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 翌日の昼休み。

「……今度、ダブルデートとか、どうですかね」と俺はおそるおそる愛美に提案した。

「え」

 愛美は固まった。相当嫌そうだった。窓の外からぶっとい太陽光線が降り注ぐ教室だったが、急に寒くなったように感じた。

 ちなみに俺の席は窓際最後列で、親友のあのアホは俺の前。愛美は、昼休みは俺と一緒にランチするためにそのアホの席を借りるようにしているのだが、生理的嫌悪を感じる男子の椅子に座っていると徐々に尻が腐っていくような感覚に陥るらしく、経過時間に比例して愛美の腰は上がっていき、昼休みが終わる頃になると完全に椅子から立った状態になる。それを合図に俺たちのランチタイムは終わりを告げる。しかし俺が今余計な提案をしたせいで、愛美はほぼ中腰になっていた。

「ダブルデートって、誰と誰が?」

「俺たち二人と、赤坂カップルの二人だよ」

「赤坂って誰だったかしらね(すっとぼけ)」

「我らが親友の名字なんですが」

「そうだったかしらね……」

 それきり彼女は黙ってアイスコーヒーのプラスチックカップにストローを刺して飲み始める。しかし動揺しているのか、強く吸ったせいで空気も一緒にストローから吸い上げたらしく、空気が通った食道から、ぐもっ、とかいう間抜けな音が鳴り、こんな美人の喉から屁のような間抜けな音がなったのがおかしくて俺は「ふふっ」と軌跡シリーズのキャラクターのように含み笑いを漏らした。

 まあとにかく、愛美に完全に提案拒否の構えを示されたが、

「次の日曜とか、みんな暇だと思うんですよ」と俺は諦めなかった。

「みんなのスケジュールを先読みしてまでダブルデートしたいわけね」

「そのとーり。あの二人にはもう予定開けとけって厳命しておいたから、あとはお前次第だったりするんだわ」

「ふーん……。じゃ、もし私が断ったら、私抜きで三人でどっか遊びに行っちゃうってわけ?」

「そう」

「じゃあ私も便乗することにした。しょうがないね」

「ありがとナス」

 とりあえず安堵した。


「明日、俺の推しが復刻なんだよな~。今度こそすり抜け回避してやんよ」

「おおおお俺もお迎えするわ。今のうちイベントやって石溜めておこっ」


 そのとき、右隣から騒がしい会話が聞こえた。二人の男たちによる会話だった。二人ともメガネをかけていて、言い方は悪いが外見が典型的なオタクだった。彼らは常にソシャゲの話をしている。しかも一年中同じタイトルの話をしている。彼らとは去年も同じクラスだった。最初に見かけたときからずっとソシャゲの話しか聞いたことがない。よく飽きないなと感心する。

 俺は、飽きた。

 赤坂がハマりにハマっているガチャゲーと同じ会社の別のゲームを、ほぼ無課金でPS5でプレイしたことが俺もあったが、200時間ほどプレイしたところで完全に飽きてしまった。もう見るのも嫌なくらいに飽きた。無課金・微課金だと限定キャラがまともに取れない=同じようなキャラクターを使わざるを得ない=200時間ずっと同じプレイスタイルになるから、飽きるのは当然だろう。かといって学生に重課金など夢のまた夢。加えてオタクにした受けない類いの中二ファンタジーシナリオにどうしても入れ込めなかった。単に話が長いだけでなく、何もかも荒唐無稽だから共感しようがないのだ。

 そのゲームの話題は右隣のオタク君二人も時折口にするし、俺は今は引退したが、一応公式SNSをフォローしているから知識だけはあるので、彼らと話を合わせようと思えば合わせられるが、どうも俺は他人と話題を共有して楽しむようなタイプではないらしく、オタク仲間同士でワイワイ交流する気は、一切、これっぽっちもなかった。これは俺のような陰キャ系には珍しいと思われる。偏見だが、陰キャ系は大抵ネット上なりリアルなりで趣味仲間を作って群れたがる性質を持っていると思う。というのも、一人でコンテンツに浸っているだけではすぐに飽きるからだ。ゲームでもアニメでも所詮エンターテイメント作品なんて軽くてすぐに飽きる娯楽だから、誰かと楽しみを共有していないと、その魅力を十二分に味わえない。逆に言えばエンターテイメント作品というのは、誰かと話題を共有することでようやく100%その魅力が引き出されるのではないか。

