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第9話 最愛の義妹との朝

――夕焼けに染まる学園の屋上。




 何故,自分はこんな所にいるのだろうか?




 ただ,もっと理解できないことがあるとすれば目の前に彼女――真紅のような艶やかで長い髪をツインテールにした女の子,常盤美陽がいることだ。




「……神条君,大事な話があるの」




 ――大事な話?




 護衛対象である彼女からの大事な話と言うのは任務に関わることだろうか。




 でも,彼女からそんな素振りは見えず,今の彼女は右手を左腕の二の腕を掴みモジモジと何かを言いたげそうに目を潤ませていた。




 夕焼けで分かりにくいが,顔も若干であるが紅潮しているよう気もした。




「実は……神条君のことが好きなんです!だから,私の恋人になってください!」




 ――僕のことが好き?




 正式に彼女と出会ったのは星稜学園に誠央学園の生徒達が編入してからだ。




 世の中には一目惚れと言う言葉はあるが,陰キャのような見た目の僕に一目惚れになる要素はあったのだろうか。




 未だにモジモジとしながら俯いて顔を赤くしながらこちらの返事を待っている彼女を見ると可愛らしいと思うと同時に何故か愛おしくなってしまった。




 ――だが,僕は彼女に黙っていることが1つあるのだ。




「常盤さん,君の気持ちは嬉しいよ。だけど,君に黙っていたことがあるんだ」




 そう言って僕は前髪まで伸びていた黒髪のカツラを取った。




「!?神条君,まさか……」




 常盤さんはカツラを取った僕を見て驚いていた。




 無理もない――何せ,目の前にいるのは自分を助けた男の子,彼女の言葉で言うなら胸を触られて痴漢をされた金髪の男の子がいたのだから。




「黙っていたことはごめん。でも,君と付き合うなら僕の正体を……」


「……っ低」


「常盤さん?」




 彼女は先程と同様に俯いていたが,今度は只ならぬ雰囲気を感じた。




 そして,顔を上げると僕のことを蔑むような目で罵倒し出した。




「最っ低!!神条君があの時の痴漢だったなんて!!私が男性恐怖症でありながら近付いて来たのって私の身体目当てだったんでしょう!?」


「常盤さん!?何か誤解しているようだけど僕は決して……」


「――兄さん」


「……へっ?」




 その冷めた声を聞いて僕は錆びた機械のようにギギギと後ろを振り向くとそこには目のハイライトが消えて不気味な笑みを浮かべる義妹ユフィが立っていた。




 しかも,その手には――赤く染まった光る刃物が握られていたのだ。




「私という恋人がいながら他の女性に手を出したんですか?」


「ユフィ!?何で君までここに!?というか,僕達は兄妹であって恋人じゃ……」


「そんなことはどうでもいいんです!!」




 赤く染まった刃物,血塗られた刃というべきだろうか。




 彼女はゆっくりとそれを向けると微笑んだ。




 「もういいんです……兄さんが他の女性を選ぼうと私はこれからもずっと一緒にいますから。だから,兄さん……」


「ユフィ!?落ち着こう?ねっ?」




 ゆっくりと近付く義妹を静止ようと必死になったが,後ろを振り向くと先程告白してきた赤髪の女の子は見下したような顔で笑みを浮かべていた。




 あ,もう駄目だ,これ――僕は引き攣った笑みを浮かべて来世は可愛い女の子と天寿を全うできるようにと神様に懇願してしまった。




「兄さん……〇んでください!!!」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」




 先日,義妹がお店で僕に玩具の刃物を突き立てたように血塗られた刃を突き刺すと僕は絶叫を上げた――と同時に夢から覚醒したのかベットから跳び起きた。




「……はぁ……はぁ……なんて酷い夢なんだ」




 身体中は汗まみれで気持ち悪く,先程の悪夢も合わさって憂鬱な気分になった。




「何であんな夢を見たんだろう……。それに,時間は……」




 部屋に置いていたデジタル時計を見ると時間は朝の5時前。




 部活の朝練がない一般的な高校生が目覚めるにはまだ早い時間だ。




 ――だが,生憎と自分は普通の高校生ではない。




「汗をかいてしまったけど走り込んだらまた汗まみれになるからシャワーはそれからでいいかな。――んん?」




 ベットから降りようとすると何故かベットがやたら膨らんでいるような気がした。




 まさかと思い,布団をめくると自分の隣に青い髪の女の子が寝ていたのだ。




「すぅ……すぅ……」




 未だに可愛らしい寝息を立てている女の子,義妹ユフィの姿を見て片手で顔を抑えた。




「この子は何時ベットに忍び込んだんだ……」




 正直,呆れるというよりも驚きの方が勝っていた。




 何故なら,僕が寝た時は一人であったからだ。




 要するにこの子は僕が寝静まった後に部屋に侵入――LICENSE取得者である僕に気付かれずにベットに忍び込んだということだ。




「たるんでいるつもりはないんだが,兄さん達が聞いたら驚くだろうな」




