表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/218

タイカンと用向き

親方様と祈祷師のジュロウが何やら相談をしていた。


『親方様、大変じゃわ。』

『そうだなあ。すっかり忘れていた。』

『ここ最近は、色々ありましたからのぉ。』

『そうなんだ。あり過ぎだな。』


横で見ていたシイカの苛立ちが、頂点に達する。

『馬鹿なんかっ!そんな事、喋っとる場合かね!』


親方様を一喝できるのは、シイカだけだった。

乳母のように、産まれた時からお世話をし、ずっと側で見守ってきたからだ。

母を早くに亡くした親方様は、シイカを母のような、祖母のような思いで慕っていた。


『なんじゃ!そんな大きな声で怒られたら、逝ってしまうわ。』

『役立たずの爺は、逝けばいいんだよ!どうすんだい!何の準備もしてないで!』


『まあまあ。お婆もそんな怒らないで。』

『ホテイ、あんたもだよ!だらしない!何年親方様やってんだい。全くもう。間に合わないよ!』

『婆!親方様になんて口きくんじゃ!ばちが当たるぞ!』

『煩い爺!それなら、とうに死んどるわ!』


『そ、そうだ。タイカンに頼もう!あいつなら、安心だ!』

『おお。そうじゃ、そうじゃ。親方様は冴えとるのぉ。流石じゃわい。わしの若い頃を見とるようじゃわ。』

『ははは。そうかな?お爺には敵わんよ。』


『馬鹿二人!喋っとらんで、呼んできな!』


そんなこんなで、親方様の部屋に私は呼ばれた。


『親方様、それにジュロウさんとシイカさんも。どうされたんです?大慌てで、侍女がやって来ましたけど。』


『すまんな。よく来てくれた。』

『いえいえ。結局、何もせずぶらぶらとしていましたので。それで、何か御用があるのですよね?』

『そうなんじゃ。タイカン殿にやって欲しい事があっての。頼めるのは、タイカン殿だけなんじゃ。』

『私だけ?まさか、魔族や魔物が?』

『いやいや、そんなんじゃないんじゃ。こう、なんというかのぉ。ほれ、あれじゃよ。』


『もう爺は、下がってな!タイカン殿、あたしが説明するから、聞いとくれ。』

『は、はい。お願いします。』

『迎え火、送り火は知っておるかな?』

『ええ。見れなかったんですが、話は聞いてます。』


【ケーハン】は、この暑く陽射しが強い時期に行う、大切な祭りが二つある。

一つは、先祖の魂を迎い入れ、お送りする【魂の祭り】。もう一つは、これから最盛期となる穀物などの収穫に向けた【豊穣の祭り】だ。

【豊穣の祭り】は、城に仕える祈祷師が民の為に祈りを捧げる大切な行事になっていた。長年続くこの行事は、農家のみならず、ここで暮らす民にとって、欠かせない祭りであった。その祭りでは、特殊な植物を城の前に置き、祈りを捧げながらくぐる事で、豊穣の精霊に届くとされていた。特殊な植物は【チノワ】と言い、無人島に生えている。【チノワ】は、左右二箇所に根を張り、伸びた茎は大きな輪っかを形作っている。その輪をくぐるのだ。


『なるほど、そんな珍妙な形の植物があるのですね。不思議な植物ですね。』

『それでな、本来ならば既にここにそれが、在る筈なんだよ。』

『はあ。ここに在るんですか?』

『それが、どういう事か大馬鹿者のせいで、無いんだよ。』

『大馬鹿者?』


『ここにいる、爺と青二才だよ!二人揃って、忘れてたと抜かしとる!どうしようもないねっ!』


『まあまあ。それを、私が取りに行くんですね?』

『そうさね。頼まれてくれるかい?』

『勿論ですよ。それで、何処にあって、いつまでに届けるのか教えて貰えますか?』

『ありがとうよ。タイカン殿のお陰で、民が喜ぶよ。

爺!地図を用意しな!ぐずぐずするんじゃないよ!』

『は、、はい!』

『ホテイも、動くんだよ!船の手配と、同行者を用意せんと駄目だろう!』

『はいっ!!』


二人は、迅速かつ丁寧に自分達の仕事を遂行していた。


『タイカン殿、これが植物の場所なんだよ。そんなに遠くは無いが、船で片道一日は見といておくれ。植物の採取はそんなに掛からんと思うが、切れてしまっては使い物にならんので、慎重に頼むよ。それと、期限はね。悪いんだが、本番まであと5日しか無いんだよ。』

『5日ですか。船の往復で2日、採取で時間が掛かっても3日もあればという感じですね。念の為、今すぐでましょうか?』

『本当かい?それは有り難い。できれば、本番の前に【チノワ】に装飾を施したかったんでな。無理を言ってすまんな、タイカン殿』

『いえいえ、本当にやる事が無かったので。それでは、親方様の手配が終わり次第出発しますね。出発の準備をしますので、私の部屋で呼ばれるのを待っていますね。』

『ありがとうねぇ。お頼み申します。』


やっと巡ってきた、私への用向き。しかも、民の大切な豊穣を祈る祭りに携わる事ができる。

やる気がみなぎってくる。逸る気持ちを抑えつつ準備を進めた。


『チノワかぁ。不思議な植物も、あるもんだな。それに、無人島かぁ。島を出た時を思い出すな。何か面白い生き物でもいれば、ミカノへの土産話が増えるなぁ。』


トントントン

『タイカン殿、親方様に言われて来ました。ベンテンです。』

『あっ!ベンテンさん。入って下さい。もうすぐ、準備が終わりますんで。』

『ほな、すんません。』

『ベンテンさんと一緒に行けるんですね?楽しみですね。』

『ははは。そうですなぁ。』

(大丈夫やろか、、、この人、色んなもん引き連れる奇妙な宿命背負ってもうてるし。しかも二人っきり、、、あかん。嫌な予感しかせえへん。)


ベンテンは、眉間に皺を寄せ、これから起こるかもしれない事態に不安を覚えていた。


『あ、すいません。はしゃいでしまいました。そうですよね。大切な祭りの為ですからね。私もベンテンさんを見習って、真剣に取り組みます!流石ベンテンさん。』


(な、何を言うてんねやろ。この人、阿呆なんかな、、、)

(ベンテンさんは、真面目で、なんて良い人なんだ。)


噛み合わない二人の旅が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