長谷川美佳の幸福理論
13階建てのマンションから飛び降りた。
「うわあああああああああああああっ!?」
まただ。最近になってこんな悪夢を毎日のようにみる。
寝ぼけたまま冷蔵庫に入れてある牛乳を飲む。
よほど喉が渇いていたのだろう。私は1パック飲み干していた。
こんなに汗をかいているから?
心療内科に行かないと駄目なのかな?
カウンセリングを受けなきゃいけないのかな?
ねぇ。いま貴方はどこにいるの?
今すぐにでも会いたいけど私はまだ死ねないの。でも、自分の本当の気持ちと向き合わなくちゃ。
だから私はやっぱりあそこにいくの――
スマホのアラームが鳴る。
寝ぼけている私はそれを手に取った。可笑しいな。普段から目覚ましのセットなんてしてない筈なのに。
目を覚ました場所は私がかつて育ったお家のベッドだった。
「あれ?」
目を擦る。頬を引っ張る。現実と確認。スマホはポケベルに変わっていた。
「いや、何年前よ?」
「どうした?」
何とか制服に着替えて外にでると、隣の家に住む親友が私の顏を覗く。
私のこの記憶が正しければ、ここは間違いなく島根県松江市だ。私の体感覚によると中学2年生の頃の話。そういえば彼女とは部活も通学も一緒にしていたなぁ。
「タイムスリップしたということ?」
「どうしたのみかん? 何か今朝からずっと独り言ばかりだよ?」
「あ、ううん、気にしないで。変な夢をみちゃってさ」
「どんな夢よ?」
「そうだなぁ…………弟ができる夢」
この日、長年連れ添った隣家に住む親友の引っ越しが決まった。父親の転勤で大阪のほうへいくことに。私はその話を聞いてずっとムスっとしていたかなぁ。家族みたいな存在だったから。だけど、彼女が去った数日後にはまた新しい家族ができた。八方美人の母が新しい隣家の家族が来るなり親しくなったのだ。
「ほら。挨拶して」
「健一」
「名字も言わないと」
「小野健一」
「美佳はおねぇちゃんだから、健一くんの事を宜しくねぇ」
彼はまだ小学生だった。でも、小学生にしては大きなコ。
何だろう。これから何かすれば何か変わるのか?
ただ、私は私が既に体験した日々を過ごしている。
ただ、懐かしい日々をなぞるように私は楽しむばかり。
健ちゃんはぶっきらぼうな男の子だった。でも私はめげずに彼へ毎日のように挨拶したし、色んな面白い事を考えては彼に提案したりした。彼は「独りの方が落ち着く」と言いながらも寂しい顏をする。そんな彼をほっとけない私がいた。ずっと彼と接していくのが日常の楽しみで。
気がつけば彼と恋におちていた。
初めてそれを形にしたのは私が高校3年生で彼が高校1年生だった時のこと。そのときに変な中学生の男の子が現れた。
大声で何かを怒鳴っていた。
その場で彼に話しかけたら、彼は好きな人に会いに来たのだけど、その好きな人には好きな人がいた事実があって振られたらしい――
健ちゃんは私の言う事に従って近くにあるホテルを彼へ案内してくれた。彼は私の事をたくさん尋ねてきたそうだけど、健ちゃんと私が同い年という事や私の事を特定できなくするような嘘をついたと報告してきた。
その場で彼の頬をぶった。
「嘘なんて言っちゃいけないでしょ!」
「でも、もしもアイツが美佳のストーカーか何かだとしたら……俺は……」
彼の唇を私の唇で塞ぐ。これが私にできるせめてもの愛情表現。そしてその晩、彼は本当の事を私に打ち明けた――
「コレが俺の本当の正体だよ」
彼の眼は真っ赤に光る。
「俺は化物だ。いつか人間でなくなる。美佳と愛し合えるのも今のうちだけなのかもしれない」
「だったら何よ? 目が真っ赤に光るなんて少年漫画の主人公みたいで格好イイじゃん!! 私はこの赤いマフラーと赤いヘアピンを強力な武器にしてみせる!!」
「マジで言っているのかよ? まいったな。ははは……」
「こんな人生って他にないって密かに自慢するよ! 彼氏が能力者だもの!」
記憶どおりだ。でも、私は何も変えなかった。
「2人きりの秘密組織をつくろう。健ちゃんの為に。そして私の為に」
「美佳…………」
「私は誰よりも健ちゃんの味方。だから健ちゃんは私の味方になって」
それから何度抱き合っただろう。何度キスを交わしただろう。
もう覚えてないや。
だけど年を重ねるごとに私のまわりでは不幸な出来事が続出する。
彼が一緒に住んでいる家族はダミーのもので違いなかった。彼は隙を突き家出した。数年後に広島で会おうと約束。その約束がまずかったのかもしれない――
私の両親は私が広島にでて間もなく交通事故死した。不審死だった。
広島の女子短大で生活する中では誰かにつけられている感覚、誰かに視られている感覚にずっと見舞われた。私は極力友人をつくる事を避けた。
何かが私を狂わそうとしている?
