婚約破棄後のカーテシーを誰も見ない
煌々と明るさを主張するシャンデリア。
味だけでなく見た目と匂いで参加者を楽しませる料理。
確かにヨーリース王国は先進国だ。
王家の名の下に催されるパーティーは違う。
我の生国バマスの宴会とは全然違う。
しかし今、バマスが懐かしく思い出されるのだ。
草を食む馬の満足げないななきを。
麦畑を吹き抜けて髪をくすぐる風を。
両国対等の条件で、我はヨーリース王国第一王子デミアン殿下の婚約者になったはずだった。
婚約者に相応しい扱いを受けているとは言えぬがな。
ふと左手首に装着している白い腕輪に目が行く。
ヨーリースとバマスの友好の証だと、父者が言った。
無視され、冷笑され、何をもって友好と言うのか、我にはよくわからぬのだが。
約は約だ。
ヨーリース国王ガロシア陛下もデミアン殿下も、何か考えはあるのだろうしな。
遊牧国家バマス連邦で定住農業が本格化したのはこの三十年くらいだ。
諸部族を統一し、馬と戦争しか知らなかったバマスの民に、農耕と交易を根気よく説いたのは爺者だった。
最初は受け入れられなかったが、現在農耕と交易は当たり前のように行われている。
西方諸国の間でバマスの馬と革製品は、かなりのステイタスとされているくらいだ。
しかし長年争いを繰り返してきた南方のヨーリース王国とは国交がなく。
ここ一〇〇年大規模な戦がなかったとはいえ、伝統的に敵同士という感覚があるのだな。
父者はそんな状況を変えようとした。
ヨーリースとも交易を行いたかったから。
また内陸国バマスが海外に商圏を広げるためには、ヨーリースの港が必要だったからだ。
ヨーリース王国とバマス連邦の間で修好通商条約が結ばれた。
同時にデミアン殿下と統一バマスの酋長の娘である我カノンとの婚約も取り決められた。
ヨーリースとバマスはともに繁栄する未来を見ていたはずだったのだ。
少なくともバマス側の理解はそうだった。
しかし……。
衣をつけて揚げた鶏肉をいただく。
美味い。
調理技術にしても香辛料にしても、バマスはヨーリースに全然勝てぬなあと、食事の度に思わされる。
食文化は平和で豊かで進んだ社会でないと発達しないものだ、とは我の持論だ。
だから食文化においてヨーリースに劣るバマスがバカにされても、仕方のないところはあると思うのだが……。
実際に我がヨーリース王国に来てみてわかったことなのだが、どうもヨーリースはバマスを降したという感覚でいるらしい。
蛮族どもに慈悲をくれてやった、くらいのつもりなのではないか。
父者がヨーリースに敬意を表して下手に出たのがいけなかったのかもなあ。
とはいうものの、武力に訴えていては友好など夢のまた夢であろうし。
バマスには足りないものがたくさんあるが、外交技術も下手だとつくづく思った。
我も大人しくしていなければならぬと思ったから、侮られて却って後手を踏んだ感はある。
実際にヨーリースが先進国であることも認める。
が、もう少しバマスに配慮してくれんものかなあ。
でないとヨーリースも損をする格好になると思うのだが。
む? 我が婚約者デミアン殿下から何か発表があるらしい。
我も内容を聞かされてなかったな。
意気揚々と拡声の魔道具を使う殿下と静まる人々。
『この場で言っておかなければいけないことがある。僕の婚約についてだ』
何だ?
デミアン殿下と我の婚約はヨーリースとバマスの間の約であろう?
今更周知せねばならんことがあるのか?
『諸兄らもおかしいと思うだろう? 僕と蛮族の女が婚約しているなんて。高位貴族の令嬢と婚約し直したほうが、よほどヨーリース王国のためになる』
国家間の約を一方的に破ろうというのか?
しかしすごい拍手と歓声だ。
ヨーリース貴族の間ではそれが一般の認識なのか。
ガッカリだな。
国王ガロシア陛下が頷いているのがチラッと見えた。
『よって僕はカノンとの婚約を破棄する!』
会場が熱狂に包まれる。
最初からこうだったら婚約が成立したはずがない。
我が存在感を示せないから今の事態を招いたのか。
忸怩たる思いだ。
友好の証である白い腕輪に再び目が行った。
『カノン! 文句があるか!』
「デミアン殿下と我の婚約は、国と国との約でありますぞ。それを破ると言われるのか?」
その点をどう考えているのだろう?
