第四回『魔法警察』
彼女は正義の体現者だった。
魔法警察。
異世界で起こるあらゆる魔法事件に対し、あらゆる魔法や魔法道具を行使して解決に導く。
時に高度な魔法戦を。
魔法の世界で人々の平和の側にいる。
それが魔法警察。
人通りの増え始める七時。
白を基調とした魔法警察の制服姿の女性がいた。
腰には黄金と黒の彩飾が施された剣を携え、白い帽子をした女性。
腕を大きく振りながら大通りを歩いていた。
「大丈夫。今日も正義が君たちの側にいる」
道行く人に次々と宣言する。
恥じらいはなく、誇りを感じている。
「私はビクトリア。悪を見つけたら私に知らせなさい。どんな相手も私の魔法で懲らしめてあげるわ」
いつものことなのか、彼女の行動を道行く人は皆受け入れていた。
微笑ましく見つめる人や手を振る人、名前を呼んで声をかけてくれる人など、様々だ。
ビクトリアは元気をもらい、よりいっそう声を張り上げる。
ビクトリアに見入っていた男がいた。
男の背後から忍び寄った人物が男の持っていた鞄を奪い、走り去った。
風魔法によって自らに追い風を吹かせ、あっという間に遠くへ行ってしまった。
その一部始終を彼女は見逃さなかった。
「正義始動」
膝を曲げ、走り出す。
ビクトリアは稲妻のような速さで大地を疾走し、数秒もしない内にその人物の真正面に立ち塞がった。
その人物は慌てて進路を変えるが、既に遅かった。
剣を抜くと同時、雷鳴が轟く。
「残念だったわね。悪は正義に敗れるの」
まるで雷が横殴りに降ったように大地はえぐれ、鞄を盗んだ人物は全身が痺れ、指先一本も動かせず倒れた。
外傷はなく、全身に電気が走っただけ。
鞄はビクトリアの手の中だった。
「これあなたのね。無事で良かったね」
追いかけていた男に、ビクトリアは鞄を返した。男は笑顔でお礼を言った。
「ありがとうございます。やはりあなたのような方が居てくれるだけで安心して暮らせます」
ビクトリアは満面の笑みを浮かべ、胸を張る。
「安心しなさい。どんな悪にも私は屈することはない。なぜなら私は正義の体現者ビクトリア。悪には必ず勝利する」
後ろでド派手な爆発でも起きそうな佇まいで宣言する。
誇らしく宣言するが、後に先輩魔法警察が駆けつけ、不必要に地面を破壊したビクトリアは叱られる。
ただのスリに対し、もっと穏便でスマートな方法があったのは事実だったからだ。
「行き過ぎた正義はもはや悪だよ」
「大丈夫。いつだって私は正義の味方だから」
噛み合わない会話に先輩魔法警察はため息を漏らす。
そんなことを気にも留めず、ビクトリアは堂々と胸を張る。
「私は正義を闊歩する」
ビクトリアのテンションは変わることはない。
とうとう先輩魔法警察は説教をやめ、現場の処理へ戻る。
♤
九時頃。
魔法警察本部の食堂。
ビクトリアは同期の魔法警察のネオプテレと朝食を食べていた。
「ビクトリア、始末書はもう書いたのか」
「いいえ、書いてません」
「さすがにまずいだろ。ってかこれまでの始末書も書いてなかったりしないよな」
「始末書なんて一度も書いていませんよ。だって私は正義を振るっているだけなんですから」
「こりゃ駄目だ」
ネオプテレは呆れ顔を包み隠さずに見せる。
「このままじゃいつかクビになるかもな」
「たとえ魔法警察でなくとも、私から正義がなくなることはない」
ビクトリアは魔法警察であることに固執していないようだ。ただ正義を行えればいいと思っている。
そんなビクトリアにネオプテレはどう言葉を返せば良いか迷っていた。
「ネオプテレさん、今度一緒にパトロールしましょうよ」
「私はここ最近忙しいから無理だな」
「仕事ですか?」
「ブラックマーケットの調査だ」
「確かなんでも揃ってるっていう闇市場ですか。禁忌魔道書や使役不可能モンスター、呪いの道具など、あらゆるものが揃ってる。その中には違法なものも多数存在している」
ブラックマーケットは魔法的治安を取り締まる魔法警察、都市全体の治安を守るギルドでさえ手を焼く市場。
固定の市場を持たず、場所を転々として販売を行っている。時にブローカーが特定の人物とひそかに取引を行い、時に経営が傾いた企業に取引を持ちかけ傀儡にしたり、様々な手法をこらし、捜査の手から逃れている。
「どうやらそこに現役の魔法警察が関わっているらしくてな」
「それはブラックマーケットの悪事に加担しているってことですか」
「らしいな。証拠は何も掴めていない。ただ魔法警察だけが知っているようなことがブラックマーケットに売られていたってだけだ」
ネオプテレは事件解決の糸口が見えておらず、捜査は難航していた。
「確かに大変ですね。私が協力しましょうか」
「断る。お前が関わったら最悪なことになりそうだ」
ブラックマーケットを調査し、消息不明になった者は数多くいる。
ビクトリアが関われば、派手な動きをされ、同じ道を辿るとしか思えなかった。
「ビクトリアは今日の仕事はなしか」
「ええ。なので通報待ちですかね。できれば平和が何よりなんですが」
「それには賛成だ」
平和を願うのはお互いに同じなのだろう。
ただ手段が違うだけ。
ビクトリアは正義の赴くままに、ネオプテレは魔法警察としての規則をこなす上で。
「誰もが誰もに『ありがとう』って心から言える世の中になればいいのに」
ビクトリアはただ願った。
平和を。
その瞳を、ネオプテレは静かに見守った。
♡
十二時三十分。
ビクトリアはこの時間まで都市を走り回っていた。都市で異常が発生していないか見回るためだ。
終始走り続ける体力はなく、三時間走ったところで息を切らし、休息をとっていた。
ギルド都市西大通りに生え揃う聖光樹。その下のベンチに腰掛け、ビクトリアは資料を読んでいた。
読んでいた資料はここ数日の事件や未解決事件の内容。
パトロールの合間にこのベンチで事件資料を読むことが、彼女の日課となっていた。
「事件は未だゼロにはならないか。少し、悲しいな」
資料を読むビクトリアの目は悲しげだった。
資料に風がなびき、パラパラと捲れる。すぐに手で制止したが、何枚か捲れてしまった。
止まったページに目を落とす。
「これは……」
その資料にはある事件とその犯人の詳細が綴られていた。
