第3話 常盤女学園の親友達
「あれぇ?翔琉君,その男の子は?」
振り向くとそこには教室で見掛けていた誠央学園の制服を着た金髪碧眼の美少女と黒髪のショートカットの美少女がいた。
そして,その後ろには今回の護衛対象,常盤美陽が立っていた。
「誰かと思ったら結衣達か。どしたんだ?」
「私達も学食に行ってみようと思って来たのよ。そしたら,この状況」
呆れた顔で食券売り場を見ると未だに長蛇の列が出来上がっていた。
これは,お昼休み中に買うことは難しいかな。
「あぁぁ!?翔琉君,何それ!?」
金髪の女の子は自分達が食べていたステーキ定食に目を向けた。
「ステーキって,そんなもの食券になかったわよ!?」
「裏メニューらしいぞ。そうだよな,遙人?」
「「遙人?」」
二人は不思議そうに僕の顔を見た。
特に金髪の女の子の方は先程よりもじーっとよく観察をして――。
「「あぁぁぁぁぁぁ!?」」
二人は同時に叫び出した。
――どうやら,僕の存在に気付いたらしい。
「誰かと思ったら神条君じゃない!?星稜学園の学生だったの!?」
「うん,まあ……」
歯切れが悪そうに僕は答えた。
何処かで聞いたことがある声だと思ったら,やっぱり彼女達であったようだ。
「ねね,遙人君!遙人君がここにいるってことは,もしかして……」
「あの子も一緒にいるよ。クラスは違うけど今は風紀委員会に所属しているから蒼一郎先輩と一緒によく行動をしているかな」
僕から聞いた話が嬉しかったのか,そのままピョンピョンと飛び跳ねた――だけでは終わらず,勢いよく抱き着かれてしまった。
「やったー!今度は4人一緒だねぇ!」
「結衣ちゃん!?抱き着くのはストップ!!ストップ!!」
余程,嬉しいことだったのだろう。
苦しそうにする僕を他所に結衣と呼ばれた女の子は抱き着いたままだった。
――だが,そんな光景を近くで見ていた二人は唖然とした顔をしていた。
「……葵……それに,結衣も……。その男の子とはどういった関係なのかしら?」
困惑した顔で赤い髪の女の子は僕達を見ていた。
逆に翔琉は何故かツボに入ったのか,お腹を抱えて笑いそうになっていた。
笑ってないでこの状況をなんとかしてよぉぉぉ!!
そんな願いが神様に通じたのか,僕を未だに抱きしめていた女の子のお腹が可愛らしくぐぅーと鳴った。
「あ……」
「「…………」」
「……結衣ちゃん,一緒に食べる?」
少し恥ずかしそうにしていたが,彼女は全力で首を縦に振った。
「……まさか,学園でステーキ定食が食べられるなんてね。しかも,普通の定食と同じで500円って安過ぎない!?」
「本当だねぇ。もう食べられないよ」
結衣ちゃん,僕と目の前の女の子からご飯を貰ったら普通そうなるよ?
あの後,マダムに頼んでステーキが残っていないか尋ねると特別にミスジの変わりにサーロインステーキを焼いてくれたのだ。
ただ,あの大きさで足らなかったのか,金髪の女の子は僕と目の前に座っていた赤い髪の女の子からご飯を頂いて今では満足そうな顔をしていた。
「はしたないわよ,結衣?それから,神条君でしたね?相席だけでなくお昼まで御馳走になってしまって申し訳ありません」
座ったままだが,丁寧にお辞儀をされてしまった。
教室でも思ったが,本当にあの時に出会った女の子なのだろうか?
全くの別人にしか見えないのだが……。
「気にしなくて大丈夫ですよ。マダムとは仲が良いので」
問題なさそうに言うと彼女は今朝の挨拶の時と同様に可愛らしい笑みを浮かべた。
――やっぱり,可愛らしい顔はどっちも同じだなぁ。
「それにしても,久しぶりだね!遙人君!」
金髪碧眼の美少女,四之宮結衣に満面の笑顔を向けられた。
「本当にねぇ。会うのは半年ぶりぐらいかしら?」
黒髪のショートカットの美少女,青葉葵にも似たような言葉を掛けられた。
彼女達と最後に会ったのは義妹が常盤女学園の中等部を卒業してからだろうか?
まさか,女学園の人達もあの3人がそのままエスカレータ式の高等部に進学しないで別の学園に進学をしようと考えていたのは思ってもみなかっただろう。
「葵と結衣は神条君とお知り合いだったのですね」
「そうそう。まあ,神条君というよりも彼の義妹さんとだけど」
「義妹さん……それって,結衣が言っていた……」
「そうだよ。常盤女学園の天才少女って言われていた女の子」
――常盤女学園の天才少女。
実は常盤女学園でそう呼ばれている女の子は初代と2代目がいるらしい。
初代は初等部卒業と同時に別の中学校に進学したらしく新たに中等部から入学した義妹が2代目の天才少女と呼ばれるようになったのだ。
「で,その初代ってのが美陽なわけ」
「初代って常盤さんだったの!?」
「お恥ずかしながら……」
恥ずかしそうにする彼女を他所に内心とても驚いていた。
――要するに今は誠央学園の天才少女と星稜学園の天才少女になっているんだと。
「ところで,遙人君。金髪は止めたの?」
――ピクッ。
一瞬,金髪という言葉に彼女は反応した気がしたようだが,気のせいだろうか?
