第六話
黒い男は俺にそんなあからさまな挑発をする。
「俺の能力?」
俺は身に覚えが無く首を傾げると、男が「はぁ?」と呆れ気味に声を出す。
「おいおい。せっかく俺が与えてやったってのに。まだ自覚してねぇのか?」
「そりゃあお前……まだあの世界に行って数時間とかだぞ」
そんな短期間で技を習得できる方が稀有だ。
しかし黒い男は俺を馬鹿にするように鼻で笑う。
「まぁ。そういうのは、自覚しやすい場面ってのもあるからな」
男は頭上に右手の平を掲げ、俺に向けて振り下ろす。
直後、俺の目の前に凄まじい金属音と共に何かが突き刺さった。
装飾も何も無い、アニメでよく見る一本の西洋剣だった。
俺は男の意図が分からなかったが、何となくその剣の柄を掴む。
暗黒の床に突き刺さった剣を引き抜く。
男が不気味に笑う。
「ケヒッ。さてさて……本番と行こうじゃねぇか」
男がパッと目を見開き、こちらに歩み寄る。
その目は確実に──俺の命を刈り取りに来ている。
俺はその目をじっと睨み、剣をぎゅっと握りしめると。
瞬きの刹那、男の姿が目の前から消えていた。
「っ!?」
俺は慌てて辺りを見渡す。
どこにも奴の姿は見当たらない。
だがその直後、背中に何かが激突する。
同時に両足が地面から離れ、前方に吹き飛ぶ。
壁も無い果てしない暗黒空間を、まるでギャグアニメのような勢いで転がっていく。
背中から全身に痛みが駆け巡る。
力が上手く入らず、体中が震える。
男の方をチラリと見る。
奴は瞳をギラリと赤く光らせ、悪魔の笑顔を浮かべながら近寄ってくる。
こんなやつが神であって良いのか。
あのメイドの子の方が神に思えてくる。
そんなどうでもいいことが頭を過ぎる。
全身が痛すぎて動けない。
詰みか。
俺が諦めて瞳を閉じた瞬間。
『──凌平君?』
突如、脳内に歩美さんの声が響く。
走馬灯ではない……これは"過去の記憶"だ。
歩美さんとの会話が、記憶の底から呼び起こされる。
『凌平君は……運動神経良いんだよね? どうしたらそこまで運動できるようになるの?』
彼女の純粋な疑問。
俺はそれに対しては、別に特別な回答はしなかった。
「……別に俺運動神経は良くはねぇよ? キングオブ普通って感じ。まぁ、でも体力とか持久力には自信あるけど」
自分の中でも、特別運動ができるわけでは無かった。
だけど不思議と自信があったことはあった。
「どんだけ苦しくても、嫌でも。根性っつうか気合いっつうかって感じで乗り切ってる感じだから……相対的に持久力とかがついてるのかな」
俺は自分の中のポリシーとして『覚悟したこととやるべきことは最後まで諦めない』というものがある。
小さい頃からこのポリシーを守り続けていた。
それは当然、歩美さんの前でも。
「…………あぁ。そうだな」
俺は激痛の残る華奢な少女の体を、剣を使って起こそうとする。
「うっぐぎぎぎ……!」
酷く体が痺れる。
起き上がるだけで本気の力を使っている気もする。
剣を杖のように地面に突き刺して、体が痙攣しながらも立ち上がる。
その動きは、最早老体のそれだ。
意地で立ち上がり、剣先を黒い男に向ける。
男は感心したような顔になり両手をパチパチと叩く。
「ケヒッ。まだ起き上がるのかぁ? 良いなぁ。そろそろ"見えてくる"んじゃねぇかぁ!?」
男は意味ありげな発言をして高笑いする。
俺は一旦深く呼吸をし、頭を空にする。
こうするとかえって冷静になれる。
相手を良く見ろ。
そうしないと始まらない。
俺は剣を構えつつ、黒い男を凝視する。
男はニヤニヤしながら俺を見詰めている。
そんな奴を見詰めていると──。
不意に、俺の視界に"あるもの"が見えた。
「……?」
俺は思わず"それ"をじっと見つめる。
見えたのは、黒い男の胸元にうっすらと浮かぶ青い火の玉のようなもの。
闇夜にも思える暗黒空間に浮かぶそれは、どこか幻想的に見える。
なんだ……あれは?