事件が起こった場所は雪解け旅館。ある男が何者かによって殺害された。後頭部を殴られたようだが、凶器は見つからず、犯人は分からなかった。
「未解決か……」
その資料はビクトリアにため息を吐かせる。
次のページに手をかけようとした時、異世界端末が振動する。
それは魔法警察に特注されたもので、遠隔での会話はもちろん、情報の共有や権限魔法の使用が可能。
端末を起動し、魔法警察本部から指令が届いていることに気づく。
『ビクトリア魔法巡査
殺人事件が発生した。現場からは魔法の痕跡が確認されている。至急、本部第三会議室へ』
指令を一読する。
拡張魔法が付与されたポーチに資料を詰め、ベンチから腰を上げる。
「さて、」
直後、雷の如く大地を疾走する。
誰の目にも止まらないほど、残像さえ残さないほど速く駆ける。
一分とかからず魔法警察本部第三会議室まで到着した。
第三会議室には、男が一人、魔法ボードの前に立っていた。
ボードには既に幾つもの写真が貼られ、言葉が書かれている。だがそれほど多くはなく、まだ事件の詳細は分かっていないことが窺える。
「ジャスティス魔法警視長。おはようございます」
「すぐに来ると思っていたよ」
指令を通達してから一分も経っていない。
それでも魔法ボードに情報を掲載している。
ビクトリアの行動を予期し、事前に準備していたのだろう。
「早速だが事件について伝える。事件が起こった場所は都市の外れにある雪解け旅館」
「雪解け旅館……っ!」
ビクトリアはつい先ほど見た資料が過る。
「遺体発見時刻は十二時。密室殺人のようだ。残る情報は今送信した。犯人を捜し出せ」
「任せてください」
ビクトリアは真剣な表情でジャスティスに言い放つ。
ジャスティスは頷き、事件を託した。
「期待しているぞ。ビクトリア」
ジャスティスは、不安を滲ませながら、それでも不安を見せないように言った。
ビクトリアは笑顔で感謝する。
「ありがとうございます」
♡
十三時。
雪解け旅館に到着したビクトリアは、旅館を見て驚いた。
なぜか旅館の周囲だけに雪が降っていたからだ。
見上げれば、晴天と雪天が白と黒のようにはっきりと分かれている。
「いったい何が……」
ビクトリアは降ってくる雪を指先で取り、においや色を観察する。
「わずかだけど魔法のにおい。ってことは、これは魔法によって降らせてるのか」
ビクトリアはポーチから虫眼鏡を取り出す。
その虫眼鏡は魔法警察専用の道具である──魔力虫眼鏡。
魔力虫眼鏡越しで観察すると、魔力の流れを視認できる。雪を見ると、微かに魔力を纏っていた。それは一つだけでなく、しんしんと降り続ける全ての雪に魔力が備わっていた。
それだけでなく、旅館の中央から上空に向かって魔力が流れている。
「この雪降らしのシステムは旅館にあるみたいだね。今回の事件で魔法が使用された可能性が高いみたいだけど、この雪降らしのシステムが影響していないといいけど」
魔法警察は魔法が使用された痕跡や時刻を辿ることができる。
雪降らしのシステムが厄介なことになる可能性も捨てきれない。
ビクトリアは旅館を見回す。
旅館の周囲には監視カメラが取り付けられている。
「外での犯行はできなそうだ」
旅館を観察しながら中へ入っていく。
旅館内には既にギルド警察局の人物が立ち入っていた。
ギルド警察局は事件全般を担当する。
魔法警察は魔法事件を専門とする。
多くの場合、魔法事件では魔法警察が主導となってギルド警察とともに事件解決へ望む。
「ビクトリア魔法巡査ですね。私はギルド警察局警視玉置です。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
黒を基調としたギルド警察局の制服を着た男が一歩前に出た。
「事件調査の進展はどれくらい進みましたか」
「殺害現場と殺害された人物の身元確認、客と従業員への事情聴取は済みました」
「分かりました。ではそれらを聞かせてもらえますか」
「はい。では殺害現場へ案内します」
二人は丁寧な口調で言葉を交わす。
玉置の案内で殺害場所に移動する。
場所は旅館三階の客室。旅館は三階建て。
部屋は綺麗な様子で、荒らされた形跡はない。
鍵がかかった窓の際に、男が後頭部から血を流して倒れていた。
「死んでいるんですか?」
「はい。死亡時刻は十一時三十分です。ちなみにほとんどの従業員はアリバイがあるため、犯行は不可能です」
「犯行が不可能だと断定できるアリバイがないのは何人いますか」
「三人の宿泊客と一人の従業員です」
容疑者は四人。
「その中で殺害された人物と関係がある者はいますか」
「いえ、一人もいません」
「動機は不明か。嫌な事件だ」
誰一人殺害された人物と関係がないと聞き、ビクトリアは眉間にシワを寄せる。
「魔法の痕跡があったということですが、どこにあったのですか?」
「後頭部です」
「凶器は見つかっていますか?」
「いえ、未だ捜索中です」
「凶器に魔法が関わっている可能性が高いですね。であれば見つからない可能性もある」
ビクトリアは過去の事件を思い出す。
魔法では、適正や練度さえあれば鈍器を生み出すことは可能である。魔法によっては創造した鈍器は時間制限で消失することもある。
そのため、魔法犯罪の捜査には苦戦が強いられる。
「殺された人物の身元は分かりますか」
「殺された人物はギルド警察局警部深夜さんです」
「え……っ? ギルド警察局……!?」
「彼は、私の部下です」
玉置は表情を一切変えず、そう告げた。
ビクトリアは動揺するが、玉置は動揺していない。
ビクトリアはそれについてもっと質問したかったが、玉置を見て訊くのをやめた。
「では、アリバイに証拠がない四人のもとへ行きましょう」
玉置は極力死亡した深夜には目を向けないようしていた。
ビクトリアは玉置の指示にすぐに頷き、四人のもとへ向かった。
どこか、玉置の足取りは重く感じた。
四人のもとに行く前に、深夜の部屋周辺の防犯カメラ映像を確認する。
深夜の部屋の扉がある廊下。
十一時から十二時に乙坂が来るまで、誰も部屋に近づいていない。
となると、侵入経路は別にある可能性が高い。
一人目。
深夜の隣の部屋に宿泊していた伊万里。
