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高架下の異世界協奏曲-ヨソモノコンチェルト-  作者: 櫻本榮真
第一章「夢のつづき」
3/5

初めての日本食と二人の商人

アンナが現代日本にやって来て初めての食事が始まります。海外の人が初めて日本に来て最初の食事をしたときの反応を参考に、アンナが見知らぬ土地に来た不安を描いてみました。異世界から私たちの世界に来たとしたら、何が異質で何が安心要素なのかを考えるのが面白くも難しいポイントです。この作品はヨソモノがいかに自分の居場所を見出していくのかがテーマなので、アンナがいかにリアルにヨソモノとして立ち振る舞いをするかが肝となります。初めての日本風温泉、和食、そして日本式旅館の雰囲気をどう感じているのか、そのあたりを想像していただけたら幸いです。

 気がつくと、足元がひんやりとしていることに気づく。とても気持ちがいい。

 目を開けると、また知らない天井が視界に入ってくる。

「アンナさん、気がついた?」

 おっとりとした雰囲気の女性が私を覗き込んでいる。

 さてさて、今度はどういう展開になることやら。もう何が起きても驚かない・・・。

「アンナ、急に起きあがっちゃだめだよ?

 のぼせちゃったみたいだし」

 足先には冷たい布が置かれている。ひんやりとしていた原因はこれだ。そして二人は、どうやらまたまた看病してくれていたらしい。

「ごめんなさいね、慣れない温泉に無理やり入らせちゃったみたいで」

 なるほど、どうやら先ほどのテルメから、このストーリーは続いているみたいだ。

「大丈夫デス・・・私なにがあったのでゴザイマショウカ」

「熱いお湯に入ったから身体がびっくりしちゃったのね。のぼせてしまったみたい。

 気分はいかがかしら?」

「今はなんともありまセン。また運んで介抱くださったのでゴザイマスカ」

 そうは言ってみたが、今の私には、どうもここまで3回死んだような気がしてならない。

「そだよー。でも、アンナはなまら軽いからどってことない!心配しないでー」

 小柄なわりにこの人は力持ちなのだと認識した。

「そろそろお夕食の時間なのだけれど、どうかしら?食べられそう?」

 そういえば食事のことを考えていて気を失ったのだったと思い出した。身体の芯が熱いことや痛みは残ってはいるが、凍えるような冷たさからは解放されたようで、そのせいもあってか強い空腹感を覚える。

「お腹すきまシタ。昨日の夜から何も食べていないでゴザイマシタ」

「それなら良かった。ひとまず冷たいお水を飲んでから行きましょう」

起き上がると、差し出された一杯の水を口にする。

「オイシイ・・・」

「でしょでしょー?なんてったって大雪山の湧水だからね!」

 ダイセツザンが何なのかはよくわからないが、こんなに美味しい水を私は飲んだことがない。

 身体の奥に染み込んでいくような感じ。身体の芯にある熱も冷めていくような気がする。

 それにマナが身体を包み込むような・・・

 そういえば、さっき冷たい場所で気がついた時から、マナを感じていたことを思い出した。

 ここもマナで満ち満ちている。この豊富なマナは帝国周辺でもそうあるものではない。

 マナは人界に存在する特別な要素のひとつである。それがこの場所にも存在するということは、ここは人界なのだろうか?学院では世界中の言語を学んだが、ここで使われている『ニホンゴ』は見たことも聞いたこともない。だとするとここは一体どこだというのか。神格魔法を受けたみんながどうなったのかも気になるし、私の居場所も気になる。助けてくれた二人もそうだ。わからないことだらけの私には、考えを巡らせる前に取り急ぎ空腹を満たす必要があるだろう。

「アンナさんも落ち着いたことだし、食べに行きましょう」


「これは食べてよいのでゴザイマスカ?」

 並べられた目の前の料理を見て、私はとても驚いた。スフォルツィア家で時々開かれる晩餐会で、様々な料理を食べてはきたものの、こんなに繊細に盛り付けられたものは見たことがない。大小様々な器に盛り付けられた料理たちは、まるでひとつひとつが美術品のようだ。この土地の人々はいつもこんなものを食べているのだろうか?

