タイカンと目的地
大きな盆地を出て、再び森の中へ。
赤帽子のガワラを背に乗せるブーンは、道中の草花を何種類か食べている。刺々しい木たげではなく、花弁の大きな花や細く背の高い草も好むようだ。
ブーンが「ブフン」と鳴く度、ガワラが「ぷぴぴぴ。」と笑っていた。奇妙な音の共演が、道中を明るくしてくれる。
『ガワラさん、後どのくらいなんだろう?まだ掛かるようなら、野営する場所を見つけないといけない。』
『ん。近いんよ。抜けるんよ。ブーン。賢いんよ。』
『近いですか?私には、森しか見えていないので。』
『ん。ブーン。賢いんよ。抜けるんよ。』
(ブーンの道案内のお陰で、森を早く抜ける事ができると言っているのだろうか。)
日が傾いてくる。城を出て7日目、ようやく本来の目的地である【トリト】が私達の前に現れる。
それは、突然だった。
背の高い草を掻き分け、大きな木を越えると開けた場所に出る。そこには、大小の自然石が背丈ほど積み上げられた石垣があり、その上から人々の生活音がしていた。
『ガワラ!着いたんだよね?』
『ん。【トリト】なんよ。』
『立派な石垣だ。』
私は、積まれた石垣に触れながら【トリト】の入口を探そうと、きょろきょろとしていた。
『タイカン様、どうやら裏手へ出たようですね。ぐるりと回れば、関所があるかもしれませんね。』
『そうみたいだね。行ってみようか。』
少し歩くと、地面の草花は無くなり整地された砂利道に変わっていった。ヒミコの言うように、裏手に出たんだろう。人々の往来が、見えてきた。
『タイ!あったよ!あれ、関所じゃないかな?』
『そうみたいだ。やっと着いたな。』
往来する人に交じって、私達も関所へ向かう。すれ違う度に、横目でちらちらと視線を送っでくるが、話し掛けてくる者はいなかった。遠目で、手を合わせている姿もあった。
初見の者からすれば、異様な集団に見えているのかもしれない。【砂の王】だけでも目を引くが、今は銀髪の蒼い肌の男も同行している。
関所を担当する者が、じいっとこちらを見ている。
ここには来るなとでも思っていたのか、私達が真っ直ぐに関所へ向かって行くと、手で目を覆い天を仰いでいた。
担当者の目の前に行き、話しをする。
『すいません。【ケーハン】から来たのですが。』
『、、、、ええ。』
警戒しているか、私が話しをしているのだが、視線はあちらこちらに向いている。
『あ、あの。決して怪しい者ではありませんので。ヒミコ、親方様から預かっている書状をお願いできますか。』
親方様からは、【トリト】からの依頼の書状とは別に、首長へ宛てた書状を預かっていた。
『【ケーハン】の親方様からです。こちらをお読み下さい。』
担当者は、ヒミコから渡された書状を何度も上から下へ読み返している。
『うんうん、、、うんうん、、。う〜ん、、、。うん。』
『どうですか?分かって頂けましたか?』
『そちらさんが、ヴリトラさんですか?』
担当者は、銀髪のヴリトラを凝視している。
『そうだよ。そこには私の事が書かれていたのかな?』
『ありゃあ。凄い事だわ。【ケーハン】の親方様と魔族が、友達になったって聞いてたけんど、本当だったんだな。あはははは。』
担当者は、親方様からの書状を見て安心したのだろう。ヴリトラをじろじろと見て、笑っている。
『私は、面白いのかな?キミの顔の方が滑稽に見えているのだがね。』
『ん?、、あはははは。書状の通りだわ。皮肉屋だわ。あはははは。さあ、通って良いですよ。あはははは。』
担当者は書状を返し、私達を中へ通してくれる。
『キミも失礼な男だけれど、その書状の方が気になるね。ホテイの紹介の仕方に問題を感じるね。』
ヴリトラは、ぶつくさと言っていたが無事に入国できた。
『関所の方、ここの首長様はどちらにいますか?』
『ああ、それなら。あそこの黒い屋根が見えますか?』
『ええ。あちらにおられるので?』
『はい、あまり外出されない方なのでね。』
書状の依頼主である長の家を目指し、【トリト】の国を散策していく。
『ねぇガワラ、ガワラの家もここにあるの?』
『ないんよ。外なんよ。住んでるんよ。』
『う〜ん?ヴリトラ、なんて言ってるの?』
『家はこの辺りには無いようですね。誰かの家で、居候でもしているのですかね。』
『ん。』
『ヴリトラは、凄いなぁ〜。ぼく、全然分かんないや。』
『ミカノ。可愛いんよ。良いんよ。』
ガワラは、ブーンの背を降りる素振りもなく付いてきていた。ここに来れば、石板を読み進める事ができるかもという話しだったが、事情も分からない為、そのままにしていた。
【トリト】の国は、石垣の上にある居住地を周辺の森や川などが囲んでいる。居住地には、数百人程度が住んでおり、長屋のような住居が並んでいた。
露店のようなものはなく、何軒かの商店で、飲食物や生活雑貨などを売っている。【シガ】に近い雰囲気だ。
人々の仕事は、特産品の蜂蜜を採蜜する養蜂家や田畑を持つ農家が多い。
軍という存在は無かった。幸いにも、争いに巻き込まれるような立地では無かったので、穏やかな環境で生活する事ができている。
『ん。着いたんよ。ここなんよ。』
国の中心地、黒い屋根の家に着いた。
ガワラは、ひょいっと背から降りると、すたすたと玄関へ行き勝手に開けて入ってしまった。
『タイカン様、勝手に入ってしまいましたね。』
『そうだねぇ、、、。大丈夫だろうか。』
再び玄関が開く。ひょこっと顔を出すガワラ。
『ん。なんね?入るんよ。』
勝手に入ったガワラが、家に迎い入れてくれた。
私達は、多少の不安はあったもののガワラに続く事にした。
7日間の旅で当初の目的地へ到達し、依頼主と会える所まできた。ガワラが混乱を招かない事を祈る。