ミオ
にんにく「うんしょっと、よいしょっと、」
急な上り坂。立ち往生していた幼子の重荷を肩に担ぎ上りきった。
にんにく「…ここでいいか?」
「うん!ありがとう!」
にんにく「気ぃつけろよー」
幼子の背中に大きく手を振り、ふと周囲を見渡すと、見覚えがない景色が連なっている。
にんにく「…あー肩いてぇ…ってどこだここ」
にんにくは辺りを見渡した。その時、背後から控えめな声が聞こえた。
「あの」
少し驚きながらも冷静ににんにくは振り返った。
にんにく「俺?」
「そうです。」
にんにく「なんか用か?」
「いえ、ただ可愛らしい耳をしているなと。」
にんにく「そうか?良いだろこれ」
にんにくは自慢気に耳をピクピクと器用に動かせてみせた。
にんにく「アンタ見どころいいな、名前は?」
「ミオです。十六歳、趣味はゲームとスポーツです。」
ミオは無表情で、教科書をただ読み上げるような話し方をした。あまりに定型文な自己紹介をされ、にんにくは少し毒気に抜かれたように瞬きを繰り返す。
にんにく「……ミオか、俺の名前はにんにく …で、用はそれだけか?」
ミオ「そうですね…あっそうだ。私迷子になってしまったみたいで、気付いたらこんな所にいて…」
ミオは淡々と、まるで他人の不幸を報告するかのような口調で言った。
にんにく「家まで送り届けてほしい、と?」
ミオ「まぁ、はい。」
にんにく「分かった、とりあえず地図を…アンタ地図持ってる?」
ミオ「持ってないですね。」
にんにく「そうか 俺もこの辺分かんない」
ミオ「どうしましょうか。」
にんにく「どうしましょうか」
乾いた路地を、小さな風が通り抜けていく。にんにくの狼耳が、力なく、虚しくふにゃりと寝た。
にんにく「詰んだな」
ミオ「詰みましたね。これ」
二人は動けず、ただただ知らない道に立ち尽くした。
『プルルルルルプルルルルルプルルルルル』
静かな路地に場違いな電子音が響く。二人の肩が同時にビクッと跳ね上がった。狼耳がピンと直立する。
にんにく「すまん電話だ」
ミオ「どうぞ」
スマホの画面を見ると『ニラ』と書かれてある。普段寝坊ばかりしているニラが、こんな時間に起きているとは考えられず、にんにくは不自然に思えた。
にんにく「はいはいもしもしどなた様」
『ニラだよ。もうすぐ稽古の時間だよ。』
スマホから響くのは、呆れたような幼馴染の声。迷子の絶望感に、タイムリミットの焦燥が追い打ちをかけてくる。
にんにく「マジか…今それどころじゃないんだよな…」
ニラ『どうしたの?』
にんにく「端的に言うとだな、迷子だ」
ニラ『うんうん…うん?』
にんにく「とりあえず迷子なんだよ 稽古行けないんだよ」
ニラ『地図見ればいいじゃん。』
にんにく「持ってないんだよ」
ニラ『地図アプリあるでしょ、それ使いなよ。』
にんにく「あ〜〜~~~あったな、使うわありがとう」
ニラ『ホウレンさんの家で待っ』
にんにく無慈悲に電話を切った。目線をスマホからミオへと移した。
にんにく「地図アプリあったわ」
ミオ「地図あったんですね」
にんにくはミオとスマホの画面を見る。青白い光が顔に当たっている。
にんにく「うんあったんだよ で、大体どの辺が家か分かるか?」
ミオ「確か“ヨコハマシ”ってとこです。」
にんにく「聞いたことないなそんな場所 ……検索しても出てこないぜ」
聞き慣れない単語に困惑しつつも検索をかけたが、「一致する結果はありません」と写る。画面を見つめるにんにくの目に、焦りの色が混じる。