「もちろんよ。いっぱい食べて元気になってね」

「アンナは好き嫌いあるの〜?」

 好き嫌いは無い・・・というより許されなかった。どこに出しても恥ずかしくないようにと、なんでも食べることをスフォルツィア家では教えられてきた。他の兄弟たちは隠れて好き嫌いをうまく誤魔化しているようだったが、平民出身である私にとっては幸いなことになんでも美味しく食べることができたのだった。

「なんでもいただくでゴザイマス。デスガ・・・どうやって食べればよいのかわからないでゴザイマス」

「もしかして、お箸使ったことない?」

「オハシ・・・デスカ」

「こんな感じで使うんだよ〜」

 目の前に置かれた二本の棒を器用に使って食べる様を見せてくれるテンションの高い女性。なるほど、刺すのではなく挟んで食べるのか、シンプルなカトラリーである。しかし、見るのとやってみるのとでは大違いだ。ナイフとフォークでしか食べたことのない人間にはとてもハードルの高い作業だと考えながらも、二人が『オハシ』を使って食べる様は綺麗なことがとても気になってしまう。言語を与えてくれるなら、こういう作法も含めて欲しかった。

 (あれ、そういえば言語知識をくれたあの声の主は結局だれだったのかしら?)

 そんなことを考えていると、おっとりとした雰囲気の女性が声をかけてくる。

「ここのお料理はね、近郊の食材を中心に北海道内の美味しいものを料理長さんがこしらえているの。

 アンナさんのお口にも合うとよいのだけれど、どうかしら?」

「とても美味しいでゴザイマス」

 お世辞ではなく美味しい。口に運ぶことには苦労しているが、その一口一口で優しさを感じる。食材というものは手をかけるとここまで華やかになるものなのだと深く関心してしまう。どれも初めて口にする味だけれども、素材の味を殺さない味付けだということは十分に理解できる。

 料理を目にした時は、これだけの量を食べ切れるのか不安だったが、食べ始めてみると止まらなくなった。二人はあれこれと会話をしながら食事を楽しんでいるようだけれど、私は『オハシ』に苦戦していることもあり、そんな余裕がなかった。それに、空腹に加えて数々の美味しい料理が無口にさせ、食べることを後押しするのである。

(そういえば『ホッカイドウ』って?土地の名前っぽいけど、また新しい単語・・・早く色々なことを聞かなくちゃ・・・)



 食事を堪能した後は、先ほど私が入浴後に運ばれた客室へ戻った。

「さて、食事もしたことだし、色々整理しよっか」

 小柄でテンションの高い女性は、この数時間の間で一番真剣な顔でそう言った。

「そうね、アンナさんのこともっと知らないと、この先どうすればいいかわからないし・・・」

「ご迷惑おかけして申し訳ありませんでゴザイマス」

「直球で聞くけど、アンナは自分のことどのくらい覚えている?」

 さて、どうしたものか。死んで、天界でも地獄でもないここに飛ばされたなんて言って通じるだろうか。世界一の規模を誇るフランブリク帝国を知らないということは、もしかしたら人界でも魔界でもないのかもしれない。だとしたら、今の私をどう説明すればよいのかわからない。かといって、適当なことを言ってみるとしても、この世界の事情を知らない状態では不可能だ。

 答えに困っていると、終始おっとりとした雰囲気の女性が話始める。

「アンナさん、ここはね、さっきも言った通り天人峡温泉という場所なの。

 大雪山国定公園の中にあるのだけれど、それはわかるかしら?」

 首を横に振る。

 まったくわからない。気づいたらこの場所にいたのだから、何ひとつわからないのだ。

「じゃあ、ここが日本という国の北海道の中に位置していることもわからない?」

 やはりここは知らない土地だ。しかし、ニホンというのは国を表してるようだが、聞いたこともない。学院で得た知識の中にはない国の名前なのは、ここが人界ではないということを証明している。そしてホッカイドウという地名。国の名前も土地の名前も人界語には無い音の響だ。