 その点、愛美が嗜んでいるジャズとかいう芸術音楽は質が高いらしいので、いちいち趣味友達なんか作らなくても一人で作品世界に浸って幸福を味わうことができるのだろう。よく知らないが。

 ところで右の二人だが、赤坂は彼らともたまに会話している。あのアホは無駄に性格が明るいだけあって、クラスメートに分け隔てなく喋りかけたりしている。一部から嫌われているとは知らずにね。

「ところで昨日のしーでー、どうだった?」と俺は愛美に訊いた。

「え? ああ、もちろんよかったよ。タマくんも聴いてみる?」と愛美は、んにゃぴ芸術はよくわからないからいいです、と俺が断るのをわかりきっているのにビジネス的態度で以て尋ねた。

「聴いてみます」と俺は相手の意表を突いた。

「実は今日、持ってきてたりして」

 愛美は自分の席に戻って鞄から古の香りのするCDケースを取り出し、お、なんだそれ、親が家で聴いてる奴か? みたいな目で見てくるクラスメート達の間を通って俺の席に戻った。

 愛美が俺にCDを渡した。なんか縦笛みたいなのを口と水平にして熱心に吹いている人がジャケットになっていた。

「なんか芸術的」

「聴いてごらん」

「どうやって聴くの?」

 俺が言うと愛美は鞄から画面のないパッドを取り出した。パッドだと思っていた物質こそCDプレイヤーで、パカッと開けて、愛美はその中にCDをセットし、側面にイヤホンを装着し、イヤホンを俺の耳に無理矢理嵌めた。そして曲が流れた。

「なんか芸術的」

「でしょ。それしか言いようがないでしょ、あなたは」

「でもこれなら普通の音楽の方がいいですね」

「でしょ。アニソンでも聴いてた方がいいと思うの、あなたはね」

「お、そうだな」

 俺は耳からイヤホンを外した。よくわからなかったし、これ以上バカにされるとさすがにイラッとくるので理解合戦から撤退した。

「でもワイ、アニソンはもっと興味がない模様」と俺は右隣にいるオタク達にわざと聞こえるような声で言った。

 こうすることで、「田尾って俺らと同じ属性だよな、今度話しかけてみようぜ」と彼らから思われる見込みを完全に壊したのである。

「面白くねーわ」と俺は呟いた。

「そんなにつまらなかった?」と愛美は幾分残念そうな表情でCDをしまいながら言った。

「いや、違う。面白くないのは、『俺』」と俺は自分を指差して言った。

「どういうこと?」

「俺の人生がつまんね、ってこと。正直この世の全てのコンテンツが嫌いかも。特技もないし、もちろん将来の目標もなし――これもう生ける屍だな」

「じゃあこの世はゾンビだらけになるわね。みんなそんな感じだもん」

「そんな感じなわけねーだろ。ここまで空っぽな奴、俺だけだろ。勉強嫌いで将来の夢がないだけならまだいいけど、流行りのコンテンツにまったく興味ないのって異常だと思うんだわ。赤坂みたいなバカの方が健全だと思うね」

