第十一話
昔から、友人や身内が傷つけられる瞬間が大嫌いだった。
そもそも人が人を傷つける理由がよくわからない。
傷つけられたら、普通は人は嫌がるはずなのに。
何故それなのに、平然と人を傷つけられるのか。
「……プロトスっ!」
俺は黒い男を睨む。
睨まれて尚、奴は余裕そうな表情になる。
「憎いか? 憎いな? 憎いよなぁ? テメェはどんな戦闘を見せてくれるんだ?」
プロトスが上擦った笑い声を上げる。
頭の血管が切れてしまいそうだ。
ふと、俺はカズチの顔を見る。
彼女は非常に苦しそうな表情で、口から血を垂らしながら喘いでいる。
その瞬間、その顔がかつての歩美さんの面影と重なった。
ブチッと何かが俺の中で壊れた音が聞こえる。
「あぁぁぁぁあああ!」
俺は刀を左手に握りしめ、プロトスへと駆け出す。
怒りのままに左腕を振り上げ、刀を振り下ろそうとする。
が、プロトスが触手の刃を振るう方が一手早く。
気が付いた時には、俺の左腕が宙を舞っていた。
「うがぁぁぁぁああああ!?」
俺は余りの出来事に叫ぶ。
飛躍した刀は、左腕に握りしめられたまま地面に突き刺さった。
痛みが酷く、左腕を抑えて跪く。
プロトスがそれを見て大笑いする。
奥歯をギリギリ噛み締める。
「クッソォォがぁぁ!」
半ばヤケクソで右拳を振るう。
だがプロトスがそれをひょいと躱し、俺の腹を思い切り蹴り飛ばす。
「お前、見た目に似合わずに行動と言動が可愛くねぇなぁ」
ショックを受けたような顔になる。
こいつの要望なんてどうでもいい。
左手の痛みをも堪え、最大限の嫌悪感を持ってこいつを睨む。
俺の心が激しくこいつを憎悪した。
「そんなに睨むなって。ご尊顔が台無しだぜ? さて、お前の前にまずはあのお二人だな。特に男は生かしておくとめんどくさそうだ」
俺には目もくれず、ナズマの方へと向かう。
止めようと立ち上がろうとした時、脳がキーンと音を立てる。
そして視界が段々と暗くなり、体から力が消えていく。
あぁ──これは"あの時"の。
転生前の、死んだ時の感覚に似ている。
つまりそれは、俺の⬛︎を意味する。
目が閉じる訳でも無いのに、俺の視界は黒く濁っている。
目の前には何も見えなくなり、体も動かなくなったが、俺の脳内に何かの声が響いた。
『凌平君』
それは最早異世界で聞き慣れてしまった、歩美さんの声だった。
『私のことを心配してくれるのは……嬉しいし、それは凌平君の良いところだと思うよ』
過去の会話の記憶だろうか。
何故だか無性に、歩美さんに会いたくなってしまう。
『だけど……凌平君は、自分のことも大切にしてあげて……約束だよ?』
俺はその言葉を思い出して、自分の行動を思い返す。
この世界に転生したのも、歩美さんの為。
さっきのプロトスに対しての蛮勇も、カズチ達を守る為。
自分の為に動いたことは、一度も無かったな。
──分かったよ歩美さん。
もっと自分のことを見るよ。
だから……まだ、わがままを言っても良いかな?
すると、暗闇から微かに白い光が見えた。
炎のようにゆらゆらと揺れる光。
それはまるで、俺の力で視認できる魂。
そしてそれが力強く、目が潰れそうになるくらい光り輝く。
「…………うぅん」
俺は眩しさの余り、目を開く。
そして自分の左手で目を擦り……ん?左手?
俺は慌てて左手を見る。
先程、プロトスに切り飛ばされた筈の左手がちゃんとあった。
感覚もあるし、普通に動く。
立ち上がって周りを見てみると、そこにはとても驚いた表情をしたプロトスとナズマがいる。
「……てめぇ……何しやがった?」
「……」
俺にもイマイチ分からない。
ただ、俺はこいつの言葉に耳を傾ける気は無い。
「……知らねぇよ」
俺はゆっくりと歩き、地面に突き刺さった曲刀を抜く。
柄を握りながら切り離された、自分の左腕を見る。
もう血の通っていないものだと言うのに、何故だか不思議な美しさが宿っている気がした。
歩美さんの肉体は良くも悪くもなんだか恐ろしい。
左腕を柄から離し、ゆっくりと地面に置く。
そして再び刀を構え、奴を睨む。
奴の肉体には、火のような魂が揺らめいている。
やはり、あいつは怪物ではあるが、ちゃんと魂を持った生き物なのだ。
なら、恐らく俺の力で斬れる。
「……まぁいいぜ。どんな再生能力だろうが……脳みそぶっ飛ばせば機能しなくなるんだろぉ!?」
プロトスがゲラゲラ笑いながら、触手の刃を振るう。
俺はそれを見て──後悔した。
あれだけ意気込んで構えておいて、実は何も勝算が無い。
また切り刻まれて、今度こそ終わりな未来が濃厚だ。
だけど、命がある限り、醜く足掻き続ける。
これは何者でも無い"自分"の為に。
俺は手に持つ曲刀を、触手に向かって振るう。
刃が接触すると、まるで豆腐のようにスッと触手を切断する。
その直後、プロトスの動きがピタリと止まる。
彼は困惑した様子で言う。
「……は? なんで……俺の腕が斬れてんだぁ?」
その直後、空気が重苦しくなった。
続く




