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優香と由紀は、前田耕市の元へ向かった。
都内の病院にいた。
「次は、前田耕市さん。55歳。病死かぁ」
「私のお父さんと同じ年だよ」
「由紀のお父さん? 何か、複雑だよね」
「うん。どんな病気だったの?」
「えっと、肺ガンだって」
「苦しかっただろうね……」
「うん……って、私たちに同情されてもね」
「確かに、私たちも死んでたんだったね」
「よーっし。行こうか」
「うん」
二人は、病院内に、入った。
生きてる人と死んでる人が交差する廊下は
不思議な感じの光景である。
歩いていると、どうしても生きている人間にぶつかってしまう由紀は、そのたびに謝っていた。
「わ! すみません」
「由紀、生きてる人には、ぶつからないって」
「分かってるけど、なんか避けちゃうよぉ」
「分かるけどね」
「前田さんって、どこにいるの?」
「聞いてみよっか」
「生きてる人に?」
「生きてる人に話しかけたら怖がられるでしょ」
「優香ちゃん。頭いい!!」
「……はぁ」
そこに、看護士の格好をした女の人がいた。
「あの人、生きてる?」
「いや。すけてるから、死んでると思うよ」
二人に気づいた、看護士さんは、こっちに近づいてきた。
「なに?」
「あの。私たち、天国からの使いです。」
「私?」
「いえ。前田耕市さんて、どこにおられます?」
「あぁ。こうちゃん? 五○三号室にいるよ」
「ありがとうございました」
「いえいえ。でも、こうちゃん、まだ、行かないわよ。天国には。」
「どうしてですか?」
「それは、本人に聞いてみたら?」
「そうですよね」
謎の言葉を残し、看護師の幽霊はどこかへ歩いて行った。
二人は、看護師が教えてくれた、五○三号室に着いた。
「すみま……」
「ロン! やったねー。俺の勝ち」
部屋の中を覗くと……麻雀をしていた。生きている人間は寝ているのに、死んでいる人間は麻雀とは、凄い異様な空気だった。
「また、まっさんに負けたぁ」
「ほれほれ。一発、満貫で、一万六千点になるな」
「もしも~し」
由紀の、声にやっと一人のオジサンが反応してくれた。
「ん? 何だよ。いいところなんだから」
「前田さんどちらにおられます?」
「おれだけど?」
「初めまして。天国から、参りました。これ、案内状です」
「意外に早くきたな」
そういう、前田は嬉しそうな顔では無かった。
「でも、二年かかっての案内状みたいですけど?」
「もう、二年かぁ。でもな。嬢ちゃん悪いけど。俺いかないよ?」
「どうしてですか?」
「見つかってないから」
「落し物ですか?」
「落とし物っていえば落とし物かな?」
「何を落としたんですか?」
「……記憶だよ」
「記憶?」
「そう。一番忘れていけない記憶を忘れちまったんだよ」
前田は、くやしそうな……悲しそうな顔で、どこか遠くを見つめた。
「お手伝いさせて貰えませんか?」
「ん?」
「その、記憶を探させて下さい!」
「俺でも、二年かかって、見つからないのに、嬢ちゃんたちに見つかるとは思えないがな。でも、このままって訳にも行かないから、頼めるか?」
前田は、嬉しそうな顔をして立ち上がった。
「おまかせあれ!」
優香と由紀は、ガッツポーズを前田に向けた。
「それで、どの記憶を落とされたんですか?」
「かみさんが、五年前に死んでな。約束したんだ。俺が死んだら、約束の場所で待ってるから、迎えに行くって……」
「何か。ロマンチックですね」
「由紀、こういう話好きだよね」
由紀は、嬉しそうに前田の話に食いついて聞いていた。
「えへへ」
「その場所はどこなんですか?」
「嬢ちゃん、俺の話きいてる? 記憶を探してるんだって。その場所が分かってたら、二年もかからないよ」
「あぁ……そうですよね」