だが,それは間違いではなかったようだ。
「そういえば,この間の雨の時だったわね。美陽が金髪の男の子に痴漢されたの」
「痴漢!?」
「そそ。車に撥ねられそうになって助けてもらったのはいいんだけど,その後にしばらく抱き着かれたままだと思ったら胸を触られていたって」
僕はその話を聞いて背中から大量の冷や汗をかいた。
「そうなんですよね。――何処の誰だか知らないけど許すわけにはいかないわね」
あれ?何だから喋り方が変わったような……。
困惑した表情で美陽を見ていると笑いそうになっていた翔琉が注意した。
「美陽,喋り方が元に戻っているぞ?」
「えっ!?んんっ!!……お見苦しい所を見せて申し訳ありません」
先程と同じ喋り方に戻ったが,未だに翔琉だけでなく青葉さんと結衣ちゃんも笑っていた。
「――常盤さんって猫を被っていたりする?」
「うっ……」
恥ずかしそうに目線を逸らした。
どうやら,先日の雨の日に出会った喋り方が素のようだ。
でも,何でそんな堅苦しい仮面で取り繕う真似をしているんだろう?
「まあ,仕方ないんじゃないか?これでもこいつは常盤コーポレーションの御令嬢なんだぞ?対面ってものを気にしないと……」
「ちょっと待って!?常盤コーポレーションってあの大企業の!?」
驚いた顔をしていた僕は3人が視線を注いでいた美陽を見た。
彼女もあまり大っぴらに言いたくないのか苦笑しながら頷いた。
――つまり,僕の任務は常盤コーポレーション御令嬢の護衛任務ということだ。
「(LICENSE協会に依頼するわけだ。でも,それが事実なら護衛って僕だけでは物足りなくないか?どうみても,一人でカバーをすることはできないぞ?)」
最近,急激な成長を遂げた常盤コーポレーション。海洋鉱物資源開発を成功させた白星財閥,旧時代より国内に大きな影響力を与えていた京都六家に続く第3の勢力。
その急激な成長の裏には色々と理由があり,LICENSE協会はその常盤コーポレーションと密接な関係があったのだ。
そして,何が問題なのかと言われると――現会長である常盤真実氏,数々の事件を解決に導いた|LICENSE取得者であり,政財界の一部や裏社会・諸外国の諜報員達から最重要危険人物と恐れられて敵が多過ぎるのだ。
「(政財界の人達だけなら特に問題はないけど日解連の残党や諸外国の諜報員なら話が変わる。これはかなり危険な任務なのでは?)」
チラッと翔琉を見たが,何故か僕を見て笑いそうになっていた。
こっちは真剣に考えて悩んでいるのにどうして笑っていられるのだろうか?
――もしかして,実はまったく大した事情ではなかったりするとか?
「でも,みはるん。その男の子こと,まだ探しているんでしょう?」
考え事をして気付いていなかった。
どうやら,彼女達3人は雨の日に美陽が出会った男の子,金髪の髪であった僕の話をしているようであった。
「ええ。どうしても,色々と聞きたい話が合って」
「常盤さん,その男の子を探している理由って……」
まさか,さっき言っていた許すわけにはいかないってことじゃ……。
「実は,その人にお礼を言いたいんです。痴漢をしたことは許せませんが,危ない所を助けて頂いたことも事実ですので。それに……」
「それに?」
「彼に会って確かめたいことがあるんです」
真剣な目をして言われてしまった。
綺麗な虹色の瞳に見惚れそうになったが,彼女のその真剣さがやはり気になった。
「遙人君,みはるんって男性恐怖症だって朝の時に言ってたよね?」
「うん。そう言ってたね」
「でも,その男の子。みはるんを抱きしめられても何ともなかったんだよ?おまけに左頬に思いっきり平手打ちをしたって聞いた時は驚いたもん」
話を聞いていた青葉さんも同じように思ったのか頷いていた。
――そういえば,彼女は男性恐怖症のはずだ。
よくよく考えてみると何故彼女は自分に平手打ちを出来たのだろうか?
男性恐怖症であるなら触れられるだけでなく自分から触れるのも無理なはずだ。
あの叫び声は男性恐怖症からではなく胸を触ってしまったことが原因だったのか。
「ところで,神条君って結衣に抱き着かれていたけど体質はもう克服したの?」
「……義妹の御蔭で完全に克服することができたよ」
「そうなんだ!よかったぁ!」
3人の会話に今度は美陽と翔琉が首を傾げて不思議そうにしていた。
そんな二人を見て青葉さんは笑いながら教えてくれた。
「美陽は驚くかもしれないけど神条君って”元”女性恐怖症だったのよね」
「えっ!?」
「マジかよ!?」
僕の情報を知らなかったのか翔琉はやはり驚いた顔をした。
それは,遙人の目の前に座っていた”現”男性恐怖症の女子生徒――常盤美陽も同様であり,”元”女性恐怖症であった遙人が克服できたことに驚きを隠せずにいると同時に彼に対して興味を抱くのに十分な理由となってしまった。