第8話 最強の義妹はもう一人の天才少女
※この話では視点が遙人から美陽に変わっています。
「「…………」」
私と翔琉は未だに目の前の光景が理解できなかった。
――正確に言えば,あんな状況があったのに……だ。
「兄さん,あ~ん♪」
「ユフィ,皆がいるからそろそろ控えようか?」
少しだけ困ったような顔をしていた神条君は義妹さんの行動に苦言を呈した。
その二人の姿を見て葵と結衣は微笑ましそうに見ていたが……。
「――って,二人はどうしてツッコまないのよ!!」
「美陽,仮面が取れているぞ,仮面が。あと,今はお客さんがいるから叫ぶなよ」
翔琉の注意にテーブルを叩いて叫んでしまった私は大きな溜息を吐いた。
まさか,私と翔琉以外はあのやり取りのオチが分かっていたと思うと釈然としない気持ちになり,若干不貞腐れた顔をしてしまった。
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「きゃあぁぁぁぁ!?神条君!?」
勢いよく義妹さんに刃物で刺された神条君を見て私は顔を真っ青にして叫んだ。
「遙人!?」
それは,テーブルに座ってこちらを見ていた翔琉かけるも同様であり,立ち上がると二人を引き離そうと動き出した。
だが,葵はそんな私達を静止した。
「……あ~,美陽。それに,翔琉も。放っておいていいわよ?」
「「へっ?」」
よく見ると神条君が苦しんでいたのは最初の一瞬だけであり,義妹さんの頭をポンポンと叩いていたのだ。
「ユフィ,常盤さん達が驚いているからそろそろ離れようか?」
彼を刃物で突き刺した義妹さんは神条君の言う通りに離れると少しだけ舌を出して可愛らしい顔をした。
「ごめんなさい,兄さん。少しだけ揶揄っちゃいました」
「僕はいいんだけどね。それよりも,常盤さん達にはちゃんと謝るんだよ?」
「分かっています」
義妹さんは左手を目に当てると私の前まで歩いてきて頭を下げた。
「急なことで驚かせて申し訳ありません。常盤美陽さん,ですよね?」
「え,ええ――って,神条君は大丈夫……あれ?」
よく見ると神条君に刺されたはずの痕が残っていないのだ。
おまけに血まで流れていないという。
不思議そうにしている私を見て義妹さんはクスクスと笑っていた。
「実はこれ玩具なんです。照明の光具合で本物に見間違えられる時があるんです」
そう言って持っていた刃物を自分の手に指すと刃の部分が柄の部分に入り込むようになっていたのだ。
どうやら,持っていたのは玩具のナイフであったようだ。
「で,でも,さっきの目はどう見ても嘘を付いているような……」
「これのことでしょうか?」
先程と同じように左手を目に当てるとハイライトが消えてびっくりしてしまった。
「実はこれコンタクトを改良したものなんです。凄く良く出来ていませんか?」
「コンタクト……」
唖然とした私は笑いそうになっていた葵と結衣を見て気付いてしまった。
「てことは,今のって全部演技だったの!?」
「はい。真哉さんが若い頃,綺麗な女性に声を掛けた時の涼子さんを参考に……」
「ユフィちゃん!?その話を美陽ちゃんには……。」
「あ・な・た?」
当時のことを思い出した涼子さんに肩をガシッと掴まれるとお爺様は悲惨な声上げながら厨房の奥に引きずられて行ってしまった。
その後,厨房から断末魔が聞こえて来たのは言うまでもなかった。
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「翔琉,いつまで笑っているの?」
先程からずっと笑っている翔琉かけるに神条君は呆れたような顔をしていた。
「いや,驚いていた美陽もそうなんだが――ユフィちゃんも面白い子だな」
ハンバーグを食べながら神条君の隣にいた義妹さんを見て言った。
「驚きですね。私を見てそんな言葉を返す人は翔琉さんが初めてです」
「そうなの?」
翔琉と同じようにハンバーグを美味しそうに頬張りながら結衣は首を傾げた。
「星稜学園でも在籍している男子生徒の皆さんは私のことをそう言った目で見る人はいませんでした。むしろ,最初は好奇な目ばかりで」
苦笑したような顔で言うと納得をせざるを得なかった。
――神条悠姫……星稜学園の天才少女,またの2つ名を蒼天の瑠璃姫。
星稜学園の学年首席にして既に1年生でありながら次期風紀委員長の椅子が確約されている女の子。
類まれない才能だけでなくその容姿から男子生徒達から絶大な人気を誇り,入学当初は毎日のように告白が絶えない状況であったらしい。
――だが,そんな彼女は入学早々に自分の本性をさらけ出したのだ。
「でも,実際のこの子って極度のブラコンで神条君に何かする人は容赦しない子だから。おまけにさっきみたいな悪戯好きなのよね」
「私は兄さんのことは大好きですし,兄さんのことを嫌う人は大っ嫌いですから。」
「それをはっきりと言えるユフィって凄いよね」
本当に凄いと思った。
そして,星稜学園の生徒達はそんな素顔の彼女を受け入れてくれたのだ。