ミオ「あれ」
ふと時計を見ると、稽古開始まであと七分。にんにくは思考を放棄した。
にんにく「とりあえず俺は稽古に行くわ どうせなら着いてくるか?」
ミオ「良いんですか?」
にんにく「多分いいだろ」
にんにくは地図アプリのナビを頼りながらミオの手を引いてホウレンの家まで走る。風を切る音が二人の耳に響く。
にんにく「すまんが急がないと間に合わないんでな 急がしてもらうわ」
ミオ「構いませんが、もっと速く走った方が良いんじゃないですか?」
にんにく「まるでもっと速く走れるみたいな言い方だな すまんがこれが全速力だ」
にんにくは自身の限界に、皮肉めいた笑みを浮かべた。道ゆく人々の視線が追いつかないほどの速度。この速度について行ける者はこの国には極わずかしかいない。だが、隣を走るミオは息一つ乱さず、退屈そうに首を傾げた。
ミオ「ところで、稽古って言ってましたよね。どんな稽古なんですか?」
にんにく「剣術の稽古だな ホウレンって名前の老人が教えてくれている ソイツは剣術も魔術もピカイチのバケモンでさ…」
ミオ「まじゅつ…?」
二人が家に着くと、門の前にホウレンとニラが立っていた。ニラが二人の姿を捉え、熊耳をピクリと動かした。
ホウレン「ギリギリ間に合ったようだな。…そちらは?」
にんにく「あぁ〜…」
ミオ「ミオです。十六歳、趣味はゲームとスポーツです。剣術の稽古ってのをにんにくさんから聞いて、やってみたいなと思いました。だから来ました」
ホウレン「……まぁいいか。私は新入りにも厳しいが、覚悟はあるか?」
ミオ「覚悟あります」
間髪入れずに返答した。その『覚悟』は熱意というより、目的だけを見据えたような、どこか他人事かのような曖昧さと潔さが同居していた。
ホウレン「そうか、なら上がれ。」
ミオ「お邪魔します。」
ホウレンの後に続いて三人が廊下を歩いている。ニラがにんにくに話しかける。
ニラ「…ミオさんだっけ、どんな人なの?」
にんにく「知らね さっき会ったばかりだし」
ニラ「あのさぁ…」
ニラがミオへ視線を向ける。当の本人は壁に飾られてある絵画を珍しそうに眺めながら歩いている。
会話を聞いていたのか、ミオが淡々と答える。
ミオ「私にも分からないですね」
にんにく「だそうだ」
ニラ「……」
にんにく「まぁその辺はどうでもいいだろうよ まぁ何となく良い奴そうに感じたんだよな」
そう言ってまた目線をホウレンへ向けた。
ニラ「そう…」
ホウレンが不意に足を止め、後ろを振り返った。その顔は少しイタズラな笑みを浮かべている。
ホウレン「相手の本性は戦えば分かる。ニラ、ミオと模擬戦してみるか?」
ミオ「…あぁ、どこからでもかかってきてください。ニラ……さん」
挑発の色すら混じらない純粋な言葉を平坦な様子で言い放った。
ニラ「うん。」
短い返事。そのまま長い廊下を抜け、一行は中庭にたどり着いた。
ホウレン「ミオ、初めての稽古だがあやつに付き合ってやってくれないか。」
ミオ「まかせてください。私、こう見えてスポーツ好きなんですよ」
ミオは軽く屈伸をし、手首を回した。そして、ホウレンから渡された木刀を無造作に掴んだ。
ニラとミオが位置につく。ミオは木刀の重さを確かめるように小さく首を傾げたが、構えに入った瞬間、その佇まいから一切の隙が消えた。
ニラ(……!!)
ホウレン「よーい…はじめ!」
瞬時に間合いを詰めたミオの木刀を、「ドン!」という鈍い音と共にニラは反射的に受け止めていた。
ニラ(重い…!)
