってきたとしたら――正面戦闘は免れないだろう。



「話し掛けた理由、か……やっぱ慎重そうな糸音なら気にするよね。でも『仲良くなってみたくなった』じゃ、駄目なのかな」

「お人好しそうな幽哉を心配して言うが、蒼白い肌は血の巡りが良くないのかもしれない。まさか寝不足なのか」

「心配してくれるなんて、嬉しいよ……『寝不足』か、確かに最近はあまり眠れてないかもしれないな」

「睡眠と朝食は、怠惰な僕でも欠かさない要素だ。幽哉も開き直ってリズムを作ってみるといい」

「じゃあ参考程度に……糸音は昨夜何時間寝たんだい?」

「夜中に一度目覚めて『二度寝』したから――四、五時間は寝ていると思う」

「糸音も長い方ではないと思うけどね……!?」



 会話は、弾んでしまった。意気投合、とまではならないだろうが気が合う相手だと認識できた。今までに無かった感覚が新鮮に感じた。



「――あ、そろそろ講義が始まる時間だ。『朝の日課』を邪魔して悪かったね」


「『朝の日課』? 幽哉は僕の『朝の日課』を知っているのか?」


「あ、ごめんごめん……実は前から話し掛けようとはしていたんだけど、勇気が出なくてね。偶然グミを食べていたりする所を見た事もあったんだ」


「……そういう事か。取り敢えず、次の講義には出るんだよな。教室に向かおう」


「行こう行こう!」



 こうして初めてできた友人(仮)の幽哉と共に講義を受け、気付けば長く感じていた一日も夕方に差し掛かっていた。



 &・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ――本日の全講義、終了。



「糸音、お疲れ様」

「ああ、お疲れ」



(仮)と言っておきつつも、どこかで期待している自分もいるのだろう――本物の友人と過ごす、充実した大学生活を。



「あ、そうだ――糸音、今日の放課後空いてる?」

「僕は年中全日制の暇人だ」

「あはは! 面白い事言うじゃん……そうそう、実はこの大学に入るまで街にも来た事が無かったんだ。だから、地形を少しでも覚える為に探検しようと思ってさ」

「……その探検に僕も付き合え、って事か?」

「その通り!」



 現在の糸音にとっては、外を自由に出歩く事さえも控えた方が良いのは確かな事実。だが、実は糸音も幽哉と同じでこの街の地形を知らない。これから街を『舞台』に殺し合いが起きるとしたら、隠れて過ごすよりは地形を予め知っておいた方が得策だ。



「……分かったよ。でも夜中までには帰ろう」

「――! 有難う!!」



 燥ぐ幽哉を抑制しつつ、糸音は放課後の散策に向かった。



 &・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 糸音や幽哉の家、そして二人が通う大学があるこの街の名前は『創つくり』。現在は未だ発展途上の工事現場の様な街だが、いずれは太陽を見つけ辛くなる程の大都会に化けると言われている。


 糸音と幽哉は、そんな『創』を見て回った。最初に街の中心にして目印目玉の大型デパート。次にスーパーマーケットを二、三店舗。その次には見晴らしの良い自然公園にも立ち寄った。

 糸音は正直、『創は発展途上のままの方が美しい』と感じていた。完全体に近い大都会は、金を払う施設も、その本質も進化し続けているものの、見た目は殺風景と言わざるを得ない。ならば、程良く品々の進化を見届け、美味しい物を食べ、満足したら公園にでも行って自然の恩恵を身に感じる――それを繰り返す生活の方が楽しいと思う。

 それに、時代の移り変わりを少しでも認識できた方が良いのではないか。例えば――。



「ねえ、糸音! こっちは一風変わって工業地帯みたいだよ! 本当に色々な所があるんだね……」



 幽哉が指差したのは建ち並ぶ工業施設のエリアだった。そう、未来を『創る』為に頑張っている施設を見れた方が、たまには煙たさを感じて社会への関心が湧いてくるというものだ。