桃髪をツインお団子にしている女性。ギルド都市でも名門のギルド受付嬢専門学校に通っている学生。
彼女の証言では、十一時から十二時は部屋で眠っていた。証明する人物はいない。
「伊万里さん。魔法は使えますか」
「うん。使えるよ」
「どのような魔法を使えますか」
ビクトリアは質問するとともに、ポーチから手のひらサイズの球体を取り出した。内部には透明な液体が満遍なく詰まっているようだった。
「それは?」
「魔法虹玉です。これで指定時間内に使用した魔法の属性が分かります。同じ魔法が使用された場合、虹色に光ります」
時間の指定は液体に込めた魔力量によって決めることができる。
ビクトリアは時間を二時間以内に設定する。
現時刻が十三時程度であるため、犯行時刻の十一時までの間に魔法を使用したかが分かる。
ビクトリアが手に持つと、液体は黄色に変わる。
これは旅館に向かう際に雷属性の魔法を使用したためである。
火属性は赤色に、水属性は青色というように、属性によって色は決まっている。
魔法虹玉を伊万里に渡す。
伊万里が持つと、魔法虹玉は灰色に変わる。
「未分類属性の魔法。つまりあなたが二時間以内に使用した魔法は無属性魔法ですね」
「そうだよ。私は物体を固定させる魔法を使ったんだよ」
伊万里は隠す様子はなく、言った。
「実践して見せてはくれませんか」
「いいよ。じゃあこの置時計を固定するね」
伊万里は壁際に設置された本棚に近づく。無造作に並べられた本。本棚の上には置時計が置かれている。
伊万里は置時計を持ち上げる。重い物でもないので、当然軽々と持ち上がる。
置時計を棚に戻し、数秒触れる。
魔法虹玉は虹色に光る。
二時間以内に使用した魔法と同じ魔法を使用したのだろう。
「これでおしまい。置時計を持ち上げてみて」
一見無造作に置かれた置時計。
固定されているようには見えない。
ビクトリアは置時計を掴み、持ち上げようとする。が、置時計は動かない。
どれだけ力を入れても、置時計はびくともしない。まるでそこだけ時間が止まっているかのように。
「これが、物体を固定する魔法ですか」
「うん。凄いでしょ」
伊万里は誇らしく胸を張る。
「魔法はいつ、どういう目的で使用したんですか」
「寝る前だから十一時くらいかな。誰も部屋に入ってこないよう扉に魔法をかけたんだ」
ビクトリアはポーチからライターを取り出し、扉に火を向ける。すると扉には手形が浮かび上がった。
「また新しい魔法道具ですか」
「魔法ライターといって、指定時間内に物体に施した魔法の痕跡を視覚化できます」
ビクトリアは固定された時計を見て頭を巡らす。
「例えば、空中で物体の動きを止めることは可能ですか」
「できないよ。私はあくまでも物体と物体を固定する能力。固定する場所がなければ無理」
「液体を固定することは可能ですか」
「できるよ。やろうと思えば水溜まりの上だって歩ける」
「どれくらいで解除されるんですか」
「込めた魔力量にもよるけど、最大で一時間かな。私の魔力量じゃそれが限界だよ」
ビクトリアの質問に対し、伊万里は間を空けずに淡々と答える。
伊万里は次の質問を待っていたが、ビクトリアは静かに腕を組み、言葉を発する様子はない。
しばらくして、口を開く。
「最後に質問ですが、本はよく読まれるんですか」
「普段はよく読むけど、旅行に来てまでわざわざよまないよ」
「そうですよね」
ビクトリアはにっこりと微笑む。
「ご協力ありがとうございました」
伊万里への追及を終える。
伊万里へ一礼し、次の容疑者のもとへ向かう。
二人目。
深夜の正面の部屋に宿泊していた生駒。
白狐のような白い髪を持つ女性。普段は神社で巫女をしている十六歳の少女。
彼女の証言では、十一時から十二時の間は旅館を歩き回っていた。玉置から受け取った館内の監視カメラ映像に記録は残されているが、死亡時刻の十一時半前後には監視カメラには映っていない。
「十一時半、あなたは屋上へ行っています。何をしていたのですか」
屋上のカメラは数日前に壊されており、何をしているか分からない。
屋上には雪降らしの装置があるだけで、後は何もない。
生駒はモジモジし、視線を右往左往していた。
「わ、私は、ただ景色を見ていたんです」
確かに、眺めるだけの価値はある景色が屋上からは見える。
一面雪の世界が広がり、真っ白い世界が見える。
だが屋上には二十分以上滞在していた。屋上からロープを垂らし、深夜の部屋に窓から侵入することは可能だ。
「本当です。景色を見ていただけなんです」
「では、これを持ってください」
ビクトリアは魔法虹玉を生駒に差し出す。生駒が魔法虹玉を手にした途端、変色を始める。
「赤……?」
「生駒さん、あなた、この二時間の間に火属性魔法を使用しましたね」
「……な、なんで?」
生駒は訊き返す。
「この魔法虹玉は二時間以内に使用した魔法の属性を教えてくれます。いつ、何のために使用したんですか」
「それは……寒かったから。だから火属性魔法で自分を温めたの」
生駒は冷や汗を流していた。
手足をバタバタさせ、慌てている。
「屋上へ行きましょう。何か分かるかもしれません」
玉置に案内され、ビクトリアは生駒とともに屋上に向かった。
屋上には雪降らしの装置がある。
大きな暖炉に煙突がついている。
「玉置さん。これの仕組み、分かりますか」
「はい。これは暖炉が燃え続けることで煙突から雪の源を水蒸気で上空に打ち上げます。それがこの旅館の上空一定距離にある空気層に触れると、雪となって降り注ぎます」
煙突からはうっすらと白い空気が上空に打ち上がっているように見えた。
ビクトリアは暖炉の前にしゃがみこむ。
「なぜ暖炉が燃え続けると雪の源が上空へ打ち上がるんですか」
「まず暖炉に魔法で作った雪の源を入れ、燃やします。それが雪となって降り、降った雪は地面に刻印された制限付きの魔法陣によって暖炉に転移され、それを繰り返します」
玉置の説明を理解した上で、ビクトリアは暖炉を指差す。
「ここに火属性魔法を打ち込めば、雪の降る量を増やすことはできますか」
「はい。しかし限度があり、猛吹雪になる程火力が上がれば自動的に雪降らしのシステムは停止します」
