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第九話


俺は旅の道中で、とんでもないことに気がついた。

旅をしようと言い出したのは俺なのに、全くこの世界の地理関係を把握していないこと。

カズチ達に尋ねることは出来るが、言い出しっぺである俺が地理関係を知らないのは不審に思われるかもしれない。

開始早々オロオロしていると、心配したカズチが尋ねる。


「どうしました?」


「あ、いや……その」


しばらく言い訳を考えたが、下手な言い訳をしても後で拗れるかもしれないので、俺は正直に白状することにした。

そもそも俺は嘘をつくのが昔から得意ではない。


「俺から言い出しといてあれなんだけど……俺、この辺というか、地理全般が苦手で」


「地理全般……ですか?」


「あぁ、その……どっちになんの国とか街があるーっていうのが、全然分かんねぇんだ……すまん」


申し訳なさの余り頭を下げる。

後先を考え無さすぎる自分に、笑ってしまう。

そしていくら異世界とはいえ、助けられてばかりだ。

こんなんで俺は前世「歩美さんを守りたい」なんて言っていたのか。

ちょっとだけ哀れに思えた。

だが、それに対してカズチは。


「なら平気ですよ。私はこの国の地理であればある程度は把握していますので」


「……へ? 案内してくれんの?」


「当然ですよ。人には得意不得意があるんですから。分担しましょう」


「お、おう。ありがとう」


どうしようこの人、心綺麗過ぎて好きになっちゃう。

というのは九割九分の冗談だが。

カズチのこの底知れない温情はどこからやってくるのか純粋に気になってきた。

と思ったその時。

ナズマがピクリと体を動かし、俺の前にばっと右手を突き出して動きを制する。

するとカズチの方に視線を向けた。


「姉上──」


「ええ」


二人の視線が鋭くなる。

その先を俺は後から見据えてみる。

うっすらと、足が折れそうな程細く長いガリガリな人が見える。

その目と俺のそれが合う。

瞬間──俺の背筋が凍りついた。

男だ。

その男の視線は、余りにも冷たいが、どこかねっとりとしたものも感じる。

非常に不愉快な気持ちになる。

すると男は口を不気味に歪める。


「おやおやおやぁ? こんな人気のない場所で美男美女が粒揃いですなぁ!? こりゃあ俺の飢えも癒えそうだぜぇ」


とても上擦りかけた声を上げて、男は歓喜する。

明らかに只者では無いことは分かる。

俺は曲刀にそっと手を掛ける。

カズチ達も奴に視線を向け、構える。

男はニヤニヤしながら答える。


「おいおい! そんなに怖がらないでおくれよ! 美しい顔がだいなっっしだぜ?」


「……だったら何の用ですか? 用が無いのであれば退いてください」


カズチがいつに無く冷徹な態度を取る。

俺にも何となく分かる。

こいつは何か"関わってはいけない存在モノ"に感じる。

男は興奮気味に続ける。


「用件ねぇ……簡単に言うなら。お前達を……"たべにきた"」


大袈裟に溜めを入れて「ばぁぁあ」と舌を出しながら言う。

するとカズチが「そうですか」と言う。


「人喰いグールの一種ですか? 見たところただの人間の気配にも思えますが」


「あんな気色の悪い魔物と同じにしないでおくれよぉ! 俺はあいつらとは違って"習性"じゃあ無く"趣味"で人を"たべて"いるのさ!」


身につけている高価そうなコートを大袈裟に翻しながら男は言う。

勿論奴の言葉は理解できない。

嫌悪感の余り、俺は曲刀を抜き構える。


「むぅん……やっぱりそう来ないと楽しくないしなぁ……」


男が両手を大きく広げる。

するとナズマがカズチと視線を交わし、無言で頷く。


「姉上が出るまでも無い。俺が終わらせる」


ナズマの姿が、瞬く間に消える。

俺と男が困惑する中、一瞬ビリッと音が聞こえた。

直後、男の目の前にナズマの姿が現れ、誰も目で追えないスピードの拳の連撃を叩き込んだ。

マシンガンのごとき連続攻撃。

全身に雷のような攻撃を受ける男。

ナズマは最後に男の顎にアッパーを繰り出す。

男の体が宙を舞い、地面に大きな音を立てて激突する。

男はピクリとも動かなくなる。

俺は言葉を失う。

強っ。

ナズマが息をついてこちらに歩み寄る。

微笑みながら彼に拍手をするカズチ。


「流石ですね。ナズマ」


「いえ。姉上に比べれば、まだまだですとも!」


屈託の無い笑みで、互いに笑いあっている。

俺だけが感情の波に取り残されている。

一般人てんせいしゃからすれば、ナズマの動きや攻撃能力は尋常ではない。

だけど、それよりも隣に立っている女性カズチの方が性能を上回っていると申している。

お世辞だとしても、俺には信じられない。


「はは……異世界はおっかねぇ……ぜ?」


不意に視線を倒れた男に向けた時。

男の肉体にうっすらと、火の玉の様なものがゆらゆらと揺れているのが見えた。

俺の能力だろう。

そういえば意識して無かったけど、魂を視認することができる。

そして、魂が見えるのであれば少なくともアイツは"生き物"なことに間違いは無い。

と、冷静な分析をしていたのも束の間。

その見えた"魂の火の玉"が、突然大きな炎となって燃え盛った。

その瞬間、俺は背筋がゾッとして、反射的に叫ぶ。


「ナズマ! まだ終わって──」


そう叫んだのと同時に、ナズマの体が空中に打ち上げられた。

いや、正確には何かに"持ち上げられている"

空中にぶら下がったナズマの右足に、何か触手のようなものが絡みついている。

その根本を辿ると、先程まで倒れていた黒服の男の右腕が変形していた。

歪な触手状に変形しており、とても気色が悪い。

男がぶら下がるナズマを見て笑う。


「ハッハッ。さっきのは中々効いたぜ……お陰様で肩凝りが良くなったぜ。ありがと、よっ!」


男は変形した腕を振り下ろし、ナズマを地面に勢いよく叩きつけた。

大きな轟音と地響きが起こり、砂埃が舞い上がった。

カズチと俺は息を忘れたかのように黙り込んでしまう。

俺は恐怖や混乱によるそれだが──カズチは違う。


「…………やはり不愉快ですね」


彼女から感じるのは、激しい怒りと憎悪だった。


続く

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