まるでそれは……あいつの"魂"にも見える。
ふと、転生時に言われた言葉を思い出す。
魂を観測する力。
これが……そうなのか?
そして黒い男はニタニタ笑う。
「お? 見えたみてぇだな」
「…………あぁそうだよ」
俺は剣を強く握り直し、男へと向き直る。
そいつの魂の灯を、睨みながら。
深く呼吸をする。
そして己の心に暗示をかける。
勝負は一瞬だ──。
全身の痛みをこの一瞬だけ忘れ去れ──。
「よし……行くぞ」
俺は呟く。
そして足に渾身の力を込めて、男に駆け込む。
奴の懐に潜り込んだ瞬間、剣をその灯に振るう。
剣の刃は男の肉体をケーキのように簡単に通り、魂の灯を横向きに寸断する。
二つに割れた男はうっすらと笑みを浮かべ、消滅していった。
暫く周りが静まり返る。
そして同時に、我にも帰る。
……待て。こいつ倒して平気だったか?
この空間から帰れなくなるとか……無いか?
俺がビビり出した瞬間。
「ケヒッ。お前今俺を倒して焦っただろ? ケヒャッヒャッ! 最高に間抜け面してたなぁ!?」
背後からとても楽しそうな笑い声が聞こえる。
俺は恐る恐る振り返ると、数秒前に両断した筈の黒い男が大笑いしながら立っていた。
俺は平然と立っているその男を見て目を丸くする。
訳が分からない。
この男はたしかに寸断した筈なのに。
「まぁまぁ。動揺すんなって。順番に説明してやっから」
やれやれと言わんばかりに男は嬉しそうに言う。
そして得意げに説明を始める。
「まず、俺がてめぇに与えた能力が"それ"だ。お前は"生き物に宿る魂を視認することができる能力"だ。魂を宿した奴は、刃を媒体にすれば干渉が可能だ」
「刃を媒体に干渉……? 魂を叩き切れるって訳か?」
「まぁ。そうだな。魂を宿したものを直接切れるようになるから。強化系魔法も無視できるおまけ付きだぜ」
俺は「ほう」と呟く。
強化系魔法も無視できる……一種の概念無効のようなものか。
たしかにそれなら神をも殺せるわな。
──だがしかし。
「……じゃあなんでお前生きてんだよ?」
「ケヒヒッ。気にすんなって。ただ俺の魂を半分にしてその魂に重なるように自分の幻影を付けただけだ。いやぁ、お陰様で寿命が五千年くれぇ縮んだぜ」
なっはっはっと大きな声で笑う。
それは最早"ただ"どころの騒ぎでは無い。
自称神を名乗っているだけあって、やっていることも言っていることも中々何でもありだ。
その時点でもう俺は考えることを辞める。
「わざわざ教えてくれてどーも。それで? まだ続けるか?」
「いや。もう飽きたし、てめぇ動けなそうだしやめとくぜ。別にここで互いを殺したところで意味ねぇしな」
「そりゃ。ありがてぇ……ここで死ぬのはごめんなんでな」
俺は安堵の息をつく。
黒い男が「あぁん?」と腕を組みながら首を傾げる。
「お前の話を聞いてな。俺は歩美さんのことを幸せにしてあげたかったんだよ。それに人生捧げてたしな。だけど俺の今までの人生じゃ足りてなかった」
俺は淡々と男に語る。
「歩美さんはもうこの世にはいないけど。俺はまだ生きていい権利がある──だから。俺は生きる」
歩美さんと一緒に、天国で生きるのは簡単だし幸せだろう。
だけど、せっかくまだ生きる権利があるのなら……それもそこが異世界なら。
そこでの体験を、天国で歩美さんに話してあげたいな。
それで、笑って欲しいな。
いわゆる冥土の土産……いや土産話?
どちらにせよ、俺はまだあの世界で生きる。
「……けっ。そうかよ。ならとっとと帰れよ」
「おう。それとお前……ありがとうな。俺に能力をくれて。歩美さんを馬鹿にしたことは許さねぇけど」
「ケヒッ。精々無駄な怨念を抱いてんだな」
そう言うと同時に、俺の視界は暗黒に染まり、いつの間にか異世界の部屋に帰ってきていた。
続く




