奴隷商人ヘムロック
にんにく「…で、そのヘムロックとかいう奴はどこにいるんだ?」
呼びかけに応じ、ニラが地図を広げた。指先で路地のラインをなぞっていく。
にんにく「結構遠いな… まぁいいや、とりあえず作戦会議だ なんか案は無いか?」
ニラ「ふたりで強行突破ってのは?」
ニラが事も無げに言った。そのあまりに直球な提案に、にんにくは首を傾げた。
にんにく「悪くはないけどな、返り討ちに遭うかもしれん」
ニラ「それはどれだってそうじゃん。」
にんにく「だからこそ、その可能性を減らすことが大事だろうよ」
ニラ「…じゃあ不意を突くカタチが強そうだね。」
にんにく「不意を突く……なぁ、ソイツが油断しそうな瞬間ってあるか?」
ニラ「分からない。ただモノの説明とかしているときとか、頭がその事でいっぱいになるだろうし、隙は大きそうだね。」
にんにく「その隙を突くってことか いいなそれ、採用」
作戦会議が呆気なく終わった。2人がヘムロックの店へと歩いている間、さらに作戦が詰められた。
にんにく「とりあえず、お前は顔が知られているかもしれないから隠れていてくれ 俺は客として店に入るけど、万が一争いやらになってピンチになったらお前を呼ぶわ 自慢の剣術で吹き飛ばせ」
ニラの腰を指しながら言った。ニラは腰の木刀を取り出した。
ニラ「了解。任せて。」
そうしているともう店の前へ。作戦通りニラは店の影に潜む。にんにくは店に入った。
店内は至って普通な宝石店のようだ。にんにくが見たことの無い石達が丁寧に置かれてある。
にんにく「ごめんくださーい」
店に声が響き渡った。奥の扉から誰か出てきた。
「はいはい」
にんにく「……おや?アンタもしかしてヘムロックじゃないか?」
「ほほう。私の名を知っているとは、お客人、只者ではありませんね?」
どうやらヘムロックであっていたようだ。
にんにく「まぁ、そうだな。私は世界のありとあらゆる場所や地域を旅してきた。その中で高名な商人がいると聞いてな。スキンヘッドに黒い顎髭、星の首飾りをしていると言うんだよ。もしかしてアンタじゃないかなと。」
ヘムロック「これはこれは。世界でも名を馳せていたとは。このヘムロック、思いもしませんでしたよ。さて、お客人。挨拶はここまでにしておいて、ここに来たということは、アレですよね?」
にんにく「あぁ、アレだ。」
他愛もない話の後、ヘムロックは奥の部屋へにんにくを案内した。
ヘムロック「こちらです。」
先には、防御結界で出入りができなくなっている商品達がいた。
にんにく(こいつらか、その奴隷とやらは 健康状態を確認させるってことは解放しろってことだよな…… その後こいつらはどうなるんだ?)