「すみません、ワカリマセン」

「アンナさんが謝ることじゃないわ。

 今自分がいる場所が理解できていないけれど、自分のいた場所と自分の名前は覚えているみたいね。

 それに日本食も箸も初めて見たようだったわ。まるでこの土地に初めて来たみたいな」

 この女性はおっとりした雰囲気の割にするどい。私の置かれた立場を理解している。

 でも、別の世界からなんらかの都合でここに飛ばされてきたなんて言って通じるだろうか。

 とりあえず、この二人が何者なのかを知る必要がありそうだ。

 その上でどこまで話をするか判断するべきだろう。

「私を助けてくだサッタお二人は、誰でゴザイマスカ?」

「あ、そういえば私たちのことは何にも話してなかったね、うっかりしてた。

 私は如月遥、ハルカって呼んでくれていいよ。」

「あらためて。

 初めましてアンナさん。

 私は加々美詩織、しおりって呼んでね」

「ハルカ、シオリ。ワタシを助けてくれてありがとうゴザイマス」

「堅苦しいことはいいよ〜。困った時はお互い様だからさっ」

 出逢って間もないが、遥の底抜けない明るさには救われる。

「そうね、アンナさんをあのままにはしておけなかったし、

 こうしてお友達になれて嬉しいわ」

 まるで全てを包み込むような、詩織はそんな雰囲気を持っている。



「そういえば、アンナの持ち物ってこんなもんだった?」

 遥は襟巻きと短剣を持ってきてそう問いかけてきた。

「ありがとうゴザイマス。間違いありマセン」

「それにしても、この季節にマフラー巻いているなんて結構な冷え性?」

「マ、マフラーデスカ?」

「あなたが首に巻いていたこれ、襟巻きと言えばいいのかしら」

 確かに、ここの気候は帝国で言えば夏に相当する暑さだ。

 私が出撃した時は冬だったけれど、この暑さで襟巻きを巻いているなんて、とても不自然に見えたのだろう。

「コレは、亡くなった母がワタシのために編んでくれたものデゴザイマス」

「そっか、じゃあとっても大切なものなんだね。でもこの季節にマフラーはさすがに暑かったでしょう?」

「まぁまぁ、いいじゃない。それよりも気になるのはこの剣ね。

 日本でこういう物を持っていると、いろいろ問題があるのだけれど・・・

 山菜取りをしてたわけでもなさそうだし、何に使うのかしら?」

「ニホンでは短剣を持っているのはダメなことなのデスカ?」

「そういったことを知らないってことは、やっぱり外国から来たわけでもなさそうだね。

 入国審査で絶対ひっかかるよ、こんなの持っていたら」

「あらあら、密入国という可能性もあるわね」

「どっちにしてもこの身なりじゃ目立っちゃうし密入国は無理だよ。

 そういえば、さっき検索してみたんだけど、アンナが言う『フランブリク帝国』って出てこないんだよね。

 そこから来たっていうことは、この世界に無い国から来たってことになる?」

「アンナさん、フランブリク帝国ってどのあたりにある国か覚えてる?」

 人界には『ニホン』は存在しない。そして、この世界には『フランブリク帝国』が存在しない。

 死後の世界でないと言うならば、ここは人界とは別の世界ということになるのだろうか。

 私が知らない世界にいるならば、私は二人の知らない世界から来たということになる。

 だとすると、下手に私の正体を晒してしまっていいのだろうか?

 ・・・すでに怪しまれているような気もする。

 しかし、フランブリク帝国の名前は出してしまっている。どうしたものか。

 答えに困っていると、遥が思いがけないことを言い出した。

「もしかしたら、アンナも転移者かもしれないね」

(転移者?アンナ・・・も?)

「アンナさん、あなたはもしかして別の世界からやってきたのではないかしら?」

「ア、ワタシは・・・」

 私が転移者?人界からこの世界に転移してきたということだろうか?

 そういえば、書物で見たことがある。

 それは、かつて大賢者様が大量の魔力とマナを使って別世界から力ある物を召喚したという話だ。

 しかし、それは遠い昔のおとぎ話。現在に至るまでそれを成し得た者はいなかったはず。

 それがこの世界では使われているということなのだろうか?

 そして、私がその転移者だったとして、私以外にも転移者がいる?

「混乱しちゃうよね。

 とりあえず、この世界じゃないところから来たかもしれないってことまでわかれば、今日はいいんじゃない?」

「そうね、アンナさんも疲れていることだろうし、休みましょう。

 アンナさんだいぶ眠そうだしね。

 細かいことは追々考えていけばいいわ。」

 言われてみるとヘトヘトだ。

 戦場で立ち回ったかと思えば、見知らぬ土地で目を覚まし、見知らぬ人に助けられて・・・。

 目まぐるしい1日だった。

 今すぐにでも落ちてしまいそうだけれど、この二人のこともう少し聞いておきたい。

「あなたがたは何者デスカ?」

「私たちは・・・しがない観光案内係りとカフェの主人だよ!」

 どうやらこの二人、商人のようだ。

(でもなんで転移なんておとぎ話を知っているの?)

 人間にとって「知らない」は怖い存在として認識されるのが自然だ。

 そんな知らないことだらけの世界に、一人ぽつんと立たされた私は、

 またしても「ヨソモノ」になってしまったようである。


(やっぱり、もうどうにでもなっちゃえ)

執筆を初めて、さっそく壁にぶち当たっているのが「言葉の壁」です。アンナは何者かから与えられた言語能力によって、日本語を理解することができます。しかし、そのにリアルさを埋め込んでみようとして「全くしらない物事に関しては聞いても理解が追いつかない」という能力にしてしまいました。それが故に、どこまでが理解できて、どこから理解できないのか、それを読んでくださる方にどこまでを表現するのか迷いながら描きました。このあたりは、おいおい修正していくことになると思いますが、著者としての迷いがアンナの迷いとしてリアルに表現できるように工夫していきたいと思います。

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