腕が痺れるほどの衝撃。ミオの太刀筋には、一切の迷いも予備動作もない。ただ最短距離を、自身の質量ごと叩きつけてくる。 それは技術というより、純粋な「攻撃」そのもののようだった。
ホウレン(ほう、良い太刀筋だ)
ニラが地を蹴り、反撃に転じた。空気を切り裂く鋭い一撃。しかしミオは紙一重でそれを避けた。
ミオ(速いですね…)
打撃音と砂を蹴り上げる音が中庭に響いている。防いでは避け、打ち込んでは流される。均衡している二人の間で、火花が散るような静寂と爆音の応酬が続いた。
にんにくは、ただぼんやりと試合を眺めていた。応援するでも、圧倒されるでもない。その眼差しは、凄まじい嵐を遠くから眺めている時のような、どこか他人事の空虚さを湛えていた。
にんにく「レベル高い戦い見せてくるなよな」
木刀を打ち合う音は、そんな野次すらかき消されてしまうほどに大きく響いている。
ミオの肩が僅かに上下している。無機質だった瞳の中、どこか焦りの色が見える。にんにくの走りに息一つ切らさなかったミオですら、ニラの刀を前にして体力の限界が近付いているのだ。
ミオ(これでそろそろ…)
均衡を覆すべく、ミオが刀を大きく振り上げる。刹那、その場の空気が一瞬にして凍りついた。
ニラ「隙」
電光石火の一撃を放ち、ミオの横腹に木刀をぶつけた。
ホウレン「勝負あり。」
ミオ「……ふぅ」
にんにく「おつかれミオ 良い戦いだったが、ニラに勝つには刀を振り上げないことだな その一瞬の隙を狙われて俺は何度も倒されてる」
にんにくは自身の横腹をさすりながら言った。古傷が痛むわけではないが、あの衝撃は嫌という程覚えている。
ミオ「覚えておきます」
ホウレン「ミオ、怪我は無いか?」
ミオ「ぜんぜん平気です。大丈夫です」
元気そうににガッツポーズを作ってみせた。さっきの無機質な表情とは違う。その口角は僅かに、けれど確実に上がっていた。
ホウレン「そうか、それならいいんだが。」
にんにく「強がんなよな 回復かけないとのたうち回るほどだぞ?」
ミオ「回復……?」
首を傾げるミオ。それを見てにんにくも首を傾げる。
にんにく「回復魔法だよ 横腹回復するか?」
ミオ「……。回復やってみてください」
にんにくは腰につけてあった杖を手に取り、ミオの横腹へ向け、回復魔法『活性』を放つ準備をした。
にんにく「よし、活性!活性!…あぁそうか、あのー」
ホウレンは何も言わず、ただ黙って魔力制御結界を外した。
にんにく「話が早い奴だ 活性!」
回復魔法『活性』がいつも通りできた。杖の先が優しい赤色に光る。
ミオ「おぉ、これすごいです。」
にんにく「だろ」
にんにくがミオの横腹を回復させる。ミオの横腹からじわじわと痛みが引いていった。
回復を終えた後、ホウレンが訊いた。
ホウレン「さてニラ、ミオはどんな者か分かったか?」
ニラ「……うーん」
自分の腕をさすりながら、ニラは言葉を選んだ。対峙して感じたのは、生き物らしい熱のある強さではない。ただ正確無比に刀を振るう機械の『性能』を突きつけられたような、得体の知れない感覚だった。
ニラ「……力が強くて、動体視力と反射神経が……すごく高い人、って感じだった。」
ホウレン「……そうか、良き好敵手になりそうだな。」
ミオ「コーテキシュですか。よくわかんないですけどかっこいいですね。」
にんにく「ライバルってことだな」
にんにくは、まだ緊張が抜けていない様子のニラと、ケロリとしているミオの間に割って入った。
ホウレン「良い試合を見せてもらった後だが、次は反射神経を鍛……!?――家の中に隠れろ!!」
途切れた言葉の後に、怒号が中庭を震わせた。あまりの気迫に、三人は状況を呑み込めず立ち尽くす。
にんにく「何だよ急に」
ホウレン「結界が破られた。家の中に隠れるんだ。」
ニラ「……っ」