そんなことを考えていることを露知らず、ヘムロックは笑いながら商品の説明をしている。
ヘムロック「見てくださいよこのエルフ!肌のつや、四肢のしなやかさ。素晴らしいでしょう?」
にんにく「いいねぇ…。ちなみに、これはどんな使われ方を想定しているんだ?」
ヘムロック「秘書や執事などなど、幅広く想定しておりますよ。お客様のようなお若い方でも、身の回りのお世話をさせるには、最適ですね。」
にんにく「ふむふむ…」
ヘムロックが揉み手をしながら、にんにくの顔色を伺う。にんにくはその言葉を適当に聞き流しながら、檻の中のエルフを凝視した。
にんにく(……血色は悪くない 頬も痩せこけてはいないし、目は死んでいないな 結構しっかりしてんだな…)
にんにく「他の商品も見たいね。」
にんにくが促すと、ヘムロックは待ってましたと言わんばかりに次の檻へと歩を進めた。
ヘムロック「ぜひぜひ。お次は…これが良いですかね。こちらケンタウロスです!見てくださいよこの脚。蹴られたらひとたまりもなさそうな程に分厚い筋肉で覆われているでしょう?あぁ、こちらはですね、輓馬や最近話題の特別な競走などを想定しておりますよ。あと最近はあまり見ませんが、馬車に使うのも良いでしょうね。」
にんにく「こっちもいいなぁ…。ところで、ここに来る途中、様々な種族を見かけたよ。特にミノタウロスやゴブリンなどが印象的だったよ。この国には魔物も住んでいるのかい?私の国では獣人と人間くらいしか見ないんだ。」
ヘムロック「この国は多種族共生を謳っていますからねぇ〜。しかしまぁ、失礼ながらお客人は“亜獣人”ではないでしょうか?」
にんにく「亜獣人?」
聞き慣れない言葉に、にんにくの眉がわずかに動く。
ヘムロック「えぇ。人間と獣人のあいだ程の分類です。お客人は見たところ狼族ですね?」
確かに一般的に『獣人』と呼ばれている人達は全身がほとんどがしっかりとした体毛に覆われていて、その姿は間違いなく獣のようだ。対してにんにく達は頭から突き出た耳と動物の身体能力こそあれど、肌の質感も体格も、人間と変わらない見た目をしている。そのことに気が付き、にんにくは驚きつつも少し感心している。
にんにく「あぁ、狼族だ。私たちは亜獣人と言うのだな。てっきり獣人かと あぁ、足元お気を付けを」
ヘムロック「はい?」
ヘムロックが拍子抜けしたような声を上げた瞬間、地面を突き破り、根っこが生えてきてヘムロックの手足に巻きついた。
ヘムロック「!?」
にんにく「だから足元お気を付けを』って言ったんだろうが」
ヘムロック「クッソ…!火炎!」
反応と対応が早い。やはり実力は確かなものらしい。ヘムロックの足元から炎が噴き出し、根っこを焼き切るが、その勢いは止まらず、床や棚に燃え広がっている。
にんにく「おい!!何やってんだよ!!チッ…水玉いっぱい出てこい!」
にんにくが慌てて杖を振り回すと、小さな水玉が次々と飛び出していった。
ヘムロック「なっ………!?」
水玉は四方八方あらゆる所に飛び散り、少しずつ消火していくが、
ヘムロック「ゴボッ…ヴォェ…うッ」
炎を消すついでと言わんばかりに水玉が何度もヘムロックの顔に直撃する。まるで水死体にでもするかのような勢いで口鼻を塞がれ、ヘムロックは白目を剥いてその場に崩れ落ちる。
にんにく「出てこい!出てこい!水玉いっぱい!…ありゃ、もう消えたのか?」
にんにくが正気を取り戻したときには既に火は消えていた。
にんにく「てかなんで寝てるんだこいつ」
にんにくは困惑しつつも根っこでまたヘムロックを縛っていると、被害者達が入っている防御結界が解かれた。
にんにく「…あぁ、やぁやぁ皆さん。解放おめでとうございま〜す。あの人は警察へ突き出しますのでご安心を〜。」
にんにくはさっきの調子で声をかけたが、返ってきたのは静寂だった。
よく見れば皆肌には汚れ一つなく、着せられている布切れも安物ではあるが清潔だった。特に指先や髪は丁寧に整えられている。