誠央学園の天才少女である私――仮面を未だに着けている私とまったくといって彼女は真逆の存在であった。
「ところで,結衣。ユフィちゃんが言ってたお姉様ってどういう意味だ?」
「んん?びゅふぃどばだしのがんべい?(ユフィと私の関係?)」
「お姉様,はしたないですよ?あと,口元が汚れています」
持っていたハンカチで結衣の口元を丁寧に拭いた。
これじゃどっちが妹の立場か本当に分からないわね。
「翔琉は常盤女学園のお世話係の制度は知っているかしら?」
「それって学園に馴染めてない下級生を上級生が教える代わりに身の回りのお世話を任せる制度だろう?でも,あれって数年前に廃止されたんじゃなかったか?」
「制度自体はね。でも,生徒の間では未だに続けている子達はいるわよ?まあ,結衣と悠姫の場合は特殊なケースだけど」
同じ学年でお世話係の関係をしようと考える者はまずいないだろう。
だが,彼女は中等部からの編入――所謂,初等部からいる子達からすればお客様みたいな感じであったのだ。
そんな環境に馴染めなかった彼女に手を差し伸べたのが結衣であったらしい。
「正直,御姉様がいなかったら今の私はなかったかもしれません。兄さんとの関係も真正面から相談に乗ってくれたのは御姉様だったので」
「私はむしろこの子の言ったことを真に受けて実行する悠姫にびっくりよ」
「ぶー!その言い方ひどくないかな!?」
バカにされたと思ったのか,結衣は頬をリスのように膨らませて怒った。
そんな彼女を見て私だけでなくその場にいた皆も笑ってしまった。
「……ところで,美陽さん」
「どうかしましたか?」
私がそう返事すると今度は私を見て彼女は笑いそうになっていた。
「普通の喋り方で大丈夫ですよ。それに――兄さんも困惑しているようですから」
「うっ……」
可愛らしく笑う彼女の横では私のことを見て不思議がっている神条君がいた。
「美陽,さっきから何度も素の喋り方してるんだからもういいんじゃないか?」
「……はぁ~」
仕方がないとはいえ,私は大きなため息を吐いてしまった。
「……やっぱり,あの喋り方だと息苦しいわね。肩も凝っちゃうし」
「みはるん,急に態度がおじさん見たいになっているよ?」
肩を鳴らしている私を見て珍しく結衣に呆れた顔をされてしまった。
「仕方ないでしょう!?星稜学園の皆には天才少女の方で通っているだから!私も普通の喋り方にできるならそうしたいわよ」
結衣に反論する私を見て神条かみじょう君はやはり驚いた顔をしていた。
まあ,彼だけでなく一度大勢の前でこの喋り方を見せた時は驚かれていたのでそこまで気にすることではないと思っていたのだが――彼は意外なことを言った。
「常盤さんって普段はそう言った喋り方なんだね。僕はそっちの方が親しみやすくていいと思うよ。むしろ,好みかな」
「っ!?」
にこやかに笑う彼を見て視線を逸らしてしまった。
そんなことを言われたのは初めてでどう対応すれば分からなくなってしまった。
「みはるん,もしかして照れてる?」
「っ……結衣~。お喋りな口はこれかしら?」
薄っすらと笑いながら結衣の両頬を摘まむと彼女は痛そうに謝って来た。
そんなやり取りをしていると笑っていた義妹さんは真面目な顔をした。
「――兄さんに依頼を出した理由をお聞きしても大丈夫でしょうか?」
「!?」
その理由を聞いて翔琉を見ると今度は神条君の方を向いた。
「もしかして,神条君が――って、今は葵達が……」
「大丈夫ですよ。葵さん達もそちらの事情は知っている方々なので」
義妹さんに言われて葵達を見ると黙っていたことを申し訳なさそうにしていた。
「ごめんね,美陽。私達……お兄達が神条君の関係者なのよ」
「!?……そう,だったのね……」
黙っていたことを追及はしたかったが,翔琉にも注意されたようにここは他のお客さんがいるお店の中。
あの組織の話を大っぴらにするのは問題があるだろう。
一旦,落ち着けようとコップに入っていた水を飲み干した。
「……伊澄本部長から依頼は本人から直接聞いてほしいと聞いたんだけど内容は常盤さんの護衛任務なんだよね?」
「ええ。ただ――内容が突拍子もないことだから驚かれるかもしれないけど……」
不思議そうにする彼に私はその話を言い淀んでしまった。
葵達や義妹さんは何だろうと気になっており,今回の事情を相談した翔琉はやはり笑いそうになっていた。
「じ,実は……神条君にお願いしたい依頼なんだけど……」
正直に言うと,自分の口からその言葉を出すのが無茶苦茶恥ずかしくなった。
少し俯いてモジモジとしたが,意を決して神条君に依頼内容を話した。
「か,神条君!私の――恋人になってくれませんか!!」
「……へっ?」
間抜けな顔する彼の隣では先程のように目が笑っていない義妹さんと衝撃的な発言で開いた口が塞がらない葵と結衣がいた。
そして,事情を知っていた翔琉は――真っ赤にして叫んだ私の言葉に我慢が出来なくなり盛大に笑ったのだった。