第十話
黒い男が長い右手の触手を蠢かせながら、カズチを見つめる。
「はぁん? お前も俺と戯れてぇのかぁ?」
「まさか。貴方のような気色の悪い怪物などと」
「さっきっからグールだの怪物だの。俺だって一人の人間なんだけどなぁ?」
「大して変わりませんよ。それにそんなこと最早どうでもいいです」
カズチが冷たく言い放つと、彼女の体に電撃が這い回り始める。
隣に立つ俺にも、その電撃の痺れの片鱗が肌で味わえる。
触れるだけで、体が弱い人ならば電気ショックで死んでしまいそうだ。
「うひっ。いいねぇ、痺れそうだねぇ……来いよ!」
男は少女に向けて挑発する。
明らかに罠だ。
絶対に裏があることは明確だ。
素人の俺でも分かる。
だけど少女は引き下がらない。
罠だと分かっていても、彼女は止まらない。
「貴方が許せない。よくも私の大事な弟に……死ね」
カズチの口から発せられたとは思えないくらい、強く突き刺さるような言葉だ。
彼女が右手を天に掲げると、蛇のように電撃が渦巻き空へと昇り始める。
膨大な電気の塊が生まれ、彼女の頭上で煌々と光り輝いている。
黒い男は目を大きく見開き、満面の笑みを浮かべる。
俺は刀を構えた両手が、ガクガクと震えていた。
次元が違う。
自らが武器を携えていることすら、愚かにも思える程。
隣の少女の手から、現実であれば小さな街一つ壊滅してしまえそうな力が放たれている。
カズチは掲げた右手を男に向かって振り下ろす。
すると電気の塊が落雷となって黒い男に落ちる。
男は絶叫する。
「ぎぃぃいいやぁぁあああ!」
男の裂けるような大きな絶叫。
当然だ、普通の人間ならこんな電撃を受けていたらタダでは済まない。
ただ……何故か俺は。
嫌な予感がする。
「あががががっ……! あぁあ! こ、こんなもん……効くわけねぇだろ?」
男の反応がケロッと変わり、何事も無かったかのように立ち尽くす。
カズチはそれを見て目を丸くする。
「な……そんな」
絶望に満ちた顔になる。
それを見た黒い男は唇を大きく歪ませる。
「アハハハハっ! いやぁ今のもさっきの男よりも肩に効いたぜぇ! 電気療法ってやつかぁ?」
ゲラゲラと大笑いする男。
それを見て、カズチは尋ねる。
「……貴方は、一体何者ですか?」
「あぁ? 何者……ねぇ。まぁ教えてやろう。俺の名前はプロトス。この国の元"棺"だ」
プロトスと名乗る男が自慢げに言う。
すると隣に立つカズチが、さっきよりももっと絶望に満ちた顔になる。
血の気が引き、顔がとんでもなく青ざめている。
「こ、"棺"? なんだそれ?」
あたかも何か知ってる雰囲気がするカズチに尋ねるが、彼女は何も答えなかった。
余程、プロトスの言葉にショックが強かったのだろう。
俺はこの場では少々場違いな態度なのかも知れない。
と、プロトスはニヤニヤと笑い歩み寄ってくる。
「さて……どうせてめぇらは"たべる"だけだから自己紹介しなくていいぞ」
プロトスが右手の触手を伸ばして近づく。
俺が威嚇のつもりで刀を構える。
その直後。
「うぉぉおらぁ!」
プロトスの後頭部に高速で何かが激突する。
首がバキンと音を立てて前に折れる。
そして俺達の前に現れたのは、傷だらけになって血にまみれた姿をしたナズマだった。
息も絶え絶えの満身創痍だ。
「な、ナズマ……大丈夫なのですか?」
ようやく我に返ったカズチが口を開く。
ナズマはゆっくりと頷く。
「えぇ……これくらい……なんでも、ありませんよ。昔から……体は頑丈です、から……」
適度に大きく呼吸を挟みながら言う。
そんな彼に、カズチは安心と戸惑いの混ざったため息を吐く。
