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第二話



肌寒い──。

俺の目が、反射的に開かれる。

ぼやける視界をできる限りかき分け、状況を把握する。

どうやら俺は、木製の床に倒れ込んでいる様だった。

片目を指で擦り、立ち上がる。

ここはどうやら、古い木製の小屋の様だった。

木のほとんどが腐っており、夜になったらお化けでも出てきそうな雰囲気である。

ここは異世界なのだろうか?

確かめる術が無く、俺は辺りを見渡して──。

ふと、自分の手に視線が行った。


「……?」


俺は思わず目が点になり、首を傾げる。

心做しか、いつもより指が細くて色白い様な気がした。

普段から特別自分の手なんて見た事無いから、確信は無かったが……にしてはあまりにも違う。

まるで女の子の手みたいだ。


「……まぁいいか。それより…………んぁ?」


異世界に来て初めて口を開いた瞬間、第二の違和感に辿り着く。

声があまりにも高くなっている。

流石に声自体は毎日聞いているから気づける。

それに、妙に聞き覚えのある女性の様な声だ──いや待て。

俺はふと、先程脳内に語りかけてきた声の言葉を思い出す。

大いなる悔いを遺して消え去った友の意志。

もしもそれが本当に……"彼女"なのだとしたら。

俺は必死に顔が見えるものを探した。

そして洗面所と思われる場所で、ヒビの入っている古い鏡を見つける。

鏡の目の前で立ち止まり、自分の顔を移し見る。

瞬間──唖然としてしまう。

そこに写っていたのは。


「…………歩美……さん?」


この世の誰よりも愛した女性の姿だった。


しばらくその場で鏡の向こうの女の子を見つめ続けていた。

黒く長い艶やかな髪、同色で黒曜石の様な輝きを持つ瞳。

童顔とも美形とも言えないが、整っている魅力的な顔立ち。

見ているだけで現実性を失ってしまいそうな程の、絶世の美人。

目の前に見えるその人こそ、地球に生きていた頃の俺の恋人──歩美さんである。


「……いつ聞いてもありえない話だな」


いつもより高く可愛らしくなってしまった声で、俺は呆れ気味に言う。

あまりにも見た目に抜け目も非も無さすぎる美人の歩美さんが、平凡でどこにでもいるような俺の彼女だなんて。

ラブコメの主人公か俺は。


「……さて。色々と気になる事はあるが……まずはここを出るか」


一旦冷静になり、俺はこの小屋から出る事を決める。

小屋の入口に手をかけ、開く。

目の前に広がった景色は、薄暗い森だった。


「参ったなぁ……人里がどっちなのか分からない」


小屋から何歩か前に出ながら、俺は頭を搔く。

この世界がどんな場所なのかは勿論分からない。

生態系なども分からない中、人里でも無い場所をうろうろするのはあまり得策では無い。

とは言え、人里の方向が分からないのもまずい。

俺が頭を悩ませていた時。


「おや? こんな山奥で何をしているんですか?」


隣から声が聞こえ、俺はその方を向く。

そこにいたのは、いかにも"魔法使い"といった雰囲気の蒼いローブを羽織った女の子だ。

背丈は今の俺とほとんど変わらず、もしかしたら同年代なのかも知れない。

少女は穏やかに微笑んだ。


「可愛らしいお方ですね。こんな物騒な場所は貴方には似合いませんよ?」


俺はそう言われてピクリと眉を動かす。

そういえば、今の俺は歩美さんの見た目をしているんだった。

となると、話し方も変えなくてはならない。

だが、俺には彼女の話し方……というか前提として女性はどんな風に話せば自然なのかが分からない。


「そ、そうですか……ここってそんなに危ない場所なんですか?」


無難に敬語で会話する。

これなら万人に通用するし、怪しまれることも無かろう。

ローブの少女は微笑みながら頷く。


「ええ。ここは獰猛なモンスターが大量に出現する場所なので。ですがもう大丈夫です。私が付いてますし、すぐに弟が合流します」


「お、弟さん?」


俺が尋ねると、少女はニコリと笑う。


「えぇ。とても素直で情熱的な、頼りになる人ですよ」


俺はほっと胸を撫で下ろす。

良かった、運良く話の分かる人と巡り会えた。

悪い人でも無さそうだし、不審にも思われてない。

この人達を頼れば、ひとまず安心そうだ。

すると。


「──ねうえぇぇぇぇ!」


離れた場所から男性の叫び声が近づいてくる。

声の方向を見ると、ローブの少女が微笑みながら言う。


「来ましたよ」


視線に映ったのは、ズドドドという効果音が似合いそうな程勢い良く走ってくる男性の姿だった。

激突しようものなら遥か彼方に飛ばされそうだ。

闘牛の如き勢いで突撃してきた青年は、直前で減速して静止すると、ローブの女性に向けて声をあげる。


「姉上! ご無事ですか!? お怪我などはございませんか?」


力強く、熱意や敬意の感じる言葉遣いだった。

すると彼は俺の方を見て首を傾げる。


「む? 姉上……この人は……?」


「あぁ。先程お会いした……ごめんなさい。そう言えば、互いに自己紹介をしていませんでしたね」


ローブの少女は失念していたと言わんばかりに、苦笑いする。

そして一つ、彼女はわざとらしい咳払いをする。


「私の名前は、カズチ。そしてこちらが私の弟のナズマです」


「ナズマと申します! 貴方は?」


ナズマと名乗られた青年は、俺に尋ねた。

俺はなんの躊躇いも無く。


「あぁ……俺……は」


普通に名乗ろうとした時、寸前で踏みとどまる。

さっきもそうだったが、俺は今歩美さんの肉体になっている。

だから当然、俺の本名である"凌平りょうへい"を名乗る事も出来ない。

それに一人称「俺」も封印せねばならない。


「……わ、私は歩美って言います」


彼女の名を借りることにした。

大分新鮮な体験をしている気もする。

女性の身体になっている時点で新鮮だが、歩美さんの名前を名乗る羽目になっていることもそうだ。

カズチが「ふふ」と微笑む。


「珍しい名前ですが……なんだか可愛らしいですね」


とても素直な感想を貰った。

確かに歩美さんの顔は可愛いと思う。

だけど、名前が可愛いと思ったことは無かったな。

別に、可愛くないとは思ってないが。

カズチはナズマに尋ねる。


「ナズマ。この辺りにモンスターは?」


「特に危険なモンスターはいませんでした! 害にはならない下級のモノばかりです!」


「それなら安心です。歩美さん、良ければ私達の街までご案内いたしましょうか?」


カズチの提案に俺は目を見開く。

願ったり叶ったりな話だ。

まだこの世界に関しては、右も左も分からない状態。

そんな状態で、モンスターがいるかも知れない無法地帯を、ノコノコ歩いていたら心臓に悪い。


「は、はい! ぜ、ぜひ!」


俺はその提案を了承する。

道中で彼女らから色々情報も貰えたら嬉しい。

カズチはニコリと微笑んだ。


「それではご案内しますね。ナズマ、行きましょう」


「はい! 姉上!」


ナズマが大きく返答すると同時に、二人は歩き始めた。

俺もその後をついて歩き始める。

──ここまでの出来事は、ほんのささやかなチュートリアルに過ぎないことを。

この時の俺は知らない──。


続く。

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