ビクトリアは魔法ライターを暖炉にかざすが、当然のように魔法の痕跡が浮かび上がる。
魔法を使った装置であるため、浮かび上がらない方がおかしい。
「私が来る前にシステムは停止しましたか」
「いえ、停止していません」
ビクトリアは再び腕を組み、黙考する。
暖炉と長い間睨み合う。
「最後に質問です。あなたが今手に持っているのは御守りですか」
「う、うん……」
ビクトリアはしばし御守りを見つめる。
「ご協力ありがとうございました」
生駒へ一礼し、屋上を去る。
三人目。
深夜の部屋の真下の二階に宿泊していた氷川。
氷のように冷たい目を持ち、氷のように透き通る肌を持つ男性。普段は魔法建築会社で勤めている二十代の大工。
彼の証言では、十一時から十二時の間は温泉に入っていた。
温泉は深夜の部屋の真下の一階にある。
「まず確認します。あなたは温泉で魔法を使いましたか」
「ええ」
氷川が魔法虹玉を持つと、水色に変化する。
氷属性魔法の色だ。
「では実際に見せてもらえますか」
「分かりました」
そう頷き、氷川は洗面所に向かった。洗面所に水を張り、その中に手を入れる。
たちまち水は凍りつく。
魔法虹玉は虹色に光る。
「なぜ温泉でそのような魔法を使用したのですか」
「この温泉の氷風呂は氷風呂という割にあまり冷たくなかったんですよ。なので魔法を使って温度を下げたんです」
「では温泉へ向かいましょう」
温泉に到着。
温泉は事件発生のため使用不可となっており、後に誰の侵入も行われていない。
温泉は男湯と女湯に分かれており、それぞれ窓が高い位置にある。水面を足場にすれば届く。
人が通れるほどの窓を抜ければ、旅館の裏に出る。見上げれば、深夜の宿泊していた部屋の外壁が見える。
事件時刻に温泉に入っていたのは氷川一人。
「さすがにここを登るには難しいか」
周囲を見渡すが、監視カメラの類いはない。侵入経路は外壁なのだろうか。
だが前提として窓には鍵がかかっていた。窓から侵入したとすれば、どのように鍵を閉めたのか。
次に向かったのは氷風呂だった。
ビクトリアは氷風呂に手を入れた瞬間、飛び上がった。
「冷たぁ!?」
氷川が魔法を使用した後だからなのか、氷風呂は異常に冷たかった。
「氷川さん、あなたも触れてみてください」
「はい」
氷川は氷風呂に手を入れる。
だがビクトリアのようにすぐに手を出さず、むしろ気持ち良さそうに手を入れ続けた。
「まだ魔法の温度は保たれているみたいですね」
「こ、この温度に身体を浸すんですか」
「この程度他愛もない。本当はもっと冷たくしたかったが、ある程度旅館側に配慮したんですよ」
「冷たくしてる時点で配慮もないと思いますよ」
氷川は何も反論しなかった。
ビクトリアは冷たい水にライターをかざす。水面には魔法の痕跡が残っている。
後に従業員の乙坂へ確認したところ、氷風呂の温度は規定の温度よりも冷たいことは一瞬で分かった。
「最後に質問させてください。温泉は気持ちよかったですか」
「まあまあだな」
「私も今度行こうかな」
ビクトリアは温泉をじっと眺める。
「ご協力ありがとうございました」
氷川へ一礼。
最後の容疑者のもとへ向かう。
四人目。
遺体の第一発見者である二十代の従業員の乙坂。
死体を見ても動じなかったという男性だ。
彼の証言では、深夜に十二時に起こすように頼まれていた。そこで部屋に入り、遺体を目撃した。
「この旅館で働く前に何かされていたんですか」
「死体回収者をしておりました」
「死体回収者?」
「はい。ダンジョンなど危険な領域で死んだ冒険者の回収を行うのが主な仕事です」
乙坂が死体を見ても驚かず、冷静にフロントと警察へ報告したのは見慣れていたからだろう。
「ここ二時間で魔法は使用しましたか」
「いえ」
「ではこれを持っていただけますか」
乙坂は魔法虹玉を持つが、色は変わらない。
どうやら本当に魔法を使っていないらしい。
「遺体発見時、何か変わったことはありましたか」
乙坂は遺体発見時のことを思い出しながら考える。
しばらくして思い当たることがあったのか、口を開く。
「そういえば十一時半でしょうか。窓が割れる音がしたんです。それで部屋一つ一つ扉をノックして聞いて回ったんですけど、全員寝ていたのか、一人も反応しなかったんです。それで外から見たんですが、どこの窓も割れていなかったんです」
「気になりますね」
ビクトリアは顎に指を当て、視線を落とす。
「その指はどうしたんですか」
乙坂の右手の五指には包帯が巻かれていた。
監視カメラ映像では、十二時に部屋に駆けつけた際にも包帯はしていた。
「火傷してしまったんです」
「なぜですか」
「雪がわずかに強くなったので暖炉を確認したところ、火力が上がっていたんです。予想以上に火力が上がり、指を火傷してしまいました」
乙坂はこの旅館に勤めて二年が経った。わずかな雪の量の変化にも気づくことができる。
ビクトリアは乙坂の証言を聞いてある疑問に確信を得た。
「やはり生駒は雪降らしのシステムに干渉している」
だが目的は不明。
生駒がその事実を隠すのは、今回の事件に関係があるからだろうか。
「ご協力ありがとうございました」
乙坂へお礼を言う。
ビクトリアは事件を整理するため、再度屋上へ向かった。
◇
雪降らしの装置の前に座り込むビクトリア。
容疑者全員の証言を聞き、頭の中で整理していた。
そこへ、玉置が歩み寄る。
「何をしているんですか?」
「確認していたんです。暖炉に溶ける雪は、通常の火力では一時間に二、三握り程度」
「それが事件に関係するんですか」
「関係あるかは分からない。だが入手できる限り全ての情報を入手すれば事件解決の糸口を手に入れられる気がするんです」
ビクトリアは暖炉を眺め、推理する。
揺らぐ火を見つめ、事件を整理する。これまでの証言や行動を思い返す。
「…………ん?」
ビクトリアは違和感を感じていた。
何か見落としている気がしていた。
その正体は分からない。だが確実に見落としている。
「玉置さん、もう一度防犯カメラ映像を確認しましょう」
「ええ、分かりました」
玉置は分からなかった。
だがビクトリアには明確な目的があった。
防犯カメラの映像を確認する部屋。
