15、魔王様は引き込もったようです
魔王の作り出した暗くて深い異次元空間
その深い空間の奥底でぽつりと佇む黒い物体が存在した。
それは死体のような色と形をした
死体のような肢体であり
姿態であった。
…………つまりは
魔王が一人死んでいた
…………主に精神的に
ボロ布を被り
滑らかな、長い髪はくすみ、汚れ、縮れ
肌はガサガザ
目も澱んで焦点が定まらず
まるで腐った魚の目玉のようだ
「あー」
とんだ災難であった
風呂から出て、廊下にかすかに何かの気配を感じて迂闊に扉を開いたのが運の尽き
勇者にあらぬ所を触られた上に暴走して半裸状態で走っている所を部下達に見られてしまい
あの出来事で今まで250年間隠し続けていた秘密が恐らく完全にばれてしまった。
……自分が見た目貧弱な女である事を
変にプライドの高い魔王は秘密がばれて、あまりのショックに
………もう二度とあの城には帰れない
………魔王なんて名乗れない
………死にたい………気分
そんな事を思い、飲まず食わずでこの異空間に引きこもり続けて、もうこの時点で二日が経過していた(魔物は食事をしなくても魔力だけで一ヶ月ぐらいは堪えられる)。
……そういえば今頃、あいつらはどうしているのだろうか。
流石にある程度の落ち着きを取り戻し、そろそろ城の様子が気になり始めていた
しかし、まさか今更戻る訳にもいかず魔王はさんざん悩んだあげくコッソリと城の中の様子を覗く事にした。
引きこもりがテレビを見るように
ボロ布を頭から被りながら
空間に映像を投影し、様子を窺う
そして送られて来る映像
この時の魔王は知るよしもない…………
魔王の居ない間に城の中はかなりカオスな状態に変貌を遂げていた事に
まず、まず最初に映ったのは勇者の部屋
「…………めしぃ……」
涙を流しながらベッドの上に横たわり、ぐったりとする人影
く~………と
お腹が小動物のように鳴き声を上げている
この中で唯一の人間である勇者はどうやらこの二日マトモな食事が出来なかったらしく、腹を空かせて今にも死にそうだ
「……調理室に食材はあるだろ……」
自分の食事ぐらい自分で作れと呆れながら視点を変えて
固まる
「キャハ!!みなさんホントにだらしがないですねぇ!!私はこんなに元気なのにぃ!!!」
何故かめちゃくちゃハイテンションで何かヤバイ雰囲気を纏ったファフニールが
誰も居ない廊下で一人叫んでいた
周りは散らかり放題
しかも、異常な量のワームが辺り一面をはいずり回り
床も壁もベタベタ
まさか……
調理室に視線を移すと
口に謎の物体を突っ込まれたまま
真っ白な顔に白目を剥いて仰向けに倒れるマンティーク
机には元々食材だった物質が生物兵器と成り果ててズラリと並んでいた
辺りにはワームが飛び散ったそれらを喰らい増殖し続けている
「…………」
唖然としながら更に視点を移す
すると、ラプラサスが自室が映った
「…………う」
元々ラプラサスの一族は清流の流れる綺麗な水の中に住む魔物であるため汚れや澱みに特に敏感である
なのにファフニールの大量増殖したワームの体液で辺りはドロドロと悪臭が漂い、空気は澱んで雑菌が繁殖してとんでもない事になっている
不潔な事、極まりないこの城はラプラサスにとってもう地獄だ
真っ青な顔をしながら頭を抑えてソファーに横たわっている
「……あ……頭が……」
少しでも部屋への汚染を防ぐために
堅く閉ざされて隙間を布で塞いだ扉からも廊下の変な液体が漏れだして今もなお、少しづつ部屋を汚染している
イロイロとかなり、非常に危険な状態だ
試しに城の他の部屋も覗いてみたが何処もかしこも荒れ放題
「私の時代が到来ぃぃぃ!!!あははははは!!!」
目つきがヤバイファフニールがついに高笑いを始めた
それはもう
愉快そうに
高らかに
目だけ笑わずに
笑い声だけが、ただひたすら城の中に響き渡っていた。
__________
「………」
魔王はそっと画面を消した……
そして………
「なにやっとんじゃあの馬鹿共はぁ!!!!」
思いっ切り叫び声を上げた
自分が居ないと何も出来ないとは………
ってか、どうやったらたった二日であそこまで城をめちゃくちゃに出来るんだ??