突如としてホウレン自慢の何百重に重なる結界が一瞬にして消えた。破壊されたのではない。まるで最初から無かったかのように解除されたのだ。熟練の魔術士だからか、結界を張った本人だからか、ホウレンだけがそれを感じ取れた。
にんにく「…そうか、お前ら避難だ避難」
一目散に家の中に逃げるにんにくを追うようにしてニラとミオがついていった。廊下三人が走ると埃が舞った。
にんにく「ここが良いだろう」
一番奥の日光があまり入らない薄暗い物置部屋に三人は身を潜めた。
ニラ「結界が破られたって言ってたよね。誰か来たにしても明らかに攻撃的だよね。」
暗がりの中でニラが二人に話すその声は、少し震えていた。
ミオ「結界が何か分からないですけど、多分そうなんじゃないでしょうか?」
にんにく「俺もそう思う しかもソイツは結構強い奴だろう ホウレンは一人で何するつもりだ?」
ホウレンも逃げればいいのにと呆れつつも、にんにくはホウレンの思惑を探るべく、中庭の方へ耳を立てた。三人の呼吸音さえノイズに思えるほどの深い集中。 やがて、微かな話し声が耳に届いた。
「先程の判断、お見事でした」
聞き慣れない、地響きのような低い声が響く。 それは不気味なほど落ち着き払っていた。
ホウレン「どなたですかな?あまり友好的ではないようですが?」
ホウレンの声も、あの大声の後とは思えないほど落ち着いている。
「私はパシファでございます 杖を回収に参りました」
ホウレン「ほう、杖ですか。失礼ですが私は年寄りとはいえ杖を突くほどではありませんよ。」
パシファ「あの方が腰に差していた杖ですよ」
にんにくは腰の杖に触れた。それは一見ただの木の棒だ。何百年以上も昔から在るのに劣化ひとつ見せないこと以外、そこらの小枝と変わりない。
にんにく(ただの木の棒だろうよこんなの…)
だが、脳内の違和感と杖の話を出す理由が、理屈の上で噛み合った。
にんにく(そういえばこの杖って…使うとなんでか命中率クッソ高くなるんだよな これが目当てか?)
そう思いつつまた耳を立てる。
ホウレン「あぁ、あの子は魔法使いに憧れていて、それで木の棒を持っているんですよ。」
パシファ「そのような虚偽を述べるとは、不誠実な方だ」
ホウレン「嘘はお見通し、というわけですな。」
パシファ「左様ですか ご理解が早くて助かります ならば中を直接、調べさせていただきますよ」
にんにく(杖を差し出したらいいのか?)
ホウレン「申し訳ないが中は散らかっていて、お客を入れられるほどの状態ではありませんよ。」
パシファ「お気遣い感謝いたします しかしながら、整理整頓は私の得意分野ですので お手間は取らせませんよ」
ホウレン「いやいや、お客にそんなことはさせられませんな。」
パシファ「そこまで頑なに拒むとは …不本意ですが、実力でお退きいただきます」
直後、『ドガン! ドガン!』と内臓を揺らす衝撃音が立て続けに放たれた。
ごうごうと牙を剥く強風の唸りが、壁を隔ててなお鼓膜を打つ。外では、金属同士が火花を散らす高い音、大地を叩き割る爆発音、さらには空を裂く雷鳴が狂ったように混じり合っていた。
この世のものとは思えない魔法の応酬。にんにくは、逃げ場のない恐怖を感じながらも、その圧倒的な「力」の響きにどこか耳を離せない自分を感じていた。
その音が止んでしばらくすると、ホウレンが部屋に入ってきた。三人がそこに隠れていると端から分かっていたかのように。
ホウレン「みな無事か?」
ホウレンは中庭で起こったことが嘘かのように落ち着き払った声で尋ねた。
ニラ「…うん」
恐怖から解放されたが、絞り出すような返事をするのが精一杯だった。
ミオ「何があったんですか?まるでテンペンチーのような音でしたけど…」
ミオは暗がりからひょいと顔を出し、覚えたての言葉を口の中で転がすように言った。
にんにく「まぁ一旦とりあえず、ありえないだろうけれど変装の可能性も無いとは言えない 問題を何個か出す 本物なら全問正解できる問題だ」
にんにくは万が一に備え警戒している。いつでも攻撃できるよう杖を右手に持って構えている。