「だったら、こんな所で、マージャンしてないで、いきますよ!」
由紀は、張り切って前田を後ろから押した。
三人は、病院を出て、前田の実家に行くことにした。
病院から三十分した所に、前田の家はあった。
「ここが、前田さんの家?」
「あぁ。今は、長男夫婦が住んでるけどな」
「中入っても大丈夫かな?」
「不法侵入にならない?」
「いや、ならないでしょ。見えてないし」
「そっそうだよね……」
「おじゃましまーす」
家の中は、広くてレトロな感じの家だった
「前田さんの部屋はどこですか?」
「奥の座敷だよ」
「ここかな?」
由紀が一つの部屋を見つけた。
「優香ちゃん。あかない……」
一生懸命、ドアに手をかけようとしている由紀の姿を見て、優香は溜息が出た。
「通り抜けたら?」
「おぉ! 優香ちゃん頭イイネ!」
「あんたが抜けてるの!」
優香たちは、ドアをすり抜けた。
前田の部屋は六畳の和室。
タンスの上には、女性と写る前田の写真があった。
「こちらが奥様ですか?」
「あぁ。美人だろ?」
「本当。お上品な感じがしますね」
「自慢の女房なんだ!」
「あはは! 前田さん真っ赤」
「かわいぃ」
「う……うるさい」
前田は、真っ赤な顔をして後ろを向いた。
「いろんな場所で撮った写真があるけど、この中には思い出の場所ってあるんですか?」
「ここに写ってる場所は全部いったんだよ」
「奥様、いなかったんですか?」
「あぁ。」
「もう天国にいるとかじゃなくて?」
「いや。あいつは約束は必ず守るから」
「んー。優香ちゃん。電話してみたらどう?
一応天国のアリスさんに聞いてみないとダメ
だし?」
「そうだね。聞いてみるよって、電話どこにあるの?」
「ほら。渡されたバッチに電話機能あったよ」
由紀が指刺す方を見ると、最初に渡されたバッジに電話機能と書かれたボタンを発見した。
優香は、早速ボタンをおしてみた。
「えーもしもし?」
『はいはい何ざます?』
「そちらに。前田……誰でしたっけ?」
「恵理子だ」
「前田恵理子さんって入室してます?」
『ちょっと待って欲しいざます』
一分後
『こられて無いざますわよ』
「そうですか。ありがとうございますざます」
『真似しないでざます!』
アリスは、怒りながら電話を切った。
「あーあ。アリスさん怒らせたら後がこわいよ」
「いいのよ。何なら焼き鳥にするから!」
「おいしいかな」
「きっと脂肪ばかりだから、まずいよ」
「きゃはは!」
「お~い。忘れてないかぁ~?」
二人で盛り上がっていると、前田が笑いながら会話に入ってきた。
「ん? あぁ。忘れてた」
「で、思い出せました?」
「この短時間で思い出せるわけないだろう」
「ん~。ちなみに、今までどの思い出の場所にいったんですか?」
「新婚旅行。初デート。告白した場所ぐらいかな?」
「他にあるのかなぁ?」
「わかんないなぁ」
家から出て、門の前で三人で話していた。
「あら? 前田さんじゃない?」
三人で考えていると、七十歳くらいの、御婆ちゃんが声をかけてきた。
「おぉ! 隣の鈴木の婆ちゃんじゃないか! 元気か?」
「やだよぉ。まっさん。お互い死んでるじゃないの」
前田さんの背中をバンバンと笑いながら叩く鈴木さんに、前田さんは少しホッとした顔をした。
「そうだったな」
「あんた。まだ奥さん見つけてないのかい?」
「そうなんだよ。あっちこっちいったんだけどな」
「あんた。大切な場所忘れてるんじゃない?」
「大切な場所?」
「そう。女の人にとって、一番大切な場所だよ」
「どこか知ってるの? おばあちゃん」
少しでも情報を知りたい優香は、鈴木の婆ちゃんに聞いた。
「ふふふ。そら、だてに年はとっとらんよ」
「どこ? 教えて下さい」
由紀も、必死に頭を下げてお願いをした。
「お嬢ちゃん達にも分からないのかい? まだまだだね。自分たちで探すんだね。さてと、里帰りも終わったことだし、天国のアパートに帰ろうかね」