そこで映像を管理する人物が今日の映像を画面に映し出す。
映し出しているのは十一時からの映像。
手際がいい。と言われそうな対応だったが、ビクトリアは言う。
「見せてもらいたいのは十一時以前の映像です」
「事件以前ですか」
玉置は驚き、映像を管理する人物も手を止めた。
が、ビクトリアには確認しなければならないことがある。
「わ、分かりました」
恐る恐る映像を巻き戻す。
画面には旅館一階、二階、三階通路の映像、外の映像が映し出される。
まずビクトリアが目を向けたのは外の映像だ。
十時。
伊万里が映し出される。
伊万里は積もった雪の一部を掴み取り、コロコロと転がし始めた。
何をしているのか最初は分からなかったが、映像を進めていく内に分かっていく。小さな雪玉は徐々に大きくなり、下半身ほどの巨大な玉ができた。二つ目に取り掛かり、新たな玉を作る。
「雪だるま……でしょうか」
玉置の呟きの通り、一個目より小さめに作った玉を一個目の玉の上に重ねた。その後、近くの森へ姿をくらまし、数分で帰ってきた。手には木の枝を数本持っている。枝を二本雪だるまにつけ、自分がはめていた手袋を雪だるまにはめる。
手をすりすりと擦り合わせ、長い袖に手を隠す。よほど冷たいのだろう。急いで旅館に駆け込んだ。
十分後。
生駒が旅館を飛び出し、道中にあった雪だるまに手を合わせて拝み、キョロキョロとしながら道の端を歩いてどこかへ行ってしまった。
そのまた十分後、氷川が現れ、旅館の裏に回った。すると上半身を脱ぎ捨て、雪をすくい、自分の身体にかける。それを十分繰り返すと、旅館の中に戻っていく。
十時四十分になり、生駒が戻ってくる。
手には御守りを持っていた。
それ以降、誰も姿を見せることはない。
「ありがとうございます。いい情報が手に入りました」
「何が分かったんですか」
「凶器とその隠し場所です。あとは動機ですが……」
ビクトリアはひらめいた内容を携帯端末にメモしようと取り出す。
そこでジャスティスから情報が送られていたことを思い出す。
「そういえば……」
ビクトリアはジャスティスから送られた情報を確認する。
そこにはブラックマーケットについての情報が記載されていた。
『ギルド警察局と魔法警察は合同でブラックマーケットの捜査を行っていた。その中に深夜警部もいた。彼はブラックマーケットの取引の現場を押さえ、ブラックマーケットに多大な被害をもたらした。
ネオプテレ魔法警部補の調べた情報では、二十日ほど前に深夜警部補の殺人依頼が出されていました。それを引き受けた人物は同時期に変装魔法の魔法チケットを購入。
これは未確定だが、その依頼を引き受けたのはブラックマーケット最高ランクの顧客"アイアス"の可能性が高い。過去に何人ものギルド警察や魔法警察を暗殺している。
※追記、寄生型の爆弾の購入も確認できている。気を付けろ。』
つまり、旅館にいる容疑者の中にブラックマーケットの依頼を引き受けた人物がいる、ということになる。
「ブラックマーケット。なるほど。深夜はブラックマーケットに深入りしすぎたから殺されたのか」
ビクトリアはこれまでの情報を整理し、確信する。
「動機も、犯人も、全部分かった」
──謎は解かれた。
◇
最後の仕上げのため、ビクトリアは動いていた。
まずある人物の部屋に行き、魔法ライターである物を炙った。また、ある部屋に行きある物に魔法キャンセラーを使用し、魔法が今も継続しているか確認する。
次に二人の人物に屋上で会う約束を取り付ける。
最後に、玉置へビクトリアはお願いした。
「玉置さん。これは非常に重要な仕事です。もしこれが成功すれば、犯人を確定させることができる」
玉置の瞳孔が開く。
よほど犯人を捕まえたいのだろう。
殺されたのは自分の部下。気が気ではいられない。
握りしめる拳からは爪が食い込み、血が流れる。
「しかし根気がいる作業です。その割に制限時間もあります。三十時を過ぎれば証拠は消えてしまう。できますか」
「はい。犯人が分かるのであれば、どんなことであろうと実行します」
間髪いれず、玉置は答えた。
ビクトリアは手を差し出し、握手を求める。
「必ず捕まえましょう。今回の犯人を」
「はい」
事件は解決へ動き出す。
♧
三十時。
ビクトリアはある人物を屋上に呼び出していた。
その人物は一切動揺することなく、自然な様子で振る舞っている。
「なんとなく察していますよね」
ビクトリアは後ろを振り向く。
背後に立つその人物はにっこりと笑うだけで、返事はしない。
ビクトリアは本題に入る。
「どのように深夜警部を殺したのか、説明いたしましょう」
その人物は黙って聞き耳を立てる。
「犯行時刻の十一時から十二時。あなたは部屋で眠っていたと証言した」
事実、その人物は十一時に部屋に戻ってから部屋を出ていない。監視カメラの映像には映っている。
「だが、あなたの魔法を使えば簡単なことなんです。あなたの部屋は深夜警部の隣。外壁にはカメラはない。であれば外壁を歩けばいい」
その人物は不可能だと笑ってみせる。
人が壁を歩くなど不可能な話だ。だがそれは魔法がなければ、の話。
「だからあなたは魔法を使った。物体と物体を固定する魔法をね」
その人物はわずかに顔を歪める。
「あなたの部屋には本棚がありました。本は乱雑に置かれていた。少なくともあなたは本を使用していたはずです。だがあなたはこう言った。
『読書はしていない。この旅館に来てわざわざ本は読まない』と。
それは嘘だ。あなたは本を外壁に固定し、足場を作った。そして窓から侵入し、深夜警部を殺害した。ですよね
──伊万里さん」
ビクトリアは確信に満ちた目でその人物──伊万里を見つめる。
伊万里は表情を崩さず、ビクトリアを見つめる。
「でも現場は密室だったんでしょ。窓から侵入したとすれば、どうやって鍵を閉めたの」
「窓を壊したんでしょ」
「窓は壊れてないはずだよね」
「いや、壊れていました。魔法キャンセラーを使って確かめたんです」
「魔法キャンセラー?」
ビクトリアはポーチから懐中電灯を取り出す。
「これは懐中電灯型の魔法キャンセラー。光に当たれば当たった部分の魔法が解除されます」
「……へえ」
伊万里の声はわずかに弱まる。