もし本気で約を破棄するというのならば……。
『ハハッ。弱小国の女が何を言う! 約というのはな、対等の相手としか成立せぬものだ!』
何かが壊れた音がした。
左手首の腕輪だ。
互いに取り決めた約は破られた。
同時に封印されていた我が力が戻ってくる感覚を覚えた。
父者の言葉がまざまざと思い出される。
『その『凪の腕輪』が壊れたら? 颶風の出番に決まってるだろ』
酋長の言葉は絶対だ。
が、最後にもう一度だけ確認する。
我が文明国ヨーリース王国に来て覚えた、忍耐と寛容を発揮して。
「つまりデミアン殿下は我との婚約を破棄すると同時に、ヨーリースとバマスとの友好もなくなったと解釈してよろしいか?」
『その通りだ! 蛮族にしてはよく把握しているではないか!』
「陛下もまた、同様のお考えでありますか?」
ゆっくりと、しかし大きく頷く陛下。
周囲の貴族達は我を哀れむふうでもなく、まるで見世物を見るような好奇心で目を輝かせていた。
「……そうか。それが答えか」
我に嘲りが集まっているのは理解している。
我もまた嘲りを込めた魔力を右手に集める。
「ではここからはバマスのやり方でやらせてもらう。さよう心得よ!」
右手をぶんと振って魔力塊を飛ばした。
ついさっきまで我の婚約者であった者の頭は消し飛んだ。
頭のあった場所から血が噴水のように吹き出て身体が後ろにバタリと倒れるまで、何が起きているかわかる者はいなかったようだ。
実にぬるい。
叫び声が上がって混乱する時には既に、我の魔力は充填が完了していた。
「さらばだ。我とバマスの敵となった者どもよ」
会場に結界を張り、内部の空気を抜いた。
それだけだ。
パーティー参加者達の身体が次々と破裂し、血飛沫が舞う。
懐かしくも慕わしい戦場を思い出す。
空気が漂っていれば血の匂いを嗅げただろうなと思っている内に、静寂が訪れる。
気配を探るが、生き残りは一人もいない。
何だ、この程度の術をレジストできる者が一人もいないのか。
にも拘らずバマスを弱小国と揶揄するとは。
バマスの文化がヨーリースに敵わぬことは知っているが、戦闘力で劣るわけはないではないか。
「あーあ、お嬢。何やってるんですか」
結界を張ったまま外に出ると、控え室にいた従者のナジウがやって来た。
相変わらずカンのいいやつだ。
呆れ返っているけれども。
「戦争になると住民を慰撫するのにメチャクチャ時間がかかるから、辛抱せいって酋長に言われてたじゃないっすか。金儲けのためだぞって」
「我のせいではないのだぞ? ほれ」
「あ、お嬢の力を封印する『凪の腕輪』が壊れてますね」
「デミアン殿下とヨーリースが約を破ったからだ」
散発的に会場に来るヨーリース人を処分しつつ、ナジウに状況を説明する。
肩を竦めるナジウ。
「つまりヨーリースとバマスの間の条約は、ヨーリース側から一方的に破棄されたんですね?」
「同時にデミアン殿下と我の婚約もな」
「お嬢知ってますか? ヨーリースでは婚約のなくなった令嬢のことを『傷物令嬢』というそうですよ」
「『傷物令嬢』か、我が」
回復魔法も得意な我の身体に傷なんかない。
しかし精神的には傷を負った気もする。
自分の婚約者の首を飛ばしたという経験で。
さすが文明国のヨーリースだ。
『傷物令嬢』とは、洒落た言い回しがあるなあ。
「どうやら仕方のない事態でしたね。オレらがヨーリースに来てから、軽く見られることばかりでしたもん」
「少しは我らの力を見せておくべきだったのか?」
「いや、どうでしょう? そうすると同盟国の名の下に戦争に駆り出されて、戦力を消耗させられることになってたんじゃないっすか?」
ナジウの言う通りだ。
文化的に洗練されているヨーリースなら、スマートなやり方があったのかもしれない。
が、野蛮なバマスに関わったばかりに可哀そうなことになったなあ。
ハハッ、この程度のことが可哀そうか。
『バマスの赤き颶風』と呼ばれた我の感覚も、大分ナイーブになったものだ。
「で、どうします? どうせ誰一人逃がしちゃいないんでしょう? お嬢の仕事なら」
「多分な」
「じゃあ犯人が誰かなんてわかりませんね」
「死んでる者の身元確認にも時間がかかるだろうしな」
「隠蔽魔法かけてくださいよ。それで逃げ出せば、追手なんかかかりませんわ」
まあ、ナジウの言うことは正しい。
この有様を見て冷静な判断をくだせるのは、さすがにバマスにその人ありと言われたナジウだな。
「脱出したら親方に連絡魔法飛ばしてください。『颶風、大木を折る』なら敵方に傍受されても何のことかわからないと思います」
「……聞いて欲しいことがあるのだが」
「はいはい、何ですかね」
「我は婚約破棄されてしまったのだ」
「さっきの説明の時に聞きましたよ」
「『傷物令嬢』は寂しさを感じる。ナジウ、我と婚約してくれんか?」
「えっ?」
固まってるぞ?
相当驚いたのかな?
ナジウのこんな顔初めて見たぞ?
「お嬢が寂しい?」
「驚いたのはそっちか。我もかなり文明人ぽくなったであろう?」
「文明人はこんな大雑把な解決の仕方しないっすよ。見てください。結界の中むしろ赤くて奇麗」
「まあなあ」
仕方ないだろう。
我もまた野蛮なバマス人なのだから。
約を破った者どもに制裁をというと、これしか思いつかなかった。
「ところでナジウ。我を婚約者にしてくれる件はどうなったのだ?」
「その件はこの場をとんずらしてからにしませんか?」
「むう。我に優しい言葉をかけてくれんと動かんぞ。婚約破棄されて心が傷ついているのだから」
「その傷ついた心は血祭りで癒されなかったので?」
「何故殺戮で癒されると思うのか。ナジウは冷たいぞ」
「お嬢、ヨーリースに来てから我が儘になったんじゃないすか? 愛してますから行きますよ」
「うむ!」
ふふっ、ナジウの耳が赤くなっている。
今の我にはこれで十分なのだ。
「結界このままだとどれくらいもちます?」
「三〇分くらいだな」
「急いで離脱しやしょう。隠蔽魔法お願いします」
「ああ、ちょっと待て」
血だらけのパーティーホールに向かって、精一杯のカーテシーをした。
これもまたヨーリースに来て覚えたことだ。
最後に役立ったなと、少し嬉しくなった。
バマスと我を侮って黄泉路へ旅立った愚か者達へ、せめてものはなむけになったろうか?
誰も見ていないのが残念だが……ああ、ナジウがいるか。
「お嬢、イカしてやすぜ」
「ふふっ。『傷物令嬢』らしい優雅さだろう?」
ナジウに褒められて嬉しい。
ヨーリースよ、さらばだ。
我はさりげなくナジウの手を取った。
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