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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
間章『The reason I was born isⅡ』

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It's always darkest before the dawn―後編―

 ――現代日本の知識を持って過去に行けたとして、自分には何ができるのだろう。


 歴史好きの陽は、度々この想像を楽しんでいた。


 いつも結論は出ないのだが、歴史の知識で好きな武将を天下一に――なんてことをよく妄想していた。


 だが、異世界転生初日。


 彼がいるのは戦国武将の居城などではなく……。


「おい、野郎ども! 今日はボルゾイ子爵家の令嬢を馬車ごと攫ってきたよ!!」


「さすが姉御っ!!!!!」


 盗賊、アルサシアン一家のアジトである。


 姉御と呼ばれた盗賊の頭領――アルサは上機嫌で陽の頭に手を置く。


「あと、コイツはマイ・ヨーク。クーデターで領地を奪われたヨーク家の遺児だ。行く場所も無いようだしウチで預かることにした」


 よく通る声で、アルサが言う。

 洞窟を改造したようなアジトには、荒くれたちが数十人いた。


 薄暗がりのなかで見る男たちは、至る所に古傷が走っていて、堅気ではないのが瞬時に見て取れる。


 マイ・ヨークこと今井陽は、成り行きのまま頭を下げる。


 基本いい子で通って来た陽である。

 現代日本人らしい危機感の無さも手伝ってはいるだろうが、こんな場においても空気を読んで振る舞うことは得意だった。


「ベル! ベルはいるか」


「へい!」


 呼ばれて出てきたのは、陽より頭ひとつ分ほど大きい筋肉質の男だった。


「これから、このマイちゃんに金庫番を任す。仕事教えてやんな」


「へ? いきなり金庫番ですかい!?」


 お金を管理する金庫番を、いきなりどこの馬の骨とも知れない、出会ったばかりの陽に任せようというのは、やはり違和感があるようだ。


 確かに、陽自身も何を見て自分をその仕事につけようとしているのか分からなかった。

 ベルと呼ばれた男はアルサに頭を下げつつも、鋭い目で陽を睨む。


「……意見するわけじゃないですが、こんな貴族の坊ちゃんに盗賊みたいな出入りの激しい雑多な金庫番が務まりますかい?」


「ふん、正論だね。アタシも実力を知りたいから試してみな」


「へい。とびきり難しい計算問題出してやりますよ」


 話の流れがおかしな方向に動いた。

 まだ労働経験のない中学生の陽である。

 彼が学校で得ただけの知識で、太刀打ちできるのだろうか。


 ベルは、鋭い目つきを意地悪そうに細め、陽の頭に手をのせる。

 手はごつごつしていて、どう見ても頭脳労働者ではない。


 だが、数十人いる盗賊団の現金庫番。

 きっと頭の切れる人なのだろう。


「俺はな、元商家の息子で家の手伝いもしていた。没落して盗賊をやっちゃいるが計算は得意なんだ」


 男は威嚇するように、乱暴に陽の頭をなでる。


「だからな。俺は――繰り上がりのない計算なら指だけでできるんだぜ」


「――え?」


「驚いたか。貴族様のお上品な計算能力で俺についてこれるか?」


 勝ちを確信したかのように、ベルは陽の頭から手をどけて胸を反らす。


「問題だ! お前は金貨一枚、銀貨五枚を持っている。銀貨三枚の子牛を三頭買ったら残りは幾らだ!?」


「……金貨一枚は銀貨十枚と一緒で大丈夫ですか?」


「くくく、当然だ。お貴族様はそんなことも知らんのか」


「それなら、残りは銀貨六枚ですね」


 陽は答えを即答した。


「……なん………だと!? ……………………合ってる」


 ベルは器用に両手の指と足の指を使って答え合わせをしていた。

 陽の即答から遅れること三十秒である。


「じゃあ、金貨三枚持ってるときに、銅貨一枚で二本買える串焼きを百六十八本買ったら残りは幾らだ」


「……えっと銀貨一枚が銅貨十枚と一緒で大丈夫ですか?」


「くくく、もちろんだ」


「金貨三枚が銀貨三十枚――三百銅貨と考えれば、三百引く八十四。答えは金貨二枚と銀貨一枚に銅貨六枚」


「………………いや、分からん! 指の本数が足らん!!」

「おい、誰かベルに紙をやれ!」


 紙を受け取ったベルは、眉間に皺を寄せて必死に書き込み――書き終えた瞬間、顔から血の気が引いた。


「結果は出たようだね」


 アルサの言葉に、ベルは崩れ落ちた。


 あちこちから「ベルが計算で負けるなんて」という声が聞こえてくる。


(そういえば世界史の先生が中世は識字率も就学率も低かったって言ってたっけ……)


 ひとまず追い出されることはなさそうで、陽は胸をなでおろす。


 様子を見ていたアルサが、満足そうに笑った。


「ははは。マイちゃんやるじゃないか! 金庫番はマイちゃんに任せる。いいね野郎ども!!」


「へい!!」


 男たちの元気な声が、アジトの洞窟内に響き渡った。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 アルサシアン一家のお金の管理は、かなり杜撰だった。

