第10話 常盤美陽からの依頼
「これでよしっと」
「兄さん,そちらは終わりましたか?」
朝の日課であるジョギングを終えてシャワーを浴びると僕と義妹は真哉さん達のお手伝いでお昼の仕込み作業をしていた。
「ハル坊もユフィちゃんも朝から悪いなぁ。それに,ユフィちゃんは休みなのに今日も学園に行くんだろう?別に手伝わなくても……」
「お気になさらないでください。お料理は趣味でもありますし,兄さんと一緒に何かをするのは楽しいですから」
満面の笑みで言われてしまい,真哉さんは返す言葉が見当たらなかったらしい。
「ハル坊,ユフィちゃんを大事にしろよ?」
「当たり前ですよ。それよりも,ユフィ。そろそろ,準備しなくていいの?」
時計を見るともうすぐ7時,そろそろお迎えの2人がやって来る頃なのだ。
「そうですね。それでは,部屋で着替えてきますので」
申し訳なさそうに僕と真哉さんに謝ると義妹は厨房を後にした。
「本当によく出来た子だな。ただ……少し心配ではあるな」
「やっぱり,真哉さんもそう思います?」
何事も完璧にこなすことが出来る義妹。
だが,そんな義妹に対して僕が悩んでいること――それは,同年代の友人が限りなく少ないということだ。
「美陽ちゃんもそうだったんだが,何でも出来るってことは他の子達が同格に見ようとしないだろう?ユフィちゃんは学園では友達はいるのか?」
「いますけど,それは上面の関係だけですよ。あの子が星稜学園で本当に心を許している親友は灯里ちゃんぐらいですから」
幼少期の時から好奇な目で見られていた義妹は人の目線に敏感になってしまった。
星稜学園でも義妹のことを理解してくれる子達は大勢いるが,あの子が本気で信頼を寄せている子達など指で数えるほどしかいないだろう。
――だからこそ,この間の夕食での義妹の反応は少し驚かされたのだ。
「まさか,翔琉に直ぐ懐くとは思わなかったなぁ」
義妹は男の子に対しては女の子以上に警戒が厳しい。
トミーや織斑君も下の名前で呼ばれるのに時間が掛かったのに,翔琉に至っては出会って直ぐにもう名前で呼ぶ関係になっていたのだ。
常盤さん達と別れた後に聞いたら他の男性と違い自分を好奇な目ではなく面白い子だと言ってくれたので興味が沸いたと教えてくれた。
「ハル坊からしたら複雑か?」
「そんなんじゃないですよ。おそらく,翔琉自身も常盤さんで色々と……」
言い掛けると外からバイクのエンジン音が聞こえてきた。
どうやら,義妹のお迎えである2人が来たようだ。
「ちょっと,外の様子を見てきます」
真哉さんに一言言うと僕はお店の扉を開けて外に出た。
そこに風紀委員会に所属している学生だけが着ることが許されている白と黒を基調とした制服を着た男子生徒が2人が立っていた。
「「お疲れ様です,王子!」」
「……」
頭を下げた二人の学生を見て僕は苦笑しながら顔をかいた。
正直に言うと――昔の僕を知る二人からそう呼ばれるのは違和感があり過ぎた。
「今は義妹も僕の護衛に付いている3人組もいないから普通に接してくれない?」
二人は顔を上げたが,僕と同じ金髪の男子生徒,天野大助は首を横に振り,僕の言葉を拒絶した。
「申し訳ないが,今の俺達に取ってはこれが当たり前なんだ。我慢して頂きたい」
「確かに,君にはあの時の借りがある,情もある,引け目もある。だが,それよりも姫様への忠義が勝る。どうか,理解してほしい」
茶髪の男子生徒,格之進は言葉遣いすら昔と変わり果てていた。
相変わらずの熱苦しい2人――義妹に調教された最高傑作である小学校の同級生達を見て僕は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。
信じられないかもしれないが,この二人は僕が小学生の時に義妹にちょっかいを掛けていた男の子達であるのだ。
それはつまり,喧嘩をして僕を虐めていた男の子達だということだ。
しかも,星稜学園には彼等以外にもまだ数名ほど同級生がいたりする。
「(僕に謝罪した後,義妹が調教した御蔭で男の子達は更生したけど――中には二人のように何かに目覚めてしまった子達もいたんだよな……)」
――姫様ユフィこそ我等が忠義を尽くすべき御主である!