「窓に光を当てた瞬間、窓ガラスはなぜか砕け散ったんです。これが何を証明するか分かりますか」
「…………」
「あなたの固定魔法以外にあり得ないのではないですか」
伊万里とビクトリアは睨み合う。
既に犯人とも証明できるような情報が提示されたが、伊万里は自白する気はない。
少し考え、口を開く。
「でもさー、凶器はどこにいったの」
ビクトリアは凶器について触れていない。
見つかっていない理由も、その正体が何かも。
だがビクトリアは知っている。
その真実を。
「あなたは降らせたんだ。雪を」
「雪?」
「深夜警部を殺したのは雪だ」
伊万里は首をかしげる。
ビクトリアは話を続ける。
「あなたの魔法は物体固定と言っていましたね。そしてこうも言いました。
『液体だって固定できる。水溜まりだって歩ける』と。
ではその場合、固定した水の硬度はどれ程なんでしょうね。水の上を歩けるということは、金属のように固くなるのではないですか」
「それはどうでしょうか」
「では実際に水を固定してみせてくれますか」
伊万里は黙り、ビクトリアをじっと睨む。
しばらく沈黙し、ため息を吐き、口を開く。
「確かに私の固定魔法は物体自体も頑丈にさせる作用がある。でもその場合、何に固定させたの。そしていつ実行したの」
監視カメラには残されていないように思える。
だがビクトリアは気付いている。
「木、ですよね。あなたは犯行前に雪だるまを作っている。そこで集めた木の枝に分厚く固めた雪を固定し、長袖に隠した。雪の硬度は人を殺すには十分でしょう」
「でもそれには血がついてるはずだよね。どこにあるの?」
「ないでしょうね。だってそれはもう燃えてしまったんですから。雪降らしの装置に入れてしまえば証拠は簡単に隠滅できる」
「ない……の?」
伊万里はつぶらな瞳を向け、ビクトリアを上目遣いで見つめる。
笑みには先ほどよりも自信が表れる。
「旅館のシステムを上手く使いましたね。おかげで凶器が何か推察するのに時間がかかりました」
事件の確信となる証拠は見つからない。そう伊万里は確信していた。
だからこそ唇に微笑を。
──が、すぐに笑みは消える。
「凶器は燃えてしまいました。しかし、復元できるんですよ」
「……え?」
伊万里の表情に陰りが見える。
「あなたは凶器を暖炉で燃やした。おかげで雪も木も焼失し、雪になってしまった。雪にはあなたの指紋もついていたでしょうが、当然血もついていた。普通の雪ならともかく、ここは雪解け旅館。雪は再利用されるんです」
「…………」
「今の時代、魔法は日々進歩し続けている。同じ雪が再利用されているのなら、血の成分がほんのわずかに残ってしまう。最新の魔法技術を使えば、それらの雪を集めて指紋を炙り出すことだってできる」
伊万里は黙ってビクトリアの話を聞き続ける。
そこへ玉置が駆けつける。
「血が付着していたと思われる雪を集め、指紋を確認しました。その全てに伊万里の指紋が見つかりました」
「全て……か」
伊万里は感心したように玉置を見る。
「凶器、間違えちゃったな」
「いえ、殺人すること自体が間違いなんですよ」
「正論だね。でもね──」
伊万里は口端を三日月のように吊り上げ、おでこから鼻にかけて人差し指を振り下ろす。
それに合わせ、顔が瞬時に変化する。
狐のように狡猾な目を持った男性。
「私にとって殺人は商売。お金を稼ぐのに最も楽な道のりなんですよ」
自白ともとれる発言を放つ。
「やはりあなたがブラックマーケットの顧客、アイアス」
「そこまで分かってるんですね。さすがですねェ。魔法警察」
口調も変わり、豹変する。
可愛らしい女学生はどこへいったのだろうか。
「私はブラックマーケット最高ランクの顧客。私を捕まえればブラックマーケットと魔法警察の全面衝突は避けられませんよ」
「悪を恐れて悪を裁くなと?」
ビクトリアは一切怯まず、むしろ苛ついたように鋭い視線を向ける。
腰に帯刀した刀に手をかける。
男は驚き、一歩下がる。
「本気ですか」
「私は、"正義は勝つ"の体現者になりたいの。誰もが安心して好きな人の側にいられるように、私は悪に容赦なく立ち向かえる正義になりたいの」
刀を抜いた。
電気を纏う。
「お前は馬鹿ではない。だったらもっと別の道も選べるはずだ」
男はビクトリアの行動を愚かだと罵った。
だがビクトリアには到底理解できない。
「私は正義だ。そこに迷いなんてあるはずがない。正義以外に進む道があるはずがない。だから、ここであなたを捕まえる」
ビクトリアは雷のごとく目にも止まらぬ速さで疾走する。
が、男は空中へ回避する。
「先に手を出したのはあなたです。ですが今なら刀を引っ込めることを許します」
「するはずないだろ」
ビクトリアは素早く踵を返し、空中へ閃光の如く特攻。
男は空気で壁を作り、ビクトリアの刀を受け止める。
空気の壁は破壊されるが、直後に男が風を手のひらに凝縮し、手を振り下ろす。
爆風のような威力がビクトリアに駆け巡り、雪面に転がる。
ビクトリアが腹の痛みに苦戦している間に、男は手にスイッチを取り出した。
「君はもっと優秀だと思っていたよ。第二の策があるとは考えなかったのか」
「……爆弾か」
「正解。寄生型の爆弾を生駒に宿した。ちなみにこれで生駒を脅し、暖炉の火力を強めてもらった。あそこの暖炉はそれほど火力が強くなかったからね、木の枝は燃えないし、雪は一時間に数握り程度しか消えないんだ」
ビクトリアは呆然と男を見上げる。
男はその表情を見て確信した。
「やっぱ君、あの暖炉程度の火で凶器を隠滅できると思っていたのかい。無理だろ。たかが数握り程度の雪が消える火では、君が来た時点で血がついた雪が暖炉から発見されている。彼女に燃やさせたに決まっているだろ。この爆弾を使って」
「…………」
男は浮遊魔法で空中に滞在したまま、優越感に浸ったように口上手に話す。
「残念だが君も生駒もここで死ぬ。全て計画通りだよ」
「なあお前、本気で言っているのか」
「…………んあ?」
ビクトリアの問いに対し、男は間の抜けた声を上げる。
「爆弾が設置されていることは分かっていた。本を壁に固定する方法を使えば屋上にだって行ける。そこで生駒を脅したということくらい彼女の態度を見れば一目瞭然。だから既に生駒に寄生していた爆弾は回収させてもらった」