「――。割と広く続いている様だが……幽哉、流石にここは避け」

「少し覗いていこうよ!! ほら、迷惑掛けなければ大丈夫だしさ」

「いやいや、見つかったら大学生活に響くかもしれないぞ」

「本当に、少しだけだから! ほら、二度と無い機会だから!」


 糸音は、幽哉に腕を強く引かれながら工業地帯に足を踏み入れていった。

 幸い、目に見える程度の施設内は無人――要は倉庫だった。幽哉は遠慮も無く、どんどん糸音を倉庫内まで引っ張ってくる。



「そろそろ帰るぞ……幽哉ー……」

「倉庫の中覗いたら帰るから!! 興味出るよね……こういうの」

「はぁ……大丈夫かこれ」



 素性も知れない数々の道具など、一般人にとっては危険物そのものだ。間違っても手で触れる事だけは、してもさせてもならない。


 そう警戒力を強めた途端に、――宙で軽い音がした。



「――!」



 糸音が気付いた時には時は遅く、倉庫の入り口が大量の鋼鉄で塞がれていた。



「なあ……おい、幽哉。本格的に不味いぞ」


「……。」


「……幽哉?」



 幽哉は何故か黙り込んでいる。それどころか、入り口に起きた異変に見向きもしない。



「……幽哉、どうするんだよ。出れなくなったぞ……幽哉……大丈夫か?」


「…………。」



 まさか、先程の衝撃が飛び火して幽哉に影響を与えたのかもしれない。だとすると……怪我? いや、恐らくは精神的影響――思考が一時停止している。

 一先ず、脱出の前に幽哉の顔色を確認せねば――そう思い、糸音は幽哉の前に進もうと――



 その時奇跡的に気付けたのは、幽哉の右手に何かが握られている事だった。


 直後、聞こえたのは重々しい風切り音。幽哉は素早く振り向いて右手に持った『細長い物』を糸音の頭部目掛けて振ってきた。糸音は自身でも不思議な位の反射でそれを避ける。


 大振りされた『鉄パイプ』は、勢い余って幽哉の手を離れ、遠くに飛んだ。



 ――不可解な事はまた起きる。飛んだ鉄パイプが、地面に落ちる前に空中で止まったのだ。



 &・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「――フ」



 不可解、不可解、不可解の連続。倉庫の入り口を塞いだ大量の鋼鉄、幽哉が糸音を殺そうとした事、そして――空中で止まった鉄パイプ。

 だが、それらの謎は一息漏れた様な笑い声で明かされた。これらを引き起こした原因――否、『犯人が誰なのか』を。



「アハハハハハハ!!! まさか、まさか躱されるなんて! 本当に君は不思議な人間だよ、『有村糸音』!!」


「……入り口を塞いだのも、そもそもこの倉庫に誘った事自体、僕を殺す為……だな? そして、何故か浮いている鉄パイプも」


「フフ、その通りさ。きっと君は『僕と同じ』だと思ったんだよ……『天啓』を受け、選ばれた人間だってね。だから一番最初に殺しておきたいんだよ……『劣等者(ラット)』である君をね!!」


「――。」



劣等者(ラット)』。その名前が出てくるという事は、有村糸音はまた人生を蔑まれた事に違いない。尤も、糸音自身は慣れっこなのだが。



「……その名前、やっぱり知っていたんだな」


「当然でしょ。まあ? 君はどうせ『自分は悪くない』っていう反論で沢山だと思うけど、社会はそれを――君を許しはしないんだよ」


「反論? そんなの無いな。もう、そう呼ばれる人生に慣れて飽きているんだ」


「……強がりが。開き直ったって無駄なんだよ。どこまでいっても有村糸音は『劣等者(ラット)』でしかないんだ。そんな奴に『天啓』が降りた? 馬鹿げてる話も大概にしろってね。だから僕は君を狙うし、殺すのさ」


「――やっぱり、期待しなくて良かったな」



 糸音は初めから、幽哉は『生存者(サバイバー)』だと睨んでいた。話し掛けてくるタイミングが不自然なのは偶然だとしても、明らかに値踏みする様な口調や倉庫への強引な誘導が怪し過ぎる。会った初日から友人を危険に巻き込むのは馬鹿のする事だが、幽哉は考える力を持つ頭脳派の人間だ。

 ――つまり、最初から最後まで幽哉という人間性が矛盾し続けていたのだ。



「さぁて……殺すよ」


「『天啓』を受けた、という事は幽哉も……」


「そうさ。君とはきっと比べ物にならない位の『個彩(カラー)』を持っている。それが鉄パイプが浮いている理由だ。今から教えてあげるよ」


「……殺し合いの初戦の相手は、初めてできた友人、か。……上等だな」




 ××個彩戦×× 有村糸音『???』VS 幽哉『傀儡』




「これが、君を殺す僕の力――『傀儡(カイライ)』!!!」



 幽哉の身体から、紫色の波動が溢れ出す。其れは、人ならざる者が人に与えた力。人が人に見えなくなる瞬間。

 幽哉の目には殺意が滾り、瞳孔から外眼角に掛けて光が走っていた。


 その手からは、少々見づらいが紫色の糸が高速で伸びていき、浮いていた鉄パイプに絡み付いた。その鉄パイプには既に数本の糸が纏わり付いていた。

 直後、幽哉が手を振り回すと、まるでその手に持たれているかの様に鉄パイプが激しく宙を舞う。重い空気の音が暴れる。


「フフハハハハ!! どう? 怖い? 勿論手品なんかじゃないよ。僕の手から伸びる糸が物を操るんだ。意外と、早く動かせるんだよ……ほらっっ!!」


 幽哉が鉄パイプを操り、鉄パイプは激しく振り回され、散々加速された後に糸音の方向に襲い掛かる。糸音は完璧なタイミングで後方に下がる。しかし、通り過ぎた鉄パイプは勢いを殺さずに戻ってくる。次は敢えて前転。糸音の後で暴風が起きる。まさに暴力。


「しぶといなぁ……! 早く当たれよ! そうすれば楽に終われるんだからさぁ!!」


「……終わらせない。必ず、躱し切ってみせる」


「威勢張るなよウザったい!!! それとも……君の雑魚能力は初戦の場面から早速使えない訳か!! ハハハハハ!! じゃあさっさと諦めて死ねぇ!」


 物凄い嫌悪感をぶつけてくる幽哉。先程とは大違いだ。やはり、人間の素性何て信用に値しない。


「……はぁ、分かったよ。だったら見せてやる――僕の『雑魚能力』を」


「いや自分で言うのね、分かってんじゃん!! さあ、『傀儡』に潰される所を見せろ!」



 糸音は、左手の平の方を宙に翳す。幽哉は今か今かと興奮状態で此方を待つ。そして数秒後、糸音の掌が段々と光り出し、現れたのは――



「な……なんだ、それ?」


「これがお前が見たがってた『雑魚能力』――『爪』だ」

遅れてごめんなさい!

やっともやっと、異能力(個彩)バトルが始まりました……

バトルが熱意を帯びていく中、釣られて私もモチベーションが燃えてきております!

次回もお楽しみに!!

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