ホウレン「ん?構わんが?」
にんにく「アンタの名前は?」
ホウレン「ホウレンだ。」
にんにく「持っている資格を全て答えて」
ホウレン「ふむ。……第一種普通自動車運転免許の優良、剣術技能検定一級、剣術師範代免許、弓術技能検定一級、弓術師範代免許、魔術能力検定一級、魔術師範代、といったところかね。」
にんにく「最初会った時教えてくれたもんな 本が山ほど積んである部屋があったよな 唯一置いてあった漫画のタイトルは?」
ホウレン「『元気なウニボうズクン2』だ。」
にんにく「じゃあそれを持っている巻数は?」
ホウレン「1巻だ。」
にんにくの真剣な顔にニヤリと笑みが浮かんだ。
にんにく「…全問正解だ」
にんにくの張っていた気が抜けていく。
ニラが少し落ち着きを取り戻し、ホウレンに聞いた。
ニラ「さっき何があったの?色んな音が聞こえたけど…」
ホウレン「魔法が強者相手にどれだけ通じるか試していたんだよ。意外と呆気なく終わって、少し残念だがな。」
ホウレンは、まるで子供がおもちゃを壊してしまったかのように肩を竦めてみせた。
話によると、相手は魔王直属の部下――いわゆる四天王の一角だったらしい。そんな強敵がわざわざ訪ねてこたことが、嬉しくて仕方なかった。ホウレンにとって、強力な魔法を試すちょうどいい実験台だったのだ。
相手が銃を二発放ったのに対し、ホウレンは防御魔法で事もなげに防いだという。そこからが「実験」の始まりだった。
土魔法で生成した大量の金属を、火炎で熱して撃ち込む。さらに、風魔法『風刃』に魔素で作った火薬を乗せて爆発させ、電気魔法の最高峰『雷』を降らせる。この一連の工程を楽しみ、何度も繰り返したと、嬉々としてホウレンは語った。しかし、呆気なく跡形も無くなって残念だったとも言った。
にんにくが「強者同士の応酬」だと思っていたあの轟音は、ただの「一方的な蹂躙」に過ぎなかったのだ。
にんにく「ちょっとそれやり過ぎじゃね?」
ニラ「うん普通に怖いよ。」
二人は呆れ、引き気味にホウレンを見つめた。ホウレンの底知れない強さを思い知らされた。
そんな中、ミオ一人だけ頭がパンクしたかのような顔で立ち尽くしている。
ミオ「さっきから話が難しくてよく分からないです。魔王とか四天王とか、さっきのと何か関係しているんですか?あと結界とか謎がいっぱいですよ。」
にんにく「ゲームが趣味ならその辺は分かると思うんだがな」(てか魔王って封印されたよな)
ミオ「魔王とか四天王とか結界とか、言葉は知ってますよ。ただそれと何があの騒ぎと関係あると言うんですか?そういえば魔法とかも言ってましたし」
ミオは本気で不思議そうに首を傾げた。その口ぶりは、まるで「空飛ぶ円盤」や「幽霊」の話でもしているかのようだ。
にんにく「関係あるも何も、今その話してるんだけどな」
にんにくは、自分の狼耳を困惑したように動かした。 雷鳴が轟き、結界が破られたというのに、ミオの認識はどこか遠い場所を彷徨っている。
ミオ「魔法とか魔王とかって……ゲームとかアニメとかにしか無いものかと」
ミオは唐突に自身の頬を引っ張ってみせた。赤く痕が残った。
ミオ「…なるほど、線と線が点で繋がりました。私異世界に来たのかもしれません」
ミオは赤くなった頬をさすりながら、淡々と言った。
にんにくは、斜め上を見つめて考えた。
迷子だと言い、魔法を空想だと言い切った。そのちぐはぐな言動のパズルが、今の突飛な一言で、すとんと腑に落ちた。
にんにく「……」
にんにくはただ小さく頷いた。
ミオ「でも私の知ってる異世界とはちょっと違うんですよね。昔の世界というか……石の壁にロウソクが灯ってるような、そんなイメージなんです。でも、この世界はスマホもあるし、電柱も立ってる。私のいた世界と変わりません。」
ニラ「…平行世界って感じだね。」
冷静さを完全に取り戻したニラが話に入ってきた。