「ナズマ、気を付けてください。奴は自分を"棺"と名乗っています。真偽はどうであれ、奴が相当な殺傷力があるのは間違いありません」
「"棺"……ですか」
ナズマも納得といった反応を見せる。
俺はいい加減ついていけなくなり始め、二人に問いかける。
「な、なぁ。さっきからその"棺"って何なんだよ?」
するとナズマが神妙な顔つきになって答える。
「"棺"はこの国直属の暗殺組織だ」
「……まじかよ」
その言葉を聞いて、俺は二人が絶望した理由を何となく理解した。
説明を詳しく聞いてないから分からないけど、察しは何となくつく。
王国直属の暗殺組織。
裏で組まれている秘密結社な訳でも無く、公に知られているそれなのは珍しく感じるが、この手の殺しの組織は、本当にヤバいのが相場だ。
それの元メンバーということは、当然プロトスは人殺しの達人なのだと分かる。
そして先程のナズマへの攻撃や耐性を見るに──。
「……それってこのまま逃げた方がいいんじゃ?」
「逃げたところで逃がさねぇんだけどなぁ」
俺の問いに答えたのは、カズチでもナズマでも無い、首が前方に九十度強折れ曲がった男だった。
奴は自分の頭を両手で掴み、無理やり後ろに動かして首の位置を戻した。
何ともなかったような立ち振る舞いだ。
「まぁ。今の不意打ちも中々のもんだったぜ? ただ、ちょっと威力が足りてなかったな。俺に負傷されてなかったら、運よけりゃ倒せたんじゃね?」
彼はナズマにアドバイスのような言葉を告げた。
この世界の人間の頑丈さの平均なんざ知らないが、普通なら死んでいるであろう攻撃を平然と耐えている。
……怪物が。
俺は心の中で毒を吐く。
プロトスは両腕を触手状に伸ばす。
「じゃあ。今度はこうするか」
ニヤリと口を歪め、こちらを見つめる。
すると男の触手の先端が変形し、まるで刃のような鋭いものとなった。
それを見て、俺達三人は揃って戦慄する。
「さぁ! 千切りキャベツにならないように頑張れや!」
喝采するようにプロトスは叫ぶと、刃となった触手を薙ぎ払う。
その刹那、俺の体をナズマが抱き抱えて触手の範囲外へと逃れた。
カズチは空中へと跳び上がる。
そのまま彼女は空中に静止している。
カズチの能力の電磁波で浮遊しているのだろうか。
こう見ると意外と電気能力って利便性高いな。
すると俺を抱き抱えているナズマがカズチに呼びかける。
「姉上! 我々が下から迎撃します! 姉上は上から迎撃し──」
彼が言いかけた時──。
カズチの背後に黒い影が見え、彼女のお腹から刃物のようなものが突き出てきた。
同時に彼女は腹と口から赤い液体を吐き出して痙攣し始めた。
ナズマが一瞬言葉を失うが、すぐさま叫ぶ。
「姉上ぇぇぇぇえ!」
彼女はビクビクと痙攣しながら、苦しそうに声を上げる。
そんなカズチを後ろから貫いているのは。
背中に肉の翼が生え、浮遊しているプロトスだ。
奴はニヤニヤと笑いながら彼女から触手を引き抜き、無造作に投げ捨てる。
するとナズマが俺を床にドサッと落とし、落下するカズチへと跳び上がる。
空中で彼女をキャッチし、着地する。
血だらけで満身創痍の体には思えない身体能力だ。
それはそれとして。
「カズチ! 大丈夫か!? 」
「あっ……ぐっ…………っはぁ……」
口から赤い液体を吐き出し、苦痛に顔が歪んでいる。
酷く苦しそうに呼吸をしている。
お腹の刺し傷からも、血が漏れ出している。
まずい、止血をしないと……だがそれ以前に。
「…………プロトスっ……!」
俺は瞳が充血しそうな程の眼力で、黒い男を睨む。
握った刀が、カタカタと音を立てて震えている。
続く