にんにく「どうしました?さぁ早く!こんな所から逃げましょうよ!」
その発言を聞いた彼らの瞳に、暗い色が走る。
「俺たち……これからどう生きればいいんだ……」
「捕まっていた方が、まだ……」
「なんであんなことを……」
にんにく(…まぁ、そうなるだろうな)
被害者たちの中から、さっきのケンタウロスが重い足取りで進み出てきた。
ケンタウロス「お前さぁ、何してくれたんだよ…!ここにいれば雨風も凌げて食事は勝手に出てくる!こんな良い環境を作ってくれたヘムロックさんを……お前は……お前は……」
複雑に混ざり合った感情を、今すぐにでも目の前にいる狼の子供にぶつけたい。そんな衝動を震える声でなんとか抑えている。
にんにく「知ったことか 俺はただヘムロックを捕まえろとしか言わていないんでな」
にんにくは相手の絶望に寄り添う素振りも見せず、事務的に言い放った。
ケンタウロス「…そんな身勝手な奴があるかよ!」
にんにく「文句を言うなら依頼主に言ってくれ」
ケンタウロス「ならその依頼主とやらを出してもらおうか!?」
ケンタウロスが上体を乗り出し、蹄で床を激しく鳴らす。その圧力にひるむことなく、淡々と告げた。
にんにく「あぁいいよ この国の王だけどな」
一瞬、店内に冷ややかな沈黙が流れた。だが、ケンタウロスの怒りは、王の名にさえ屈しなかった。
ケンタウロス「じゃあ王に言ってやるよ!『弱者を一方的に外に放り投げることが正しいのか』とな!」
にんにく「勝手に言ってくれ」
「ねぇにんにく」
にんにく「うわぁぁ!びっくりした …なんだよ急に」
突如として背後に立っていたニラに、にんにくは勢い良く飛び上がった。
ニラ「さっきアサツキから電話があって、『売られていた者たちを連れて家に戻れ』って。」
にんにくは拍子抜けしたように目を丸くし、ニヤリと笑ったあとケンタウロス達の方を向いた。
にんにく「だってよ、王がそう言ったんだってよ お前たち見捨てられてないかもしらんぞ」
「……」
被害者たちの間に、戸惑いの混じった沈黙が広がる。さっきまでの殺気立った空気は、困惑へと塗り替えられていった。
にんにく「とりあえず警察は呼んでおく お前たちはとりあえず王ん所へ行ってくれ」
ケンタウロス「…あぁ」
ケンタウロスの返事は短かったが、その瞳からは、先ほどまでの刺すような毒気がわずかに抜けていた。
警察がヘムロックの店にやってきて、にんにくは現場で事情聴取を受けた。にんにくはありのままを話した。
警察「あのですね…」
事情を聴き終えた警察官は、手帳を閉じると、ぐっしょりと濡れて白目を剥いているヘムロックを複雑な表情で見下ろした。
警察「水魔法を顔面に連続して当てるなんて、最悪の場合は亡くなりますよ。……まぁ、王から直接依頼された任務を達成したようですし、今回はこれ以上追求しませんが……。」
にんにく「まぁ一件落着ですよ 帰っていいですか?疲れたんで何かあるんだったら明日にしてくださいな」
警察「はい、分かりました。……お気を付けて。」
――――――――――――――――
翌日。にんにくはニラの家にいた。昨日の騒動をアサツキ王に報告するためだ。
にんにく「結局あの奴隷達はどうなったんだ?」
にんにくが椅子に深く腰掛けながら尋ねる。
アサツキ「我が国で最も好評な『自立プログラム』に参加させた。費用はもちろん私のポケットマネーから……」
絶対的な権力を持つはずの王が、少し遠い目をしながら、財布の軽さを嘆くように肩を落とした。
にんにく「皮肉にも皆そんなのにすぐ参加できるほど元気だったしな」
ニラ「ヘムロックはどうなったの?」
ニラが横から問う。
にんにく「気絶したまま救急車に運ばれていった 入院中は優秀な警察が常に監視に付くってさ」
アサツキ「優秀な警察か。私が言うのもなんだが、そんなのが現場にいたのなら最初から苦戦しなかっただろうよ。……まったく、人選が悪い。」