ミオ「平行世界ですか。分かんないですけどそんな感じだと思います。」
自分の境遇を、まるで他人の落とし物でも見つけたかのような顔でミオは淡々と肯定した。
ホウレン「……。とりあえず泊まる場所が必要になりそうだな。」
ミオ「そうですね。どこに泊まりましょうか。」
にんにく「ホテルならそこにあるぞ?」
にんにくは真面目な顔で、窓の外を指さした。
ミオは黙ってポケットから財布を取り出すと、その中身を全て手のひらにぶちまけた。
三枚の百円玉と、二十円、五円、二円。
合計三百二十七円。それだけを差し出し、ミオは無言の圧力をにんにくへと向けた。
にんにく「……これは確かに無理だな」(てか通貨同じなんだ)
宿泊施設に泊まれないとなると、どこかに身を寄せるしかない。
にんにく「俺の家は無理だろうな ガーリックが許したとしても部屋が足りない」
にんにくは困ったように頭を掻いた。一部屋ごとの広さはそれなりにあるのだが、寝床を一つ増やす余裕はどう探しても見つからなかった。
ホウレン「私の家も部屋が足りんな。空き部屋が無い。」
ホウレンの家は、部屋数が無駄に多い。だがその大半が本を保管するためだけの空間と化していた。どの部屋も複数の本棚が並び、その隅々までぎっしりと本が詰まっている。人が寝食できるスペースなど残っていない。
にんにく「なぁニラ、お前ん家部屋多かっただろ ワンチャン泊まれない?」
ニラ「多分泊まれる。とりあえずアサツキに直接聞いてみるよ。」
にんにく「よし、そうとなればミオはとりあえずニラについていってもらって…」
ミオ「分かりました。」
ミオは、遠足の行き先でも決めるような気軽さで頷いた。
ホウレン「なら私も着いていくことにしようかね。私なら顔が利くだろう。」
ホウレンは、さっき四天王を消し去った人物とは思えないほど穏やかな顔で、ゆっくりと歩き出した。相手がこの国の王であっても、かつての教え子に過ぎない。その足取りには、一切の躊躇いがなかった。
にんにく「もう出発するのか?」
いきなり背中を向けて玄関へ向かうホウレンに、にんにくが疑問をぶつけた。狼耳が困惑したようにぴくりと跳ねる。
ニラ「まぁ、なるべく早い方が良いだろうし。」
ミオ「もう出発するんですか?」
ミオは、まるで近所に買い物へ行くのを急かされた時のような、気の抜けた声で聞き返した。さっきまで真面目に考えていたのがどこかへ行ってしまったかのような、底抜けに平坦な声だ。
ニラ「うん、なるべく早い方が良いだろうし。」
ミオのあまりに他人事な空気に釣られたのか、ニラはさっきと同じ言葉を同じトーンで繰り返した。
にんにく「さっきも聞いたなそれ」
にんにくの狼耳が、この噛み合わない二人を見て、呆れたようにペタンと倒れた。
ホウレン「おーい!行くんだろう?」
玄関の方から、催促する声が響いた。
ついさっきまで近くにいたはずなのに。あの長い廊下をすぐに渡りきるとは、やはりただ者ではない。教え子の家に行くとなってワクワクしているのだろうか。
ニラ「ちょっと待って…!」
三人は廊下を駆ける。
玄関に着いた。そこには既に準備を済ませていたホウレンが立っていた。
にんにく「じゃあ俺は帰るわ あとは任せた」
にんにくは、やり遂げたと言わんばかりに胸を張り、相変わらずの上から目線で言い放った。狼耳を一度だけパタパタと振った。
ホウレン「留守番してほしいんだがな。」
にんにく「やだ また結界張ればいいじゃん」
ホウレン「既に張ってはいるがな…まぁいいか。」
少しずつ遠くなっていくにんにくの背中に、ホウレンは独り言のように零した。
にんにくは一度も振り返ることなく、気ままに狼耳を揺らしながら走り去った。
ホウレン「…私達も行こうか。」
ホウレンは、にんにくの姿が見えなくなった角を一度だけ見やり、気持ちを切り替えるように前を向いた。
ニラ「そうだね。」
ミオ「はい」
道中、ミオがニラに質問した。
