タイカンとガワラと精霊舎
親方様の部屋の前。
私とガワラは、手を繋ぎ立っている。
不機嫌極まりないガワラは、手を離した途端に何処かへ駆け出しそうだったからだ。手は繋いでいるが、ガワラは斜めになっている。ぐんぐんと手を引いたりしている。遠目から見ると、半分まで開いた扇のような形に見える。
親方様への挨拶を終えて、精霊舎に連れて行く事だけを無心で考えている。
他の皆は、「いつもの部屋」でヒミコの紅茶を楽しんでいる。一緒に行こうと誘ったのだが、ガワラの面倒をみるのが嫌なのか、全員が下を向いた。
『親方様、タイカンです。本日戻りました。』
『おぉ。入れ。』
部屋に入るなり、ガワラは、さささっと私の後ろに隠れている。
『お?何だ?タイカン、また新しいのを連れてきたか?』
『いや、まあ。そうですね。新しいのですね。』
ガワラは、ひょこひょこと顔を出して親方様を見ては、隠れるというのを繰り返している。
『ん?お前、、、見た事があるような、、、。』
『親方様、こちらはベンテンさんとエビスの同期で、、』
『あっ!変人ガワラ!懐かしいなぁ〜!』
『ご存知でしたか?』
『おお、おお。知ってるぞ。エビスが良く連れていてな。赤帽子も昔のまんま。背の小さいのも、そのまんまだな。』
『ほら、ガワラさん。親方様ですよ。ご挨拶できますか?』
『ん。』
『いや、、、後ろからちゃんと出ないと。』
『構わんよ。昔からエビス以外には、そんな感じだったしな。その様子の方が、懐かしくて良い。なあ、ガワラ。』
『ん。』
私の背後から少しだけ、顔は出している。挨拶をしたつもりなのだろう。
『行くんよ。タイカン。』
ガワラは、私の手を引っ張っている。再び半分の扇になり、私を連れて行こうとしていた。
『ん?何処かへ、行くのか?』
『ええ。サクヤがいる、精霊舎へ。』
『そうかそうか。タイカン、行けば分かる事だが驚くぞ。』
『え?何かあったんですか?』
『いや悪い事ではないんだ。凄い人気者になっていてな。今や時の人だよ。』
『そんな事になっているですか?ははは。楽しみですね。』
私は、まだサクヤが活躍した話しを聞いていなかった。
でも、サクヤならば、そうなる事も不思議ではない。
それに、サクヤが褒められている事も嬉しかった。
『では、行きますか。ガワラさん。』
『ん。行くんよ。』
親方様の部屋を離れ、「いつもの部屋」で皆と合流し馬車に乗り込んだ。ガワラの機嫌も直り、ミカノと仲良く歩いている。ガワラにとっては、やっと【精霊舎】に行ける。
5人で乗る馬車の屋形は窮屈だった。ガワラは、窓から身を乗り出し、町の景色をじっと見ていた。
『ガワラぁ〜。危ないよ~。』
『ん。ミカノ。見るんよ。』
『え〜。なにぃ〜?』
ガワラが見ていたのは、銀髪の蒼いお面を被って遊ぶ子供達だった。
『ヴリトラのお面だね。なんか、凄い人気なんだよ。』
『ん。ヴリトラ優しいんよ。人気なんよ。』
『はははは。キミは、何度も優しいと言ってくれるね。』
『ん。優しいんよ。分かるんよ。』
『ぼくも、そう思うよ!』
『マスターもそのように思って頂けていたとは、無上の喜びです。恐悦至極。』
『坊っちゃん、そんな事言うとまた調子に乗りますから、お控え下さい。』
『キミは、黙っていればいい。狭い車内なんだ。もう少し態度を小さくするべきだね。』
『態度が大きいのは、そっちでしょ!そんな事言うなら、あんた浮かんでついてきたらいいじゃないの!』
『キミは、態度も声も大きいな。そんなに大きな声を出すと、またガワラが失神してしまうよ。気をつけておくれ。』
『失神させたのは、あんたでしょうが!』
『ヒミコ。怒るんよ。銭湯。怒るんよ。』
『え!ちょっと、それは、ガワラさんが凄く暴れるから。』
『ガワラ、気を付けるといい。ヒミコは紅茶は絶品なのだが、それ以外に少々難があるのだよ。』
『ん。』
『もう〜!タイカン様も何か言って下さいよぉっ!』
『まあまあまあ。』
『タイカン様も、ヴリトラに甘いんですよ!』
ガタガタ、ガタガタ。
賑やかな車内の声が往来の人々の目を引いている。
関所を抜けて、港町の【ナーラン】に入る。目的の【精霊舎】は、町の外れ。
私には、久しぶりの港町だった。変わらず、荷馬車が行き来しており、皆一様に忙しくしていた。
海にも興味を示すと思ったが、ガワラは流石に疲れていたようで、ヴリトラに寄り掛かり眠っている。もう一方ではミカノもぐっすりと寝ていた。挟まれたヴリトラの黒い目は、優しく笑っているように見えた。
『タイカン、何を見ているんだい?キミも私の肩で眠るかい?』
一言多いヴリトラだが、微笑ましい光景に私の頬は緩んでいた。思えば【トリト】への旅路では、魔族という事を忘れさせるような光景ばかりが続いていた。
『遠慮しておくよ。』
『そうかい?では、そちらの不機嫌な彼女の方は宜しく頼んだよ。』
ヒミコは、ミカノが寄り掛かり気持ち良さそうに眠っているのが気に入らないのか、窓の外を睨んでいた。
目的の【精霊舎】が近づいてきた。大きな城壁に囲まて、門には兵士が立っている。物々しいしい雰囲気だが、門の上に何やら垂れ幕が付いていた。
『タイカン様、何か書かれてますよ。』
ヒミコに言われ、何やら書かれた垂れ幕を見る。
「私達は諦めない。女神サクヤと共にゆく」
『親方様の言う通り、凄い事になっているのだな、、、。』
『うふふ。流石、サクヤさんですわ。』
眠るミカノとガワラを起こして、馬車を降りる。
『ガワラさん、着きましたね。』
『ん。着いたんよ。読むんよ。』
『その前に、挨拶ですよ。勝手には行けませんから。』
『なんね!読むんよ!挨拶。嫌なんよ!読むんよ!』
『はいはい。行きましょうねぇ。』
扇になるガワラにも慣れてきた。
こういう時に、皆が無視するのにも慣れてきた。