夢から現実へ、そして現実に夢の世界を
いよいよアンナが転移後初めて自身の能力を使うことになります。真面目で慎重な性格のアンナではありますが、ちょっと抜けてるところもあります。見知らぬ世界でチカラを使うというのは、とてもリスクの高い行為ではありますが、アンナは自身の能力がこの世界でも普通に通用すると思ってしまうのかもしれません。しかし、早くも転移者であることに気がついた詩織と遥がどのような反応をするのか、ヨソモノの行為をどのように受け止めるのか、想像しながら読んでいただけたら幸いです。
「じゃあ帰りましょうか、アンナさんも乗って」
おきしま荘と呼ばれる宿を出て、ひとまず詩織が営む店に移動することとなった。
この宿は朝食から豪勢なものを提供していたが、この世界の人類はみなこのように美味なものを食しているのだろうか。
人界では一応貴族社会に属していたわけだが、見た目こそ良くともここまでの味は出ていない。
食に対する意識が高いということなのだろう。
宿を出て、詩織が乗るようにと指し示したのは堅牢そうな乗り物だ。
牽引車の無いそれは、キャビンにしては歪に感じる。
「ありがとうゴザイマス」
キャビンを引く馬が来る気配もない、キャビン内部も決して広くはない。
「温泉」にしても「食事」にしても、本当にこの世界は不思議で溢れている。
「ねぇねぇ、道端館寄ってソフトクリーム食べていこうよ!」
「それはいい案ね。じゃあ東川経由で帰りましょう。
じゃあ行くわよー」
「アンナ、気をつけてね。この人ハンドル持つと人が変わるタイプだから」
「は、はぁ・・・」
「何を言うのかしら?私のフォレちゃんが逞しいだけよっ」
そういうと突如キャビンは動き出した。
馬が引いている様子はない。
「あ、あの・・・これは一体どういうことデゴザイマスカ?」
「あぁそっか。アンナがいたところには車が無いんだね。」
「いえ、あるにはあったのデゴザイマスガ・・・っ!」
早い。なんて速さで動くのだろう。身体が後ろに持っていかれるような力強さ。
人界には馬車以外にも魔導機がこの車と同様の乗り物として存在したが、こんなに早く移動できるものではない。
この世界は技術的にも人界の遥か上を言っているのだろう。
魔導機は文字通り魔力を動力に変換して稼働する機器の総称である。
主に人々の生活インフラとして活用されているエネルギー源であるが、一部の貴族が自動キャビンとして使用したり、エドアルドが得意とする武具、マルティーナの飛行魔導機などに転用されている。しかし、それが一部であるのは魔力の使用量が多く、魔力の圧縮にも限界があるため非効率になってしまうことに起因する。長時間、および大きな負荷がかかる魔導機は、その分魔力を持つ者の消耗も激しくなるため、好んで使う者はごく少数なのである。
しかしどうだろう、この車は魔導機のはるか上をいく動力性能を持っている。しかし、魔力を全く感じない。操縦する詩織も魔力やマナを使用しているわけでもない。
「このフォレちゃんはね、山道も雪道にも強いんだから!」
「始まったよ、愛車自慢が・・・」
「自動車に乗るのは初めてなのね。
アンナさんの世界ではどんな移動手段があったのかしら?」
「馬車が主な交通手段でゴザイマス。魔導機を使う人もイマスガ、ごく一部デス」
「魔導機ね・・・魔法を動力源にするといったところかしら?」
「そうデス。この車はどうやって動いているのデゴザイマスカ?