更に調教を施されて魔改造された彼等は見事な忠臣となり,義妹のファンクラブであった親衛隊は今では彼等の影響で星稜学園の風紀委員会以上に敵に回してはいけない組織になっているという。
学園の3分の1を支配下に置いているって個人のファンクラブの規模じゃないだろうと僕はツッコミを入れそうにもなった。
おまけに,親衛隊内で義妹が姫様と呼ばれている影響で僕は王子と呼ばれる状況になっていたりもして恥ずかし過ぎて悶えそうにもなっていたりする。
「常盤さん達が君達を見たら何て言うだろう。翔琉は絶対にお腹を抱えて……」
「翔琉さんがどうかしたんですか?」
風紀委員会の制服に着替え終わったのか,義妹はヘルメットを持って歩いて来た。
「「おはようございます,姫様!」」
「スケさん,カクさん,おはようございます。お待たせして申し訳ありません。それでは,兄さん。私達も午後から商業施設に向かいますので」
「うん,気を付けてね。いってらっしゃい」
「はい♪」
満面の笑みで僕に軽く手を振ると自分のバイクに跨った義妹は二人を付き従えて星稜学園に走り去って行った。
「……さてと,僕も早く仕込みを終らせて準備しないとな」
義妹達を見送ると僕はお店の中に戻って行った。
「真哉さん,朝の仕込みってもう大丈夫ですか?」
「大丈夫だぞ。いつも言っているが,休みの日まで朝から仕込みの手伝いをしなくてもいいんだぞ?」
「そうよ。遙人はると君達の年頃って遊び盛りなんだから青春を謳歌しないと」
奥の方でパンを焼いていた涼子さんも焼き終わったのか真哉しんやさんの隣で今はまったりと一緒に珈琲を飲んでいた。
「でも,今日はお昼も夜も入れませんから朝の仕込みぐらいは……」
「ユフィちゃんもそうだけど遙人はると君も真面目ねぇ。どちらかというと,私は朝の仕込みよりも帰って来てから美陽ちゃんとのデートの話を聞きたいわ!」
目を輝かせて僕を見ていた涼子りょうこさんに肩すくめてしまった。
常盤さんとデート――正確には常盤さんだけでなく翔琉や青葉さん,結衣ちゃんと一緒にお昼も兼ねて商業施設で遊びに行こうと話していたのだ。
――その理由が常盤さんに恋人となって欲しいという話の延長線であったりする。
「それじゃ,僕は部屋で遊び行く準備をしますので」
「は~い。遙人君,オシャレして美陽ちゃんを驚かせてあげてね♪」
「ハル坊,美陽ちゃんを頼んだぞ!」
何故か物凄くイイ笑顔を向けられてしまった。
二人に取っては男性恐怖症である孫娘が男の子とデートをすることに何か思うことがあるのだろう。
聞いた話によると真哉さんですら真面に触ることも出来ないらしく小学校の時から抱いてあげることも出来なくてかなり凹んでもいるらしい。
そういえば,女性恐怖症が克服できたと陽姫母さんに伝えた時は泣きながら物凄い勢いで抱きしめらたことを思い出した。
危うくある物で窒息死しそうになったが,今はその話は置いておこう。
――あの人に連絡をしなければ……。
自室に入ると鍵を閉めて僕はノートパソコンを立ち上げた。
そして,スマホを少し弄りノートパソコンに接続させるとある人に連絡を入れた。
『――神条遙人,急な連絡で済まないな』
「問題ありません,伊澄本部長」
画面には僕に今回の依頼を任せた張本人,伊澄いすみ本部長が映っていた。
『それにしても,君にとんでもない依頼を任せてしまったな』
「気にしないでください。それで,彼女の依頼って何か裏が取れました?」
画面に映っていた伊澄本部長は悩ましい顔をしていた。
実は常盤さんから依頼の話を聞いたその夜に,伊澄本部長に連絡を入れたのだ。
その依頼内容を聞いて珍しく鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが,直ぐに事情を察したのか真面目な顔で後日調べて連絡を入れると言ったのだ。
――何せ,護衛任務ではなく卒業まで常盤美陽の恋人で過ごすことなのだ。
本部長も寝耳に水だったので裏がないかと色々と調べたらしいのだが……。
『残念というべきなのか――彼女は白だった』
「へっ?」
間抜けな声を出してしまったが,画面に映っている本部長も先日連絡した時よりも困惑した表情を浮かべていた。
『実はこの依頼を出したのは美陽嬢と桐原翔琉君,それからもう一人いたんだ』
「もう一人?」
『……本柳幹事長だ』
「はいぃぃぃぃぃぃ!?」
驚いた声を上げてしまい,慌てて口を塞いだ。
現政権の重臣である本柳幹事長が関わっている依頼――それなのに依頼内容は黒ではなく白であるという。
状況がまるっきり呑み込めず,本部長と同様に頭の中が混乱してしまった。
『誠央学園で起きた横領の告発事件は知っているだろう?』
「ええ。誠央学園の学生,本柳幹事長の御子息が報道局に横領のリストを告発したことで今まで明るみになってなかった闇が暴かれたとか」
彼は今回の事件で一躍有名人となり,国民は彼の行動を称賛していた――が,誠央学園の関係者達はそうでもない状況であったのだ。
『実はその本柳幹事長の御子息に関わる話なのだよ』
「というと?」
伊澄本部長は軽く笑みを浮かべて呆れた顔をして話してくれた。
『彼は美陽嬢に好意を抱いているのだよ。そして,誠央学園で起きた事件。あの事件は美陽嬢に自分の力を認めてもらうためだけに本柳子息が起こしたとんでもない事件だ。しかも,美陽嬢が独自で調べていた横領のリストを奪ってな』
僕は言葉を失ってしまった。
誠央学園の学生達の明日を奪い奈落の底に叩き落した事件――それは,常盤さんが独自で調べていた物を奪うだけでなく,彼女に認めてもらいたいと言う1つの思いだけのために本柳もとやなぎ幹事長の御子息が起こした事件であったという。