「健全に見える人をなんでバカ呼ばわりするの」

「自分でそう言ってたんだよ。『俺みたいにバカやってりゃ人生楽しくなるぜ』ってな」

「要するにタマくんってさ、そのバカのおこぼれを預かるために赤坂君と仲良くしてるんだね」

「そ。マイナス思考の俺にはあいつが必要なんだわ」

「タマくんさ、本当に好きなことは何もないの? 例えば……そう」


「恋愛、とかさ……ふふふふ」


 そのとき、俺と愛美の肩に、誰かの手が置かれた。

「あ、バカが来た」と愛美がジト目で言った。

「すいませーん、赤坂ですけど、恋人同士のいちゃいちゃ、まだ時間かかりそうですか?」と赤坂はしゃがんで机の縁から顔半分を出し、上目遣いで俺たちを見て言った。

「まだ一度もいちゃいちゃしたことないんですがね」と俺は言った。

「そうね」と愛美は言った。「放課後にいちゃいちゃしようかなって思ってたとこ」

「お、いいね。俺も仲間に入れてくれよなー頼むよー」

「帰れ」と愛美。

「またその返しか壊れるなぁ」と赤坂は言った後、俺を向いて、「そういや貴様、さっき面白いことを言ってたよな」

「え?」

「なんか、ダブルデートがどうとかって不穏ワードが聞こえたんだけど」

「そうだよ(震え声)。じゃけんお前らと一緒に今度ダブルデートしましょうね」と俺は焦りを誤魔化すために早口で言った。

「えぇ? 俺らと一緒にだぶるでーとぉ?」と赤坂が頓狂な声を上げた。「なんそれ。おいしいの?」

「うわっ」と愛美は引く。「古くっさ」

「ダブルデートって単語自体は知ってるけど、それって具体的になんなん?」

「ダブルデートをご存じない……ですと?」と俺は意外な気持ちになって言った。「なんだよじゃあ俺が教えてやるか、しょうがねぇな。二組のカップルでデートするってことだよ。例えば俺と愛美カップルと、お前とお前の彼女のカップルとかで、な」

「はあ?」しかし赤坂はまだ頓狂状態。「なんそれ? それの何がおもろいわけ?」

「……いや何がと言われましても」と俺は腕を組んで考えたが、「わかりません」とすぐに諦めた。

「諦めんなよ。それお前の悪い癖だゾ」

「でもたしかに、何が面白いかって訊かれると、困るかもね」と愛美。「そもそも私たち、シングルデートすらあんまりやってないし」

「そういや俺もだワ」

 赤坂の口から、待望の答えが出た。

「お前、付き合ってるくせにデートすらしないわけ? そんなんじゃ甘いよ」と俺は頬を緩ませながら言った。

「まま、そう熱くなんないでよ。あいつは部活で忙しいし、俺は流行りのコンテンツ消化に忙しいしで時間が合わないんだよ。それに今更二人っきりでデートとか、いや~羞恥心キツいっす」

「じゃあなんで今も付き合い続けてるんですかね(正論)」と俺はここぞとばかりにツッコんだ。

「まあ、惰性、ですかね」

「……」と俺はイラッ。


 ――ところで、性行為とかっていうのは。


 そう訊きたかったが、やりますねぇ、と返事されるのをビビるあまり、

「じゃけんこれを機にデートしましょうね」と俺は内心の動揺を誤魔化すかのように例のアレネタをしつこく連発したのだった。

「これを機にって、何を機にだよ」と赤坂。

「ダブルデートのことでしょ」と愛美。「じゃけんみんなで楽しみましょうね」

「淫夢語の伝播、いいぞ~コレ」と俺は愛美に言った。

「お、待てい。まだ俺の彼女のスケジュール押さえてないゾ」

「お、そうだな。お前、訊いておけよな。頼むよー」

「まあでも、多分断られると思うんですけど」

「え」俺は固まった。

「大会近いんだよなぁ、夏の大会が」

「……」

「じゃあ、大会終わってからにすれば?」と愛美が言った。「その頃ちょうど夏休みだし、みんなでどこか遠出しよ。例えばキャンプとか、海とか」

「……」

「……」

「何その嫌そうな顔。あんたらちょっと陰の者すぎじゃない? たまにはアウトドア嗜んで、どうぞ」

「お、待てい。俺らは陰の者というより淫の者ゾ」と赤坂が返す。

「はい、はい」

「違う、もっと真剣になるのだ」と俺はここぞとばかりにレトロゲームネタを口にした。

「はい?」と愛美はキョトン。「何に対して真剣になれっていうの」

 俺が解説する代わりに、

「それを知りたければ昨日のリマちゃんのレトロゲーム配信を観て、どうぞ」と赤坂が答えた。

「リマ……あ、タマくん達が好きなVTuberのことね。はい、はい。じゃあ十倍速で観ておくね」

「YouTubeにそんな機能があったなんてたまげたなぁ。俺も観たいVの配信十人以上いることだし、倍速で観るかな、俺もなー」と赤坂が言った。

「十倍速だと言葉聞き取れないから十窓した方がいいと思うんですけど(名案)」と俺は言った。

「聖徳太子でも無理なんだよなぁ。ま、でもVの配信なんか内容極薄だし、十窓でも充分内容理解できますかね(微誹謗)」

「お、待てい。今はその程度の批判も開示案件になるゾ」

「なるわけないでしょ」と愛美がツッコんだ。「でもこの前まとめサイトで知ったんだけどさ、そのリマっていうVTuber、いくら誹謗中傷されても訴えないんだってね。どういうキャラなの?」

