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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

あおぎ猫

掲載日:2026/07/10

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 なんでも自分でしたがる病。先輩もり患したことがありませんか?

 何も自分の活躍をアピールしたい、という名誉欲ばかりが原因ではありません。他の人に任せるのが不安であるとか、誰もやろうとしないからしぶしぶ自分が立たざるを得なくて、半ば強迫観念と化しているとか。

 そのさまを、人を信じていないビビりであると評するのは簡単でしょう。しかし、過去に信じたばかりに裏切られて手ひどい傷を負い、さらに大きな傷を負うのが怖い……そのような状態であったりしたら、一概に臆病であると、そしってよいものでしょうか?

 昔から、似たような考えがあったようです。すべてを自分が担当出来たら理想の形である、と。そのための研究も、いくつか進められていたみたいですね。

 少し前、実家に帰った時に聞いた昔話がありましてね。耳に入れてみませんか?


 むかしむかし。

 ある村にひとりの老女が暮らしていました。

 彼女の住む家は、ひとりが暮らすには大きく広いものでしたが、かつては多くの家族が住まっていたのです。

 半年前の流行り病の際、家族全員が床に伏せりましたが、長い闘病の末に生き残ったのは老女ひとりだったのです。

 なぜ体力に劣る自分だけが? 老女自身も不思議でならなかったようでした。彼女は歩くにも杖にすがってやっとという状態。身の回りのことの多くは、家族に頼りきった状態でした。


 本来ならば、外の誰かに助けを求めるべきでしょう。実際、流行り病を生き残った近隣の幾人かは、自分から彼女の援助を申し出る者もいたそうです。

 しかし、老女はそのいずれもを断ったのでした。表向きには「家中のみの秘にしておきたいことがある。他の者に触れさせたくはない」との理由でした。

 それは意地か、誇りか、優しさか……頑なに断り続けたことによって、やがてその家へ近づく者はいなくなりました。

 元が大家族でしたから、食料なども相応にたくわえているでしょう。それをひとりで消費するとなれば、外へ出ずとも過ごしていくことはできなくもない……ですので、ひと月あまり老女が家から出てこなくても、怪しく思う人はいなかったのだそうです。


 しかし、そのあとから、ちらほらと奇妙なできごとがしられるようになりました。猫に見られることから、「あおぎ猫」と現象に名がつきます。

 当時の猫は、まだ近現代に見られるような愛玩動物としての扱いをされることは少なく、狩猟の対象とされることが多かったらしいですね。そのため、人前に姿を見せることもまれで、森や林の中でその姿を見かけることが大半だったとか。

 その猫が、人のよく往来する村はずれの道で、寝転がっている。ただじっとしているばかりでなく、あおむけになった上で手足をじたばたとさせながら、にやける表情さえ見せている。

 急所である腹部までもろみせにしながら、まるで何かにあやされているかのような、気の緩みよう。初めて見る人々は、いぶかしげに様子をうかがっていたみたいですね。

 それでも距離を詰めようとすると、急に猫はぱっと立ち上がり、脱兎のごとき勢いでその場からかけ去ってしまったというのです。

 人の気配を察知し、逃げるのは野生動物としておかしいことではありません。しかし、回数を重ねて奇妙に思われたところがあります。

 ひとつは、逃げ去っていく猫の行き先が件の老女の住む家の方角であったこと。

 そしてもうひとつは、逃げる猫には本来あるべき影がほぼ見えないように思えたこと。

 まったくない、というわけではないんですけれどね。方角や時間帯的に長く伸びて目立つべきところでも、ほとんど見られない奇怪さが観測されたとか。

 前者についても、実際に猫が老女の家の窓や濡れ縁などから入り込む姿が、たびたび目撃されたのだそうですよ。


 そうして、猫あおぎが落ち着いてしまうと。

 今度は獲物を捕る黒猫の姿が、目撃されるようになりました。

 とはいえ、誰しもが確認したわけではありません。主に自然の中へ踏み込む猟師たちが、頻繁に目にするようになった存在ですね。

 地面と樹上、空中にある鳥に至るまでも、彼らは獲物を容赦なく捕えていたといいます。猟師が矢をつがえてさだめる、猟犬をもって追い詰める……そのような狩りきらない段階において、獲物を横からかっさらう手合いでした。

 動きそのものも俊敏ですが、それ以上に彼らはこちらへ気配を悟らせないのがやっかいだったそうです。呼吸や鳴き声はおろか、足音や体の動きに付随する草木のかすかな揺れなど、熟練者であっても完全に消すことが難しいものたちを、完全に殺していた。

 おかげで接近に気づけないまま、彼らの良いように獲物を献上することも多かったそうです。猟師の中にはそれを憎たらしく思い、かえって黒猫たちへ矢を向けたこともありましたが成果はあがりませんでした。

 その素早い姿をとらえきれなかったことばかりが、原因ではありません。軌道的に確実にとらえたはずの矢が、彼らの身体をすり抜けてしまい、血の一滴や毛のひと筋すら奪うことのできないままだったんですよ。


 その奇怪な黒猫たちも、一年ほど続いた目撃報告ののち、ぱたりと姿を消してしまいます。

 猫あおぎの時から続く不可解な動き。そしてこの間も動きを見せずにいた老女の家と、そこへ入り込んでいく猫たち……思考を働かせれば、怪しまないほうが不自然ですよね?

 ついに村人たちが老女の家へ踏み込んだとき、そこに老女の姿はなかったそうです。

 そこには無数の猫たちの姿がありました。いずれも動いてはおらず、皮や足や首だけの状態……それらを、もしかき集めてつなぎ合わせたならば、何匹分もの猫の剥製が作れそうなほど、繊細な分割だったとか。

 そして、老女自身も見つかりませんでした。

 歯に髪に爪に皮膚に、彼女のまとっていたと思しき衣類に……存在の痕跡はありましたが、彼女と認識できる身体は家のどこにも残っていなかったのだとか。


 老女は、自分の身ひとつではできないことを「身だくさん」にして、行えるようにしていったのかもしれませんね。

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