第1話:プロンプトの向こう側
「もう無理……」
パソコンの前で、中村紗季は頭を抱えていた。デスクトップに広がるのは、いくつもの未完成の小説ファイル。タイトルだけが立派で、中身は導入すら終わっていない。
学生時代から小説を書いてみたいとは思っていた。でも、自分でプロットを考え、キャラを動かし、世界を構築していくのは思った以上に骨が折れる作業だった。
──もう、私には無理かも。
そんな思いが募る中、ふと目に入ったのは、SNSで話題になっていたあるサービスの文字だった。
「ChatGPTがあれば、誰でも小説が書ける時代」
「ほんとかな……」
半信半疑で登録したChatGPT。最初は使い方もよく分からなかった。けれど、何度かやり取りするうちに、紗季はその「相棒」に可能性を感じ始めていた。
「小説を書きたいんだけど、手伝ってくれる?」
最初のプロンプトは、そんなざっくりした一言だった。
『もちろんです。どんなジャンルにしますか?』
「……異世界かな。よくあるやつ。転移とか、冒険とか」
『了解しました。それでは、異世界転移をテーマにした小説を構想しましょう。まずは、主人公について教えてください』
紗季は考える。どんな主人公なら、自分が最後まで書き続けられるだろうか。
──等身大で、でも成長していくキャラ。
「高校生の女の子で。名前は……雪村柚葉」
『高校生の柚葉さんが、どんな状況で異世界に転移しますか?』
「うーん……放課後、図書室で本を読んでたら光に包まれて――ってのがベタだけど好き」
『了解しました。それでは、第一章の導入部をまとめてみますね』
数秒後、画面に文章が現れる。
第1話:虚空の書架と召喚の光
放課後の静けさが、図書室を支配していた。
雪村柚葉は、その片隅で一冊の古びた本をめくっていた。カバーも剥がれかけ、文字も読みにくいそれは、図書室の奥、誰も触れないような棚にあったものだ。
ページを捲った瞬間。
──キィィィン……
目の前が真っ白になった。
「え?」
意識が遠のく。重力が反転するような感覚。誰かの声が、耳の奥でこだましている。
《汝の名は……柚葉。契約により、召喚を果たす》
光が収まったとき、彼女はもう、学校の図書室にはいなかった。
──そこは、空が二つある世界だった。
「……!」
紗季は思わず前のめりになる。
「すごい……ちゃんと小説になってる」
『ありがとうございます。ここから先は、どんな展開にしたいですか?』
紗季は迷いながらも言葉を紡いだ。
「主人公は最初、召喚された理由が分からなくて。でも、冒険の中で自分の役割に気付いていく――みたいな。仲間も欲しいな。獣人の戦士とか、ちょっとミステリアスな魔導士とか」
『承知しました。それでは、その方向でプロットを広げてみましょう』
ChatGPTは、物語の骨組みを組み立てていく。世界の設定、登場人物、敵勢力の構造。それは、紗季の頭の中にぼんやりとあったアイデアを、具体的な形にしてくれる作業だった。
「……すごい。まるで一緒に物語を作ってるみたい」
気づけば、紗季の中に再び灯がともっていた。
次の日、彼女はノートにこう書き始めた。
タイトル:【異界の果て、柚葉は何を見るか】
そして、別のノートにはもう一つの物語が書かれていた。
タイトル:【AI初心者がChatGPTで異世界ファンタジーを書く物語】
「ダブルで小説書くって、正気の沙汰じゃないかもね」
でも、それでもいい。ようやく物語が動き出した。
紗季とChatGPTの二人三脚は、今ここから始まる――。