ミオ「ニラさんのご両親って、どんな人なんですか?」
ニラ「一人はこの国の王様をやってて、一人は料理に夢中になってるよ。」
ミオ「そんな人が作る料理って絶対美味しいでしょうね…」
ニラ「まぁ…うん」
ミオ「……。………あ。そういえばあと一人はこの国の王様って言ってましたっけ?…ならニラさんは王子ってことですか?」
ミオは、今初めてその事実に思い当たったかのように、まじまじと隣を歩くニラを見つめた。
ミオ「王子が護衛も無しに出歩いてて良いものなんですか?」
ニラ「……」
ホウレン「この国は治安が良いからな。」
ホウレンは、何でもないことのように前を見据えたまま言った。さっき魔王軍の四天王が攻めてきたことなど、とうに忘れてしまったかのような平然とした横顔だ。
などと話していたらニラの家に到着した。
ニラ「ここだよ。」
ミオ「ここが王様の住むお城……と言うより邸宅…?な感じですかね?」
ミオは、周囲の家より一、二回り大きい程度のその建物を見上げて、不思議そうに首を傾げた。王族が住む場所にしては、あまりにも「普通」の住宅街に溶け込んでいる。
ミオ「てっきり、真っ白で大きくて……なものなのかと」
ミオは、自分の知る「お城」のイメージを両手で表現しようとして、結局力なく下ろした。
ニラ「聞いた限りだとこの国が異常なんだろうね。他の国ではだいたいそんな感じだよ。」
ニラはいつものように鍵を開けて三人は続々と中に入る。するとアサツキが丁度玄関に立っていた。
アサツキ「おぉニラ、今日はどうだっ……あぁ師匠!こいつ今日どうでした……ってあれ、どちら様でしょうか。」
アサツキは、我が子の成長を期待する親の顔から、恩師を見つけた教え子の顔へ、そして見慣れぬ客人への戸惑いへと、目まぐるしく表情を変えた。その熊耳が、好奇心と困惑でぴくりと揺れる。
アサツキ「……状況はよく分からないがとりあえず皆上がってくださいな。」
アサツキは、戸惑いを一旦脇に置くように柔和な笑みを浮かべて一行を迎え入れた。その仕草には、一国の王というよりは、親しい知人を招く家主のような温かさがあった。
ミオ「お邪魔します。」
廊下を右に曲がって三番目の部屋。落ち着いた客室へと案内された。
四人が椅子に腰掛け、アサツキが困ったように口を開いた。
アサツキ「……。で、一体どんなご要件なんです? 師匠がわざわざ来るってことは、ろくなことじゃないんでしょう。」
ホウレン「まぁそうだな。この子……ミオをここに泊めてくれないかと。」
ホウレンとアサツキの目線がミオに伸びる。当の本人はそれに気付いていないのか、微塵も動じる様子はない。
ミオ「ミオです。十六歳、趣味はゲームとスポーツです。」
同じような自己紹介を同じようなトーンで行った。
アサツキ(定型文みたいな自己紹介だな…)
アサツキ「えーっと、ミオさん。うちに泊まりたい……というお話でしたね。失礼ですが、何故ここを選ばれたのでしょうか?」
まるで面接官のような口振りで話すアサツキに、ミオは臆さず口を開く。
ミオ「私どうやらこの世界に迷い込んでしまったみたいで、ここなら泊まれそうとニラさんが言ったので来ました。」
アサツキが目を丸くしてニラに問いかける。
アサツキ「この世界に迷い込んだって…つまり別世界から来たってことだろう?そしてそんな人を泊められるか……って、なんでこんな重大な話を相談もなしにするんだ?」
ニラ「そりゃあその重大な話の相談をしに来たからね。」
アサツキ「……あぁ、そうか。」
アサツキは開いた口が塞がらず、そのままストンと納得したように頷いた。
その横で、一部始終を見ていたホウレンが、深々と頭を抱えた
アサツキ「…ゴホン!…ミオさん、二階の空き部屋好きな所使ってください。」
ミオ「分かりました。ありがとうございます」
変わらず平坦に話している。
ホウレンが家へ帰り、ニラはミオとどの部屋が良いか考えていた。
