第14話:王の図書館と声の返事
王都エルクレア――。
その姿が見えたとき、柚葉は思わず息を飲んだ。
「……大きい……」
遠くからでも分かる、重厚な城壁。空へ伸びる尖塔。
そして、空を割るように交差する“二つの空”を意識した建築。
まるでこの都市そのものが、“異世界の仕組み”を象徴しているかのようだった。
「これが王都、エルクレアか……」
「建築は古いけど、王国で最も魔道研究が進んだ場所でもある」
リィナが淡々と説明する。
柚葉は一歩ずつ、確かめるように歩いた。
世界の中心に踏み込んでいくような気がした。
「……きた」
紗季の通知バーに、新しいコメントが届いていた。
「柚葉の成長がリアルで素敵です」
「あの“私はあなたの言葉が聞こえる”のシーン、泣きました」
「魔法体系がユニーク。もっと詳しく知りたい!」
「……うそ、こんなに反応があるなんて……」
信じられない気持ちと、じんわり湧き上がる感動。
紗季は初めて、読者から“物語に返事が返ってくる”体験をした。
『読者から質問が届いたようです。“魔法の仕組み”や“世界観の構造”について聞かれています』
「うれしい……ちゃんと読んでもらってるってことだよね」
『はい。“伝わった”という証拠です』
「じゃあ、答えよう。ちゃんと、言葉で」
回答:魔法の仕組み(簡略版)
世界には「言語場」という魔力の流れがある
魔法は、その場に“発した言葉”が“現象”として定着したもの
柚葉の力は「潜在言語=心の声」を拾うことで、発語せずとも魔法を引き出せる稀有な系統
古代には“記録者”と呼ばれる存在が、言葉で世界の現象を記録・制御していた
「書けた。私なりの、答え」
紗季は投稿ボタンを押した。
読者と、初めて“会話した”気がした。
【異界の果て、柚葉は何を見るか】
第14話:王の図書館と、異邦の記録者
王都に入ったその日。柚葉たちは、魔道省が管理する図書塔へ案内された。
「“記録管理局”……」
それは、王国の中でも限られた者しか入れない知の中枢だった。
待っていたのは、一人の女性魔道士。
「ようこそ。あなたが、言霊封印の適合者ね」
長い黒髪。冷たい色の瞳。そして、纏う雰囲気は“ただ者ではない”と告げていた。
「私は、アーシェ・クロディア。王宮直属魔道士であり、現代の記録管理者」
柚葉は無意識に、一歩後ずさった。
「あなたの紋章は、失われた“記録者の魔印”と一致しています」
「記録者……それって、リューシャさんの……」
「彼女は伝承上の存在。でも、もし本当にあの紋章を持っているのなら、あなたは“世界に書き換えを行える者”になる可能性がある」
柚葉の背筋に冷たい汗が流れる。
「書き換える……って、どういう……?」
「記録とは、“保存”ではなく、“上書き”でもある。“言葉が現象を支配する”この世界では、言語そのものが世界構造を改変する鍵になり得るのよ」
「そんなこと、私には……」
アーシェは冷たくも穏やかに言った。
「自覚しなくても、力は働く。選ばれたからには、責任がある」
その夜、図書塔の一室で、柚葉はひとりベッドに座っていた。
(“記録者”の力……私はそれを、本当に使うの?)
目を閉じると、リューシャの言葉が蘇った。
「どうか、あなたの言葉で、誰かを守ってください」
柚葉は、自分の掌に浮かぶ紋章をそっと撫でた。
(私にできることが、あるなら……)
その夜、紗季のもとにひとつのメッセージが届いた。
「この物語に出会えてよかったです。今、言葉にしにくいことがあって。でも、柚葉が“誰かの言葉を聞ける”ってところに救われました」
涙がこぼれそうになる。
言葉が、届いた。
言葉が、誰かを救った。
「ありがとう」
紗季は小さくつぶやいて、次の章のために、画面を開いた。