にんにく「王が国家権力に文句言ったらとうとう終わりだぞ?」
にんにくが呆れたように突っ込んだ。
ニラ「そうだよ。アサツキ、そんなこと言って執事にまた怒られるよ?」
アサツキ「…ゴホン!まぁ、一件落着ってことだ!解散!」
執事の名前を出された途端、王はあからさまに咳払いをして話を打ち切った。
にんにくは王の家を出たあと、ある場所に向かった。
にんにくはその場所の受付に話しかける。
にんにく「ヘムロックって人に会いに行きたいんすけど」
受付「ヘムロック様ですか……恐れ入りますが、ヘムロック様は現在警察の管理下にあり、一般の方の面会は一切お断りしております。お預かり物がございましたら、あちらの警備担当へ直接お申し出ください。」
にんにく「分かった」
そう言うとにんにくは受付を離れた。
その廊下にはパジャマ姿の老人や、忙しそうにしている看護師の姿がある。至って普通の病院の風景だ。
だが、廊下の突き当たりにある一番奥の部屋だけは、空気が違っていた。
扉の前には、ガタイの良い警察官が二人、真面目そうな顔で立っている。にんにくは迷いなくその二人に話しかけた。
にんにく「この部屋にヘムロックがいるんすかね?お見舞いに来たんだけど…」
警察官の一人がにんにくを凝視し、わずかに表情を緩めた。
警察「……あなたは昨日の通報者の方ですね。本来なら面会謝絶ですが、事件の当事者ということで、十五分間、警察の立ち会いの下行いますが。」
にんにく「あぁ」
警察が扉を開けた。消毒液の匂いが鼻を突く病室の奥、ヘムロックがいた。ベッドの上で上体を少し起こし、窓の外を眺めている。
その横顔には、昨日のような卑屈な笑みも、捕縛された屈辱の色もなかった。自身の命運を静かに受け入れたのか。あるいは、もっと別の……凡人には計り知れない何かを見据えているのか。ただただ、凪いだ海のような静寂だけがそこにあった。
にんにく「やぁヘムロック お見舞いに来たぞ」
ヘムロックは声に気付いて振り返った。
ヘムロック「…あぁ、貴方ですか…ゴホッ…ゴホッ」
昨日の激しい水魔法の余波だろう。肺に水が入り込んだのか、ヘムロックの呼吸は浅く、その肩は小さく震えている。
にんにく「少し話がしたくてな アイツらは皆無事だよ 自立…プログラムってのに参加したみたいだ 王が面倒見てるってよ」
ヘムロック「…それは、良かった。」
にんにく「それだけだ んじゃ」
にんにくは部屋を出ようとした。
ヘムロック「少しお待ちを…!ゴホッ…ゲホッ…」
激しい咳き込みに、にんにくは振り返った。
にんにく「おん?」
ヘムロック「……私は、警察を退けて………自分の力を……過信していた、と………。貴方と出会って…、そう、実感しました…。」
ヘムロックは青白い顔を上げ、まっすぐににんにくを見据えた。
にんにく(こっちは不意打ちなんだけどなぁ…)
ヘムロック「…また、そうして貴方と…魔法で戦えるなら…、今度は…『魔法使い』として、戦いたいものだ…ゴホッ…」
ヘムロックの言葉は、敗北への呪いではなく、強者への敬意のようだった。
にんにくはしばし沈黙し、それから少しだけ口角を上げた。
にんにく「…今度は正々堂々とな」
ヘムロック「…そして、いつか刑期を、終えたら…今度は武具や装具を…売る店を開きたいと…考えています。」
にんにく「そんなときはご贔屓にしてもらいたいものだ……そろそろ帰るぞ」
ヘムロック「…最後に一つ、いいですか…?」
にんにく「なんだよ」
ヘムロック「名を…貴方の…」
にんにく「…あぁ!そういえば言ってなかったなぁ 俺はにんにくだ」
ヘムロック「……にんにく様、ですね。ゲホッ……店を開いた折には…、真っ先に…招待状を送りましょう…。」
にんにく「あぁ じゃあな」
にんにくは病院を後にした。その足取りはここへ来たときよりもずっと軽やかだった。
外は暖かな風が吹いている。