馬車は勿論デスガ、魔導機でもこんなに早く移動はできマセン」
「そっか、ガソリンが使われていない世界なのね。
化石燃料ってわかる?」
「カセキネンリョウ・・・わかりまセン」
「南万年も前の有機物が地中で熟成して、燃やせる燃料になるの。
そこから作られたものがガソリンよ。
そして、そのガソリンを爆発させる力を動力に変えるのが、この世界にある自動車というわけね」
「化石になった燃料デスカ。それはマナのようなものでショウカ?」
「マナっ!?」
詩織と遥が声を合わせるように驚いた声を上げた。
「アンナ、あなたマナを知ってるの?」
「私たちの世界では魔力と併せて、様々な力を行使するための重要な要素でゴザイマス」
「あなたもマナを使えるのかしら?」
「ハイ・・・できマス」
「マナを使って何かやってもらうことはできる?」
「やってみマス」
(この自動車を飛ばしてみよう、マルティーナほど上手にはできないけど。
マナを使って重力に干渉、そして風属性の魔術で移動の力を生み出せば・・・)
ここで精霊の加護が使えるかどうかはわからないけれど、この土地は豊富にマナが存在するのだからきっと可能だと思う。まだ身体に痛みは残っているけれど、魔力はかなり回復しているようだからマナさえ使えるならばこのジドウシャを飛ばすくらいわけはないはずだ。
「我はこの摩天楼に吹き荒ぶ風の使者なり
我が声、我が魔力に応えて顕現せよ
世界を覆しマナたちよ
光を纏いし精霊よ我に力を
世界の理に一筋の希望を
地を走る方舟に空をかける羽根をあたえたまえ
いざ行かん」
大気に漂うマナを左手に集めると、帝国内ではありえないほどの速さで収束する。やはりこの土地のマナ量は帝国の比ではないようだ。マナを精霊に託し、重力に干渉するイメージを描くと、自動車は徐々に地面を離れて空中に浮いていく。そして右手に魔力を込めて風属性の魔術を放つ。自動車が吹き飛んでしまわないように少しずつ風を起こしていくと、浮いた自動車は前方へ進み始めた。マルティーナならば方向も速さも自由自在に操ることができるだろうが、私にはそこまでのチカラはない。とはいえ全力でやってしまっては二人を驚かせてしまうかもしれないので、加減しながら緩やかに自動車を空中で移動させていく。
(森の向こうに湖が見えるじゃない。すっごく綺麗。その向こうにあるのは街かしら?)
「車が空飛んでる!ちびっちゃいそうなんだけど・・・」
「あ・・・アンナさん、どうやっているのかしら・・・?」
「マナを使って重力に干渉させてジドウシャを浮かセテ、風の魔法で前に動かしているでゴザイマス」
マナを使った事象干渉は基本的に1つのイメージに限定されるため、この場合は自動車を起点に重力へ干渉して空中に浮かせている。そして魔法で風を操って移動させているというわけだ。私の場合、上位精霊契約者のため、マナのチカラだけでそれらを具現化することも可能だけれども、この程度のことで精霊たちを酷使するのも、大変申し訳ないので重力干渉以外は風魔法を使ったのだ。
人界の魔法には「風」「火」「水」「光」4つの魔法属性が存在し、私はその全てを身につけている。私たちが戦っていた魔界には「闇」属性魔法が存在するが、人界人には習得ができず、一方魔界人には「光」属性を使うことができないとされている。相反する2属性の存在が、人界と魔界との間で繰り広げられてきた争いにおける火種のひとつなのかもしれない。
そんなことを思い起こしていると、詩織が目を丸くしながら訴えてきた。
「アンナさんはマナと魔法を一緒に使えるのね、十分にわかったわ。
・・・そろそろ・・・その・・・道に戻してくれるかしら?」
「わかりましたでゴザイマス」
自動車を道へゆっくりと下ろしていく。守るために身につけたチカラが、このような形で人の役に立てるのならば、チカラを行使した甲斐があるというものだ。
「これは大変なことになったね」
「今のだれかに見られてないといいのだけれど・・・」
「ワタシ、いけないことをしてしまいましたデショウカ」
「いえ、そういうわけではないの。ただ、アンナさんはこの世界でとても異質な存在として現れたことになりそうだわ」
「だね、ちょっと身の振り方考えないといけないかも」
「スミマセン・・・」
「謝らなくていいのよ、ただ目立ち過ぎちゃうかもしれないの」
「今後の事も考えなくちゃならないし、道草館でソフト食べて早く店に帰ろう!」
「あらあら、まるで自分の店みたいね。
でもたしかに、店にいるのが一番安全かもしれないわ
そうと決まれば飛ばすわよーボクサーエンジンが火を吹くわー」
自動車は凄い勢いで道を滑らせていった。
リアルさをどの程度表現し、ファンタジーを盛り込んでいくのか・・・これは、正直いまも迷いながら描いています。ここでのリアルは詩織の「車好き」と「ハンドルを握ると人がかわる」という一面です。おっとりした性格でありながら、一変するギャップの持ち主は魅力的だと私は考えていますが、そのギャップが読んでくださる方にイメージ通り伝わったか不安です。そして、北海道の車事情を考慮すると、車好きの方は冬道を満足に走れる車をチョイスするのではないかと、数々の道民さんをリサーチした結果、ス○ルのフォレ○ターを選びました。車好きをキャラクターが持つ特徴のひとつとして描くなら、わかりやすいものの方がいいのではないか・・・調べてみると多くの車が出て来ましたが、おっとりアクティブな詩織を表現するのに適している選択にたどり着いたと思っております。