そういうと、お婆ちゃんはイケメン二人に連れられて天国にいった。
「あのイケメン……なに?」
「さぁ?」
あまりの美形に、優香と由紀は、見とれていた。
ハッと、我に返った二人は、顔を見合わせて苦笑いをした。
「一番大切な場所。」
「優香ちゃん分かる?」
「えっと……あ! 分かった!」
「なになに?」
「出会いの場所だよ! 出会い!」
「そっか! 確かに出会った場所って大切だし、忘れられないよね」
優香は、急いで一人でブツブツと話しながら考えている前田さんに駆け寄った。
「前田さん! 奥さんと出会った場所どこ?」
「出会った場所? ちょっと待って……おぉ! 思い出した。」
そういうと、前田は、大急ぎで走り出した。
「まってー!」
「前田さん!」
二人の声は。耳に届かず、前田は走る。奥さん、恵理子と出会った、あの場所へ……
走る事三十分。意外な場所に前田と優香たちはついた。
「ここは……」
そこは、電車のホームだった。
「どうして。ホームなの?」
「さぁ……」
前田は、キョロキョロ周りを見ると、目が急に輝きだした。
「恵理子!」
前田が叫ぶ先には、女性がベンチに座っていた
「……あなた?」
女性は、前田をみると、ゆっくりと立ち上がった。
「恵理子」
「意外に早かったのね」
優しい笑顔で見る女性は、写真の女性だった。
「いや……三年かかった」
「ふふふ。忘れちゃってたのね」
「ハハ……あぁ。ダメだな」
「あなたらしいわよね。ねぇ? この場所覚えてる?」
「俺らが出会った場所だな。」
「そうね……」
「終電待ってたら、花を持ちながら鼻水流して隣に座る女がいて……」
「鼻水は出てませんよ」
「いや。出てたな」
二人は、再びベンチに座った。
「あなたなんて、ネクタイ頭に巻いてましたよ」
「酔っ払ってたんだよ」
「ふふ。泣いてる私にハンカチ渡してくれてね『涙はいつか笑顔に変わる。だから、いっぱい泣いたらいっぱい笑顔になるから泣きなさい』そう言ってくれたわね。」
「そんな臭い台詞いったか?」
「いいましたよ。」
「そうか?」
「そのとき、私は、貴方に恋をしたのですから」
恵理子の言葉に、前田は耳まで真っ赤になった。
「もし、生まれ変わっても、また私を妻にしてくれますか?」
「当然。俺にはお前しかついてきてくれないからな」
「ですね……あなたの面倒は私にしか見れませんね」
そんな二人を遠くで見てる、優香と、由紀。
「何か感動してる。ね? 優香ちゃ……え!」
隣の優香を見た由紀は……鼻水を流して泣いている優香に、少し引き気味でティッシュを渡した。
「優香ちゃん……鼻水」
「ありがどう。」
二人の元へ前田と恵理子が戻ってきた。
「嬢ちゃんたち!」
「はい」
「恵理子。この二人が、天国の使いの二人だ」
「初めまして。妻の恵理子です」
「天国の使いの優香ちゃんと、私、由紀です」
「あなたたちが? そう。」
恵理子は笑顔で二人に頭を下げた。
「あぁ。そろそろ行く時間だな」
「そうですね」
「嬢ちゃん。ありがとうな。」
「いえ……力になれず」
「いや。妻と二人で行けるなんて、良かったよ。あのままだったら、ずっと会えなかったし」
「そうですよ。ありがとうね」
前田と、恵理子は二人に頭を深々と下げた。
「いえ。では、これ」
由紀は手紙を渡した。
「ありがとう」
前田と、恵理子は、手をつなぎながら、天国の階段へとあるいっていった。
「いっちゃったね」
「うん。私、恋しとけばよかったなぁ」
「優香ちゃん。彼氏いなかったの?」
「そうだね……色々あったかな」
「なになに? 気になる!」
「由紀は?」
「え? ひ・み・つ」
「ずるーい。」
「いつか話すから。さて、最後は、香川 杏 三歳! 三歳だって」
「複雑だな」
「そうだね」
二人は、香川杏ちゃんの所へと移動した。