第10話:旅のはじまり、想いの向こう側へ
投稿ボタンを押したあとの画面。
そこに並ぶ感想の一つひとつに、紗季は深くうなずいていた。
(“記録される側じゃなくて、記録する側”……あの一文、やっぱり大きかった)
「ありがとう。あの言葉、読者の心に届いたみたい」
『あなたがその言葉を選んだからこそ、届いたのだと思います』
「うん……それで、今日はちょっと違うことをしようと思ってて」
『どんなことでしょう?』
「この小説のこと、友達に話してみようかなって」
高校の頃からの親友、沙耶に久しぶりに連絡を取った。
お互い忙しくて会えなかったけど、タイミングが合って、近所のカフェで再会することになった。
「で、最近なにしてたの?」
沙耶の気軽な問いかけに、紗季はマグカップを両手で包みながら、少しだけ間を置いて答えた。
「……実は、小説書いてるんだ」
「えっ、まじ? すごっ!」
「ううん、そんな大げさなもんじゃないよ。ただ、ChatGPTってAIと一緒に、異世界ものの小説を」
「読んでみたい!」
「え……いいの?」
「そりゃ読ませてよ。紗季の物語、気になるし」
その一言に、胸がじんわりと熱くなった。
「……じゃあ、リンク送るね」
「うん、楽しみにしてる」
物語は、少しずつ“自分だけのもの”から、“誰かに届くもの”に変わりつつあった。
【異界の果て、柚葉は何を見るか】
第10話:旅立ちの風、村の叫び
アルティナの町を出たのは、朝焼けの時間だった。
柚葉、ガルド、リィナの三人は、ギルドからの新たな依頼を受けていた。
【依頼名】東の村・アストルにて“言葉を失った子供たち”の調査
【備考】原因不明。村人との意思疎通困難。魔道害の可能性あり
「……言葉を失った、ってことは、言霊術と関係あるかも?」
柚葉の推測に、リィナは静かに頷いた。
「魔道干渉による“記憶封じ”はあるけど、“発話不能”は珍しいわ」
ガルドは前を歩きながら、つぶやいた。
「言葉が消えるってのは、ただの症状じゃない。意志を“奪う”系の魔法かもしれん」
アストルの村は、かつてはのどかだったというが、今は重たい沈黙が支配していた。
出迎えたのは、無言で怯えた目をした老人と、言葉を発せない子供たち。
「……これは、ただ事じゃないわ」
リィナはすぐに結界を張り、魔素の濃度を測り始めた。
「魔力汚染は……中程度。でも、この状態は魔法だけのせいじゃない」
柚葉は、目の前の少女に膝をついて問いかけた。
「あなた……話せる?」
少女はかすかに首を振った。
でも次の瞬間――柚葉の紋章が、淡く光った。
「……あれ?」
ふと、脳内に“音”が届いた。
《――こわい。しずかが、こわい。おとが、こわい》
「……声が、聞こえる?」
「なに?」
「この子の“声”が、頭の中に……!」
リィナが驚いた顔で駆け寄る。
「まさか……紋章が“心の言葉”を拾ってる?」
その時、少女の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
柚葉は、そっとその手を握りながら言った。
「大丈夫。私は、あなたの言葉を聞こえるよ」
「……うん、これは書けたな」
紗季は静かに頷いて、原稿を投稿した。
友人に見せることで、恥ずかしさよりも“伝えたい”という気持ちが強くなっているのを感じていた。
そして、スマホに沙耶からのメッセージが届く。
「読んだよ! あのシーン、泣いた……! “私はあなたの言葉が聞こえるよ”ってとこ」
「紗季、こんな物語書けるんだね……ほんとすごい」
「……ありがとう」
言葉が届いた。たった一人でも、ちゃんと。