 溜息を吐くと隣で眠っていた義妹を起こそうと身体を揺すった。




「ユフィ,起きて。寝るなら自分の部屋で寝よう?」


「う,う~ん……すぅ……」




 起きる気配がないと思ったが,僕はもしやと思い訝しい目で見た。




「……ユフィ,もしかして起きてない?」




 僕の言葉を聞くと義妹はピクッと身体を震わせて起き上がるとムスッとした表情を浮かべて軽くこちらを睨んだ。




「兄さん,そこは優しく囁いて起こすのが常識だと思いますが?」




 白を基調としたワンピースのようなパジャマを着た義妹が小言を言った。




 今は髪を解いていつもの雰囲気と違い無防備な姿を晒している。




 特に,普段は黒タイツを履いているのに今はチラチラと太ももまでしかないパジャマからは白い肌が見えたりして目のやり場に困った――見慣れてはいるけどね!




「優しくって,いつ僕の部屋に入り込んだの?鍵も掛けていたと思うけど?」


「あんなの簡単にピッキングできますよ?お父さんに教わりましたから」




 ――父さぁぁん!!ユフィにLICENSEの特技を教えてどうするんだよぉぉ!!




 問題ないよと笑っている父の表情を浮かべるとますます溜息が出そうになった。




「……もしかして,怒ってます?」


「いや,怒ってはいないんだけどね。でも,ユフィもいい年頃なんだから」




 7月に入る直前,僕の女性恐怖症は完全に克服された。




 周りの協力もあったが,過剰とも言える義妹のスキンシップが一番の薬になったのは言うまでもない。




 だが,義妹はもう年頃の女の子――しかも,僕達は義理の兄妹なのだ。




 何かの拍子で間違いが起こってからでは遅い……はずなんだが……。




「私は兄さんとそういう関係になっても問題ありませんよ?お父さんやお母さんも私と結婚することは了承している,むしろ大歓迎ですので」




 何故か両親は反対もせずに義妹とそういう関係になっても了承しているという。




 僕の女性恐怖症になった経緯を知っているからという理由も大きいが,何よりも義妹がLICENSEのことを知っていることが理由である。




 余談であるが,LICENSEが結婚するには身辺調査が物凄く厳しくなり,未だに未婚を貫く人達が多いらしい。




 その反面,一般的な結婚年齢と違い16歳から結婚することができ,飲酒や乗物の運転免許など未成年であっても超法的処置によって認められていたりもする。




「ごめんだけど,ユフィを恋愛対象としては見れないよ。僕に取って君は妹であることに変わりはないからね」


「ふふ,知っていますよ。一緒にお風呂に入っても兄さんは手を出そうとしないぐらいなんですから」




 可愛らしく笑われてしまった。




 スキンシップは過剰であるが,義妹も僕のことは未だに兄として見ているのだ。




 ――おそらく,僕達の関係はこれからも変わらないだろう。




「それじゃ,私は今日も早いのでそろそろ部屋に戻りますね。兄さんは今から日課でしょうか?」


「そうだね。軽く走り込んでくるよ」


「わかりました。じゃあ,時間があれば兄さんの分まで真哉さん達のお手伝いをしておきますね」




 ベットから立ち上がり部屋を出ようとすると微笑みながらそう言った。




 風紀委員会の仕事で忙しいはずなのに時間があればお店の仕込みやフロアの手伝いをしたりもしている。




 それなのに,成績は常に学年トップ,本業ではなくなったが趣味で続けている仕事もあるのにちゃんと自分の時間は取っている。




 僕の方がストイックな生活をしていると注意されているが,この子も同様に凄い生活を送っているんじゃないかと思った。




「どうしたんですか?急に笑ったりして?」


「何でもないよ。それじゃ,少し走り込んでくるね」


「はい――あ,それと忘れていたことが……。」




部屋を出ようとした義妹は自分に近付くと右頬に軽く口付けをした。




「おはようございます,兄さん♪」


「ん,おはよう,ユフィ」




 僕もいつも通り義妹の右頬に口付けすると満足したのか,部屋を出て行った。




 ――女性恐怖症を克服するために日課として毎日していたこと。




 傍から見れば何処の熱愛カップルだと言われるかもしれないが,慣れと言うのは恐ろしい物である。




 こんな関係であるのに僕達は兄妹であり続けているのだ。




「それにしても,今朝の夢は本当に何だったんだろう――って,理由はどうみてもこの間のお店でのあれだよね」




 ランニングウェアに着替えながらデジタル時計に映っていた日付を見た。




 護衛対象である彼女――常盤美陽から依頼内容を聞いてからの初めての土曜日。




 僕は今日,彼女達とお昼頃から遊びに行く約束をしているのだ。




「それにしても,別の意味でとんでもない依頼を受けてしまったものだな。伊澄本部長も依頼の内容を知らなかったのか,無茶苦茶困惑していたし……」




 彼女から出された依頼――自分の恋人になって欲しいという依頼内容を思い出すと僕は苦笑しながら部屋を出てジョギングに向かったのだった。

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