なんだ?あいつらはガキか何かか??!!
…………もはや、こんな所でいじけている場合ではない、事は一刻を争う
魔王は異空間を抜け出すと急いで身嗜みを整えて部屋を出た。
「あははははは!!!!!!」
「五月蝿い!!いつまで笑ってる!!」
バゴンと
魔王の拳がファフニールの頭に振り落とされた。
ピタリと笑い声を止めゆっくりと振り返るファフニール
「魔王……様?」
自分を赤い目で見下ろす黒髪の青年風の姿の魔王を確認し、
「魔王さまぁぁぁ!!!」
ファフニールは泣いて顔をぐじゃぐじゃにしながら魔王に抱き着いた
「えぐっ……もう……二度と戻って来ないかと思いました……」
何も泣く事は無いだろうと嬉しいような恥ずかしいような魔王
どうにか正気に戻ったようで、なによりだ
「………それよりも、この状況をどうにかするぞ……」
魔王が手を掲げると、それを合図に廊下を埋め尽くしていたワームが次々と破裂し、消え去っていく
「にゃ!?私のワームが!………酷い!」
ファフニールは、自分の使い魔(?)が大量殺戮された事を抗議するが
「……………全部消してやろうか?」
額に大量の青筋を浮かべ笑顔でそう言った。言葉の裏には『誰のせいでこんな事になっていると思っているんだ、ぐたぐた言っているとお前ごと消すぞ』という意味も含んでいる
「う……ごめんなさいぃ……」
次に手を横に払うと水と風が廊下を吹き荒れ、ワームの残骸(まだ生きている物も含む)と澱み切った空気を押し流し去った。
間を開けず手近の扉を開き有無を言わさず水をぶち込む
「ぶっ!!?」
水に流され床に転がるラプラサス
「何す…!……あら……魔王様」
「調子が良くなったら片付けを手伝え」
綺麗な水を浴びて見た目元気になったラプラサスにそれだけを伝えると
足早にその場を去り次の目的地に向かった。
そして調理室……
「………………」
部屋の真ん中に陣取る口に異形の物を突っ込まれた真っ白い奇妙なオブジェ
「………これは……生きてるのか?」
「…………多分……辛うじて」
「………まぁ、放っておいても大丈夫か」
「ですね」
端に退かして放置する事が決定した。
廊下同様に部屋のワームと生物兵器を一掃し調理室の食材を確認する
「あー、殆ど録な食材が残ってないじゃないか」
ぶつくさ文句を言いながらも魔王は
どうにか無事だった野菜と肉と卵と小麦粉を混ぜて焼き、お好み焼きのような簡単な料理を作った。
一先ず三人で先に食事を終えて、
料理を載せた皿を片手に
魔王は片付けをファフニールとラプラサスに任せると腹を空かせているであろう勇者の部屋に訪れた。
『入るぞ』と声をかけて、部屋に入ると何故かこちらを見てビクリと身体を震わせる勇者。
「ほれ」
魔王は取り敢えず部屋の机に持ってきた料理を置いた
しかし、勇者は料理に全く手をつけようとしない
「?……どうした?」
魔王はそうとう腹減っているから
直ぐにがっつくと思っていたのだが………
すると
「……………魔王………すまん」
結構、深刻そうな顔で謝ってくる勇者
「………………」
魔王は無言で考えた後、勇者の頭を皿でひっぱたいた。
「…………痛」
「んな事どうでも良いから食え」
そう言ってフォークでお好み焼きを目の前に突き出す。
少し躊躇して、…………一口
モグモグと口を動かして、飲み込み
「…………んまい」
勇者は満面の笑顔を浮かべた。