第十二話
まるで滝に打たれているかのような感覚。
足が重くなり動けなくなる。
プロトスがワナワナと体を振るわせて、切断された腕を見つめている。
「んで斬れてやがんだぁ? 巨大モンスターですら噛んだだけで歯が砕け散るんだぞ? それが、ただのアマのナマクラに……?」
ブツブツ何かを呟いていると、顔を手のひらで覆いながら大声で笑い始める。
「オマケに飛ばされた腕を生やすと来たってかぁ!? たまんねぇなぁクソアマぁ!」
気分が高揚した様子で奇声を上げる。
この男の情緒が本当に測れないが、そんなことは今はどうでもいい。
俺は自分の能力について、何となく理解出来た。
腕の再生はちょっと良く分からないが、切断能力は、魂を宿しているものであれば、防御力も耐性も関係無く斬れるということだ。
あんなにも大量の電撃や打撃を与えられてもダメージがほとんど無いプロトスの体を、一撃で切り裂けたのが証拠。
最初は魂だけを切り裂くものなのだと思っていたが、魂が宿ったものであればその限りでは無いらしい。
ある意味嬉しい誤算である。
プロトスが発狂しながら俺を見つめる。
「テメェを"たべる"のは止めだ! テメェは八つ裂きにして、畑の肥料にでもしてやるよぉ!」
随分と変わった殺害宣言の後、プロトスは触手を振るう。
風を切る音と共に高速で迫る触手に、俺は再び刃で斬りかかる。
そこらの武器屋で調達した無銘は、硬度の悉くを否定し、迫る触手を次々と両断する。
そのまま俺はプロトスの懐へと駆け寄り、その魂へと牙を向ける。
すると奴は短く舌打ちしながら背中に翼を生やし、空中へと逃げ延びる。
俺の能力の危険性に気づいたようだ。
このまま空中から一方的に攻撃されると面倒だが、プロトスは俺を睨みながら尋ねる。
「おいクソアマ。名前は?」
「……は? お前、俺達は自己紹介いらないんじゃ無かったのか?」
「事情が変わった。さっさと名乗れ」
「……歩美」
「歩美……か。覚えたぞ。今回はお前の勝ちにしてやる……だが次会った時は」
彼は激しく憎悪の感情が籠った顔で俺を睨む。
「そのご尊顔と体が繋がってると思うなよ?」
そう捨て台詞を残し、プロトスはどこかへ飛び去って行った。
しばらくその場に立ち尽くすが、すぐにはっと我に返る。
刀を鞘に納め、ナズマ達の方へと駆け寄る。
「ナズマ。大丈夫か?」
俺の問いかけに、ナズマは頷く。
「俺は問題無い……だが……姉上が……」
泣き出しそうな声で震えている。
ナズマが抱き抱えるカズチの体は、辛うじて止血されているが、ほとんど生気を感じなかった。
彼女も呼吸音が微かに聞こえるだけで、ほとんど動いていない。
だけど、俺には分かる。
彼女の魂はまだ、消えかかっている訳では無い。
まだ──助けられる。
「ナズマ。カズチを運んで動けるか?」
「え? あ、あぁ。動けるが」
「上出来。このまま街まで移動しよう。まだカズチは死なない。急げば間に合う」
「な……だが、この出血じゃ」
「実の姉貴を死なせてぇのか?」
俺は強気な目でナズマを見る。
俺だって二人には助けられてる。
そう簡単に恩人を死なせてたまるか。
それにもう……友人に死なれて欲しくない。
彼はその目に軽く蹴落とされたかのようにビクリと体を震わせる。
そして深く呼吸して奮い立つ。
「……分かった! とにかく人里へ向かおう!」
彼はカズチを抱き抱えながら走り出す。
俺もその後を全力で追いかけた。
その後は、必死になって人里へと走り続け、いつの間にか気を失っていた。
俺が目を覚ました時は。
「う、ううん?」
どこか知らない部屋のベッドに横になっていた。
体を起こして辺りを見渡す。
最初の転生先とは違い、ここは整備されていて清潔だ。
誰かに助けられたのだろうか。
窓を見ると、白い朝日が差している。
どうやらあれから一日経過したらしい。
俺は今までの出来事を思い返すと、ため息をつく。
「……全く。異世界転生初日から、死闘を繰り広げることになるとは」
ツイているのかいないのか。
初日からハードなものだった。
もっと緩い異世界生活を想像していた俺が馬鹿みたいだ。
呆れかけていたその時、扉がガチャリと開かれる。
そこから現れたのは、長身の灰色髪をした青年だ。
顔も中々美形で、グラスコードがついたメガネを掛けている。
青年は俺に気づくと、ニコリと柔らかく微笑む。
「お目覚めでしたか。良かったです」
「え、あぁ……おう。貴方は?」
「あぁ失礼。私はオリンジと申します」
オリンジと名乗る青年は、礼儀正しく頭を下げる。
穏やかな口調にその柔らかい笑顔。
この人は多分悪い人では無い。
「貴方のお名前は?」
「歩美」
「……そうですか。歩美さんと言うのですね」
何故か少し間を空けて言う。
それもそうだが、まず聞きたいのは。
「なぁオリンジ。ここにその、男女の二人の姉弟が来てねぇか? 俺の知り合いなんだ」
「ええ。来ていますよ。というよりは、貴方も一緒にいらしていたんですよ?」
「え? あ、そうだけど。その、俺昨夜の記憶が曖昧で。それで」
「……なるほど。事情は概ね分かりました」
オリンジは納得した様子で頷くと、俺に右手を差し出してきた。
「んぇ? な、何?」
「お二人の様子を見に行くのでしょう? 立てますか?」
微笑みながら、そう尋ねる。
普通に紳士的な人だった。
「あ、ありがとう。でも自分で立てるから平気だよ」
「そうですか。では参りましょうか」
そう言うと俺は、オリンジの後ろについて歩いた。
隣の部屋に移動すると、二つのベッドに二人が横になっていた。
「二人共! 無事か!? 」
「歩美さん! あぁ。俺は大丈夫だ! だが、姉上は」
不穏な視線の先では、カズチが安らかな表情で眠りについている。
生きてはいるようだ。
すぐ側にいた医者と思しき男性が答える。
「深い昏睡状態にありますが。命に別状はありませんよ」
「良かった」
俺はホッと息をつく。
すると後ろで聞いていたオリンジが笑顔で言う。
「良かったですね。おっと、私の名前はオリンジ。趣味で探偵をしています」
オリンジはそう言ってメガネをクイッと指で上げる。
というかちょっと待て。
「……趣味で探偵?」
「はい。とは言ってもよくある推理とかは得意ではございませんが。周りからはそう呼ばれています」
オリンジは微笑みながらそう言う。
趣味で周りから探偵と呼ばれるくらいの人物だってことなのか。
一体どんな男なのだろうか。
「……さて。歩美さん。少しお聞きしたいことがあるので、戻りましょうか」
「お、おう。んじゃあナズマ。また後で」
ナズマに別れを告げ、部屋から退出する。
元いた部屋に戻る。
するとオリンジがパンと両手を叩く。
「さて。歩美さん。幾つか質問しても?」
「え? 事情聴取ですかい?」
「ふふ。そこまで本気の探偵ではありませんって。まぁですが、それに似ていますね」
「あ、あはは。何を俺から聴取するんですか?」
「……まぁまずこれを尋ねさせてください」
彼は目を閉じて微笑みながら──。
「──貴方は何者ですか?」
なんて平凡な質問を投げ……え?
続く