そう感じずにいられなかったのは社会人になってから。
私は保育士の仕事をするようになったが、働く職場という職場で理不尽な虐めにあった。そのどれもが何者かによる職場へのタレコミを受けて。
私が高校生時代に援助交際していたとか、誰々を虐めていたとか、金品を盗む事があるとか。そのタレコミがあって間もなく職場の盗難が生じた。
誰かが嵌めている。そんな感覚があった。
何度も涙した。でも、その時はやってきた。
「美佳」
「健ちゃん」
約束どおりの日時場所で彼との再会。そして彼は私に指輪を渡してくれた。
「結婚しよう」
私は人生をまた1週廻っている。この後の展開は分かっている。同棲して間もなく彼は謎の病気にかかり死ぬ。私の目の前でたくさんの吐血をして死ぬ。その光景がトラウマとなって私は自殺未遂を繰り返す。
そうだ。この瞬間の為に私はまたこの人生を生きてきた。
「ごめんなさい。私は何者かに狙われている。多分、貴方の両親だった人からだと思う。それは貴方を狙う為にやっている事」
「どういう事?」
「私から逃げて。私は貴方以外の男を愛さないから。無事なところへ早く!!」
彼は目を丸くする。その刹那、彼の心臓に凶弾が撃ち込まれた。
遠くからスナイパーが狙っていたのだろう。そのスナイパーの仲間とおぼしき者が私の前に現れる。
「誰?」
山羊の頭をした獣人が大きな黒い風呂敷を彼の遺体に被せる。彼がそれを畳むと健ちゃんの遺体だった物は奇妙なぐらい収縮されて彼のポケットに収まる。
「感謝こそして欲しいものだよ」
「誰なの!? 答えなさい!!」
「名前などない。夢喰いバグなり何なり好きに呼べばいい」
「ふざけやがって!!」
私は彼に掴みかかると、彼の掌底で遠くに突き飛ばされた――
目が覚める。
ここは病室。
そこにいるのは茶髪ロングの美人な友人?
「誰だっけ?」
『さっきまでの物語のうえでは大阪に引っ越した幼馴染の親友ね。でも貴女もまた改変をしたから、その世界線も変わっているようね。恋しちゃいけない男にどうしても恋をし続けるなんてね、素敵な一途なのか愚かな馬鹿なのか』
「名前を言って」
「えっ!? 高木だよ!? 女子会でいつもなかよくして貰っている!!」
彼女の一声で走馬灯のように脳内の情景がかきまわされる。
ぐちゃぐちゃと。
なんだろう。このグロテスクな感じ。何とも表現し難い。
ただ、彼女が学生時代からの親友である事は思いだした。
でも、今さっきまで違う感じだったのだけどな。
私はどうやら健ちゃんの墓がある墓苑のほうに一人で向かっていたらしい。
その墓苑は山奥にあるのだけど、そこから外れたある場所で転倒したみたいで。
墓参りにいったのに何だか奇妙な旅にでていたよう。
「私って迷子になっちゃったのかな」
「もうアラフォー世代でしょ? 聞いていて恥ずかしいわよ?」
「あはは、でも、私が唯一愛した男の御墓だからね、ちゃんと行きたいなぁ」
「心配。ボディーガードつけたら? 紹介してあげるからさ」
「あはは、あの、冗談がきついのだけど?」
「マジで言ったよ?」
「へ?」
玲ちゃんとカフェで話した流れで彼女の友達と健ちゃんの墓参りにいくことになった。ボディーガードと聞いたものだから、健ちゃんに負けないぐらい体躯がイイ男かと思いきやヒョロヒョロしたロン毛のヲタクみたいな男。
タイプじゃない不満もあるけど、それ以上にボディーガードに値しないでしょ。
そんな事を思いつつも、その彼を助手席に乗せて島根県の墓苑へと向かった。BGMは私の好みで松任谷由実を流しているが、彼は退屈そうに聞いている。
何だかまた変テコな旅にでてしまいそうだ。
そんな彼が「ルージュの伝言」に合わせて鼻唄を歌いだす。
「この歌が好きなの?」
「この歌がでてくる映画が好きで」
「何の映画?」
「自分探しの旅にでる映画です」
彼との会話はこれぐらいだった。特に趣味も合う感じもなかったし。ハッキリ言えば、ただ何となく他人の墓参りについてきているだけの男だ。
それでも健ちゃんの墓前に何とか辿りついた。
私が祈りを捧げる横で彼は神妙な顔をしてみせる。
「小野健一さんか」
「知っているの?」
「まさか。でも昔、そんな名前の人に出会った記憶が朧気ながらあります」
「名前が一緒なだけかもよ?」
「同じケンイチだからかなぁ」
彼は顎に手を当てて真剣に考える。
そういえば私も彼とは初めて会った気がしない。
うん、何だろうね。
この人のおねぇちゃんになってって玲ちゃんから言われる展開があるのかな?
うん、何だろう。
そういうのって実は嬉しいの。幸せっていうのを感じちゃうようで。そしたら「明日」っていうのを自然と好きになってゆく。
それを教えてくれたのは誰でもない健ちゃん。
貴方だよ。
ねぇ。貴方との物語がちょっと映画みたいになったけど、どうかな?
今度は「嘘をつくな」って私の方がもの凄く怒られちゃうのかな。
いま、貴方と張り合うぐらい可愛い弟ができそう。そしたらアナタはヤキモチやくのかなぁ。
ねぇ? 私はちゃんとおねぇちゃんのような恋人になれた?
本当は貴方のお嫁さんになりたかったなぁ。
ありとあらゆる運命に恵まれなかった貴方へ。
愛しているよ。これからも。
∀・)読了ありがとうございます♪♪♪劇団になろうフェス1番乗りで参加した作品になりました(多分ね)。登場したのは高山由宇さまが手掛けられた蒼月しずくさんになります。一応『1999』や『今日もあなたに会いにコンビニまでやってきました!』の関連作品になります。でも本作で語られているようにその世界線は無数にあるのですね。ここがポイントな作品と自負しております。何が本当で何が本当でないか。ここは最後のほうで明らかになっていますよね。でも何か考察なんかして貰えるのであれば、それはとても嬉しい事です。宜しければ温かいご感想お待ちしております☆☆☆彡