「俺が教えてやんよ」と赤坂が得意満面に言った。「一言で言えばドSロリだな。ちょっとしわがれたような独特のロリ声でさらっと毒吐くんだけど、リスナーを直接罵倒したりアンチと口ゲンカしたりはしないから、まあ毒舌キャラ作ってるだけで根は優しいタイプだよな。だから厄介リスナーとか少ないんだワ。配信内容はほぼゲーム実況なんだけどこれが特殊で、大体90年代に流行ったレトロゲームだな。でもたまに俺らがやるようなガチャゲー配信とかもやるから広い年代に受けてるってわけ」

「ふーん」

「興味なしっすか」

「あんまり。でも誹謗中傷歓迎っていうの気になるかな。ほんとになんでも書き込んでいいの?」

「ん? 今なんでも書き込んでいいって訊いた? そうだよ。なんでも書き込んでいいんだよなぁ(ドン引き)。『死ね』とか『殺す』とか書き込んでも大丈夫だよ~、って本人は言ってるんだよなぁ」

「それは本人がよくても警察が許さないと思うんだけど(名推理)」

「お、そうだな。だから本当にそんなこと書き込んじゃダメだゾ。『つまんねーぞバカ』とか、その程度ならOK。実際そういう批判コメ頻繁にあるし。でもリマちゃんは完全スルーか、軽くいなして終わり。その流れが面白いんだよな」

「プロレスごっこかな」

「いや、プロレスじゃなくてガチの誹謗中傷コメも来るんだよなぁ。というのも、世の中VTuberアンチって意外と多いじゃん? そういうアンチがここぞとばかりにリマちゃんの配信で批判コメしに来るんだよ。でもリマちゃんはそういう外部から来た厄介リスナーを、うまい具合に躱したり言い返したり完全シカトしたりと、いろんなバリエーションで瞬時に応対すんのよ。で、そうやっていちいちアンチの相手をするからアンチも頻繁に配信に来るようになって、でもやがて両者はケンカで友情が芽生えたヤンキーのように仲良くなって、最後はアンチがリマちゃんのファンになって終了。そうしてリマちゃんのチャンネル登録者数は年月と共に増えていきましたとさ。おしまい」

「結局、計算どおりってわけね」と愛美はふんっ、と鼻で笑う。「でもさ、今の時代そんな殺伐とした配信が人気なんて意外」

「リマちゃんの手に掛かると殺伐にならないんだよなぁ。まあ詳しく知りたければリマちゃんの配信、観とけよ観とけよ~」

「はい」と愛美は、今度は真剣に答えた。「……ところでタマくん、なんでさっきから黙ってるの?」

「えっ?」俺はハッとする。「……なんでって話に付いていけないからだよ。VTuberとか、んにゃぴよくわかんないっす」

「ほんと~? 前にVTuber好きとか言ってなかったっけ」

「一時期ハマって、一瞬で飽きた。これが真実なんだワ。そしてまるで最初から何も観なかったかのように、記憶にございません(言い逃れ政治家並感)。というわけで、昔観たアニメの内容を全部忘れたように、観た配信の内容もきれいさっぱり忘却の彼方っすね。Vの配信はアニメよりお手軽な内容だから尚更」

「あ、今VTuberを侮辱した。訴訟」とバカ坂が言った。「あ、それと、そうだ(唐突)。今日の放課後、久々に部活出ようぜ」

「部活? ああ、あの部活ね……」愛美の顔が多少渋くなる。

「部室のパソコンでリマちゃんの配信観ようず」

「帰れ」と俺。「帰って家で一人で観てろ」

「違うんだよ、愛美ちゃんにリマちゃんの魅力を伝えるために部室でみんなで観るんだよ。あくいけよ」

「だったらお前の家で鑑賞会っていうのは」

「うちはwifiだから、通信速度制限、いや~キツいっす」

 重度のネットヘビーユーザーである赤坂が三日間の通信量を10ギガ以内に収めるのは無理ゲーらしい。俺の家は有線だが、VTuber鑑賞会なんかしたくないから黙っていた。愛美の家に行く案は提案すらされなかった。普段軽薄な赤坂でも最低限のデリカシーはあるらしい。

「わかったわかった。じゃけん今日の放課後、久々に部室に集合」と俺は渋々承諾した。「愛美は~? 来る?」

「行く」

「よし、決まりっ! いずみんが頑張ってる姿も見たいしなっ!」

「……」

「……」

 赤坂が一人盛り上がる中、俺と愛美は微妙な心境に。あいつにはあんまり会いたくなかった。

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