タイカンとガワラのこと
【ケーハン】の各家々に風呂は無い。
桶に水を張り、洗髪したり、身体を拭いたりで簡単に済ます事もあるが、基本的には銭湯に通う者の方が多い。
皆、夕方頃になると、町に数箇所ある銭湯へ行く。そこでは、世間話に花を咲かせ、町民同士の憩いの場となっていた。
城には親方様が入浴する浴場があるが、それ以外の者は、城外の銭湯に通っている。
裸になる事は、その身分ごと脱衣場に置いてくるという考えがあり、湯船に入れば町民も軍の隊長も関係なく世間話をしている。
私も、よく行く銭湯で顔馴染となった商店の者がいる。
ミカノもサクヤも、銭湯が大好きである。
砂漠の泉を出発し、山道を抜け、【カヤマ】に到着した。丁度ヒミコの父上と出会い、挨拶をかわすと父上はヒミコを呼び止めていた。
『何よ父さん。疲れてるのよ。』
『すまんね。この間片付けてたらお前のもう一本の刀が出てきてな。持っていくだろう?』
『要らないよぉ〜。使ってないし。』
『しかし、今回みたいに旅のお供をする機会が増えりゃあ、役に立つだろうから。なっ、持って帰れって。』
『もう。分かったわよ。早く頂戴っ。』
ヒミコは、幼い頃から刀に興味を持つと同時に、剣術も道場に通い習っていたそうだ。しかし腕前の事を聞いても、はぐらかされるだけだった。
【カヤマ】を抜け、関所を通る。
『お帰りなさいませ。』
文官と兵士から労いの言葉を掛けられ、戻った事を実感した。
『それでは、私はベンテンの元にブーンを預けてくるよ。ミカノ達は先に銭湯へ行っておいで。身綺麗にしたら、親方様の所へ行こうか。』
『うん。それじゃあ、後でねぇ』
『ガワラさんは、どうしますか?ミカノ達と銭湯行きます?それともベンテンさんの所に行きますか?同期でしたよね。久しぶりにお会いします?』
『なんね?ベンテン?なんね?』
『あれ?覚えてないですか?ベンテンさんやエビスさんと同期と聞いてましたので。』
『ん。エビス。同期なんよ。ベンテン。なんね?』
『まあ、いいです。兎に角、ブーンを預けないと。ガワラさんは、そのまま乗っていて下さい。』
『ん。』
私は、ブーンとガワラを連れてベンテンの家に行った。
ベンテンはまだ、仕事をしているようなので、ブーンには庭で待ってて貰う。棘のご飯もあったので、ブーンは喜んでいる。ブーンが引いていた荷も置かせてもらい、ブーンと分かれた。
『ブーン、今回はありがとう。助かったよ。』
道案内に運搬と、活躍してくれたブーンを撫でて労った。
『ブフン』と満足気なブーンは、横になって棘をむしゃむしゃと食べている。
『さあ、ガワラさんも風呂に行きますよ。』
『なんね?入らんのよ。嫌なんよ。』
『もう駄目ですよ。そんなに汚れてるんだから。さあ行きますよ。』
嫌がるガワラは、駄々をこねる子供のように暴れているが、手を引き銭湯へ連れて行った。
『嫌なんよ!なんね!綺麗なんよ!』
『はい。はい。行きましょうねぇ。』
銭湯の前には、ミカノ達が待っていた。
『あれ?待っていてくれたのかい?』
『違うよぉ。ヴリトラが、変なこと言うの。』
『そうなんです。違うって言ってるのに。もう。』
ヴリトラがミカノとヒミコに責められている。
『マスター、私は正直に申しているのですよ。』
『何だい?何かあったのか?』
『聞いてよ、ヴリトラがね、ガワラが女の子だって言うんだ。違うよね?』
『マスター、ガワラは人族の女ですよ。そこの口の悪いヒミコと同じです。』
『誰の口が悪いのよ!』
『ねっ。こう言ってるんだよ。』
『まぁまぁまぁ。でも、何で待ってるんだ?』
『それは、タイカンが困ると思ったからね。』
『私?何故困るんだ?』
『キミは、女を私達と同じ風呂に入れるのかい?マスターにも良くない事だよ。だから、ヒミコも待たせているんだ。私の気遣いに感謝して欲しいぐらいだよ。』
『あはははは。ヴリトラが、そんな事まで気を使ってくれるとは。有り難いけど、ガワラさんは男だよぉ。ねぇ、ガワラさん?』
『ん。違うんよ。ダメなんよ。』
『え?』
ヴリトラ以外は、私と手を繋ぐガワラを、凝視する。
『なんね?女なんよ。なんね。』
『えええええ!!!』
『な、な、な、な、なんね?なんね!』
『マスターまで、、、まあ、キミ達の生活が、性別で分かれている事を知っておいて良かったよ。タイカン、本当にキミは私に感謝の意を表すべきだと思うがね。』
危うく、ガワラを男湯へ連れて行く所だった。
確かに性別を確認した事は無かったが、エビス達が同期と呼んでいた事もあって勝手に思い込んでしまっていた。
ガワラの服装も赤帽子を目深に被り、身体は茶色の布をぐるりと巻き付けているので、全く分からなかった。いや、そもそも気にもしていなかった。
ヴリトラのお陰で間一髪だった。感謝の意を心で表す。
何はともあれ、それぞれで銭湯を楽しみ、身綺麗にした後で城へと向かった。ガワラは、行きたく無さそうだか、放っておくと何処かに消えてしまいそうだったので、無理矢理連れて来た。銭湯でもヒミコの側で暴れていたらしい。
ベンテンとエビスを探したが、作戦本部にも「いつもの部屋」にもおらず、結局同期の対面は叶わなかった。
ガワラは、全く気にする素振りも見せずに、【精霊舎】に行きたいという気持ちだけを、ぶつけてきていた。
『はいはい。親方様に会ったら、すぐに行こうね。』
『ん。約束なんよ。行くんよ。』
嫌な銭湯に、行きたくない城へ連れて来られたからなのか、ガワラの不機嫌が全身から伝わってきていた。