ニラが二階を歩きながら、ミオにどの部屋が空いているかを教えている。
ニラ「ここと……ここと……あとあそこかな。どこがいい?」
ミオ「 」
問いかけに返事が無い。ニラが振り返ると、焦点の合わない目で、迷路のように入り組んだ廊下の突き当たりをボーッと見つめていた。複雑で脳がショートしたのだろう。
ニラ「はぁ……」
ニラはとりあえず自分の部屋の隣の空き部屋にミオを運んだ。困ったからここをミオの部屋にするつもりだ。
跳ね起きるように目を開けたミオに、隣で様子を見ていたニラが困り果てたような顔を向けた。
ミオ「!!どこでしょうかここ。」
ニラ「ミオさん……ここは僕の家だよ。案内している途中で固まったのでここに運んだんだよ。」
ミオ「そうでした。で、ここが私の部屋ですか。……あ、ベッドふかふかですね」
ニラ(呑気だなぁ)
さっきまでのパニックを忘れ、もうくつろいでいるミオに、ニラは小さく溜め息をついた。
ニラ「もう時間も時間だし、お風呂に入ってきたらどうかな。」
ミオ「着替え持ってませんよ」
当然の不備を指摘するように、ミオが淡々と言う。
ニラ「執事のシトルイユに着替え頼んでいるよ。」
ミオ「そうなんですか。じゃあ行ってきます」
勢いよく部屋を飛び出していった。が、三分ほどしてバタバタと足音を立てミオが部屋に戻ってきた。
ミオ「お風呂どこです……ってあれ、いませんね。」
扉を開けたミオが見たのは、誰もいない自分の部屋だった。
ニラはミオが飛び出した後、自分の役目は終わったとばかりに、とっくに隣の自室へと引き上げていたのだ。
ふと隣の部屋を見た。『ニラ』と書かれた名札が掛かってあるその扉をノックした。
『コンコンコンコンコン』
ミオ「お風呂ってどこですか。」
ニラが扉を開けた。
ニラ「ごめん、伝え忘れてた。ついてきて。」
二人は右に進んで右に曲がり、真っ直ぐ進んだあと、左手に見える階段を下りて玄関の前を左に通る。奥から三番目の扉の前で止まった。
ニラ「ここがお風呂だよ。わかった?」
ミオ「分かりました……たぶん」
ニラ「……上がったら教えてね。」
その「たぶん」の危うさに不安を覚えつつも、ニラはミオを浴室へと送り出した。ニラも今度こそ自室へと戻る。
……数十分後。廊下からバタバタと聞こえる。
『ガタンッ』
扉が勢いよく壁を打つ衝撃に、ニラの肩が「ビクッ!」と跳ね上がる。ペンを握っていた指先までが震え、思わず椅子の上で身を硬くした。
ミオ「すごいですね、お風呂」
ニラ「なんだミオさんか…。ノックしてよもう…」
ミオ「あぁすみません。そんなことより、すごいですね、お風呂。大きくてあったかくて良い匂いで、まるで旅館の大浴場みたいでした。あとこの服、すごい着心地良いですね。暑くも寒くもない丁度いい感じです。」
ミオは自分の袖の感触を確かめるように、少しだけ声を弾ませてまくしたてた。
ニラ「それは良かったけど……とりあえず部屋戻ろ?」
ニラがそう促すと、ミオは「わかりました」と短く応じた。僅かに口角を上げたまま部屋に戻った。
扉が閉まったあと、ニラはお風呂に入る準備をした。
さっき歩いた道をまた歩く。自分の家なら当たり前であろうことだが、ついさっきミオを先導して歩いた記憶がデジャヴとなって微かにニラを襲う。
いつも通り体を洗っているつもりのニラの手は、ミオという大嵐に当てられ疲れからか、少し震えている。
ニラ「……はぁ」
安心と疲労がごちゃまぜになった溜息が、浴室の湿った空気に溶けていく。
けれど、その重たい吐息の中に、ニラはどこか「楽しさ」のようなものが混じっているのを感じていた。
今日一日だけで、にんにくが変な人を拾ってきて、ホウレンが四天王の一角を倒して、トドメに変な人が自分の家に住まうことになった。
あまりに無茶苦茶で整理しようとしただけで頭が痛くなる。
ニラ「……まぁいいか」
ニラは湯船の縁に頭を預け、湯気に曇る天井を見上げて、少しだけ口角を上げた。




