タイカンと砂漠の旅
城下町には各地から様々なものが入ってくる。珍しい食べ物や、それぞれの地域の特産品など多岐に渡る。
それを運ぶ商人達もまた、各地に住む者だ。
【ケーハン】に来る商人達には、【通行証】が発行されている。発行するためには、商人が住む国の紹介書が必要となる。商人の身元を国が保証する。紙一枚ではあるが重要な書類だった。親方様へ書状をだした【トリト】の商人もその一人である。
親方様が旅に必要な荷を用意してくれた。砂漠を幾日か掛けて越える為、かなりの量になっていた。
荷の受け渡しと見送りに来てくれたベンテンの横には、既に息絶え絶えの馬が悲しい表情を浮かべていた。
『どないしましょかねぇ、、、。』
悲しい馬と荷台に積まれた荷物を眺めて、私とベンテンは呆然と立っていた。
『はあ、、、キミ達いいかな?』
そんな私達に呆れた顔のヴリトラが言う。
『いいかい?この大荷物、お馬さんでは無理なんだろう?もっと、筋骨隆々で足腰が強くなきゃ駄目なんだよね?』
そんな分かりきった事をと、私とベンテンは呆れ顔でヴリトラを見ていた。
『はぁ〜、、、本当にキミ達は、、、。いいかい、筋骨隆々で足腰が強くて、更に砂漠に慣れた子がいれば最適だねって私は言っているんだよ。分かるかい?』
私達は、はっとした。顔を見合わせ、ベンテンは急ぎ自宅へ戻った。
『ブフンっ』
大荷物なんて、なんのその。胸を張り歩く姿は、勇猛果敢な戦士のようだった。
『ベンテンさん、では行ってきます。親方様にも宜しくお伝え下さい。』
『ええ。お伝えしておきます。皆さん、お気を付けて。』
ベンテンと別れた後、関所を通り【カヤマ】を抜け、山道を通る。荷が多い分、砂漠に出た頃には太陽が真上にいた。それでも、ブーンのお陰で随分と早くに砂漠に入る事ができた。
『へぇ〜。これが砂漠かぁ。山の上から見たけど、近くで見ると本当に砂ばっかりなんだねぇ。』
『そうだろ?それに、ああやって砂煙があちこちに立っているんだ。さっき渡した布で口を覆っておくといい。』
『はーい。』
『マスター、歩き疲れたらお申し付け下さい。空の散歩にお連れしますので。』
『ヴリトラ、ありがとう。でも、いいよ。自分の足で進んで行きたいんだ。』
『流石マスターです。どのような状況も、自らの手で切り開こうとされるその勇往邁進なお姿。素晴らしい。』
『ちょっと、煩いんだけど。熱いから黙ってて。』
『キミこそ、もう少し離れたらどうだい?マスターの側に寄りすぎだよ。熱いじゃないか。』
『あんたが浮いて、私達の日除けになんなさいよ。その方が快適だわ。』
『もうっ!二人共やめなよ。一緒に歩こうよ。』
私はブーンの手綱を引きながら、微笑ましく三人を眺めていた。魔族と人族が、言い合う姿を見れるなんて不思議で穏やかな光景だった。
(私とオニ達が、そのように分かり合える未来もあったのだろうか。)
砂漠の道は、同じ景色が続きどれ程進んでいるのか分からなくなる。最初こそ、山から離れていく景色を見ながら、もうこんなに来たのかと思えていたが、今は一面の砂の世界。進んでいるのか同じ場所をぐるぐると回っているのか、分からなくなるような世界だ。
しかし、ブーンのお陰で私達は着実に【トリト】に向かっている。【トリト】迄の道案内はお任せあれっというように首を立てに振っていた。
【山案山子】の王を倒した岩山に立ち寄り、ハンプが亡くなった場所へ花を手向け、手を合わせた。
アグモ達を避難させた水辺にも立ち寄る。ミカノは楽しそうに、水浴びをしていた。
その先は、私も初めて足を踏み入れる砂の世界。
ブーンの道案内があるお陰で、この世界を楽しむ事に専念できた。
ざっざっざっ。
日も陰りだし、風が少し冷たくなってきた。
『この辺りで、今日は野宿をしようか。』
砂漠の夜は寒いくて暗い。砂煙が舞い続けると、月明かりも届かなくなる。そうなる前に野営の準備を進めていく。
親方様から貰い受けた大荷物から、天幕などを下ろしていく。
砂と夜風を避ける寝床を用意した。
荷から薪を用意する。実は荷の大半は薪だった。
砂漠に燃やせる木々は無い。砂と、水分たっぷりの刺々しいブーンのご飯があるだけだった。
ヒミコが用意してくれた夕飯と食後の紅茶が、より美味く感じた。質素な調理器具しかない筈だが、砂漠の夜の雰囲気がそうさせたのか、旅の初日という高揚感なのか、新たな調味料が加えられたかのようだった。
日の出と共に歩を進め、太陽が真上にくれば少し休み、日が沈みそうになるまで歩き続けた。
新しい砂の世界に入ると、底の見えない大地の裂け目や、棘の木の群生地、砂すら乾きひび割れた地帯を通ってきた。気が付けば、あっという間に5日が経っていた。
薪も半分程になり、荷も軽くなっていた。
目の前に薄っすらと見えた砂漠の終わり。小高い丘に木々が見える。あの木々を抜ければ【トリト】なのだろうか。
砂漠の入口の小屋を先に見る事が出来るかもしれない。
そんな事を考えながら、砂漠最後の夜を過ごしていた。
最後の夜は、風も穏やかで月明かりや星の光が綺麗に見えた。お疲れ様と天も言ってくれているのだろうか。砂漠を越えるのは決して楽ではなかったが、最後の美しい星空がそれを癒やしてくれている。