 金貨と銀貨、銅貨はごちゃ混ぜで置かれ、奪った宝石類や武器等も、倉庫の床に雑多に散らかっていた。


 前金庫番のベルは、言われたときに必要な金を計算して渡すのだけが仕事だったようだ。


 よくこれで破産しなかったものだ――と陽はむしろ感心しながら倉庫の整理を始めた。


「あの……ベルさん? 倉庫にあるもののリストとかはありますか……?」


「そんなものある訳ねえだろ」


「じゃあ、お金と物のリストを作りたいので紙とペンありませんか?」


「…………文字も書けるのか?」


「はい、一応」


 日本語しか書けませんがとは、言っても意味がないので言わなかった。


 なにせ、陽が読めればいいのだ。


「……姉御が普段使ってるペンと紙を使っていいそうだ。高いものだから大事に使えよ」


「ありがとうございます」


 陽は、倉庫の整理と倉庫内の盗品の一覧を作り始める。


 ここまで真面目にやる必要もないかもしれない。


 だが、地球で殺され、そのまま異世界に飛ばされた陽には、仕事があることがありがたかった。


 暇になれば、自分が天涯孤独になったことを考えてしまうだろうから。


「小石丸は――ちゃんとご飯食べたかな」


 最初は懐かなかったのに、一生懸命世話をするうちに、尻尾を振ってくれるようになった。


 虐待を受けてボロボロだった体は、だんだんと逞しく育ち、いつしか成犬になっていた。


(散歩のときは振り回されて大変だったなあ)


 元気になった小石丸は、散歩のたびに陽を引っ張り回した。


 あの小さな体のどこにそんな力があったのか。陽が力負けしていた。


 人懐っこくて、誰とでも仲良くなれる小石丸。


 急に視界がぼやける。


 小石丸のことを考えていたら、寂しさに涙が滲んできたのだ。


「……小石丸、会いたいなあ」


 でも。神様に小石丸の無事を祈って、それが受け入れられたのだ。

 彼はきっと、元の世界で元気に生きているだろう。


「今は……僕も頑張って生きよう」


 涙を拭いて、倉庫内を見回したとき、ベルが少女を連れてきた。


「おい新入り。このボルゾイ子爵令嬢も大事な人質だからお前が管理しろ、と姉御のお達しだ」


「え……」


 陽は、少女を見た瞬間に固まってしまった。


 腰まである綺麗な金髪に青い目、泣き続けていたのであろう目は赤く腫れていたが、それでも見惚れるほどに美しい少女だった。

 傷などはないが、よほど怖かったのだろう。

 小さく震えながら、怯えた目を陽に向けていた。


「じゃあ、あとは任せたぞ」


「……え、待って――」


 ベルは、少女を置いてさっさと立ち去ってしまう。

 窓ひとつない倉庫内は、松明が明るく辺りを照らしてくれる。

 炎に揺れる少女の影が、驚くほど綺麗だった。


「…………あの、ヨーク公爵家の……ご子息様ですか?」


 少女の透き通った声が倉庫内に響き渡る。


「えっと……そういうことになってますが……」


 明確に否定するのはマズいのかも知れないが肯定もしにくい。

 だが、相手は子爵令嬢。


 貴族の息子という事にしておいたほうが相手も接しやすいんじゃないだろうか。


 陽は、ここまで考えて少女に笑みを浮かべる。


 彼自身も、そこまで心に余裕があるわけではない。


 ただそれでも、怯える美少女をこれ以上不安にさせるわけにはいかなかった。


「できれば“陽”と呼んでください。ヨー・イマイ」


「……ヨー様。私はどうなるのでしょう」


「……ごめんなさい。僕も連れてこられただけで分からないんです……」


「……………そう…………ですよね。ごめんなさい」


 少女は俯いて、長いまつげを涙で濡らした。

 陽は、何かを言わなければいけない気がした。


「……あの、お名前聞いても良いですか」


 中学生に気の利いたことを言えという方が無理だ。


「……シエル。シエル・リブロン・ボルゾイ……です」


「シエル…………さん」


 陽は、目の前の少女――シエルが悲しそうにしているのが耐えられなかった。


「……あの、うちの犬の話、聞きませんか?」


 きょとんとするシエルを見ながら、敢えて無視して話を続ける。


「仔犬の頃、お腹を空かせすぎて小石を食べちゃって死にかけた犬なんですが――」


 自分は何を話しているのだろう、とも思う。

 でも、外に数十人もの盗賊がいる中で脱走なんてできない。

 せめて倉庫(ここ)にいる間は、悲しい思いをさせたくない。


 そして、自分にできることがあるとしたら。

 金庫番として、なるべく早く認められて信頼を得ることだ。

 そうすればシエルのことも、助けてくれるかもしれない。


 論理は破綻していても、そんなことに気付けない。

 陽はすでにシエルのことしか考えられなくなっていた。


「小石丸って可愛いんですよ」


 シエルのことを考えると顔が熱くなる。


 いままで勉強しかしてこなかった彼は、今の感情がなんという名前なのかを知らないまま、シエルと話し続けた。

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