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第十七話



「さてどうしたものか」


俺はとりあえず建物の中に入って、椅子に座って考えた。

思えばその通りだ。

俺の体は今歩美さんになってしまっている。

そして当たり前だが、歩美さんは女性だ。

つまり俺は女性風呂に入らなくてはならない。

だけど、俺は男だ。

倫理的な問題もあるが、俺は歩美さん以外の女性の体に興味はそんなに無い。

ただ、歩美さんを差し置いてそんな事をしても良いのだろうかという葛藤が生まれる。


「……くっそぉがぁ!」


俺は苦悩の声を上げる。

実に難しい問題だ。

だけど、ここ最近まともに風呂に入った記憶が無いのも事実だし、たまにある俺は別に風呂キャンでは無い。

異世界の風呂にだって入りたい。

そもそも──。


「……歩美さんの体を汚せねぇだろ」


俺は腹を括ることにした。

意を決して俺は女性用の脱衣所に入る。

だが──。


「あれ? 誰もいない?」


脱衣所には誰もいなかった。

なんという僥倖。

俺は(なるべく下を見ないように)さっさと裸になり、浴場へと向かう。

念入りにシャワーで体を洗い、お湯に肩まで体を沈めた。

雨に濡れ、冷えた体がお湯でじんわりと温められていく。

久しぶりの風呂の感覚に体が溶けそうになる。


「……ふぅ」


なるべく天井を見つめるようにしているが、意識しなくても視線が上に向いてしまう。

なんで人は気分が良くなると上を向くのだろうか。

思わずそんなどうでもいいことが気になってしまう。

すると後方で扉の開く様な音が聞こえた。

俺はビクリと体を震わせる。

まずい、誰か来た。

法的に合法とは言え、流石に女性と二人きりなのは本当に恥ずかしい。

まぁ、執拗に体を見たりしなければ平気か。

俺は気にせず体を休めると、隣からちゃぽんと音が聞こえた。

どうやらもう一人が入浴した様だ。

俺は露骨に視線を音の反対側に逸らし、その場をやり過ごす。

──と。


「こんにちは」


唐突に隣から挨拶が聞こえ、思わず振り向いてしまった。

そこには大学生か……二十代くらいの若い女性がいた。

童顔な訳では無く歳を重ねた顔でも無い、まるで"お姉さん"の様な顔立ちだ。


「こ、こんにちは」


思わず挨拶を返してしまう。

倫理的な問題とかでは無く、純粋な疑問になってしまった。

歳の行ったおばさんとかならともかく、こんなお姉さんに話しかけられたら、普通に困惑する。


「雨の中ここに来るなんて珍しいわね」


「へ? あぁいやぁ……久しぶりに風呂に入りたくなってしまって」


「そうなの……ここは良いわよね。この時間なら人はそこまで来ないから静かでゆっくり出来るし」


「はぁ……もしかして俺邪魔っすか?」


俺が尋ねると、女性はフルフルと首を振る。


「とんでもない。話すのだって好きだから。そう言う貴方は? さっきまで気まずそうに視線を逸らしてたけど」


「…………すんません」


まさかバレていたとは。

お姉さんが楽しそうに笑う。


「いいのよ。私はね……明日やるべきことがあるのよ」


「やるべきこと?」


「ええ。ある意味命懸けのことね。だから私はその前にここに来たの……最後かもしれないからね」


どこか悲しそうにお姉さんは言う。

他人のことだからあまり深くは聞かない様にしたいが、そんなに悲しげに言われると少し気になってしまう。


「ごめんなさいね。こんなことを貴方に話すなんて、風呂だと饒舌になっちゃうみたい」


「あ、いえ全然。頑張ってくださいね」


「ありがとうね」


お姉さんは優しく微笑んだ。

悪い人では無さそうだ。


「貴方、名前は?」


「えっと……歩美です」


「歩美ね。私はティア」


ティアさんはそう言って微笑んだ。

私もつられて笑う。

外からは微かに雨の音が聞こえる。


「歩美は、雨って好き?」


ティアさんに尋ねられ、俺は考える。

雨にはあまり好き嫌いの感情が湧いたことが無い。

雨の音を聞いたり、眺めたりするのは嫌いでは無いが。


「……嫌いでは無いです」


「そう。私は好きよ……私の慕っている人が……雨が大好きだから」


「へ、へぇ? 彼氏とかですか?」


「彼氏なんてそんなんじゃないわ。婚約者よ」


「え、まじすか。おめでとうございます……おめでとうございます?」


自分で言っておいて分からなくなってしまった。

婚約だからまだ結婚した訳では無いし、おめでとうございますでは無いのだろうか。


「ありがとうね。私なんかを娶ってくださるあの人には頭が上がらないわ」


「おぉ……お幸せに」


「ありがとうね。歩美も若いんだからいい子が見つかるわよ」


「あー……はは。もう俺は間に合ってるんで」


俺がそう返答すると、ティアさんは湯船から立ち上がった。

俺はほとんど脊髄反射で視線を逸らした。


「またね歩美。また会えたら会おうね」


「うっす。お元気で」


俺はそう言って視線を逸らしたまま送り出した。

……あの人、"最後"って言ってたな。

それなら視線合わせて送り出せば良かったなと、後になって後悔してしまった。


続く

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