第四話
二年前のある日の出来事。
俺はただの気まぐれで、その日の昼食を屋上で食べることにしたのだ。
普段は屋上なんて行かないのだが、その日は天気も良く、クラスメイトのどんちゃん騒ぎにいい加減うんざりしてきていたので丁度良かった。
俺は屋上の扉を開き、そのまま進む。
するとそこには既に先客がいた。
その姿を見て我が目を疑った。
雲ひとつ無い青空の下、そよ風に靡く黒い艶のある髪。
綺麗な黒色なのに、一切光の感じられない瞳。
王道な清楚系といった姿形に、俺はしばらく見入ってしまう。
彼女の瞳と、自分のそれがかち合う。
「あ、えっと……」
俺は言葉に悩んだ。
彼女はしばらく俺を物珍しそうに見つめると、控えめな笑顔を見せる。
「クラスメイトの……凌平君だっけ?」
「あ、はい。貴方は……歩美さんでしたっけ?」
「敬語じゃなくて良いよ。なんか変でしょ」
そう言って彼女はクスリと笑う。
「じゃあ……うん」
俺はなんと答えれば良いか分からずに、淡白なセリフになる。
あまりにも儚い雰囲気に蹴落とされ、俺はとても気まづい空気になる。
「あ……っとぉ……お、お邪魔なら退散するけど」
俺は屋上の扉に手をかけて、出ようとする。
すると彼女は首を振る。
「別にお邪魔じゃないよ。凌平君は好きでここにきたんでしょ?」
「え、あぁ……まぁ」
別に屋上が好きな訳では無いが、せっかく歩美さんと関われる機会なのだから、ここは便乗しよう。
「そう、だね。そう言う歩美さんも、ここが好きなの?」
俺が尋ねると、歩美さんは虚空を見つめながら頷く。
心做しか、その瞳が一瞬濁った様にも感じた。
「……うん。大好きだよ……こういう程良く高い場所は」
「へぇ?景色が良いとか?」
「うん……そうだね」
彼女は薄い笑みを浮かべながら言う。
この時の俺には、この笑顔と彼女が屋上を気に入っている理由が分からなかった。
分かるわけ無いじゃないか。
──飛び降りた時に痛みを感じる時間が短そうだから。
なんて恐ろしい理由が。
当時の俺は知らなかったけど、歩美さんは高校入学初期からかなりのいじめにあっていたという噂があった。
噂を耳にしている程度だったので、本当なのかも定かでは無く、本当だとしてもどれ程のレベルなのかが分からない。
俺は初めて会って以来、彼女とは昼休みを屋上で共に過ごすことが日課となっていた。
その際にいじめによる傷跡などがついてないかこっそり確認していたが、あまり目立った傷は無かったし、結構あっさりバレてしまった。
てっきり嫌がられるかと思って覚悟したが、彼女は笑顔を見せてくれる。
「凌平君。優しいね」
傷ついたものでは無く、素直で美しい笑顔を見せてくれた。
俺は思わず口と目を馬鹿みたいに見開いてしまう。
「心配してくれる人、私の周りには居なかったから……嬉しい」
どうやら彼女は家族からも見捨てられたらしい。
というのも、その理由はあまりにも理不尽なものだった。
歩美さんはとても整った顔立ちをしており、とてもノリも良く明るめの性格だ。
運動神経があまり良くないことを除けば、学力も優秀で非の打ち所は無い。
だが──彼女のいじめと育児放棄の理由は"そこ"にある。
あまりにも人間として完成されていると思われたからか、それを妬み呪う者が多く現れた。
彼女は多方面から精神的なダメージを受け続け、もう限界が近かったらしい。
「だけど、凌平君は私を心配してくれてるんでしょ?なんだか新鮮で嬉しくなっちゃってさ」
歩美さんは俺に粗方自分の境遇を語った後、泣きそうな顔で笑った。
俺はその顔を見て、ハッキリと気がついた。
彼女への思いに。
それから今までずっと、俺は歩美さんに片想いし続けており、二年後──たったひと月前に自分から彼女に思いを伝えた。
「歩美さん……俺と付き合ってくれませんか?」
「…………」
歩美さんはしばらく何も答えなかった。
だけどすぐに、俯きながら返事を言う。
「……私なんかで良いなら」
と、彼女は控えめな笑顔で言った。
そんなこんなの現在。
地球でも無い場所にて、俺は歩美さんの肉体に転生した。
「……懐かしいな」
俺はボソリと呟く。
いつ聞いても信じきれない話だ。
夢とも思えてしまう。
「……歩美さんの心って、救われてたのかな」
俺と付き合い始めた一ヶ月間、いつもよりは笑顔が素直なものになっていた。
だけど、それで心は救われていたのだろうか。
「……なんだか疲れちゃったな。寝るか」
俺は部屋のベッドに横たわり、目を閉じた。
続く。