「……はっ!?」
再度男は間抜けな声を出す。
完全に男の優勢は消え去った
「もう終わりなんだよ。お前の策は全て潰した。後はお前を潰すだけ」
「ふざけるな。ふっざけるなっ。こんな低レベルの仕事で捕まるなどあり得ない。たかがギルド警察一人を殺す程度の仕事で──」
「──ふざけるなッ」
激昂する男アイアス。
それ以上声を荒くし、ビクトリアは黙らせる。
「命を奪うことをなんだと思っている。なぜ、そんな自分勝手でいられるんだ。どうして自分が犯したことの重大さを理解できない」
「あ?」
「お前は一人の幸せを奪ったんだ。いや、彼がいたら幸せになれたかもしれない人はたくさんいた。お前はたくさんの幸せを奪ったんだ」
「だからどうした。その幸せに価値はあるのか」
「あるだろ。生きている限り」
ビクトリアは全身に激しく電気を纏う。
周囲の雪は黒く焦げていく。
アイアスは全身に風を纏い、ビクトリアに向かって突撃するように降下する。
「『堕天使の衝突』」
「『雷刄・星雷』」
対してビクトリアは刀に膨大な量の電気を集中させ、アイアスの衝突と同時に刀を振るう。
両者の魔法の衝突により、空気が揺れ、周囲の雪は消し飛ぶ。
旅館にも被害が及びそうな中、氷川が旅館の前に分厚い氷の壁を瞬時に築き、衝撃を受け止める。
「優秀な魔法使いが客の中にいるようだな」
「『飛雷』」
雷が宙を泳いでアイアスにぶつかる。雷は分厚い風に軌道を変えられ、あらぬ方向に分散する。
ビクトリアは雷の速さで動き回り、アイアスは捉えきれずにいた。
「面倒だ。ここら一帯を吹き飛ばそうか」
そう言いつつも、実行には移さない。移せない。
アイアスはビクトリア相手に力を使いすぎることを避けたかった。旅館には激しい衝撃波にも耐えられる氷壁を作れる魔法使いがいる。
相手にした時を考え、力を無駄に使えない。
ただのハッタリだった。
ビクトリアはそれに乗らない。
「ちっ。ただの熱血バカ野郎じゃないのかよ」
アイアスは浮遊し、自分を分厚い風で覆うことしかできない。
ビクトリアは雷を飛ばし続ける。
アイアスの集中力は途切れかけていた。
乱れた今、隙ができる。アイアスの背後を覆う風が薄くなる。
時を逃さず、雷鳴轟く。
「『襲雷』」
風が薄くなった背後を狙い、ビクトリアは飛び上がり、奇襲を仕掛ける。
ビクトリアの刃が届く刹那、アイアスは微笑む。
「まんまと引っ掛かったね。君の敗けだ」
ビクトリアが刀を振るった瞬間、アイアスの背を覆っていた風は急激に分厚くなり、攻撃を防いだ。
仰天するビクトリアの八方から風玉が襲い掛かる。
瞬時に三つを剣撃で打ち落とすが、残り五つがビクトリアに直撃する。
右腕、右足、左足、脇腹、右肩に裂傷。血が噴き出す。
風圧によって地面に吹き飛び、雪面を赤く染める。
「激昂していると思ったかい。そんなはずない。勝負において感情の高ぶりは隙になるからね。逆にそれを利用すれば最大限力を温存して君に勝てる」
アイアスは拍手しながら降下する。
そこに称えるといった感情は一切介在しない。
「あとは息の根を止めよう。まだ寄生型爆弾は残していたんだ。これを君の体に寄生させよう」
「……くっ」
ビクトリアは全身に激しい痛みを味わっていた。
足の間接が逆に折れ、立ち上がることさえ儘ならない。
「君は優秀だった。だが私には届かない」
「届かない……わけがない。正義は必ず、勝つんだよ」
なんとか動かせる左腕でアイアスの足を掴む。が、一振りで払われてしまう。
「これほど弱ってしまうとは。正義とは案外脆いものだ」
「正義は……勝つ……」
「まだ言うか。そんな戯言に身を滅ぼしてしまう君は愚かだな」
アイアスはビー玉ほどの物体を取り出す。蜘蛛のような形状をしている。それをビクトリアの口に入れる。
「さあ、終わりだ」
「まだ……」
「……ん?」
ビクトリアはアイアスの足を再度掴む。
今度は一振りでは振り払われず、必死に掴んでいる。
「何ができる。今から逆転なんて不可能だ」
「正義を舐めるな」
ビクトリアは歯を食い縛る。
と同時、全身に力を入れる。激しい電気が放出され、アイアスの体に響く。
「くっ……この程度……」
ビクトリアの体内に潜り込もうとした寄生型爆弾は動きを停止し、口からこぼれ落ちる。
だがアイアスには動きをわずかに鈍らせる程度の効果しかない。
「なぜ無駄に抗う。こんなことして何に……」
そこで気づいた。
氷壁の上、そこに彼はいた。
「今だ。玉置」
「まさか……っ」
拳銃を構えた玉置。
照準を定め、引き金を引く。
電気によって痺れたアイアスは体を動かすのがわずかに遅れた。
「避けきれない」
その刹那、弾丸は放たれ、アイアスの右肩に命中。
「ははっ。外したな」
肩を押さえながら、狂ったように笑う。
アイアスは氷壁の上にいる玉置に手をかざす。
「終わりだな。お前らの策も」
アイアスは玉置に向けて莫大な量の風を放つ。
──はずだった。だが魔法が発動できない。
「どういうことだ……?」
自分の手を直視し、頭に疑問符を浮かべる。
「生憎、お前の身体に埋め込まれたそれは魔法キャンセラー。それが触れている間は一切の魔法行使はできない」
「はっ……!?」
アイアスは無気力感を味わう。
魔法が使えず、遠くにいる玉置に攻撃を浴びせることはできない。
激痛に耐えて肩に埋まった弾丸を取り除こうにも、形状は刺々しく、皮膚に絡まって抜けない。
「お縄につけ。アイアス」
苛立ちと焦燥。
今だけは冷静な判断力を失っていた。
無性に殺意が沸き上がる。
「せめてお前だけでも」
アイアスは懐から拳銃を取り出した。
不思議にも、ビクトリアは怯えなかった。
まるで覚悟が決まっているかのように。拳銃を抜くアイアスを真っ向から見つめる。
「なんだ……その顔」
「────」
「ちっ」
銃声が響く。
弾丸はビクトリアの胸を貫通した。
水風船が割れるように、血が背景に広がる。
「さて、どう逃げるか」
アイアスはふらつきながら旅館から遠ざかる。
ビクトリアの横を通りすぎた瞬間、感電。足に痺れが走る。
「……ッ!?」
思わず足を止める。
通りすぎた時のビクトリアの体勢を思い出す。
