タイカンと招集
サクヤとエビスは、城内に入った。二人には、何を置いても先にすべき事があった。
島で長と交わした約束を、果たさなければならない。
エビスが率いる海上部隊を再編成し、【シガ】の島との交易に関する運搬を任せる。
角は季節ごとに年4回。物資と資材の輸出は、旬な物や採集時期に合わせて、年に8回を目安に行う。
結果として、最低限毎月1回は島と大陸とを往復する事になる。こうする事で異変を察知できる頻度が上がり、相対的に安全性も向上する。
これを行うには、親方様の承認がいる。部隊の再編成と、渡航回数の変更があるからだ。
勝算はあった。これらは精霊様からの依頼という事で進言するからだ。
親方様の部屋へ赴き、帰城の挨拶もそこそこに本題へ入った。サクヤが中心となり、話しを進めた。
エビスが合間に補足を行っていた。
『ほう、そうか。それで、向こうの長は何と言うておる?賛成か?反対か?』
『はい。長は賛成すると。私の案でお願いしたいと。』
『、、、エビス。』
『はっ!』
『この話し、ワシらに何の得がある?』
『はっ!、、、得でございますか、、、』
『エビス、ワシらに得が無いのに、この話に乗るのか?』
親方様がエビスに話していたが、代わりにサクヤが答えようとした。
『それは、私が、、』
『精霊様申し訳ありませんが、ご遠慮願えますか。今は、エビスの答えが聞きたいのです。』
親方様の丁寧な申し出に、サクヤは断れなかった。
『そ、そうですか。仕方ありません、、、ね。』
サクヤは、心の内で「頑張れエビス」と声を掛けていた。
『さぁ、エビス答えてみよ。何の得がある?』
『、、、しょっ!諸国の目です!』
『ん?諸国の目?それは何だ?詳しく申してみよ。』
『はっ!経済の益は角で得られます、、、しかし、渡航回数を必要以上に増やす費用は、我々の持ち出しとなります。』
『ふむ。そうであるな。資材や物資は、角の搬出に合わせれば良い事だ。残りの分は、余計な費用となる。それが、諸国の目と何の関係がある?』
『はっ!それは我々が、小国であり遠方の【忘れられた島】を庇護する事に、益があります!』
『小国を守る益とは?』
『我々は隣国【キイト】とは違い、遠い島をも守り抜くという狭義があり、またそれをなし得る武力を持つと、世に誇示できます。それらは他の小国の支持を得られる事になり、必ずや我が国へ益をもたらします。【キイト】と我が国どちらと取引するのか、答えは明白です!』
『狭義と武力の誇示、小国の支持か、、、』
『はっ!』
『、、、うむ、承知した。全て、お前の好きにせよ。』
『有難き幸せでございます。』
深々と頭を垂れるエビスに、親方様は微笑む。
『エビス、素晴らしい演説であった。ナガラを彷彿とさせる、良い回答であった。これからも励め。』
『はっ!』
エビスは、サクヤの方を見た。サクヤは拳を握り締め、天高く突き上げていた。
喜ぶ二人に、親方様が水を差す。
『ところで、二人に話す事がある。早速で悪いが、このまま広間に来てくれぬか?』
エビスとサクヤが入城した事は、すぐに各位へ伝えられた。二人の入城は、招集の合図となっていた。
親方様とエビスが話していた時間で、招集すべき人員は、全て広間に集まっていた。私も、ミカノも、ヴリトラもその一員だった。
エビスとサクヤは、何の話しか見当も付かない。
ただ、親方様の真剣な眼差しが、重大な何かが伝えられるのを暗示していた。
以前、私達を歓迎する宴が開かれた大広間。
そこには、精霊使いのダイコク、祈祷師のジュロウとシイカ、陸上部隊隊長サモン、作戦本部部長ナガラ、同ベンテンが着座している。今回の議題であるヴリトラも当然出席し、ミカノと共に着座していた。
私も含め、皆静かに待っている。
親方様が、エビスとサクヤを連れて入ってくる。
二人は、勢ぞろいした側近達に驚く前に、その視線は、一点に集中した。
銀髪で蒼い顔が親方様の一番近くに座っている。
あの、城下町でみた大衆演劇の看板そのものが、目の前にいる。
エビスは、自分だけが見えている妖の類では?と思ったが、親方様が挨拶を交わす姿を見て、現実に引き戻された。同期のベンテンに視線を送ると、ニヤついていた。
サクヤは、ヴリトラの気配を感じ取っていた。空いている私の隣に座ると同時に、脇腹へ肘を食い込ませつつ小声で話してきた。
『どういう状況?そいつ、魔族でしょ!』
私は口の前に指を立て、静かにするよう伝えた。
サクヤはもう一度私に肘を入れ、座り直した。
親方様は、着座する皆の顔を見回し、全員を確認すると話しを始めた。
『皆の者、待たせた。思いは様々あるだろう。』
静まり返る広間。
『エビスと精霊様が戻る迄の間、長く苦しい時間だと思った者もいただろう。』
皆、親方様を見ていた。
親方様は、簡潔に敬意を説明する。
『ここいるヴリトラは、魔族だ。ミカノを慕い側にいる。そして、私の友である。先日起きた惨劇でフクジュが亡くなったが、その仇を討ったのも、このヴリトラである。ワシは、ヴリトラが言うミカノに手を出さぬなら、ワシらに危害を加えぬという話しを信じた。』
エビスとサクヤは、一言一言に驚いていたが、それ以外の者は頷き聞いていた。
『ワシは今日、皆の思いを受け止める為に、ここに座っている。全て受け止め切り、そしてワシの願いを伝える為に、ここに座っている。皆、肝に命じよ。』
『はっ!』
側近達は、一斉に返事をした。
『では、誰からでも良い。前置きもいらん。話しやすい言葉で話せ。無礼などと無粋な事は言わん。』
『では、』
ダイコクが口を開いた。
『親方様とナガラのお話しを側で聞いておりました。おりましたが、やはり私は、、、憎い。』
親方様は話すダイコクの目を離さずにいる。
『わしは、賛成しとるよ。種族を憎むのは、ちと違う気がしておる。』
『わたしは、困惑してますねぇ。本当に、信じて良いものか。』
ジュロウとシイカも話した。親方様は、話す者の目をしっかりと見ていた。
『俺は、今聞いた話しが空想か現実か判断ができへん程驚いてます。』
エビスは、出来事を飲み込むのに必死だった。それでも、今の決断を話す。
『せやけど、親方様がそこまで言うのなら、俺はそれを支持します。』
サクヤが口を開く。全ての疑問や不信感をぶつけた。
『何で信じているのか、全く分かんないんだけど!ホテイは、魔族がどういうものか分かってないの?!それに、ミカノを慕ってるってどういう事?もう、本当にどうなってんの?』
その後も、ヴリトラと親方様以外の面々がそれぞれの思いを、それぞれの言葉で親方様に伝えた。
『でも、』『しかし、』『それでも、』『だって』『そんな、』
皆、率直に自分の思いをぶつけ続ける時間が続いていた。
終わりの見えない会談が続いていく。