第十五話
その夜──。
俺はなかなか寝付くことが出来ず、窓から外の世界を眺めていた。
ここ数日で色んなことがあって疲れているはずなのに、目が冴えてしまっている。
いや、色んなことがありすぎたからなのかもしれない。
突然の事故による死。
恋人を失ったかと思えばその恋人の体になって異世界転生を果たす。
そして狂人に殺されかける。
「……なんだこりゃ」
思わずため息をついてゲンナリする。
異世界転生をして一度はこんな死闘になるとは思っていたが……まさか初日とは思わんやん。
ていうかそもそも恋人の体になるなんて思いもしな……待て。
女の子の……体?
俺はそれを自覚し、自分の首をグインと下げて体を見てみる。
「…………思ったより胸は小さ」
俺は言いかけて口を噤んだ。
なんてことを言おうとしているんだ、いくら故人でも女の子に対する礼儀がなってなかった。
……しかし本当に華奢な体だな。
客観的に見ても思ってたことだが、いざ自分の身になるとその脆さや儚さが実感できる。
それに加え、歩美さんは過酷な人間環境を生きていたのかと思うと、酷く心が苦しくなる。
と思っていた直後。
「……ぐっ!?」
頭がズキンと軋んだ気がした。
同時に"何かの記憶"が俺の脳内に溢れてきた。
『お母さん……居残りしてて遅くなった』
『そう。どうでもいいから部屋に戻ってなさい』
俺の目線では、歩美さんの言葉を興味無さそうにあしらって部屋から追い返す女性の姿があった。
俺では無くスマホに視線を向けている。
俺にはこの女の正体が、何となく分かってしまう。
恐らくこいつは、歩美さんの母親だ。
歩美さんの母親は、話に聞いたことしか無く、顔を見たことは無い。
ただ、こいつには俺は憎しみと嫌悪感以外の何の感情も湧かない。
歩美さんが完璧な見た目や学力を持って生まれたことを"誇り"とは思わず"汚点"としか見ておらず、歩美さんが何を成そうが「どうせアンタには出来るんだから」で片付ける。
頭の頂点から爪先まで理解の出来ない人間だ。
話にしか聞いていなかったからイメージしずらかったが、記憶を見てハッキリした。
俺は荒くなった呼吸を整えると、再び窓の外を見つめる。
天に浮かぶ満月が、手に届くように錯覚してしまう。
"月は神様の住処"と誰かが説いていたのを不意に思い出す。
今ここで、神に願えば……願いは叶うのだろうか。
今はもう居ないけど……歩美さんの心が……どうか天国で救われていることを。
翌日。
俺は目覚めて早々、オリンジに曲刀の指南を頼んだ。
刀を腰に携えて、オリンジと向かい合う。
オリンジはメガネに指を添え、説明を始める。
「確認なのですが。歩美さんは刀の扱い自体はほぼ未熟という解釈でよろしいでしょうか?」
「まぁ……よろしいです」
アニメとか漫画でしか見たことが無いが、あれじゃあ流石に参考にはならないだろう。
「ではまず……というより基本的にこれを徹底すれば良いのですが」
「なんでしょう?」
「大事なことは、"刃の向き"と"力の入れ方"です」
俺はそれを聞いて「ほうほう」と頷く。
「曲刀とは剣とは違って諸刃では無いので、斬り込む際の刃の向きが大事なんです。乱雑に振るってしまっては、刃が通りにくくなってしまいますからね」
「ほほぉう。んで、力の入れ方ってのは?」
「刀を振るう際の力の強さです。これはそれなりに難しくありませんよ。刀を振るう瞬間のみキュッと力を入れるんですよ」
なるほど、ラケットスポーツとかでよくある話だ。
卓球の強打を打つ際に一瞬だけ力を込めると、回転が増すみたいな話に似ている。
「……なるほど。だけど、それを同時に熟すのが難しいのか」
「そうですね。ですが慣れてしまえばそこまで難しいものではありませんよ。ということで素振りしましょう」
「っしゃ! やってやらぁ!」
俺は意気込みながら返答すると、素振りを始めた。
二分後。
「……いってぇ……」
両腕がギギギと音を立てる。
痛すぎる。
刀が重たいことも、振るい続けたらしんどいことも知っているが。
二分しか振れないとは思わなかった。
歩美さんの肉体になったことも大きいのだろう。
歩美さんは運動神経はほぼ皆無と言って良いくらいのものだったらしい。
まさか身をもってそれを実感できるとは思わなかった。
だからといって筋トレとかをしてムキムキにはなりたくないけどなぁ。
ムキムキの歩美さんは見てみたいけど見たくは無い。
「大丈夫ですか?」
オリンジが、心配そうに俺を見つめる。
俺は「あはは」と苦笑いする。
「大丈夫だ……筋肉ってのは壊してからが本番らしいしな」
「……そんな言葉を聞いたことはありませんが、無理はなさらないでください。ただでさえ華奢な体をしているのに」
オリンジが少々強めに忠告する。
まぁ、こいつの五感があったら無理してることくらいバレるわな。
だけど──。
「……歩美さんは……こんなもんじゃなかったんだからな……俺だって背負ってやるよ!」
自分に喝を入れるように叫び、刀を再び振り始めた。
同時刻。
彼らの滞在する街へと、向かう女がいる。
暗い蒼の服を全身に纏い、空を仰ぎ見る。
そして天へと手のひらをかざし、何かを呟き始める。
「──"空は泣き、大地は喚く"」
すると女の頭上に黒い雲が渦巻き始め、そこから無数の水玉が堕ちた。
それを全身に浴びながら、"魔女"はため息を零す。
「暗くて、深くて……冷たい……まるで……"彼"のように」
雨の魔女の薄ら笑いは、豪雨によって掻き消された。
続く