ビクトリアは撃たれた胸に手を当てていた。
後ろで電気が溢れるのを感じる。
「『再雷符』」
ビクトリアの手は電気を放出し、心臓にショックを与え始めた。
ドクンドクン。
聞こえてくるはずのない心音が轟く。
アイアスは硬直する。
振り返ると、ビクトリアが最後の力を振り絞って立っていた。
胸の傷は修復していた。
「なんだよ……。なんなんだよお前は!?」
「私はビクトリア。正義は勝つの体現者。だから、勝つッ!」
溢れんばかりの電気が全身から放出され、それが刀に集められる。
電気は天にも届くほど威力を増す。
「待て待て待て待て。そんなのくらえば……」
ビクトリアは既に制御はできなくなっていた。
すべての魔力を込め、刀に電気を纏わせる。
雷鳴轟く。
空気が揺らぐ。
「『雷電神威』」
刀は振り下ろされた。
雷が天から千本鳥居の如く降り注ぐ。
「やめ……ッ!?」
巨龍でも通ったかのような焼け跡が一直線に広がる。
雪で冷えた空間が一瞬にして高温を浴びせられ、激しい蒸気が広がる。
やがて蒸気が晴れ、決着が明らかとなる。
かろうじて息はあるが、アイアスは全身を焦がし、焼け跡の中に気絶していた。
「な。正義は勝つ……だろ」
勝利したビクトリアは動かせる限りの表情筋を動かして笑ってみせた。
ビクトリアは力を使い果たし、その場に倒れ込む。
決着はついた。
ビクトリアは事件を解決した。
気絶したアイアスは玉置が即座に拘束する。
事件は終わる。
♧
ビクトリアは病室で目覚めた。
解き放たれた窓から吹く優しい風が擦りむいた頬をさすり、木々が擦れる音が目覚ましのように奏でられる。
動かせない身体、看護士が話している声を聞き、自分がおかれている状況を理解する。
「そうか。事件は解決したのか」
「ええ。あなたのおかげで」
窓の方から声がする。
痛みで首が動かせないため、目だけを声の方に向ける。
そこには玉置が付き添いで座っていた。
「おはようございます。あと、ありがとうございます」
玉置は感謝の言葉を述べた。
ビクトリアは感謝の言葉を聞いて素直に微笑む。
「あなたのおかげでアイアスを捕まえることができた」
「私は正義の遂行者。罪を犯した者には裁きを与える」
故にビクトリアはアイアスに制裁を下した。
「あの子はどうなった?」
「生駒さんのことですね。彼女でしたら来ていますよ」
玉置はビクトリアの足の方に目を向ける。
ベッド脇には生駒がしゃがんで隠れていた。ビクトリアと目が合うと隠れるが、すぐに顔を出し、再び目が合う。
また隠れるのかと思ったが、おそるおそる立ち上がる。
「び、ビクトリアさん。あ、ありがとう」
生駒はお辞儀する。
事件当時、生駒は旅館の屋上でアイアスが証拠隠滅を図るのを目撃し、脅された。
暖炉の火力を強めることを強要され、その上口外しないように体内に寄生型爆弾を入れられた。
だがビクトリアは生駒の様子や証言を聞き、彼女がおかれている状況を推察した。ビクトリアは巧みな電気制御の技術で体内に潜り込んだ寄生型爆弾のみを停止させ、体内から取り出した。
生駒はビクトリアに命を救われた。
「私が今生きてるのはビクトリアさんのおかげです。本当にありがとうございます」
生駒は心からビクトリアに感謝していた。
ビクトリアは生駒から感謝を述べられ、嬉しそうに微笑む。
自分がしていたことに意味はあったのだと実感していた。
「また何かあったら遠慮なく私を頼ってください」
「はい」
生駒は元気よく返事をした。
既にビクトリアには気を許している証拠だ。
しばらくして二人は去った。
それを待っていたかのように、ネオプテレが入れ違いで現れる。
「相当大きな事件だったみたいね」
「はい。私の人生で最も強い強敵だったのではないでしょうか」
「私よりも強いってこと?」
「ネオプテレさんは仲間ですよ」
意表を突かれ、ネオプテレは反応が遅れる。
動揺するネオプテレを見たビクトリアは笑った。
「ネオプテレさんが動揺してるの久しぶりに見ました」
楽しそうなビクトリアを見て、ネオプテレもつられて微笑む。
笑みはフェードアウトし、しばし沈黙。
ビクトリアをじっと見つめてから、ネオプテレは言う。
「ねえ、ビクトリアはいつまで私のことをさん付けするの?」
「私は全員にさん付けします」
「どうしてなの?」
「全員に尊敬すべきところがあります。だからそれに対する敬意を少しでも示したいんです」
曇りない目で訴える。
反論の切り口が見つからず、頭を悩ませる。
「さん付け、あんまり好きじゃないですか?」
「好きじゃないっていうか、親しい関係だからもっと特別でありたい。気楽に話せる存在になりたい」
「気楽ですよ。ネオプテレさんと話すのは」
きっとそうなのだろう。
だがネオプテレが言いたいのはもっと……。
「そうだよね。世界が私の価値観しかないってわけじゃない。ビクトリアの価値観は私と少し違うだけ」
「……ん?」
ネオプテレはそれもいいと受け入れた。
「ビクトリアは私のことどう思ってる?」
「あなたは頼れる同期です」
ビクトリアはすぐに答えた。
ネオプテレはじっと見つめる。
「ありがとうビクトリア。あなたは私の誇れる同期だよ」
ネオプテレは感謝を伝えた。
まるで最後の別れのように。
ネオプテレは踵を返したが、思い出したように振り返る。
「ねえ、あなたにとって魔法警察って何?」
「正義の象徴」
ビクトリアは胸を張っているかのように宣言する。
「私の正義は誰かのためになっている。だから私はこれからも正義を振るうよ」
「頑張ってね」
ネオプテレは名残惜しそうにビクトリアを見つめ、去っていく。
夏が終わるような時間が過ぎる。
そしてネオプテレはある事件へと向かった。
ビクトリアは彼女の背中を見送る。
「私はあなたの誇りになれたのですね。これが、幸せなのでしょう」
ビクトリアは幸せで溢れていた。
春が自分を迎えに来たような風を感じていた。
高い塔に立っている自分を想像しながら、高らかに言い放つ。
「私は正義は勝つの体現者。だから私は負けない。誰もの幸せの隣で、私は正義を振るい続ける。私の名は──」
──ビクトリア。
それは勝者の名である。
そして、正義の名である。




