第一話
人の運命とは、始めから決まっている。
朝食がパンであること。
次の日、風邪を引くこと。
そのまた次の日、事故に遭うこと。
全てが、揺り籠から墓場まで通ることになる、一本の不可視のレールだ。
不可視な以上、誰も終点を知る事など出来ない。
──それがどんなに、残酷なものでも。
二○二○年十二月二十五日。
星々とイルミネーションが輝く、聖夜の街中。
数多の甘酸っぱい恋人達が行き交い、平和な空間が拡がっていた。
俺と"彼女"も、その一組だった。
二年の片思いから実った恋心を胸に、俺は"彼女"と一生傍で生きていこうと思っていた。
──そう。
「あんたら! 危ねぇぞ!」
二人が揃って、大型車に正面衝突するまでは……。
目が覚めると、そこは暗黒空間だった。
上下左右全てが、まるで墨汁を全てぶちまけた様に黒く染まっている。
俺は何かに腰掛けた状態だったが、その"何か"すら分からなかった。
「……」
俺はしばらく辺りを見渡す。
そもそも俺は何でこんな場所にいるのだろう。
俺が朧気な記憶を掘り起こそうとする。
「お目覚めになりましたか」
ふと、俺の目の前に突然一人の女の子が現れた。
背丈は俺より圧倒的に低く、顔もとても幼く人形みたいな印象だ。
和風なメイド服の様な衣類を身につけており、表情筋が死んでいる。
目の前で丁寧なお辞儀をして見せるその女の子。
本当にメイドみたいな子だな。
「……君は誰?」
「私は貴方の魂を導く、案内人です」
「俺の魂?」
あまりにも奇怪な言葉が耳へと流れてきた。
メイドの少女は悲しげな表情で続ける。
「はい。貴方は先程、不幸にも亡くなりました。ここにいる"貴方"は肉体の失われた魂となった存在です」
「……」
あぁ──そうか。
俺はそう言われ、全てを思い出した。
途端に俺は心臓がドクンと大きく跳ね、胃液が逆流しそうになる。
そして同時にある事を思い出し、女の子に尋ねる。
「そ、そうだ! 歩美さんっ! 歩美さんは!?」
女の子は無表情のまま首を傾げる。
「あゆみさん? どなたの事でしょう?」
「俺と一緒に……あそこにいた……とびきりの美人さんだよ!」
「…………残念ながら。私は把握していません。ですが、貴方と共にいらしたのなら……恐らくその人も」
女の子が言いかけたのを、俺は自分で止めた。
受け入れたくない内容だったから。
「……つまり君は、天国か地獄に俺を連れてってくれる天使みたいなものなのか?」
「はい。認識としては間違っていません」
「そ、そうなのか」
何の躊躇いも無く言い放つ彼女に、俺は萎縮する。
いつもの俺なら「つまり冥土にいるメイドさんって事ね」と、つまらないギャグを口にしていただろうが、実際に死んでしまったのだ。
流石にそんな冗談も言う気力が無い。
そんな俺の心情を察したのか、メイドの少女は口を開く。
「若くして死んだのは心苦しいですか?」
「……いや。死んだのが悲しいってよりは……」
俺は少女を見ず、明後日の方向を見つめる。
俺には、自らの命以上に大切だった恋人がいた。
その人とは友として二年間共に生きてきて、恋人へと昇格してからは僅か一ヶ月程しか経っていない。
だから、あまり長い時間を共に過ごせなかった事が、少し心残りであった。
そんな話を、目の前の少女に吐露する。
「……先程の女性は、そこまで大切な人だったんですね」
「ああ、当たり前だろ。まぁ、一方的な感情かも知れないけどな」
「……一つ提案があるのですが」
「提案?」
「はい。貴方達のよく知る言葉だと──異世界転生ですね」
「……え?」
これまた子供じみた単語が聞こえてきた。
異世界転生。
小説とか漫画でしか聞かない単語。
この世ともあの世とも違う、隔絶された世界。
そんなものが出来ると言うのだろうか。
「別に強制は致しません。単に、まだ未練があった場合。地球への再転生は無理ですが、こことはまた別の世界線ならば、人生をやり直せると言う……あくまでも提案です」
少女の言うことは実にシンプルだ。
日本とは違う場所でも良いのなら、人生をやり直せるという話。
俺の返答は決まりきっている。
「……行くに決まってる」
「そうですか。断っておきますが、あちらの世界は貴方の想像以上に過酷だということをお伝えしておきますね」
彼女は念押しした。
俺は座っていた黒い何かから立ち上がり、女の子に近づいた。
すると彼女は、手のひらを俺にかざす。
「──開け。時空の門」
彼女が呟くと、俺の足元に光の魔法陣が現れる。
俺は眩しさに一瞬目を細める。
多分、目を覚ました時……俺は異世界の地に足を付けているのだろう。
──が。
突然、足元の魔法陣の光が黒く輝く。
「なっ……!?」
少女が驚きの声を上げる。
どうやら何か想定外の事が起こっているらしい。
俺にはどうする事も出来ず、周りの黒い光を見つめる。
すると脳内に直接言葉が響いてきた。
『汝──大いなる悔いを遺して消え去った友の意志──継ぐ気はあるか』
ホール内にいるかの様な声が、脳内に響く。
大いなる悔いを遺して消え去った友……?
それってまさか……。
「……歩美さん?」
『名は知らぬ──信頼に足る友では無いのか?』
「……馬鹿にすんな。信頼どころじゃねぇ。人生捧げるつもりだったんだぞ」
『──そうか。ならば改めて尋ねる──友の意志、継ぐ気はあるか?』
脳内の何者かが再び問いかける。
何が何だか全く分からないが、俺は今までの出来事を思い出す。
歩美さんとの……青色になる筈だった、白色の人生を。
「……おう」
『うむ──ならば、貴様に力を与えよう』
すると黒い光がより一層輝き出す。
『その力と精神在りて──"魂を観測せし力"よ』
黒い光が俺の目を潰す。
刹那、先程のメイド少女が何かを慌てて伝えようとする声が聞こえてきた。
俺には全てが聞き取れず、視界が暗転する──。
続く。




